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29 同行者

「――と、いうことなの」


 一通り芙美が話し終えると、顔を乗り出して聞き入っていた咲が、「運命だよ、それは」と歓声を上げた。

 修司を除いた大人三人が目を丸くして驚きの表情を広げる。


「今のお母さんと町子はその時まで面識がなかったんだろ? 大体芙美の家は名古屋じゃないか。お母さん、こっちの生まれなのかい?」

「ううん、両親とも東京生まれのはずだよ。本当にそうだったら嬉しいけど……」

「善利なんて苗字、そうそうないよ。良かったね、って言葉が正しいのかどうかは分からないけど、悪いことじゃないよね」


 期待いっぱいに名古屋へと勇んで、もし違かったらという不安はあった。


「心配なら、俺がついていこうか?」


 一瞬細められた薫の視線に気付くことなく弘人が提案するが、キッパリと咲が否定した。


「アンタが行ってどうすんのよ。御両親に会うんでしょ? オッサン連れてってどう説明するつもり?」

「俺が行く」


 静かだった修司が突然名乗り出るが、それも咲は即却下する。


「同じ歳の男なんて、お父さん発狂しちゃうでしょ!」


 確かに咲の意見が正しい気がする。

 寮生活で和弘が一番心配していたことなのだから。


「だから、私が行くよ」


 咲の心強い提案だった。彼女なら安心して連れて行くことができる。


「もし杖が手に入ったら、戦闘が起きるかもしれないしね」

「そう……だよね。ありがとう、咲ちゃん。本当にいいの?」


 力を手に入れて魔法使いになるということは、戦闘を受け入れるという事だ。

 名古屋行きの詳細を決めて、それからは他愛のない昔話をした。

 皆どこか魔法の話を避け、二人の死の真相にも触れることはなかった。良い思い出だけを上辺だけさらったような都合の良い会話を不自然に感じたが、芙美はそれを口にすることができなかった。


 夜になって店を後にし、咲に寮へと送ってもらう。夕食時間より遅くなったせいでミナが二人を玄関先で迎えたが、咎められることはなかった。

 階段での別れ際、芙美が修司に頭を下げる。


「修司、今日はごめんね。みんなに会いたくないって言ってたのに、巻き込んじゃったね」

「気にしなくていいよ。お前のせいじゃない」


 僅かに緩んだ表情に、芙美はホッと安堵する。


「それより、弘人に注意しとけよ」

「えっ――どういう意味?」


 突然の言葉。

 修司はその答えをはっきりと言わず、「わかったな」とだけ念を押して、そそくさと階段を上って行ってしまった。

 しかし、彼の不安が的中してか、寮の門限近くになって芙美のスマートフォンが鳴った。


 パジャマ姿でベッドの上に横になる。消灯時間まではまだ大分あるが、午後の騒動のせいで既にウトウトと目が閉じかかっていた。

 静まり返った部屋に突然響いた着信音に芙美は慌てて飛び起きて、相手を確認する間もなく通話ボタンを押した。


「俺だけど」


 返事する間もなく耳元で囁かれたその声に、胸が締め付けられる。名前を聞かなくても、それが弘人だとわかった。


「う、うん。さっきは、どうも」


 机で相変わらずの恋愛小説に没頭中のメグが、チラとこちらに向いたが、唇だけでにっこり笑んで、再び本に視線を戻した。


「今から外出れるか? 近くまで来てるんだけど。話がある」

「えっ……と。私、寮に住んで。門限が九時なの」


 壁の時計は既に八時半を過ぎている。

 今出たら施錠に間に合わないことは明確だ。


「……ごめん」

「出れない?」


 困惑する芙美だが、半ば強引に弘人が強く尋ねた。

 彼は仲間だ。きっと、魔法や杖の話だろう。

 ただそれだけのことなのに、二人きりかもしれないシチュエーションを浮かべて、一人で期待してしまう。


 彼は薫の恋人だ。第一、一人で来るとも限らない。

 自分と弘人はもう終わった関係なのだと納得した筈なのに、突然プライベートに入り込んできた彼の声に、やっぱりまだ諦めきれていないことを思い知らされる。


「電話じゃ、ダメ?」

「駄目だよ」


 悪戯っぽく否定する弘人。昼間、彼の真意に触れた。

 だからきっと、会いに行っても楽しくないことが起きるのは想像できる。


 ――「弘人に注意しとけよ」


 修司がそんなことを言っていた。

 彼は芙美の知らないことを知っているから、これから起きることを心配したのだろう。けど、それでも弘人に会いたいと思ってしまう。


「――わかった」


 裏口の鍵は手動で中から回せるからいつでも抜け出せるともっぱらの噂だ。

 ミナにさえ見つからなければ余裕だし、もし帰ってきた時に鍵がかかっていても、誰かを呼んで開けてもらえば中に入ることができる。

 外で落ち合う約束をして、電話を切った。


「大胆だね、芙美ちゃん。誰? 修司くんじゃないの?」

「――うん。でも、修司とだって付き合ってるわけじゃないんだよ」

「もう。名前で呼ぶなんて、恋多き女なんだから」


 すごい、と尊敬の眼差しを向け、メグがしおりを挟んでパチリと本を閉じた。


「もしもの時は、扉お願いしてもいいかな?」

「いいよいいよ。私の時もお願いするから。見回りまでは戻ってほしいけど、間に合わなくても何とかしておくよ」


 任せて、と親指を立てるメグ。十時の消灯とともに見回りが動き出す。その時間までには戻りたい。

 「ありがとう」と礼を言って、芙美は慌ててパジャマを脱いだ。クローゼットの手前にあった、お気に入りのワンピースを被り、まだ湿ったままの髪を手グシで直す。


「今日は遅くまで起きてる予定だよ。本がそろそろ終わりそうだからね」


 あんなに分厚いと思って見ていた彼女のお気に入りの恋愛小説も、しおりの先が残り一センチを切っている。


「そんなに面白いんだ」


 「面白いよ」とメグは本を手に取って、胸の前に抱き締めた。


「女の子が主人公なんだけど、恋人がいるのに病気で死んじゃうの。でも、彼にもう一度会いたいっていう願いが奇跡を起こして、彼女は生まれ変わるんだよ」


 身に覚えのある内容に、芙美は思わず立ち尽くしてしまう。メグは「はやくはやく」と準備を促しつつ、夢見がちに内容を語った。


「でもね、生まれ変わった主人公が彼に会えたのは、彼女が十六歳になってからで、彼も三十五歳。結婚はしていなかったけど、彼には婚約者がいたんだよ」

「す、すごい話だね。結末はどうなるの?」


 自分を重ねて、そのヒロインに期待してしまう。


「まだラストまで読んだわけじゃないから、わからないよ。他にも恋人候補の同級生がいるしね。でも私は、歳の差を乗り越えて、本命の彼と結ばれると思う」


 自分もそんな主人公のようになれればと思うが、きっとそれは最善ではない。


「幸せになれるといいね」


 鏡に映る自分は、弘人に会いたいと思っている。ヒロインも自分も、昔の記憶を離れることができないのだ。

 「じゃあ」とこっそりドアを開け、芙美は皆の目を盗んで静かに寮を出た。ミナもそうだが、修司には見つかりたくなかった。


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