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33 その物語の結末は

「取引? 取引って、類もしたの? 昔――」


 そんな話聞いたこともないが、首を傾げる芙美に修司は「そうだ」と答える。


「声が聞こえるんだよ、人間の言葉で。魔法使いは意識が弱まると、魔翔(ましょう)の声が聞こえる」

「声? 言葉? キィキィってのじゃなくて?」

「あぁ。俺たちと同じ言葉だ。お前が聞こえてないなら一安心かな。でも、聞こえたら教えて欲しい。あいつ等は、言葉巧みに取り込もうとしてくる」

「魔翔が話す人間の言葉なんて聞いたことないよ。あのダムの時だって……」

「それは町子が最後まで戦う意思を持ってたからだ。あいつ等は類が力を放棄したいと言ったように、心の弱さに付け込んでくる。そして魔翔は魔法使いの力を食うけど、あいつ等の本当の目的は、俺たちじゃない――大魔女の力なんだよ」

「大魔女?」


 ――「ダムに行ったあの日、お前は大魔女を見たのか?」


 確かに弘人は生まれ変わって最初に会った時から、大魔女を気にしていた。けれど、町子が死んだあの日から今に至って、誰も彼女に会えていないのも事実だ。


「大魔女を探し出すことを条件に、魔翔は取引した魔法使いを攻撃しない。類もそうだったろ?」


 言われて背筋がゾッとした。そうだ――あの日も同じだった。雪の中で類と戦ったあの日、沸いた魔翔も町子だけを狙ってきた。

 芙美は両手で自分の肩を抱いて、こくりと頷く。


「魔翔は取引した相手が弱みを見せると、意識すら支配して乗っ取ろうとしてくる。類はそうして、魔翔に……」


 「修司!」と芙美は彼の言葉を遮った。聞きたくない言葉が続くことを予感した。


「魔翔と取引って。今もそんなことしてるの?」

「俺は戦ってるだろ? もう迷わないって決めたから。弱みを見せない、強くなるって決めたから。だから、魔翔の声も聞こえない」


 肝試しの時、彼は強かった。


「……だよね。じゃあ、弘人は? 薫も知ってるって。でも、薫は戦ってたよ。私が魔法使いに戻ったら、二人と戦わなきゃいけないの?」

「おそらく取引してるのは弘人だけだろ。薫は類と戦った時の町子を懸念してそう言ってるんだと思う。大魔女は遅かれ早かれきっと現れる。あいつ等が大魔女を殺すっていうなら、お前はそれを阻止するだろ?」

「世界に、災いが起きるから」

「あぁ。俺だって同じだ。大魔女が死んでも、ハッピーエンドになんてならない。彼女に力を与えられた時からそれを刷り込まれているはずなのに、魔翔と取引すると奴等に意識を持っていかれる。それで――大魔女を探そうとして、俺はお前を」

「もう謝らないで。私だって類と戦った時、本気だったんだよ? お互い前を向こうよ」


 組んだ両手を額に当て、項垂れる修司の肩にそっと触れた。あの日の戦いが本心でないなら、なおさら彼を責める言葉などない。


「弘人はずっとあのままなの? 取引をやめることはできないの?」

「やめる意思があればやめることはできるかもしれないけど、魔翔と薫に守られて十年以上も戦ってないやつが、戦えるはずない。どっちみち殺される」

「このまま大魔女が現れなかったら? 私が魔法使いに戻っても、彼女が出てこなかったら戦わずにいられるんじゃないの?」

「どうかな。俺たちが強くなって、魔翔も強くなった。戦闘も昔みたいな魔法使いごっこじゃない。あの人は今の事態を放っておくような人じゃなかった気がするんだ」


 魔法使いになった頃、戦闘は本当に楽しかった。

 フワフワ浮く小さな敵が相手だった。

 それが少しずつ大きくなり、今では自分と変わらない体躯の魔翔が現れることさえある。


 初めて魔翔が出たとき、大魔女が戦闘を手解(てほど)きしてくれた。丁寧な説明で一気に術を身に着けた自分たちは、まるでヒーローになったかのように喜んだことを覚えている。


「お前は本当に弘人と戦えるか? 今ならまだ引き返せるかもしれないんだぞ?」


 芙美は修司の肩から手を引いて、自分の胸の前で小さく結んだ。

 杖を得ることで弘人と戦うことになる。けれど、自分が決めた覚悟はそんなことの為ではなく、魔法使いとして魔翔を退治するという弘人や薫が懸念した通りの正義感からだ。


(私は――今も弘人が好きだと思う。けど――)


「私に何かを守る力があるなら、全力でそれを受け入れたいよ」


 真剣に答えたのに、何故か修司はクスリと音を立てて笑った。


「本当、一回死んだくらいじゃ、町子と全然変わらないんだな」


 気が緩んで、芙美もつられて目を細める。修司は「わかった」と芙美の頭に手を乗せた。


「お前が二人と戦うことになっても、俺はお前の横にいる。町子の分も守るから」


 彼の手が温かい。いつも冷たいその表情すら温かく感じる。


「だから、安心して名古屋行って来い」

「修司……うん――ありがとう」


 そう答えて、芙美は大きく頷いたが、下に向けた顔を起こすことができなかった。

 笑顔で返事した筈なのに、何故か大粒の涙が流れたからだ。

 魔翔に怯える弘人の姿がしきりに芙美へ主張してくる。彼をあんな風にさせたのはお前だと。それなのに戦うのか? と聞いてくる。

 けれど、魔法使いを選ばずに、もう関係ないのだと背を向けたら後悔する自信がある。


「私、絶対魔法使いに戻るから」


 両手いっぱいで涙を拭う。修司は「待ってる」と言ってくれる。

 彼がいるから、前を向くことができる。その感謝を込めて、芙美は修司にもう一度「ありがとう」と伝えた。


   ☆

 週末、一泊分だけの着替えを詰めた小さなバッグを手に、芙美は雨の中寮を発った。

 出掛けに見送ってくれたメグが、読み終わったらしい恋愛小説の結末を教えてくれた。

 死によって引き裂かれた、恋人同士の行く末。


「やっぱりダメだったの。二人はそれぞれ別の道を選んだんだ。でも、他にちゃんと恋人ができたから、ハッピーエンドなのかな」


 あぁ、やっぱりそうなのかな、と芙美は思った。

 自分に少しだけ当てはめて未来を予想した時、隣に弘人がいなかったからだ。


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