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2 ルームメイト

「だから、頑張って」


 (うつむ)いたまま黙り込む芙美は、ちらりと顔を上げ、見合った都子(みやこ)の瞳から視線を逸らすように「ありがとう」と(うなず)いた。

 彼女に、父親に、本当に感謝している。


 十六年前の冬、ダムでの戦いで佐倉町子(さくらまちこ)が死んで、眠りに付いたはずの魂が、有村芙美(ありむらふみ)として蘇った。

 町子の記憶は、全てある。だから、この人を何度も悲しませてしまった。


 ――「私は、魔法使いなの! 私のママは貴女じゃない!」


 記憶が混同して、小さい芙美は都子に感情をそのまま投げつけた。二人で泣いた日が何度もあったが、都子はいつも芙美を突き離さずに言葉を受け止めてくれた。


「ありがとうね、お母さん」


 もう一度感謝を伝えると、都子も「ありがとう」と芙美の頭をグシャグシャに撫でた。


   ☆

 かつて、日本には一人の大魔女がいた。

 自らが持つあまりにも大きな力に苦しんだ彼女は、五つの魂にその力を吹き込み、五人の魔法使いを誕生させた。けれど、五人は後にその力を放棄し、力を大魔女へ戻す選択をする。


 大魔女は(きゅう)した。力を一人で抱える苦しみを再び負うことを拒み、五つの力を別の人間へと託す。

 その一人が佐倉町子だ。

 偶然大魔女に会い魔法少女になった町子は、他の仲間と出会い、恋をする。

 魔法を喰らうという魔翔との戦いは、新しい五人の魔法使いには弱すぎる敵だった。


 しかしある日、仲間の一人である少年・桐崎類(きりさきるい)が「魔法使いを辞めたい」と言い出したことをきっかけに、仲間に亀裂が生じる。


 彼はあの雪の日に、ダムの側にあるという大魔女の(ほこら)を目指した。彼女を殺して魔法の力を放棄するためだ。

 けれど、大魔女の死は世界の災いを引き起こすと言われている。

 類の行動に気付いた町子が彼を追ったが、命を落とす結果になってしまった。


 それが何故、芙美として生まれ変わったのか。あの時どうして類と戦わねばならなかったのか。

 答えが分からないまま、芙美は町子が死んだ歳まで成長していた。

 そして答えを求めて、ここに帰ってきたのだ。


   ☆

 都子を送り、芙美は寮へと戻る。

 昇降口側の校門を抜け、道の向かいに建てられた三階建ての学生寮は、町子が居た十六年前にはなかったものだ。


 郡部からの生徒も多く、当時は民間の下宿に入っている生徒が多かったが、建物の老朽化などからの受け入れ側の縮小もあり、保護者会が学校へ要望して建てられることになったらしい。


 芙美にとっては願ったり叶ったり。レンガ風に建てられたお洒落な外観は古い洋館を思わせるもので、山の風景によく映えていた。

 割り当てられた三階の部屋に行くと、消していったはずの明かりが扉の隙間から漏れていた。

 二人部屋のルームメイト。同じクラスのはずだが、まだきちんと挨拶をしていない。


 芙美は都子に撫でられた髪を手櫛(てぐし)で直し、「よし」とドアをノックした。

「はいっ」と、少し緊張気味の声がして、バタバタと足音が近付いて来る。芙美が名乗るのを待たずに扉が開かれ、中から飛び出してきたのは、くりくりとした大きな瞳が印象的な背の低い少女だった。


 両耳の下で結ばれた髪が勢い余って胸元で揺れている。

 淡いピンクのワンピース姿は、小さくまとめられた可愛さに拍車をかけていた。

 彼女は、芙美をルームメイトと認識してか、「お帰りなさい」と笑顔を見せる。


 「ただいま」とぎこちなく返事して、芙美は通されるまま中へ入る。居場所に困って、とりあえず対面に置かれたベッドの一方に腰を下ろした。



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