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22/55

21 彼

 教壇側の扉。その奥は他と様子が違う。窓からの青白い光を遮るやたら大きな影。


「ひっ……」


 視界の隅がその姿を捉え、芙美はかすかに悲鳴を漏らし足を止めた。

 魔翔(ましょう)だった。しかも、とびきり大きいサイズだ。修司を握り締めた手が汗ばむが、奴に萎縮(いしゅく)してしまい放す事ができなかった。


 彼もその影を見ている。

 奴等は普通の人間には見えないはずなのに、今回騒ぎにまでなってしまったということは、やはり見える時もあるのだろうか。


 緊張を逃しながら、そろりと奴の正面へ向く。

 つるりとした卵のような丸い身体を、そこから生えた人間の足が支えている。手はなく、白い光を伴った大きな口以外は全てが闇の色に同化していた。


 いつから奴はそこに居るのだろう。出現を合図する空気音もない。学校の闇に共存しているかのように、そこで餌を待っている。


「お前にはアレがどう見える?」


 前のペアには見えなかったのだろうか。

 町子の亡霊だと噂していた先輩は、白い光を見たと言っていた。普通の人間は見え方が違うのか、それとも別の魔翔なのか。


 彼には奴がどう見えているのだろう――息を呑む修司の問いに、芙美は言葉を躊躇(ためら)った。


 戦えるか――? 戦えないだろう?


