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ダーク・ダークウェブ  作者: 琵琶
第2章 双龍の灯籠
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3.実行単位


ダークウェブVRに接続、配信は行わないプライベート回線で、ツカサ師匠と共同でマツリカの家にあったPCの解析を開始する。

「まさかテンペストとはね。テル君、その幾何学模様で論文が書けるよ。」

「あれって本当にテンペストなんですか?」

「まず間違いないよ。女子高生にテンペストなんて、無茶をする輩がいるなあ。」

「マツリカの親が標的かもしれないんです。」

「そうかもしれないね。でも、その女子高生の疑いを消してから考えよう。まずは可能性の一番高い、もしくは検証が一番簡単なところから消していくのが、捜査の王道だよ。」

「しかしダークウェブVR上でPC検証なんて、面白いことを考えるね。」

「ここでなら、PC内のログ、SSD情報、盗聴器の画面写真をすぐ共有できますし、なによりダークウェブです。ここまで潜ってマツリカを追ってくる人は流石に居ないでしょう。」

《さあ、それはどうかな!?》

雷と煙と共に現れた。効果音つきで。CRLF!?同時にツカサ師匠と私に証明書が送られてくる。

「ビッグ・ブラザーがテンペストで君らを引っ掛けたぞ。」

「えっTorネットワーク上なのに!?ダークウェブ上なのに!?」

「もちろん冗談さ。ただ、私の耳には入ったがね。」とんでもない地獄耳だ。ビック・ブラザーより地獄耳なんてこの世に存在するんだろうか。

「で、テンペストで何があったんだい?僕は興味あるなぁ。」

「守秘義務で話せない。」

「隣の家の女子高生と守秘義務の契約書を交わしたのかい?」

「・・・・してない。」

「じゃあ話しても良いじゃないか。気になるねぇ、おふたりさん。」

「一体どこまで知ってるんだ。まさか、またCRLFが犯人じゃないだろうな。」

「女子高生を盗聴するのに、今どき壁に埋め込んで設置なんて古流すぎるぜ。スマホのフロントカメラでパチリ、それで良いじゃないか。なあZestyくん。」

「はい。私もそう思いました。」ツカサ師匠が返答している。

「ああ、言い忘れていたね。Zestyは私のハンドルネームなんだ。」

「ややこしそうだから、師匠と行っておこうか。君はどう見る?」CRLFが師匠に質問している。

「やり方が古すぎます。盗聴機器も古いです。」

「やり方が古いということは、犯人が古い人か、古いことしか知らない若い人が犯人だな。」

「CRLF、全然回答になってないぞ。」

「俺は良いこといったつもりなんだがなぁ。」

「テル君、そういえば気になることを言っていたね。登校日からその子には付きまといがいたって。」師匠はCRLFに気を使いながら私に質問してきた。

「確かにいました。男1人でした。」

「その男はどうやって引越し先と引越し日を知ったのかな。」

「前の家で情報収集されていた可能性が高いと考えます。」

「なるほど。では回収したPCを見ると、ログがcronで毎日消されているね。だからフォレンジックツールを回してみよう。このPCはSSDだからHDDよりはデータが消えにくい。何か出てくるかもしれないよ。」

