インクリメント
2.インクリメント
雨の中、伊賀さんと下校する。伊賀さんは携帯、LINEを教えてくれた。
「マツリカって呼んでください。」
「初登校の初日にそれは・・・・。」狼狽えていると、伊賀さんは畳み掛けてきた。
「お願いです。マツリカって呼んでください!」
「わかりました。」マツリカは必死の形相で名前呼びをお願いしてくる。
「でもどうして?誰かに頼まれたの?」あまりにも都合の良すぎる展開に、CRLFが絡んでいるのではないかと警戒してきた。
「誰にも頼まれていません。お願いです。嫌なら今日だけでも良いので、一緒に下校してください。」
「今下校してるけどね。」雨の中、生徒は遠巻きにこちらを見ている。
「もしかして、男避けとか?」朝に声をかけてきた変な男もこちらを遠巻きに見ている。
「お願いします。本当にお願いします。」顔の必死さに、事態が深刻なことを感じさせる。
「まあ、お隣さんだし、同じ学校の同じクラスだし、登下校を一緒にするって、こちらから頼みたいくらいだよ。」慣れない軽口を叩いてみる。しかし、下校している間はスマホが振動し続けている。
「スマホのバッテリー、LINEのフレンド登録で今日は家に帰る前に電池切れになるかもしれないね。」
「大丈夫です。いつものことなので、予備のバッテリーを繋いでいます。」
「いつものこと?」
「私、スマホが嫌いで、一時期ガラケーにしていたくらいなんです。」
「それは今どき珍しい。でもガラケーだと不便だろう。」
「不便なので今のスマホにしたんですが、電源を切らないと通知が鳴り止まないんです。」
「転校前も?」
「そうです。」
「それは妙だ。」美少女と登下校するのは、こんなに優越感があるのかと思っていたが、雲行きが怪しくなってきた。
「スパムメールが多いとか?」
「メール、SMS、LINEの通知はOFFにしています。」
「通知をOFFにしても、鳴りっぱなしとは変なスマホだね。壊れてるのかも。」
「あの、真金さん・・・・。テル君と呼んでいいですか?」
「いいよ。ついでに敬語もOFFにしてくれると嬉しい。同級生に敬語使われると、むずむずする。」
「テル君はパソコン同好会に居て、とてもITに詳しいと、今日担任の先生に聞きました。」友達からじゃないのか。
「まあ、確かに詳しいけど、通知をOFFにしても鳴り続けるスマホねぇ。興味はあるけど、今日会ったばかりの女性にスマホ見せてくれっていうのは無謀すぎるな。」
「確かに、スマホの画面は見せたくありません。」
「それは誰だってそうだよ。ただ、スマホの上の黒い部分、アンテナとか通知とかが表示される部分だけ見せてくれたら、もしかしたら何かわかるかも。」
「本当ですか!?」
「見せてくれとは言わないよ。スマホは個人情報の塊だからね。」マツリカはカバンからスマホを取り出した。
「上の黒い部分だけなら、見せられます。」マツリカは、傘を首にかけて、片手でメイン画面を隠して、上の黒い部分を見せてくれた。
「なるほど、ネットストーカーか。しかもかなり酷い。」
「え!?どうしてわかったんですか!?」
「#のマークがあるだろう。そこから先は敬語をOFFにしてくれたら答えるよ。」
「・・・・お願い。助けて。」マツリカは今にも泣き出しそうだった。
「落ち着いて。順序立てて説明するから。」
「引越し先・・・・。」
「えっ!?」
「引越し先、誰にも言ってないの。親戚にも。なのに、今日も初日から変な男がつきまとってきたの。」マツリカは涙を流し始めた。
「そういえば朝に居たね。落ち着いて、どこか喫茶店にでも入る?」
「駄目。どこにいっても誰かが居るの。」自宅に近づいて来た。いきなり家にあげるのも駄目だろうし、マツリカの部屋に入れてくれも駄目だ。うーんどうすれば良い・・・と考えあぐねていたら、自宅前に。
大魔神が仁王立ちしていた。
「テテテテテテテル君!?その美少女は誰なの!?しかも泣かしてるの!?」カッパを来た大魔神が自転車を振り回そうとしている。
「まて、リヨ、雨の日に暴れるな。話せば分かる。彼女は同級生だ。」
「テル君のところと制服が違うじゃない!」
「転校初日だから制服が違うだけだ。」
「転校!?なにそのイベント!私聞いてない!」
「落ち着け。なあ、話せば分かるって。」リヨはカッパからハンカチを出してきて、マツリカに差し出した。
「どうしたの!?テル君に何をされたの?」リヨはマツリカに質問している。マツリカは泣いて取り乱している。
「何も・・・・まだ何もされていません。」大魔神の顔が赤くなる。
「まだ!?まだって何!?今から何かあるの!?」
「リヨ、落ち着けって。マツリカとは今日会ったばかりだって。」
「マツリカさんって名字なの!?」
「・・・・(しまった)。」
「伊賀・・・伊賀茉莉花って名前です。」
「テル君、初日で名前呼びすて!?」
「リヨ、落ち着くんだ。伊賀さんがずっと泣いたままで良いっていうのか。」
「それは・・・・テル君が泣かしたんじゃない!」
「違います。それは違います。」マツリカが否定してくれる。
「じゃあ一緒にいるのは何故?」