 強く自分に言い聞かせる。

 芙美や修司の身体より大分大きい。背はさほど変わらないが、丸い胴体部分だけで三倍の横幅はあるだろう。

 町子ですら、こんなサイズと戦ったことはない。

 だから、懸命な手段を判断せよ――。


「こ、怖いよ、修司くん。逃げようよ」


 精一杯の演技。メグに習って必死に説得すれば、一緒に階段を下りてくれるだろうか。

 奴を刺激しなければ、力のない芙美を追ってくることはない筈だから。

 無理するのは禁物だと先日弘人に注意されたばかりだ。過去の二の舞にならないために。


 キィと。

 魔翔が一つだけ鳴くのを聞いて、芙美は修司の手を引いた。

 けれど。


「俺は大丈夫だから。一人で逃げてくれるか? すぐ追い駆けるから」

「駄目だよ熊谷くん。危ないよ」


 魔翔はこちらを向いている。力のない芙美を餌だと知っている。

 「お願い!」と懇願する芙美を拒んで、修司は「ごめん」と繋いだ手を振り払った。


「お前は逃げろ!」


 大きく叫ばれたその言葉に、芙美の記憶が呼応する。


 ――「逃げろ」


 それは町子の記憶だ。雪のダムで同じようにその言葉を聞いた。

 目の前に居る彼は、熊谷修司という芙美のクラスメイト。

 そんなわけがある筈ないのに、突然頭をよぎった可能性に、そうでない理由を上げる事ができなかった。確信できるのが不思議なくらい、自分はそれを受け入れている。


「類――なの?」


 芙美を見る修司の表情に、当惑の色が混ざる。お前は何を言っているのだ、と。

 けれど、彼はその言葉の意味を理解している。否定はしない。そして、全てに納得した。


「お前、町子……なのか?」

「そうだよ! 類も、生まれ変わったんだね」


 類と再会できるとは思っていなかった。感慨深い喜びと同時に、自分が彼の死の現況である事が突き刺すように記憶を犯す。


「るい、私……」


 謝罪の言葉を吐き出そうとする芙美に、修司は「静かに」と人差し指を立てる。

 息を呑んで耳を澄ますと、闇の奥に声が聞こえた。恐らく次のペアだ。


「話は後にしようか。このまま逃げてもいいけど、噂の元は絶たないとな」


 目算して修司は「一分でカタをつけるぞ」とブレザーの内ポケットからそれを取り出す。


「杖? 戦えるの?」


 戦いを、力を放棄したいと言って大魔女を倒そうとした彼に、今力があると言うのか。彼の手に握り締められているのは、確かに魔法使いの杖だ。


「私、魔翔は見えるけど、杖も力もないの」

「ならコイツは俺の力に沸いたんだろ。いいか、すぐ終わらせるから俺の前に出るなよ」


 「うん」と返事して、芙美は廊下側まで下がり、壁に背をぴったり合わせた。

 彼が類だと言うことをまだ実感できずにいたが、杖から流れ出た緑色の光に、記憶の波が押し寄せてくる。


 キィ。

 待ってましたと言わんばかりに、闇に佇んでいた魔翔が動を示す。

 風船のように膨れている胴体が空腹には見えないが、白い口を大きく開いて、巨体を支える太い二本足が修司目掛けて跳躍(ちょうやく)する。


「気を付けて!」


 町子がこんな奴と見間違われていたのかと思うと、無性に腹が立った。自分が飛び出して戦いたい衝動を堪えて修司を見守ると、彼は返事の変わりに少しだけ笑みを見せ、目の前にぐるぐると魔法陣を張った。


 キィと魔翔は警戒し、並んだ机の上に片足を着地させ、もう一度跳ねる。

 机がガラガラと派手に横倒しになると、音に反応した次ペアの悲鳴が聞こえた。


「静かにしろよ、迷惑だ」


 回転する魔法陣が、修司の杖の動きに合わせて魔翔へと照準を合わせる。

 ひゅうと空気を震わせる風は、修司の力によるものだ。ピタリと止まる魔法陣は、今まさに空中から修司目掛けて飛びかかろうとする魔翔を捕らえている。


「ここで撃っていいの?」


 咲の作り出す異空間ではない。その照準のまま撃てば、魔翔もろとも天井が崩壊する。


「俺の力を忘れたのか?」


 得意気に笑って、修司はその杖に力を込めた。

 硝煙を撒き散らして、ドンと放たれた光の弾が魔翔の巨体を天井に叩き付ける。

 轟音に窓がピシピシと(きし)み、蛍光灯が高い音を立てて弾けた。パラパラと舞い下りる破片に、芙美は腕をかざして防御を取る。


 緑色の力を全身に喰らい、歪み出した魔翔の体はジュウと溶ける様に千切れ、ボタボタと床に落ち、そして闇の中へ蒸発していく。

 そんな一連の流れに、芙美は感嘆の息を吐いた。


「本当に、あっという間だったね」

「褒め言葉は後でいいから。ほら、騒ぎが大きくなる前に戻すぞ」


 そう言われてようやく、彼の力を思い出す。

 空中に再び現れた魔法陣は、球体の光だった。普段描く平面の魔法陣と同様、その意味を込める文字列が光の中で幾重にも重なる。

 修司の掲げる杖に合わせ、頭上に浮かび上がった光の玉は彼の合図で放射し、教室中をその色に包み込んだ。


 眩しさに目を細めた一瞬で、倒れた机も、割れた蛍光灯も天井も、何事もなかったように元通りの姿へ戻っていく。


「忘れてたよ、これ」


 修司はにやりとほくそ笑んで、杖をしまった。

 バタバタと廊下を走ってくる音がして、芙美は修司と顔を見合わせる。


「熊谷くん、有村さん、二人とも無事ですか?」


 寮長の声。どうやら次ペアが音に驚いてホールへ戻り、助けを求めたらしい。


「慌てるなよ。力は普通の人には見えないから」


 言い置いて、修司はぽんと芙美の肩を叩いた。

 確かにそうだ。けれど、教室に居ることと音の説明を、どうすれば良いのだろう――と迷う暇なく三人が飛び込んでくる。寮長と、その後ろに祐とメグだ。


「芙美ちゃん! 大丈夫?」


 教室を見渡したメガネ男子の寮長が何もないことを確認して、ホッと肩の力を抜いた。


「どうした? 後ろのペアが、凄い音がしたって顔面蒼白で戻って来たから、何事かと思ったよ。何かあったのか?」


 返事に窮して、芙美が修司の制服の裾をつまんで助けを求めると、


「すみません。ちょっと魔が差してしまって」


 淡々と述べられた言葉に、芙美は「は?」と慌てて彼から手を放し、驚愕した。


「あ、そうだったんだ。なら仕方ないな」


 真顔で受け止めて、寮長は更に「邪魔して悪かった」と付け加える。

 真に受けないで下さい――と芙美は声にならない叫びを訴えるが、弁解することも出来ず、がっくりとうな垂れた。

 寮長の後ろで「いやぁん」と大喜びするメグの声が、グサリと胸を貫いた。


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