「お願いします。」

「CRLFをのけものにするとは、恐れ知らずもいいところだぜぇ。」CRLFの後ろから、証明書が2枚送らてきた。インポートすると、1人の男と1人の女の子が現れた。

「おーいCRLF、あんたが居ないと会議が開かないじゃないかぁ。」小さな女の子がCRLFの肩に乗っかる。

「そうですよ。早く来てもらわないと困ります。」聡明そうな男が話している。日本語で。

「まあ、そういうなよ、シフトアウト(SO)。こいつら面白くてさぁ。」

「ベル(BEL)も面白そうだなーと思って、ここに入ってみた。へへっ。」BELはCRLFの肩越しに私達の情報を覗いている。

「へえ。テンペストじゃん。この形は初めてみた。」BELが驚嘆の声を上げたので、SOが更にかぶせて見に来た。

「効果があるようには見えないアンテナの形してますね。自作の可能性が高いかな。」SOが指摘する。ツカサ師匠は固まっていた。

「・・・・・The Controllsが3人も・・・・・戦争ですか?戦争が始まるんですか?」

「毎日が戦争さ。匿名掲示板に「私は今しがたロシアを永遠に非合法化する法案に署名しました。我々は5分後に爆撃を開始する。」とでも書いておいてくれ。」

「それは冷戦時代のブラックジョークです。」解るツカサ師匠が凄い。

「3人共、単に会議前に寄っただけだよ。Catch you later.(またね)」すぐに3人共暗闇の向こう側に消えた。

「テル君、フォレンジックツールを回すのは中止だ。The Controllsに操作されていたらと思うと怖い。さっきはPCには触られなかったから大丈夫のはずだよ。PC画面をちょっと見られただけだ。明日朝、テル君の家に、PCを預かりに、あとスペアナを返して貰いに行く。それで良いかい?」

「はい。早起きして待っています。」解析は明日以降だ。疲れた。食事をして風呂に入ってすぐに寝た。


雨が上がった朝、普段より早く起きる。スペアナを箱に入れて、マツリカから来たPCをカバンに入れる。ツカサ師匠は約束の時間通りに車でやってきた。

「スペアナは持ってきて。PCはテル君の家で解析しよう。」

「フォレンジックツール、触ったことないんですが。」

「日本語のメニューだから大丈夫だ。これがソフトね。くれぐれも内密にね。」

スペアナ回収、フォレンジックツールを私に渡すと、ツカサ師匠はすぐに車を出す。忙しい人だが、時間に正確なのは、見習わないといけないな。と思いながら見ていると、マツリカの前に白いバンが止まっていた。運転手は見えない。単なる駐車だろうか。しかし一応警戒して普段どおりを装って家に帰る。自室に帰ると、いつも回しているデバッガの調子をみながら、マツリカの盗聴PCの解析をフォレンジックツールを回して進める。説明書を見ると、そのまま動かし続けたら良いようだ。このまま置いておけば、下校時には結果が見れるかもしれない。


さて、解析の前に登校だ。念の為、マツリカから預かったPCは鍵のかかる机に入れておく。

LINEで、マツリカからおはようのメッセージが届く。こちらもおはようと返す。朝食を食べたら登校だ。

玄関を一緒に出る。マツリカに追いつくために少し小走りに走り、一緒に登校する。

「昨日は結局どうなったの?」

「警察には言わないことにしたよ。もうこれ以上の騒ぎは嫌だって結論が出た。」

「そっか。警察に相談したほうが良いと思うけどね。結論なら尊重するよ。」

「昨日は何で自分を警察に突き出すように仕向けたの?」

「仕向けたわけじゃないよ。どうしても疑われることは避けられないと思っただけだ。」

「将来はセキュリティの仕事、続けるの?」

「そうだね。いつかは、セキュリティの仕事について、御飯が食べられるようになりたいな。」

「目標がハッキリしてるって、格好良いよ。」

「マツリカも弁護士って目標がはっきりしてるじゃないか。凄いことだよ。」

「会って、たった3日なのに、凄いよ。」

「何が!?」

「ううん、何でもない。何故あそこまで調査してくれるのかなって。お金を払ってないのに。」

「ひとつは興味かな。もうひとつは、知ってる人としての義務だよ。セキュリティは安心してもらうためにあるんだ。マツリカには、その安心を与えてあげたい。」

「何だかプロポーズされてるみたい。心臓がドキドキしてきた。」マツリカは赤面している。

「そんな重い言葉じゃないよ。セキュリティを勉強する上での挟持みたいなものだよ。」

「じゃあ、もっと安心させてくれるために協力してくれる?」

「出来ることなら、もちろん協力するよ。」答えたとたん、近い方の手を握ってきた。

「えっと、こういうことって男子からするべきじゃないかな。」

「じゃあ握り返して。」ゆっくり、柔らかい手を握り返す。そして一緒に登校した。

マツリカの靴箱は、今日もラブレターで一杯だった。全部を丁寧に揃えて、カバンに入れる。仕草も本当に綺麗だ。そして、登校が終わったのに手を握ってきた。慌てて握り返す。他の生徒は「おお・・・・。」と感嘆の声をあげていた。そして、教室に入ったとたん、教壇の上に立った。手を繋いだままなので、私も教壇の上に上がる。マツリカは開口一番言った。

