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14 大人になるという事

 気持ちを全部吐き出すように泣いて、芙美(ふみ)は「もう大丈夫」と彼を逃れて椅子に座った。

 弘人は「分かった」と頷いて向かいの席に戻ると、ぐっしょりと濡れたシャツのボタンを開きながら、「一つ聞いてもいいか?」と、目を細めた。


「ダムに行ったあの日、お前は大魔女を見たのか?」


 唐突な質問だった。芙美は腫れた(まぶた)を指で確認しながら横に首を振る。


「そうか――(るい)は会ったのかな」

「災いらしきものが起きてないなら、少なくとも倒せなかったって事だよね。咲ちゃんから聞いたよ、弘人が大魔女を探しにダムへ行ったって」

「あぁ。でも会えなかった」

「弘人も、大魔女を倒そうとしたの?」

「違うよ。俺はただ、町子や類が死んだ理由を知りたかったんだ。二人がいっぺんに死んで、深層に近付けるのは大魔女だけだと思ったから」


 申し訳ない気持ちになって、芙美は頭を下げる。


「勝手なことして、ごめんなさい」

「正義感が強いのは分かるけど、一人で無茶するなよ」


 誰にも相談せずに行動し、結局最悪な結果を招いてしまった。


「うん――ごめんなさい」

「二回も謝らなくていいから。折角生まれ変われたんだから、大事にしろよ?」


 頭だけ縦に振ってうつむく芙美を横目に、弘人は窓の外へ視線を逸らした。


「類も生まれ変わってるなら、会いたいな」


 ぼんやりと呟かれた言葉に、芙美は「えっ」と顔を上げる。

 魔法を放棄したいと言い出して輪を乱そうとする類を、弘人は嫌悪していたから。皆の前でぶつかり合う様子さえ目にしてきた町子にとっては、そのセリフに違和感さえ覚える。


 しかし、これが大人になるということなのだろうか。

 「そうだね」と返して、芙美は生温いカフェオレをすすった。


「そういえば、魔翔現れないね」


 そろそろ二人が買い物から帰ってくる時間だ。咲の心配も杞憂として終わりそうである。


「出ても、俺がどーんと退治してやるから、大船に乗ったつもりでいてくれればいいぜ」


 咲の危惧をよそに「皿の五枚や十枚、どうにかなるだろ」と、弘人は開き直っている。

 しかし、そんな心配も束の間、外にエンジン音が響いて、スーパーの袋を両手に抱えた咲と薫が「ただいまぁ」と戻って来た。

 早々に薫が弘人の濡れたシャツを見て、思い立ったように無言で芙美に詰め寄る。

 芙美は、弘人の胸で泣いた事を彼女に謝らなければならないと思っていたが、「町子、ごめんなさい」と先に薫が頭を下げた。町子の知る彼女は、冷静で控えめで、何でもやりこなしてしまう、芙美にとって憧れの女性だった。けれどプライドも高く、他人に頭を下げるなど屈辱的な行為なのではないかと思ってしまう。


「薫は悪くないよ。だって、町子は死んだんだから。謝るのは私の方だ」


 芙美がごめんなさいと頭を下げると、


「あぁ、もう。湿っぽい事しないの! それより弘人、手伝って」


 咲はその場を一蹴して店の奥に弘人を呼ぶと、カセットコンロや鍋を運ばせた。


「大丈夫だよ、私は」


 芙美の言葉に、薫は瞬くように頷いた。

 そして可愛らしい喫茶店の店内は、あっという間に甘辛いタレの匂いで充満してしまう。

 テーブルに並べられた肉のパックは種類ごと小分けになっていて、スーパーの物とは思えない衝撃価格が貼られているものもあった。そのせいか二万円分にしては少なく見える。


 そういえば昔、この店で鍋パーティをしたことがあった。

 類や咲のお爺さんもいたあの時より人数は減ってしまったが、この時間、この空間が、芙美が望んだ十六年振りの団欒だった。



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