「雨の中でやりとりするより、どちらかの家に入るか、喫茶店にでも行かないか。紅茶くらい奢るから。」
「じゃあテル君の家で。」
「賛成だけど、初対面の男の家に入るのはハードルが高すぎないか。」
「私は、いいです。リヨさんが居るんなら、2対1ですし、何かあったら警察呼びます。」
「うちお父さんが警察官だから、何かあったら石責の刑だから。」
「その刑罰は江戸時代だ。」
「・・・・少し落ち着いてきた。一旦自宅に戻って、私服に着替えてからテル君の家に行って良い?」
「えっ伊賀さんもテル君を名前呼び!?」
「ややこしくなるからリヨは黙っててくれ。OKそれで良いよ。親には、隣に行くとは言わないこと。それだけが条件だ。」
「何故言ってはいけないの?」
「誰かにストーカーされているからだよ。」
「わかった。家に行って、友達の家に行くって言ってから、こちらに来るね。」
「それで良いよ。あまり遅くにはならないよ。」
「わかった。本当にありがとう。リヨさん、いろいろごめんなさい。一緒に居てくれると嬉しいです。」リヨの学年を知らないので、リヨには敬語のままだ。
私は自宅に戻って、自分の部屋の片付けを始めた。リヨも手伝ってくれるが、部屋着に着替える気配がない。
「部屋着に着替えないの?」
「そういう気分じゃないのよ。」冷たくあしらわれる。
10分後くらいに、マツリカは私の家のベルを押した。
まず、マツリカにはスマホの電源をOFFにしてもらった。私はその携帯をプラスチックの箱の中に入れる。しかし、マツリカは私服姿も美しすぎる。そして、マツリカは、まずリヨに自己紹介した。昨日隣に引っ越してきたこと。今日私の高校の同じクラスに転校してきたこと。そして、ネットストーカー被害にあっていることと、それを私に相談していたときに泣き出してしまったことを説明した。
「リヨさんは、テル君の妹かお姉さんですか?」
「違う。同い年の従兄弟だよ。だから、リヨに対しても敬語はOFFで良いよ。」リヨから怖い視線が向けられる。
「制服が違うんですね。」
「リヨはミッションスクールに行ってるんだ。卒業後は看護学科に進める高校。」
「じゃあそこにかかっている女性ものの部屋着はリヨさんのですね。」
「そう。何故か今日は着替えが嫌だそうで。で、リヨ、なにかマツリカに何か言うことあるんじゃないか。」
「テル君、マツリカさん、疑ってごめんなさい。テル君がマツリカさんと一緒に下校したあとDVしてるのかと思いました。」
「その時点でおかしいと気づけよ。初対面で下校時にDVって俺はアル中か何かか。」
「こんな美少女がテル君と下校してるなんて現実離れしてると思いました。逆上してごめんなさい。」
「同じ学校なんだから、あり得る話だろう。」
「有り得ないと思っていました。」
「キッパリ言うな!」
「あの・・・・テル君とリヨさんはお付き合いされているんですか?」
「そんなことありません。なっ!?」私は即時否定した。
「そ・・・・そうです。まだ何もありません。」含みのある言葉をマツリカに向ける。
「それよりも、マツリカの話をしよう。」
「あの、私もマツリカちゃんって呼んでいいかな。」リヨが提案する。
「はい。いいですよ。リヨちゃんよろしくおねがいします。」
「よろしくマツリカさん。」
「では、改めてマツリカの話を聞こうか。」
「私、今年に入ってからずっと何かに追われているんです。外に出ればスカウトや交際の申し込みがひっきりなしに来るんです。今年に入って2回引っ越したんですが、引っ越して初日からスカウトや交際申し込みの男が待ち構えていて、携帯はずっと鳴りっぱなしになるんです。内容は、スカウトと付き合いの申し込みばかりです。たまに、私の居る場所がわかっているかのような内容のLINEも来ます。もう怖くて怖くて。胸が張り裂けそうな毎日でした。警察にも相談したんですが、実際に被害が無いと動けないと言われました。それで、テル君の隣に越して来たのが昨日です。会ったのは今日が初めてです。」
「なるほど。わかったわ。」話の核心がまだなので、多分リヨはあまりわかっていない。
「相談してスマホの上の黒い部分を見せたら、ネットストーカーされているってすぐ気付いてくれたんです。」
「やっと話が進められるね。気付いた理由は、左上に#マークがついていたからだよ。」
「この#マークはスマホを買ったすぐにはついていませんでした。確かに後から#マークがずっとついているようになりました。#マークがネットストーカーなんですか?」
「正確には、#マークは、スマホに何でもできてしまうマークだ。ルート権限と言ってね、例えば、LINEやSMS、メール。写真の内容を全て盗聴することが可能だ。外部へ送信もできる。連絡先も外部送信ができる。」
「それってつまり・・・・。」
「スマホを完全に乗っ取られているってこと。」マツリカはまた泣き出しそうだった。
「どうしてそんなことに・・・・。」
「誰かがスマホに細工したんだ。直接触ってね。」
「スマホのネットワークから乗っ取られてたわけじゃないんですね。」
