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15 イメージソング

 すっかり暗くなってしまった帰り道。

 昼間の暑さが急に冷え込んで、オートエアコンが温かい空気を車内に送り出している。

 どんどん減っていく町の明かりを眺めていた芙美に、咲が「ねぇ」と口を開いた。


「あの二人を責めないでやってね」


 芙美はゆっくりと彼女に顔を向けた。

対向車のライトが映し出すその表情は、さっきまで大騒ぎしていた事を忘れてしまいそうなほど、物悲しさにふけっている。


「町子と類が死んで、私たちにも色々あったんだよ」

「……うん。町子は薫の気持ち知ってたから、きっとそうなってるんだろうって分かってた。それに、あの日ダムに行く類を追ったけど、いつでも逃げられたんだよ。強情を張って最後まで戦ったのは、私だから」

「でも、それが世界を救ったのかもしれない」

「分からないけど。今日は、咲ちゃんが居てくれて、本当に良かったよ。ありがとう」


 あの二人だけだったら、きっと今こうして落ち着いてなんていられなかった。


「私はマイペースなだけだよ。元々は私の方が年下なのに、何かおかしいね」


 咲は安堵したように微笑み、オーディオのスイッチを入れた。小さめのボリュームで流れてきた音楽は、ボーカルなしにアレンジされた町子が好きだった女性歌手の曲だった。


「最近聞いてなかったんだけど。懐かしいだろ? さっき買い物行った時、町子の好きな歌だからって、薫が入れといたんだよ」


「薫……知ってたんだ」


 これは、苦いコーヒーが飲めないことを覚えていてくれた弘人への衝撃の十倍に値する。

 「びっくり」と呟いて、芙美は咲と目を見合わせ、けらけらと笑った。


「それより、今のご両親はいい人かい? 名古屋からわざわざこんなところまで来ちゃって、怪しまれてたりしてない?」

「うん。とってもいい人だよ。でね、実は凄い家に生まれちゃって」


 咲の驚く顔が浮かんで、芙美は少しばかり恐縮して両手を膝の上に置いた。

 「どうしたの?」と一瞥する咲に、


「咲ちゃん、有村興産って知ってる?」と、ストレートに質問してみた。

「有村? ……あぁ。テレビでやってるやつ? ええと、海の白波を~」


 と、CDに被せて咲が歌い出したのは、日曜日の夕方に放送されている視聴率の高い国民的娯楽番組の合間に流れる、会社紹介のイメージソングだ。社歌をアレンジした物らしく、芙美の祖父がよく風呂に入りながら若干演歌調で陽気に歌っている。

 咲はそのまま一フレーズ歌いきって、会社のキャッチフレーズである、


「世界を繋ぐ橋でありたい、私たち有村グループ……って。え? 有村?」


 ようやく気付いて、咲は言葉をごっくんと飲み込んだ。

 一度冷静に運転に戻り、再び芙美をチラリと見る。


「有村……芙美、ちゃん?」

「……うん。うちのお爺ちゃんが、会長なの、有村グループの」

「まーじーかぁぁあああ!」


 男勝りの低い声で、咲は悲鳴に近い叫びを上げた。

 一瞬ハンドルから手が放れ、慌てて前を向く。

 旧道の田舎道、少ない交通量に感謝する。


「す、す、すごい人になってるねぇ? え? こういうのって、玉の輿? 嫌、違うか。結婚じゃないもんね」

「でもね、普通だよ。ウチのお父さん次男だし」


 祖父が会長である時点で、そのぐらいでは説得力に欠けるが。咲はうんうんと頷いて、


「生まれ変わるって、そういう問題も出て来るんだねぇ。私も覚悟しないと」


 息を荒げて興奮する咲に、「死んじゃダメだよ?」と芙美は注意する。


「分かってるよ。でも、こんな事言っちゃうと町子に失礼だけど、前より可愛くなったね」

「本当? 有難う」


 芙美もそれは少なからず感じていて、素直に「ありがとう」と礼を言った。


「咲ちゃんも髪が伸びて綺麗になったね」


 ショートカットでボーイッシュだった昔の記憶と比べると、大分女らしくなっている。


「周りがあんまり「男みたい」だって言うから、ずっと伸ばしてるんだ。褒めてもらえると有り難いね」

「今はもう着てないの? 戦闘服」


 魔法少女と言えば! と、咲がコスプレ好きの従兄弟に作らせた、レースフリフリのワンピースだ。男子にはローブだけだったが、町子も類も最後のダムでそれを着ていた。


「流石に今は……ねぇ。魔翔が現れるのも突然だし。芙美が着たいなら、用意しようか?」

「い、いいよ。可愛いけど、力もないし」

「どうなんだろうね。さっきの感じだと、杖があればもしかしたら――」


 食事の後、咲が弘人と薫に提案して、それぞれの杖を交換して力を試した。けれど結局、自分以外の杖では誰も力を発動できなかった。やはり杖も五本それぞれが違うようだ。


「どっかからひょいっと出てくるといいんだけど」


 何の飾りもない木の棒が、十六年振りに出てくる確率など、どれだけ低いのだろうか。

 あまりにも望みが薄く感じられて、芙美は大きく溜息をこぼした。


 寮に着くと、入口の外でミナが待って居てくれた。橙色の街灯がその姿を照らしている。

 時間を過ぎてしまって待ち構えられたのかと芙美は慌てて腕時計を確認するが、九時の門限まではまだ三十分ほど余裕があった。


 入口につけた咲の車を下りて「帰りました」と頭を下げると、ふわふわと香水の匂いを漂わせるミナが「おかえりなさい」と笑んだ。そして、車の中を覗き込んで咲に会釈する。


 咲は助手席側の窓を開けると、シート越しにミナを覗いて、「あれ」と突然言葉を零した。

 「どうしました?」と言うミナの顔を見入って、ぎこちなく首を傾げる。


「いや。初対面の気がしなかったので。会った事……ありましたっけ?」

「良く言われるので、多分気のせいですよ」


 確かにミナは美人だが、強い個性もなく大勢の中に居たら埋もれてしまうかもしれない。

 咲が「すみません」と頭を下げると、ミナは「いいえ」と微笑んだ。


「じゃあ、もう行くね」


 咲は芙美に「いつでも連絡して」とお店の詳細が入ったカードを渡し、顔の横で小さく手を振った。


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