「本日、真金輝君と私伊賀茉莉花は、交際することを宣言します!」

学校全体が「なにいいいいいいいいい!!」と驚嘆の嵐だった。


授業中。メモでマツリカと会話する。

「なぜ交際宣言したの?まさかそんなことをするとは思わなかったよ。」

「テル君は私のこと嫌い?」

「嫌いじゃないけど、まだ会って3日目だよ。」

「私は好きだよ。困った時にすぐ助けてくれたじゃない。弁護士になる夢も応援してくれるし、なにより優しい。」

「それは、たまたまだ。もしかして、男避けで交際宣言したの?」

「違うよ。好きだから、付き合いたいと思ったの。テル君が駄目なら撤回する。」

「まずは友達としてなら、良いよ。撤回してくれる?」

「恋人前提の友達だね。大丈夫だよ。じゃあお付き合い開始と言うことで、不束者ですが末永くよろしくおねがいします。なにか好きな料理ある?」

「(撤回は無しか・・・・。)卵焼きが好きかな。何故そんなことを聞くの?」

「明日、手作り弁当持ってくるね。ごはん派?パン派?」

「ごはんです。いや良いから。俺は高校の食堂で満足してるから。」

「食べてくれないなら、私が2人分食べるね。」

「前言を撤回します。お弁当大好きです。謹んで頂きます。」即時に答えた。

初日にあんなに怯えていた美少女が、まさかこんなに恋愛に積極的だとは思わなかった。しかし、女子高生の手作りお弁当を食べるイベントが発生するなんて・・・・いや、イベントじゃない。紛れもなくリアルな現実らしい。


パソコン同好会には、また顔を出して下校しようとしたが、セットアップするPCがたまっているため、急いでセットアップする。マツリカは部室の片隅で、私を待ってくれていた。