「違う。ルート権限取得の手順はややこしい上に、ネットワーク上からルート奪取はセキュリティホールが無いと無理だ。常時ルート権限取得は、必ずスマホを直に触る必要がある。」
「どこで触られたんでしょうか。」
「どこかで故障して、修理に出したこと無い?」
「あ、修理に出したことあります。」
「修理先でルート権限を取得されたんだろう。何故そこで変なことをされたのかは置いておいて、今されている状況を改善しないといけないね。」
「どうすればいいですか。」マツリカは真剣に聞いてくる。しかし、納得してくれるだろうか。
「スマホを俺に一晩預けてくれたら、何とかできるよ。でも、今までの経緯からすると、俺に預けることがリスクのひとつと考えたほうが良いかも。」
「テル君、なに自分も疑えみたいなこと言ってるのよ。」リヨが変な顔をしている。
「なぜここまでストーキングされて、俺だけ信頼できるんだ。信頼というのは一朝一夕でできるものじゃない。ましては女子のスマホだ。男は本来、見るべきではない。」
「なに格好つけてるのよ。さっさと直してあげたらいいじゃない。」マツリカは悩んでいるようだった。
「わかりました。」
「そうだ、引越し先は誰にも言っていなかった、と言っていたね。」
「はい。」
「じゃあマツリカのお父さん、お母さんのスマホもどちらか1台が乗っ取られている可能性が高い。両親に相談したほうが良いよ。」
「わかりました。今から両親に相談します。」
「今は、俺も信頼しないで欲しい。ストーカー対策はそれくらい警戒しないといけない。」
「今まで相談に乗ってくれる人は居たんですけど、#マークだけでネットストーカーを見破ったのはテル君が初めてです。だから、信頼します。それに、リヨさんもいるみたいですし、ストーカーしてくることはないかなって。」リヨはマツリカと熱い握手をかわしている。
「じゃあ、今から両親に相談してきますね。すぐ戻ります。」
「あ、スマホ持って帰ってね。あと、連絡はスマホでしないで戻ってきて教えて。」
「はい。」スマホを箱から出して手に持ち、1Fに降りていく。すぐに傘を差して隣の家に向かった。数分後、マツリカは戻ってきた。
「お、お父さんのスマホも#マークついてました。お母さんのスマホは#マーク着いてませんでした。」
「事態が深刻さを増してきたね。」私は携帯電話を物理的に開けるツールであるiFixitの準備をしている。iFixitはマツリカの家に持っていったほうが良さそうだ。
「じゃあ、マツリカの家に行くよ。ご両親に事情を言わないといけない。」録画用カメラとして、スマホスタンドも持っていく。あと紙を2枚とノートPC、ケーブルをカバンに入れる。
「じゃあ、リヨはゲームでもしてて。」
「何言ってるの。私も行くわよ。」
「言っても何も出来ないじゃないか。」
「マツリカちゃんも一緒のほうが良いよね。」
「あ、はい。一緒のほうが安心できます。」
「ほら言ったじゃない。さあ隣に行くわよ。」女性間の阿吽の呼吸を見た気がしたが、まあいい。隣の家に行くため、貰い物のお菓子の詰め合わせを持って隣に向かう。
隣の家に行った。玄関で「隣の真金です。よろしくおねがいします。」とご両親に挨拶して、お菓子の詰め合わせをお渡しする。キッチンに通してもらった。まだダンボール箱だらけの部屋だ。両親も警戒心が強いようだ。マツリカから、事情を話してもらって、携帯電話の上の黒い部分だけを見せてもらう。お父様のスマホにも#マークがついていた。お母様のスマホには#マークはついていないが、警戒する必要がある。
まずは伊賀さんの家のことを聞かないといけない。丁重に聞き出す。ただし、ノートPCでの筆談になる。
「隣の真金です。概要は伊賀さんから聞きました。」
「なぜノートPCの筆談になるんだ。」マツリカのお父さんの表情は固い。
「何か盗聴に狙われている理由に心当たりはおありですか。」
「娘だ。小学生から、スカウトや交際の申し込みがひっきりなしなんだ。」
「娘さんはとても綺麗ですが、それだけで父親まで盗聴をする理由にはなりません。」
「私のスマホも盗聴されていると言うのかね。電話会社に言ったら、盗聴はされない構造になっています、と言われたよ。」
「その通りです。普通の状態では盗聴はできません。ただし、普通の状態でないなら、盗聴は可能です。左上に#のマークがついているでしょう。」
「確かに、私のスマホと娘のスマホにはついている。これが何だと言うのかな。」
「#マークは、携帯の一番強い権限を取ったときに表示されるマークです。#マークがあると、携帯の盗聴から、メールアドレス、SMS、LINEの盗聴まで可能です。設定を変更することも可能です。先程伊賀さんから聞きましたが、通知をOFFにしても通知が鳴り止まないそうですね。これは一番強い権限を取られていないとできない設定です。」
「一番強い権限というのは何かね。」
「ルート権限と言います。スマホの保守や、スマホの開発時に利用して、一般販売になったら使わない権限です。疑われるのであれば、携帯会社か、ネットで調べてください。「スマホ ルート 取得」で検索すれば、やり方が出てきます。」マツリカのお父さんは、暫くネットで検索して、内容を眺めていた。
