9 魔翔
「う……ん。みんなは、元気?」
「元気だよ。弘人も薫も。町子と類が死んで、一時はみんな大分落ち込んでたけど」
芙美は「えっ」と顔を起こす。
「類はやっぱり死んだの?」
「やっぱり、って。知らなかったのかい? っていうか、一緒だったんじゃないのか」
「一緒だったけど……彼の最後を見た訳じゃなかったから」
もしかしたら生きているかもしれないと期待してしまったのに。
「確かに……そうだね。二人の遺体が発見された場所は少し離れてたんだ。町子は当日に見つかったんだけど、類はダムのもっと奥に居たから三日後まで気付かれなかったんだよ」
「そんな」
傷を負った姿は覚えている。その身体で移動して、類は大魔女に会ったのだろうか。
「町子の事はニュースになったけど、類の死は御両親の希望で報道されなかったしね。私たち生き残り組はちゃんとした真相を知らないんだ。あの頃の類は「魔法使いを辞めたい」とか言って、少しおかしかっただろう? 何があったんだい?」
「類は力を放棄するために大魔女を殺すんだって祠を目指していたの」
ダムへ行く前日。大魔女を倒すと言った彼を説得すると、逆に一緒に行こうと誘われた。
――「力なんて、持ってること自体が災いなんだ」
彼の言葉に、町子は同意する事ができなかった。自分の力を誇らしく思っていたから。だから、はっきりと誘いを断った。でも彼が気になって、翌日後をつけたのだ。
「本当かい? でも、大魔女を倒すと――」
大魔女を殺すと、この世界に災いが起きると言う。力を与えられた時、最初にその事を教えられた。
だから、それはあってはならないことだと意識していたのに、あの日類は町子の説得も空しく大魔女を殺す為にダムを目指した。
彼を止めようとして、戦いになった。そして――。
「類が本気で攻撃してきて、それで。殺しあうつもりなんてなかったのに……」
ボタボタと涙がカップに落ちる。咲は水玉のタオルを芙美に差し出した。
「力を放棄したいとか、大魔女を殺すとか、アイツは何をしたかったのかな。どこで仕入れた情報か知らないけど、大魔女を殺そうだなんて。私は考えたこともなかったけど、災いって何が起きるんだろうね。それに、私達の前の五人は、何で力を放棄したんだろう」
大魔女が最初に力を与えたと言う五人の魔法使い。彼らが放棄した力を町子たちが受け継いだのだ。
「大魔女に会って話ができればいいんだけど。いまだに会えてないんだよね」
「ずっと……なの?」
「あぁ。町子たちが死んでも現れなかったし。弘人が何度かダムへ行って、祠らしき場所には行けたらしいんだけど、毎回空なんだってさ」
「そうなんだ……じゃあ、それこそ町子も類も無駄死にだったね」
「過去を悔やんだって仕方ないよ。町子が止めてくれなかったら、本当に災いが起きたかもしれないし。この十六年は、魔翔は出るけど平和だった。実際力があっても、何かに活用できるものじゃないからね。でも、力があるってことは自信に繋がる。心の強さにね」
それはよく分かる。
だから、いまだに類や前の五人が力を放棄しようとした理由が分からない。芙美に生まれ変わって、小さい頃は良く魔法を出そうと、失ってしまった杖の変わりにその辺にある棒を振っていたものだ。
今でも力が蘇ればと思ってしまう。
「類も、生まれ変わってるかな?」
「もしかしたら、そうかもしれない。芙美と同じように力がないなら、彼の望みが少しだけ……叶ったことになるのかな」
「うん。でも――魔法を嫌がってたから、記憶があっても名乗り出てはくれないのかな」
「そうだねぇ。元から硬いヤツだったしね」
リーダー格で明るい弘人とは違い、類はみんなの脇で相槌を打っているような大人しい男の子だった。だから、突然「力を放棄したい」と言い出した時には皆が驚いた。
「でも、それならそれで自由に生きていてくれたら、嬉しいな」
「案外、女の子に生まれ変わってたりしてね」
ニヤリと笑った咲の表情がサッと陰った。
頭上を睨む視線を追って、芙美は「まさか」と声を漏らす。
魔翔は気配が先に来る。芙美にそれを感じることはできないが、咲は「うん」と立ち上がり、ズボンのポケットから見覚えのある木の杖を取り出した。
「感じない? あそこだよ」
咲が目で示すのは、調理器具や食器の並ぶカウンターの向こうだ。
「ごめん、わからない」
何も感じ取る事はできなかったが、芙美も目を見張りながら立ち上がり、警戒する咲の後ろに避難する。
「もし、ここで私だけがあっちに行ったら、心配しないで待ってて。で、一緒に入り込んじゃったら、やられないように」
「う、うん」と答えて身構える。魔翔は魔法使いの肉体よりも、力そのものを餌とする。だから、力のない芙美の前には一度も現れた事がなかった。
地の魔法使いである咲は別の次元を作り出し、そこへ魔翔を誘って戦う事ができた。異次元に入り込めるのは、魔法使いと魔翔のみだ。だから多分、ここに一人残されてしまうだろうと予測するが、芙美はその声を耳にしてしまう。
キーン、と。
空気を切り裂く耳障りな高音に、両手で耳を塞いだ。
魔翔の放つ、独特の声。
「聞こえるのかい? じゃあ、もしかして――」
言い掛けて、ボンと含みのある重い空気音が弾けた。カウンターの奥へと伸ばした右手と反対、横に伸びた咲の左腕が後ろの芙美を護ろうとする。
「お出ましだよ」
頭ほどの高さで現れた魔翔は、アクロバットでも決めるように、くるりと宙返りして床に下りた。その姿が、芙美の目にはっきりと見えた。