クオラ部長が「どうせならパソコン同好会に入らない?交際宣言のこと聞いたわよ。断然、応援しちゃうから。」

「前は図書委員だったんですよ。テル君のITレベルについていけるか心配で躊躇してます。」

「テル君が凄いだけで、うちは私も含めてネットで遊んでるだけよ。」

「えっそうなんですか?」

「そうそう、だからここはチャンスよ。」

「クオラ先輩はテル君のこと好きですか?」

「うーん、部員としては好きかな。なんでもこなしてくれるし。恋愛感情は無い感じ。」

「わかりました。部員になるのを考えておきます。」

問題はミツルだ。クオラ部長がミツルを別室に呼び出す。

「ミツルくーん。マツリカちゃんが部員になってくれるかもしれないんだって。」

「えっあっえっ。交際するって本当だったんですね。」怯え方がおかしい。

「そこで別室に呼び出したわけだけど、ミツル君、君マツリカちゃんの画像を集めてないかな?」ミツルが硬直して変な間接音を出す。

「更に言うと、マツリカちゃんの写真を売ろうとしてなかったかな。」ミツルが更に硬直していく。顔が土色になっていく。

「更に更に言うと、マツリカちゃんの写真をコラージュしてエッチな写真を作って売ろうとしてなかったかな?」

「ハハハハハ、そんなことあるわけないじゃないですか。疑うんだったら、僕のPC全部見てくださいよ。」と言いながら部室に戻ってくる2人。

「全部見た。暗号化ストレージにたんまり入っていた。」私が即座に報告する。

「じゃあ、このミツル君用PCは、教育用PCをして、セットアップするから。テル君終え願いね。」

「わかりました。」有無を言わさず強制データ消去兼フォーマットに入る。

「あああああ、この2ヶ月のお宝がああ。」

「ついでにポケットにあるUSBメモリにある画像も初期化してくれるかな。」

「わかりました。」USBメモリを自分のPCに差して、強制データ消去するコマンドを叩く。

「ぐおわわあああああ。」ミツルは鳴いている。

「でも、自宅に保管してあるんだろ。」

「何故知ってるんです?」

「最初に教えたじゃないか。重要なデータは3箇所に置いておくようにって。ミツルなら守ってると思ってたよ。」

「マツリカちゃんの写真を、コラージュ含めて絶対に外部に漏らさないっていうなら、家のPCは勘弁してあげても良いよ。」

「部長は神様仏様です~。」これで、マツリカの写真はパソコン同好会から外部には出ないだろう。他の生徒の写真は、止めようがないので、無視するしかない。


さて、部活動が終わった。待ってくれたマツリカと一緒に帰る。帰りも手を繋いで帰るのだが・・・・。

「手を繋ぐの、自宅近くまでにしないか。」

「どうして?」

「マツリカと仲良くしてると、リヨが怒るんだよ。もう2日連続で怒ってる。」

「リヨちゃんは恋人ではないけど、許嫁とか?」

「違う。」

「まだ違うって意味なのかな?」こういうことに関して女性は鋭い。

「お互い良い人が居なければ、そうなる可能性はあるかもね。うちはいとこ婚が多いんだ。俺の父も、リヨの父もいとこ婚なんだよ。」

「リヨちゃんを悲しませたくないから、じゃあ家の近くになったら、手を離すね。」

「うん、助かる。ありがとう。」

しかし、異様な気配を感じて後ろを見ると、リヨが居た。

「ぎゃああああああああ。」

「・・・・。」リヨは静かに後ろに付いてきていたようだ。無言で、自転車に乗り、私の自宅に向かう。自宅前では、早朝に見たワゴン車が、まだ貼り付いていた。マツリカの家に貼り付いているのだろう。中は少なくとも2名が乗車していた。マツリカも気付いているようで、手を強く握り返してくる。このワゴン車を何とかしなければ。


自宅に帰ると、リヨがゲームをしていた。対戦ゲームで勝ちまくっている。

「ねえ、マツリカさんと日に日に仲良くなっているようなんだけど。」ゲームをしながら話しかけてくる。

「あ、ああ。感謝されちゃってね。」

「私も転校しようかな。」

「無茶苦茶だな。」

「じゃあテル君がこっちに転校したら良いじゃない。」

「女子高に転校できるわけないだろ。それよりも、自宅前にワゴン車が常駐している。なんとかしないと。」

「マツリカさんのことばかり。」

「被害が出てからでは遅いんだ。」

「今日は師匠に会う日じゃなかったっけ。」

「そうだ。師匠には、事情があって会えないことを伝えないといけない。」

「もう帰る。」

「まって、送るよ。ワゴン車に気をつけないと。」

「大丈夫。何かあったらすぐ大声あげるから。」リヨを玄関まで送る。玄関前には、ワゴン車が貼り付いたままだ。車のナンバーは下校時に覚えた。早くなんとかしなければ。


一方ワゴン車の中。

「なあヤス、ここで張ってて、すぐに何かわかるとは思えないんだが。」

「そりゃロンよ、すぐにわかったら苦労しないさ。持久戦だ。」

「ヤス、まさか2日で全ての盗聴器を外されるとは思わなかったぜ。」

「ああロン、前の家では見つからなかったのに、今回は引っ越しから2日で全部撤去だぜ。相当手練の探偵が絡んでいるはずに違いねえ。」

「ヤス、どうするんだ?前の家のとこの家では、客の情報から引っ越し前に盗聴器を設置できたが、ターゲットの家族には専業主婦が居る。難しいぜ。」

「ロン、専業主婦でも、ほとんど毎日買い物に行くはずさ。今日は行かなかったが、明日は行くと踏んでいるぜ。」

「ヤス、もう対象の女を攫ったほうが早くないか?」

「ロン、物騒なことはするなとの依頼だ。それに、客のところまで持っていく足が無い。」

「ヤス、面倒くさいぜ。」


戻ってテルの家。テルの家の前には監視カメラが設置されている。音声は取得できないが、動画を、クラウド上の読心術の深層学習アプリにインプットして、話している内容を解析して、全ての会話を聞き取っていた。