「ルート権限は強い権限を得るためだけに利用します。おそらくは、その上に浮気調査アプリがインストールされています。「スマホ 浮気調査」で検索してきます。盗聴アプリケーションが何個か表示されるはずです。」Webでの検索結果を見て、驚いている。
「盗聴ができることはわかった。我々は何をすれば良い。」
「一番簡単なのは、販売店に行ってスマホを交換することです。もうひとつは、私に少し預けてくれれば、浮気調査アプリを削除します。」
「スマホを初対面の人に預けるというのは厳しい。」
「その通りです。ですが、交換するか預けるかしないと、現状、盗聴されたままになります。削除作業は眼の前で行います。何かあったら警察に届けて頂いて良いです。録画用のスマホとスマホ台も持ってきました。訴える時は、録画した動画を使ってください。」
「しかし・・・・。」マツリカのお父さんは、思わず口から声が出る。
「お父さん、今年2回引っ越しても、ずっと追いかけられてるんだよ。お願い、お父さん。早く静かな生活になりたいの。お願い。」マツリカは大粒の涙を流して必死に父に訴える。
「わかったよマツリカ。この場でなら、預けても良い。ただし1時間だ。それ以上は預けられない。」ここからは声で話す。
「では準備しますね。まずはスマホの電源を切ってください。」録画用のスマホと、スマホ台を容易する。また、iFixitを広げる。
「君は何者なのかね。」
「普通の高校生です。」
「普通はこんな道具は持っていないと思うがね。」マツリカのお父さんは警戒を解いていないが、当たり前だ。そして、電源を切ったスマホを預かった。
「LINEや他のSNSのパスワードは、全部覚えておられますか?」
「ああ、全部覚えている。マツリカは?」マツリカの父さんが先に答える。
「私も、全部覚えています。」
「その覚えているパスワードは、全部変更しなくてはいけない。作業中に難しいパスワードを考えておいてください。とても長くて難しいものが理想です。最低9文字以上でお願いします。」そう言いながら、まずはマツリカのスマホを手に取る。そして、iFixitで内部を開けた。
内部は複雑な組細工のようになっていたが、一番手前にプレート状の部品があり、その部品のみ、組み合わさっていなかった。ノートPCでは同じ機種のスマホの内部図を検索する。ささやき声でマツリカのお父さんに伝える。
「これ、スマホを電源OFFにしても盗聴できる部品です。」
「何だって!?そんなバカな。電化製品だぞ。電源をOFFにしても盗聴などできるはずが
が無い。」
「お静かに。事実です。この部品は、電源を切られた時でも追えるようにバッテリーに繋がっています。夜に電源をOFFにして、朝になったらバッテリーが減っていたことはありませんか?」
「・・・・ある。その通りだ。」
「私もあります。」マツリカも答える。
「まずはこの部品を外します。」慎重に部品を外す。すぐに組み立て直す。そしてマツリカの携帯も内部を開けた。スマホの機種は違うのに、同じ部品が入っていた。これも慎重に外して、次にマツリカの母さんのスマホを開けた。こちらには入っていない。慎重にスマホを閉じる。
「これで盗聴からは回避されたのか?」マツリカの父は少しだけ緊張を解いてくれた。しかし、終わりではない。
「次に電源をONにします。その後一旦お返ししますから、その間に写真をクラウド上に保存してください。写真、LINEの会話履歴、SMSの会話履歴は消えますが、諦めてもらうほかありません。」
「わかった。言うとおりにしよう。」盗聴器が出てきたので、少しだけ信頼関係が築けたようだ。写真をクラウド上に退避したあと、マツリカがスマホを返してくれた。
「じゃあ、今の情報は全部消えるから、いいね。おっと、LINEのユーザ登録はしてる?」
「はい。実は買ったばかりでそんなに履歴は残ってないです。LINEのユーザ登録はしました。」確かにLINEのユーザ登録に名前がある。それでは続けよう。
マツリカと一緒にスマホの画面を見ると、SuperSUが入っていた。こんなアプリ、普通は使わない。ここでアンルート選択をして続行ボタンを押す。押した後、デバックモードをONにしてスマホを再起動。再起動時に特定のボタンを押し続け、リカバリーモードにする。リカバリーモードにしたところでノートPCと接続。強制初期化を実行して更に再起動。次はスマホに適合した最新のOSイメージをPCから読み込ませて、OSをクリーンインストールする。作業は15分程で終了した。これで何の仕掛けもないスマホが出来上がった。
「あのお父様、ウイルス対策ソフトは何をお使いですか?」
「ESETというのを使っている。」
「なら良かった。ESETなら契約内で、スマホにウイルス対策ソフトをインストールできます。」マツリカのスマホにESETのウイルス対策ソフトをインストールする。シリアル番号はマツリカのお父さんに聞いた。これで準備OKだ。
「はい、これであとはLINEやインスタをインストールして、すぐにパスワードを変更して。あ、Googleのパスワードもね。パスワードがついているものは全て変更しないといけないから。」
