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25 灯台下暗し

 部屋に戻りシャワーを浴びる。

 ベッドに入っても、ずっと杖のことが気になっていた。


 あの時どうして手放してしまったのだろうか。大切なものだと自覚はあったはずなのに。

 類のようにどこかに隠すことができれば、今戦うことができたのに。


 けれど隠す余裕はなかったし、生まれ変われる事も知らなかった。そんな可能性を大魔女に教えておいてほしかったのに、彼女はどうして教えてくれなかったのだろう。


「ごめん。眠れない?」


 机の明かりをベッドに向け、パジャマ姿で読書を続けるメグが、パタリと本を閉じた。相当彼女にとって魅力的な内容の本なのか、夕方から読み始めた二段構成の恋愛小説は、すでに読んだページの厚みが一センチほどになっていた。


「ちょっと考え事してただけだから」


 ライトを消そうとするメグに大丈夫だよと手を振り、芙美はよいしょとベッドを降りた。


「修司くんのコト? 私に話せる事なら、いつでも聞くからね」

「か、彼のコトじゃないよ。でもありがと。ちょっと喉乾いちゃったから下行ってくるね」

「わかった。ちゃんと上着着ていくんだよ? コッソリね」


 一階はパジャマ姿禁止。芙美はパーカーを羽織り、百円玉を握りしめて部屋を出た。

 誰もいない食堂は薄暗く、暗闇を逃れるように急いで自動販売機のフルーツ牛乳を買うと、廊下に並んだソファに腰を下ろした。

 ごくごくと一気に半分飲んで大きく息を吐き出すと、突然現れた気配と同時に、少し怒り気味の声が飛んでくる。


「こら。消灯時間過ぎてるわよ」

「すっ、すみません」


 びくりと肩をすくめ、声の主を見上げる。ハーフパンツにTシャツ姿のミナだ。大きな胸のせいでシャツが小さく見えてしまい、女子の芙美でさえドキリとしてしまう。

 ミナはほのかなシャンプーの匂いを振りまいて、芙美の隣に腰を下ろした。


「眠れないの?」


 答えにためらって、視線を落とすように頷く。ミナは「そうか」と短く呟いて、


「じゃあ、ちょっとだけよ。元気ないけど悩み事?」

「悩み、っていうか。大切なものを失くしてしまって。どこを探して良いのかも全然見当がつかないんです」

「それじゃ、落ち着かないわね。でも、本当に大切なものなら見つかるよ。持ち主の想いが籠っているものなら、きっと返ってくる」


 そうあってほしいと祈って芙美は強く頷き、残りのフルーツ牛乳をズズッと飲み干した。


「それにね、探しているものって、案外近くにあったり、身近な人が拾っていてくれたりするものよ。灯台下暗しっても言うでしょ?」


 無邪気ににっこり微笑むミナ。彼女から視線を外し、芙美は助言に沿って頭を整理する。

 近い場所……やはり、最初に行くべき場所はダムなのだろうか。身近な人という見方で言えば、町子に一番近いのは夏樹だ。彼に聞いたら答えが出るかもしれないが、杖の存在を説明する術が見つからない。

 ただでさえ、あまり快く思われていないのに。


 しかし、そんな事で悩んでいたら、修司の隣に立って戦うことはできないだろう。

 気が急いて震えだす拳に、ミナがほんのりと温かい自分の掌を重ねてきた。


「焦らなくても大丈夫よ」

「ミナさん……わかりました!」


 くるりとミナに視線を返し、ありがとうと礼を言う。


「私、頑張って探してみます」


 ここに来て繰り返す、決死の決意表明。

 その思いだけで、答えが見つかるような、そんな気がした。


 翌日。

 夜の七時を過ぎてもまだ明るさの残る夜の空気は、少し冷たさを感じさせる。

 早めに夕食を済ませ、芙美は制服姿のまま一人寮を出た。7時までだという空手部の練習が終わるのを待って、駐車場に待機する。

 夏樹の車がどれかは分からなかったので、あまり人目につかない場所で、まだ明るい体育館と職員玄関の両方に目を凝らした。


 部活帰りの生徒たちがぞろぞろと体育館から出てくるが、薄暗い闇のおかげで気付かれることはなかった。そして、五分も経たないうちに彼は現れる。


「先生!」


 飛び出すように地面の砂利を弾ませてスーツ姿の夏樹に走り寄った。驚く様子はなかったが、夏樹はあからさまに厄介そうな顔をして「なんだ」と零す。

 辺りに誰もいなかったのが好都合だ。回りくどい言い方をして怪しまれるくらいなら、はっきりと言おうと、一晩考えて出した芙美の答え。


「単刀直入に聞きます。お姉さんが亡くなった時のことを教えて下さい!」


 まず、それが聞きたかった。怒鳴られる覚悟をして、力強く彼を見つめた。けれど夏樹はかすかに眉を寄せると、


「どうしてそれを聞きたいんだ。ただの興味本位なら黙っちゃいないが……」

「違う。知りたいんです、私の……理由は聞かないで」


 勢いのまま名乗ろうとして、理性がそれを留める。


「……変な奴だな。けど俺は十歳だったんだぞ。覚えてないんだ。ばあさんだって恐らく」

「だったら、直接おばあちゃんに聞きに行ってもいいですか?」

「それはダメだ。いいか、教師と生徒なんだぞ」


 きっぱりと断って踵を返そうとする彼の腕を芙美は両手で掴んで、「お願い」と懇願する。


「思い出したくないのは分かるけど、町子を助けると思って」

「この間もそうだけど、何で姉さんの名前を知ってるんだ? 新聞でも見たのか? お前こそあの日の真相を知ってるんじゃないのか?」

「私は何も知らないの。だから、知らなきゃいけなくて」


 夏樹はぐっと唇を噛んで、芙美を睨んだ。険しい表情が緩むことはなかったが、半ば根負けした様子で「じゃあ」と呟き、


「聞いてきてやるから、明日職員室に来い」

「本当? ありがとう!」


 強く沸いた衝動にぎゅっと目を閉じ、腕を掴む両手に力を込めた。


「やめろ、こんなところで。勘違いされるだろう?」


 芙美はハッとして手を放し辺りを見たが、特に人影はなくホッと安堵する。そして夏樹に対して深く頭を下げた。


「ありがとう。あと、もう一つだけ聞かせて」


 付け足すように本題を上げる。こっちの方が聞き辛い話だ。


「お姉さんの遺品に、木の棒があったか教えて欲しいの」

「棒? そんなのあったかな。まぁ、聞いといてやるよ」


 彼にはピンとこない話だったらしい。確かに町子は魔法使いであることを家族に隠していた。

 ただの木にしか見えないものを保管している望みは薄いのかもしれない。

 けれど僅かな望みでもいい。明日に期待して、早々に帰っていく夏樹を見送った。


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