「変な輩だ。しかし強引に攫おうとしている者が居る。何とかしないと。ただ、簡単な対応でも良さそうだ。」

簡単な対応とは、スマホではなく、自宅の電話から、警察に電話することだった。朝からワゴン車が貼り付いている。作業をしている気配はない。気持ち悪いので注意して欲しい、という内容で110通報する。5分ほどで警察が駆けつけ、さらに所轄のパトカーまで出てきた。ワゴン車側は「休んでいるだけです。すぐに帰ります。」と言うと、どこかに去って行った。しかし1時間後にまた来ている。同じ車で。更に同じように警察に通報。同じ警察官が駆けつけてきて、更にパトカーが増えた。どうやら警察署に連れて行かれるようだ。

「ここが住宅地ってことを犯人側が把握していないのか。それともワゴン車の人間がバカなのか。」今はGoogleマップで、何処がどういう場所かは世界中から知ることができる。マツリカにLINEで、明日お母様はどれくらいの時間で買い物に行くかを聞いた。聞くと4時頃だという。下校時間と被るな。なら、手はある。

自宅の電話機に仕掛けを施す。盗聴用PCのフォレンジック解析はまだ済んでいない。明日の朝早起きするために寝る。


翌日の朝、早起きして確認すると、ワゴン車はまた居た。ただし車の色が変わっており、屋根にはハシゴが見える。出来る限りの偽装を施したようだ。

マツリカと一緒に手を繋ぎながら登校する。他の生徒は羨望の眼差しでこちらを見ている。私の下駄箱には画鋲がうず高く積もっていた。画鋲を全部取り除き、上履きを履く。マツリカとは授業中にメモで話し合う。

「家の前にワゴン車が居るね。」

「昨日警察に通報したから、大丈夫だと思うよ。」

「テル君が通報してくれたんだね。嬉しい。」

「あのワゴン車には絶対に近づかないで。外出とかは特に気をつけてね。」

「外出するときはテル君と一緒に行くことにするよ。」

「それは大変だ。早急に対応するよ。」

「あ、気に触ったらごめんなさい。」

「何も気にならないよ。」

「良かった。いつもありがとう。今日はお弁当持ってきたから、一緒に食べよう。」

「一緒のお弁当はハードルが高すぎる。せめて教室の外で食べよう。」

「わかった。じゃあパソコン同好会の部室でどうかな。」

「部室は普段、理科準備室だから、空いてたらそうしよう。」

そうだった。弁当のことを忘れていた。同級生の手作り弁当を食べれるなんて、夢を見ているのだろうか。しかも今まで見たことのない美少女の手作り弁当。ナードでありギークである自分にこんな幸運が訪れるなんて、夢のようだ。しかし、とても照れくさい。同じクラスで一緒に食べるなんて無理だ。昼休み前の休憩時間に、理科準備室の鍵を職員室で借りておく。これで大丈夫だ。うん。

昼休み、何もないふりをして、理科準備室に向かう。よし、大丈夫だ。鍵はかかっていて誰も居ない。これなら大丈夫。少し遅れてマツリカが来る。マツリカはもじもじしながら言った。