「わかりました。すぐにパスワードを変更します。」アプリのインストールと、パスワードの変更作業に入る。
マツリカのお父さんのスマホも同じ手順で初期化を行う。あとはウイルス対策ソフトをインストールして、預けて終わりだ。念の為マツリカのお母さんのスマホも見る。アプリ一覧やプロセスモニタを見る限り、怪しいアプリは動いていないようだったので、ウイルス対策ソフトをインストールして終わる。ギリギリ1時間で作業が終了した。
「これでスマホについては大丈夫です。あとは変な人に預けたり、変な修理会社に出さず、販売店で修理をお願いすればOKです。この盗聴器2つはお預かりしても良いですか?」
「あ、ああ・・・・感謝する。本当にありがとう。ただ、盗聴器はまだあるかもしれないんだ。」マツリカのお父さんが話しを切り出した。
「昨日引っ越したばかりなのに、もう盗聴されているんですか?」
「本当かどうかはわからない。ただ、昨日の深夜に人の話し声がしたんだ。壁の中から。」一見すると怪談のようだが、私にはその情報だけで十分だった。
「ネットワークカメラか何かを設置されていませんか?」
「前は設置していた。熱帯魚の観察のために。ただ盗聴が酷くなってきたので、やめたんだ。でも今も盗聴されている気がする。」マツリカも、マツリカの母も憔悴した顔をしだした。
「わかりました。じゃあ盗聴器を探しましょう。でも今日は道具が無いので無理です。明日以降にしましょう。」
「君は将来探偵にでもなるのかね。スマホは綺麗にするし、壁の中から声が聞こえるだけで盗聴器と判断したり・・・・。」
「探偵は希望していません。普通の高校生です。では明日、学校が終わってからお邪魔します。パスワードを変更しても、まだ通知が鳴り止まないようだったら、LINEか電話で連絡ください。」
自宅の自室に戻る。今日は疲れた。だけどまだ続きがある。ツカサ師匠に道具が無いかの質問を投げると、すぐに返ってきた。「貸せるよ。今からテル君の家に持っていく。」だそうだ。
「テル君なにしてたの?」リヨが質問してくる。
「ずっと隣で見てたじゃないか。スマホを分解して、元に戻してたの。」
「私のスマホも分解したことあるの?」
「あるわけないじゃないか。興味がない。」と言うと、鉄山靠が飛んできた。
「ちょっとは興味を示しなさいよ。付き合ってる彼氏がいるかとか。」
「いるんならこの家に居ないだろう。」
「それはそうだけど・・・・。」
「今日はこれから師匠に会うから。」
「雨の日に?」
「雨の日だから家に来てくれるんだそうだ。」
「親切すぎない?何か裏があるんじゃないの?」
「難しいな。今の所は信用してる。色々教えてくれるし。」
師匠が来るまで、リヨとゲームをして時間を潰す。
「ねえ、あのカードみたいな部品、どうするの。」
「あとで解析する。解析する道具が足らないから、週末に調達かな。」
「何もそこまでしなくて良いじゃない。盗聴器は外れたんでしょう。」
「まだあるってマツリカのお父さんは言っていたね。気のせいかもしれないけど。」
1時間ほどで、ツカサ師匠からSMSが来た。家の前にいるそうだ。
自宅で出迎えると、ビニール袋に包んだ箱を届けてくれた。「壊さないでくれよ。」とだけ言い残して、ツカサ師匠は去っていった。
自室に運んで、ビニール袋を破く。箱の中からは、測定機器が出てきた。
「テル君、なにこれ。高そうだね。」
「ツカサ師匠・・・・ローデ・シュワルツまでは頼んでません・・・・。」
「テル君、もしかして凄く高いのこれ。」
「1千万くらい。」
「ええええええええ。」リヨが驚愕する。私も、数万円のものを借りるくらいの気持ちだったのに。
「これはスペクトラムアナライザ。略してスペアナと呼ばれている道具だ。電波を検知する装置だ。」大手SIerのSEは、皆こんなの持っているんだろうか。
「1千万をビニール袋で持ってきたの!?」
「そこも驚くポイントだね。」
明日は長い一日になりそうだ。
次の日、雨はまだ少し降っていた。LINEでマツリカから「おはよう」コールがあった。時間を合わせて玄関から出て、一緒に登校する。
「おはよう!」マツリカはとびっきりの笑顔で出迎えてくれた。うう、美人すぎるだろう。こんな美少女と登校できるなんて、3次元も悪くない。
「昨日は通知もなにもなくて、普通に友達とLINEできたよ。本当にありがとう。」
「それは良かった。」今日は、昨日よりも多くのスカウトや交際申し込みと思われる男のつきまといが居るが、その度に私が間に入って、どっかいってろのジェスチャーをする。
「今日はうちの制服だね。」
「そう。あの後買いに行ったんだよ。可愛いでしょ。」
「可愛すぎて死にそう。」
「昨日お父さん、お母さんと話しててね、隣に魔法使いが住んでたって話題になってたんだよ。」
「スマホを初期化しただけだよ。」
「前に住んでた時は、探偵さんを呼んで、なんとかしてもらおうとしたんだよ。でも何も変わらなかった。でも、テル君は1日でスマホを魔法の道具に変えてくれたんだよ。本当に嬉しかった。」
「そんなにスマホの印象悪かったんだ。」
「スマホにしたから酷いことになったって思ってたもの。本当に。」
「学校ではスマホは電源切らないとね。」
「そうだね。じゃあ授業中は紙で話そうね。」青春だ。今青春してる。もしかして今が人生の絶頂なのかもしれない。そんな気がした。
マツリカは授業中に紙で色々なことを話してくれた。小学校高学年からつきまといが発生して怖かったこと。1度車に連れ込まれそうになったこと、交際はつきまといが怖くてしたことがないこと、モデル、アイドル、女優には興味が無いこと、将来は弁護士になりたいこと。
「マツリカの弁護士事務所は繁盛しそうだ。」と書き、返すと笑顔が返ってきた。本当に嬉しそうだ。そういえば昨日は2次元の絵を収集する時間を取らなかった。
しかし、美人というだけで、親のスマホにまで盗聴器を仕込むのは明らかに異常だ。異常者が家に侵入してきてもおかしくない。最悪のケースを想定しつつ、マツリカを異常者から引き離さないといけない。
放課後は、パソコン同好会に少し顔を出しただけで、踵を返すようにマツリカと一緒に下校する。まだ雨は降っているが、昨日よりは激しくない。帰宅すると、既にリヨが私の部屋でむすっとした顔でゲームをしていた。
「今日は学校早かったんだ。」
「そうよ。」
「これからマツリカの家に行ってくるよ。」
「わかった。制服に着替える。」
「リヨは関係ないだろ。ゲームしてたら良いよ。」
「付いていくっていったら付いていくの!早く部屋から出ていって。」帰るなり自室から追い出された。そしてすぐに制服で出てきた。こちらもスペアナと小さな斧をカバンに入れてマツリカの家に向かう。
「最初に言っておくけど、たぶんまずいことになるよ。」
マツリカの玄関ではお母様が昨日より丁重に迎え入れてくれた。お父様もおられるようだ。引っ越し休みを明日まで取得したらしい。マツリカの家に入ると、ダンボールはだいぶ減っていた。そのほうが良い。
「では、探索を開始しましょう。声のあった部屋を教えてください。」
「わかりました。」お父様が部屋を案内してくれる。夫婦の寝室のようだった。入るのは若干気が引けるが、入るしかない。
「ここらへんです。ここらへんから声がしました。壁の一部を指し示す。」
「わかりました。インターネットで無線LANはお使いですか?」
「使っているが、今は引っ越したばかりで、まだインターネットが開通していない。使っていないに近い。」
「わかりました。」手早くスペクトラムアナライザをセッティングして、2.4GHz帯と5.2GHz帯を確認する。アンテナを上下左右に振りながら、位置を特定する。
「確かにここに何かありますね。」
「傍目には何をしているかわからないです。」確かに傍目からみたらオカルト探偵みたいだ。
「リヨ、2.4GHz帯と5.2GHz帯の波が出たら教えて。」
「見方がわからないよ。波はずっと出てるよ。あ、ちょっと大きくなった。」
「それで良い。」電波は壁の向こう側を指し示している。
「お父様、壁を壊して良いですか。」
「・・・・わかった。引っ越したばかりだし、すぐに修繕できる。」壁を小さな斧で壊すと、配線が見えてきた。電気配線ではないので、引っ張り出すと、ネットワークカメラが出てきた。
「おお、本当に出てきた。」
「テル君凄い。」マツリカが驚嘆の声をあげる。
「ネットワークカメラということは・・・・この配線の先に、小さな穴があるはずです。そこから盗撮していたと考えられます。」指で指し示したら、その先に小さな穴があった。
「えっこんな小さな穴で!?」マツリカのお父様は驚いている。
「小さな穴を模様のように見せて、様々な方向から盗撮できるようにしていたんでしょう。」小さい穴は模様を偽装していた。
「でもどうして。声がするって言っただけでこんなものがあるなんて発想ができるんだ。」マツリカのお父様は唸っている。
「ちょっと前、ネットワークカメラから外国の声がするという事件があったんです。調べてみると、同じ国の製造のもので、パスワードを設定しても無駄で、外部の人が自由に操作できる脆弱性があったんです。恐らくこのネットワークカメラはその脆弱性があるのでしょう。そして誰かがこのカメラで見ていた時に、声も拾ってしまった。」
「ゾッとするよ。こんな小さな穴から覗かれていたなんて。」マツリカの夫婦は青ざめている。ネットワークカメラを電源から抜くと、電波は消えた。だが、スペアナから波が消えない。
「まだありますね。どんどん壊していきましょう。」
同じ調子で、マツリカの部屋以外の全ての部屋を回った。トイレ、風呂には取り付けなかったようだ。このことから、盗撮目的ではないことがわかる。他の部屋には1つずつ、ネットワークカメラが取り付けられていた。全てを外すが、スペアナの波は消えない。他の家からの無線LANも混じっているので、慎重に部屋の隅々までアンテナを向けて調べる。盗聴器を見つける度に、スマホのカメラで状況証拠を撮影する。
「おお、真金さん!」お父様が私をさん付けで呼び出した。