「テル君・・・・、昼休みのお弁当の時に二人きりになりたかったんだね。」

しまった!そうだ、マツリカとはまだ部屋で二人きりになったことがない。何の考えも無しに、リア充よりも高みに登ろうとしている。何とかしなければ。

「私は・・・・大丈夫だよ。テル君信用してるし。一緒にお弁当食べようよ。」

マツリカも私も、照れまくっていた。マツリカが手際良く弁当を机に置いてくれる。

「いただきます。」

照れて味がわかりにくいが、おにぎりが美味しい。塩加減が最高だ。とにかくおにぎりが好きなので、コンビニの新作おにぎりにすぐ手を出すくらいだ。感動して少し涙を流す。

「大丈夫?テル君。塩辛かった?」

「違う。とても美味しい。こんなに美味しいおにぎりは初めてだ。」マツリカの顔がぱあっと綻ぶ。

「ありがとう!実は、親戚の人以外の人に食べてもらうのは初めてなんだ。嬉しいよ。」

「おかずもとても美味しい。ウインナーも好みなんだ。可愛い切り方だね。」

「そうそう、タコさんウインナー。可愛いよね。」

ああ、さらば2次元。もう思い残すことはない。万感の思いで2次元の絵を削除することを決めようとした時、理科準備室のドアが空いた。

「テルくーん、理科準備室で2人でお弁当!?いやらしいなー。」クオラ部長が冷やかしにくる。

「何故ここがわかったんです!」

「そりゃ、交際宣言した2人が居なくなったら、皆探すでしょうよ。テル君のクラス、騒ぎになってたよ。」

「ぐああああああ。」頭を抱える。やることなす事、迂闊すぎた。とても恥ずかしい。

「まあ、理科準備室に鍵をかけておいたら、ばれないかもしれないけど、くれぐれも一線は超えないようにね。」

「いいいい一線なんてここここ超えませんよ。」クオラ部長は去っていった。

「テル君、盗聴器探してる時と全然違うね。可愛い。」

「可愛いのはマツリカだろ。可愛いと言うより美人だ。」

さらにラブラブな空気になってきた。ヤバイ、此処から先はどうしたら良いのかわからない。

「まあ、その、なんだ、男避けのために俺を使ってくれるなら、それで良いよ。」

「そんな風に考えたことないよ。」

「盗聴器を見つけた感謝からかと。」

「ううん。前も言ったじゃない。困った時にすぐ助けてくれて、弁護士になる夢も応援してくれるし、なにより優しいよ。本当だよ。テル君は私のこと嫌い?」

「嫌いなわけないだろ。」

「じゃあ好きってことでいいかな。」

「・・・・うん。」

「じゃあ付き合ってよ。」

「最初は友達としてからな。」

「わかった。友達の次はどうなるのか楽しみにしてるね。」

とびきりの笑顔で答えてくれる。私は自分が自分で無くなってしまう不思議な感覚に包まれていた。

弁当の時には、クオラ部長以外は誰も来なかった。ただ、教室に帰った時、質問攻めにあった。マツリカは「弁当を一緒に食べただけだよ。」と屈託なく答えたので、皆すぐに解散した。

今日は部活は無いので、授業が終わったら、理科準備室の鍵を返して、マツリカと一緒に帰宅する。下校する時の靴箱には、画鋲がうず高く富士山のように盛られていた。全部を取り外して、靴に履き替えて下校する。

下校前に、スマホを自宅に電話を転送して、自宅から110番通報があったように装う。昨日と違うワゴンだが、同じ人が居座っている。作業をしている気配は無い。気持ち悪いのでなんとかして欲しいと通報。これで、マツリカのお母様が外出する時間帯にはパトカーが周りを囲んでおり、マツリカの家には侵入できない。自宅前のパトカーと共に帰宅。これでマツリカが1人だが、家に誰も居ないということにはならない。

マツリカは、顔を赤くしながらお願いしてきた。

「お願い。一人だと不安なの。お母さんが一緒に帰ってくるまで、一緒に居て欲しい。」

「盗聴のネットワークカメラを1台持ってきて。うちなら母さんがいるし、2人きりにはならないよ。」

パトカーがワゴン車を囲んでいる間、マツリカの自宅前で盗聴用カメラを待つ。必ずカバンに入れることと言った通り、外からは見えないように持ってきてくれた。これで自宅に向かう。