「まだ終わってません。お静かに。」次はマツリカの部屋だ。慎重にアンテナを向けてネットワークカメラを割り出す。ここにも1台あった。次いで、シーリングライトを全部開けて、全部屋の照明をチェック。電波は出ていない。変な突起物も見当たらなかった。天井にはつけていないようだ。何度も部屋を行き来して確認する。すると延長電源コードの中にカメラがついていない盗聴器の電波を発見。ということは、延長電源コードは全部黒と思って良い。幸いまだ配線する前だったので、延長電源コードは一網打尽にできた。
「ということは、この情報を収集するためのPCがどこかにありますね。」
「テル君、波が高くなったよ。」リヨがなにかに気付いたようだ。
「えっどこで?」
「わかんない。今までとは別の波の色だった。」これは・・・携帯電話の電波だ。
「誰か今携帯電話を使っていますか?」マツリカ家族は全員首を横に振った。とりあえず一番可能性の高そうなマツリカの部屋に行く。携帯の波は延長電源コード・・・・ではなく、USB充電器から出ている。
「これは・・・・。」
「USB充電器も盗聴器なんですか?」
「そのように偽装することがあります。ただ携帯の電波が出ていて・・・・。」小さいマイナスドライバーで、慎重に開けてみると、USB充電ソケットの上にSIMスロットがあった。USB充電器に偽装した携帯電話だった。すぐに電源コネクタを抜き、無効化する。
「USB充電器も全てまとめておいてください。後でチェックします。今はPCを探しましょう。」この手のPCを付ける時は、だいたい配電盤近くに配置するだろうと思い、配電盤近くにアンテナを向けると、確かに反応があった。慎重に配電盤を開ける。すると、ファンレスのミニPCが出てきた。USBソケットにはポケットWifiが繋がっている。なるほど、ネットワークカメラからPC、PCから携帯回線という配置とわかる。しかし、USBに1本だけ有線ケーブルが接続されている。これは何だろう。
「リヨ、ケーブルを引っ張ってみるから、音がする部屋を探して。」
「お、音!?どんな音!?」
「壁にあたったような音だよ。」USBケーブルを強引に引っ張ってみる。すると、2階から音がした。
「リヨ、2階に回って。」
「わかった。」もう一度強引にUSBケーブルを引っ張る。
「マツリカさんの部屋から音がする。」
「そっちへ行くよ。」マツリカ家族とともに2階のマツリカの部屋に向かう。
「音はここから。壁の中央くらいだよ。」
「わかった。壁を壊します。」
「任せました。お願いします。」マツリカの中央の壁を壊す。出てきたものは、小さなアンテナと、幾何学模様のアルミホイルだった。
「えっ。」私は見たことのないその装置に戸惑った。中央にアンテナ。アンテナを包み込むように幾何学模様のアルミホイルが貼り付けられている。これは何だ。写真を取って、ツカサ師匠にメールで暗号送信する。アルミホイルの形状から、アンテナの指向性を高めるための工夫であることはわかる。しかし、室内で電波を捉えても、あまり意味がないはず。これは・・・・。悩んでいる間にすぐ、ツカサ師匠から暗号メールが返信されてきた。
「それはTEMPESTだ。その家族は何者なのかチェックしなさい。」
テンペストとは、漏洩電磁波をキャッチすることにより、PCの画面情報やキーボードの入力情報を取得する高度な盗聴器だ。漏洩電磁波のみで、画面情報やキー入力を丸々盗聴できるため、国家レベルでのスパイ活動で利用されているらしい。らしいというのは、本当のところはわからないからだ。いや、待て。師匠は家族と言った。マツリカの部屋というのは・・・・。
「マツリカ、マツリカの部屋は事前に決まっていたのか?」
「いいえ、急な引っ越しだったから、適当に決めたの。」
「前の家も似たような部屋数と間取りだったのか?」
「間取りは全然違う。」
ということは、マツリカを狙ったわけではないのか。
「マツリカのお父さん、失礼ですが、職業は何をされていますか。」
「小さな会社を経営しているよ。」
「会社は、海外と貿易を盛んにしておられますか?」
「いいや。着物問屋だよ。全部が国内向けだ。」
では父親ではない。では母親が?しかし盗聴ソフトが入っていなかったので、母親の線も薄い。消去法でマツリカの可能性が一番高い。しかし、装置が大掛かりすぎる。電源はUSB給電ではなく別調達だし、見た目からすると、電波の出力が高いだろう。
「何なのこの装置?」リヨが聞いてくる。
「簡単に言うと、PC画面を盗聴する装置だ。」
「確かに向かいに勉強机はあるね。」確かにマツリカの机はテンペストの向かいにあるが、PCはまだ設置されていない。
「マツリカのPCはどんな形なの?」
「え・・・・ノートPC。普通の。」
ノートPCからは漏洩電磁波はあまり漏れない。だから装置を大型化したのか。一応辻褄は合う。
「取り乱してすいません。ノートPCの画面情報を取得するタイプの盗聴器です。取り除きますね。」慎重に、形をあまり崩さないようにテンペストを取り外した。