自宅ではリヨは来ておらず、母さんが出迎えてくれた。母は自室に入るなり、いそいそとジュースを持ってきてくれる。

「へー、テル君の部屋ってこんななんだ。意外とスッキリしてるね。」

「ごちゃごちゃしてるよ。」

「あのハンガーにかかっている服は何?」

「あれはリヨの部屋着。」

「リヨちゃん、部屋に泊まることがあるの!?」

「家に泊まる時は母さんの部屋に泊まるよ。ここに来た時だけ部屋着に着替えるんだ。」

「ふーん。確かにリヨちゃんの道具って他に無いみたいだいね。」

ここでも2人きりだが、母さんがひっきりなしにジュースやおかしを持ってくるので、2人きりにはならなかった。今はワゴン車をなんとかしなければいけない。まずはマツリカの家に侵入しないように、玄関と裏口を見張ること。そして、解析が終わったPCから、マツリカの家の監視用に使われていたSSIDとパスワードを割り出すこと。

フォレンジックツールの解析は終わっており、SSIDとパスワードが表示されていた。あとは自宅のセカンドPCにSSIDとパスワードを設定。これで盗聴用カメラを支配下に置いた。続いて、盗聴用カメラ自体のファームウェアを最新に更新。更に管理用パスワードを最大文字数まで長くする。あまり意味はないが、時間稼ぎにはなるだろう。そして、盗聴用カメラには24時間ライブカメラでパンダを実況中継し続ける設定にした。

さて、これで後は、マツリカのお母様が帰るままで放っておけば良い。と思ったが、ここで気付いた。自室で2人きりである。

「テル君って、2人きりが好きなんだね。そのほうがよく喋るし。」

「あ、その、決して意図したわけでは無いんだ。怖かったらごめんね。母さんがいるから、2人きりと思わないで。」

「今までは、2人きりだと怖いから、意識的に男性と2人きりになるのは避けてきたんだけど。私は大丈夫だよ。信頼してるから。」マツリカが顔を赤くする。私も赤くなっていく。

「と、とにかくジュースを飲もう。」

「うん。美味しいね。」

ドアの向こうに母さんの気配を感じるので、手早く進めよう。外ではパトカーがワゴン車を別の場所に連れて行ったようだ。

「よし、これでマツリカの家に行けるよ。」

念の為、マツリカをマツリカの家の玄関まで送る。玄関を見る限り、侵入はされていないようだ。ただ、他の場所からの侵入も警戒しないといけないので、注意が必要だ。

「念の為、壁を修理する業者はちゃんとした業者にしてね。壁を修理する段階で盗聴器を仕掛けられるかもしれないから。」

「うん。ありがとう。何かあったら連絡するね。」

「うちは隣だから、変な電波が出ているか、大まかにはチェックしておくよ。」

自宅では火曜日から、Wifiアナライザを回している。無線LANに関しては、追うことができる。

「じゃあ、また明日。」

「明日もお弁当作っていっても良い?」

「もちろん。でも、無理しないでね。駄目だったら食堂で食べるから。」

「無理じゃないよ。明日も頑張るよ。」

「ありがとう。あ、ひとつ質問良い?」

「何でもどうぞ。」

「自分の写真をネットにアップしたり、動画を投稿したことはある?」

「今みたいな事が起きると嫌だから、スマホを持ってからは、写真や動画は投稿していないよ。」

「そうか、どうもありがとう。」

「気付いたことは何でも言ってね。じゃあ明日もよろしくね。」

照れながら、ドアを閉める。そして、すぐに自宅に戻る。ワゴン車が居ない今のうちしか動けない。もし隣が介入していることを知られると、面倒なことになるからだ。自室に戻り、フォレンジック解析の結果を見る。OSはUbuntu、監視カメラの動画一覧をWebにして、ポケットWifiから公開されていたようだ。接続ログの接続元は、北陸のひとつの場所からのみ。証明書ストアにはSSL証明書がひとつ入っていた。証明するURLは、「.onion」の自己証明書。証明書の国名は「cn」となっていた。マツリカの盗聴器にはダークウェブのウェブサイトが繋がっていた。


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