「これで全部だと思います。また何か変な声が聞こえるとか、盗聴されているようなら、僕に連絡ください。」マツリカの家族一同がホッと胸を撫で下ろす。マツリカの母親は泣き出している。
「では、盗聴器はどうしましょうか。今から警察に行って被害届を出せば、警察が捜査してくれるはずです。盗聴器を取り外す前の写真は取得済みです。」
「君は普段こんな悪質な盗聴をする犯人がわかるのかね。」マツリカの父が聞いてくる。
「本物の盗聴器を見たのは、今日が初めてです。」
「しかし昨日はスマホの盗聴器を見つけた。今日も素人とは思えない手際で盗聴器を見つけていたぞ。」疑われるのは仕方がない。
「疑われても仕方がありません。この中で一番犯人の可能性が高いのは、僕です。家は隣ですし、隣の家が少しの間だけ空き家だったことは知っていました。」
「お父さん、テル君を疑ってるの?」
「だっておかしいだろう。高校2年生でこの手際を見せられたら、誰だって疑う。」
「テル君と知り合ったのは昨日が最初よ。引っ越しが決まってから昨日までの間に、お父さんと私のスマホを奪って、盗聴器を仕掛けるのは無理よ。前の家からはかなり離れているし、前の家は今も話していない。」
「それは確かにそうだ。しかし・・・・。」
「テル君が犯人なら、スマホの盗聴器を外したりしないし、今日もリヨさんと一緒に家中をくまなく回るなんてしなかったはずよ。お父さん変よ。」
「!?・・・・テル君、君は何者なんだ。」
「今、僕は、セキュリティに関する訓練を受けています。手際が良いのはそのためです。証拠はありません。」
「セキュリティというのはコンピュータウイルスを防ぐとか、パスワードを破る犯人を見つけるとか、そういう訓練じゃないのかね。」
「携帯電話の保守、盗聴からの防衛もセキュリティのテーマのひとつです。セキュリティといっても広義のセキュリティは範囲がとても広いんです。例えば夜間の警備員、物理鍵の管理もセキュリティの範囲になります。」
「リヨさん?テル君は普段からこんなことをしているのかね。」
「毎日ゲームとパソコンです。子供の頃からずっとです。」リヨが、ものすごく曖昧な回答をして、幾分緊張が解けた。パソコンって何だよ。
「警察に言おう。」
「警察に言ってほしい気持ちはあるけど、テル君を犯人と話すなら、警察に話して欲しくない。」
「マツリカ!」
「たぶんだけど、前の家でも同じだったのよ。全ての家に盗聴器を仕掛けられていたの。だから、スパムメールに今学校に帰ったとか、親が帰ってきたとか、書いてたもの。」
「そのメールは私も読んだ。そして、前の家では電気料金が節電しても、やけに高かった。くそう。なんだってこんなことに・・・・。」
結局その日は伊賀家では結論を出すことができなかった。盗聴器とPCはマツリカの家に置いたままにしておく。スマホから出てきた盗聴器もマツリカに返した。夜になると、雨は上がっていた。リヨと私は、結局は壁を壊して盗聴器を見つけただけだった。
「テル君、気を悪くしないでね。」帰り際にマツリカが声をかけてきた。
「いいよ。犯人扱いされる予感はしていたんだ。確かに手際が良すぎだ。自分でも信じられないくらい。」
「リヨさんも、今日は本当にありがとう。」
「同い年なんだし、リヨで良いよ。」
「うん。これからよろしくね、リヨちゃん。」
「もし出来たらで良いんだけど、盗聴機器とPCは捨てないでうちに持ってきて欲しい。解析したいから。」
「うん。絶対捨てない。あ、ちょっと待ってて。」玄関を上がって、数分でマツリカが戻ってくる。
「はい。PC。これは持っていって良いってお父さんに確認した。大丈夫だよ。」
「ありがとう。解析して犯人を追ってみるよ。」
疲れ果てて、自宅の自室に戻る。リヨもクタクタのようだ。
「なあにあれ、さんざん引っ張り回して最後は犯人扱いなんて、怒りそうになっちゃった。」
「俺は、無力だな。」
「何言ってるの。すごい数の盗聴器を見つけたじゃない。」
「でも無力だ。伊賀さんの家族は今、ものすごく迷ってるだろう。そういう迷いから開放してあげないと、セキュリティについて勉強した意味が無いんだ。」
「ずっとパソコンでダークウェブを覗いているだけじゃなかったのね。」
「ダークウェブを覗くのもセキュリティのひとつさ。今日はありがとう。助かったよ。」
「いいよ。もう今日は帰るね。お父さんから鬼電なの。またね。」
リヨが帰ったあと、マツリカからLINEが来た。
「今日は本当にありがとう。気を悪くしないでね。そして、できれば明日からも一緒に登下校して欲しい。駄目かな・・・・。」
「いいよ。気にしていない。また明日よろしく。」
さて、これから、マツリカのPCを解析しないといけない。長い夜になりそうだ。準備していると、マツリカから追加のLINEが来た。
「ねえ、テル君、今、誰かと付き合ってる?」
「独り身だよ。」
「リヨちゃんと付き合ってるのかと思ってたんだけど。」
「リヨは従兄弟だよ。」まだそこまで行っていない。
「じゃあさ、明日から手を繋いで登校しない?駄目かな。」
「今日のことで変に気を使う必要は無いよ。普通に登校したい。」
「わかった。じゃあまた明日ね。」
さて、PCの解析にかかろう。