型宣言
1.型宣言
高2の6月に入ったが、まだ梅雨というほど雨は降っていない。彼女は、雨を連れて現れた。。走っている引っ越しのトラックと同期したように雨が降り出す。引っ越しのトラックが信号で止まると、雨の境目も止まる。トラックはテルの家に近づいていた。
都内の古い喫茶店の一席で真金輝17歳はノートPCのキーボードを小気味よく叩き続けていた。一息ついて、アイスレモンティを飲む。
「師匠、制限付きFizzBuzz問題が解けました。」
「わかった。確認しよう。」
師匠は眼鏡を目深にかけてコーヒーを飲んでいる30代前後と思われる男性だ。師匠の名前は、酒井司。大手SIerのSEである。前回のTorルータ事件でCRLFと私の発言の一部始終を、ダークウェブのVR中継で観ていた観客の一人である。その後、CRLFと私に名乗り出て、私のハッカーの師匠となってくれた。驚いたのは、実際に会うことを要求してきたこと。そして事件の1週間後に実際に会うと、本名、所属会社、電話番号、メールアドレス、SNSアカウントを教えてくれたことだ。ダークウェブのユーザは、個人情報を絶対に教えない。
「どうしたんだい?」ツカサは不思議な顔をしている。
「その、何故個人情報を教えてくれたんだろうって思ってました。」
「「ハッカーになろう(How To Become A Hacker)」のHP通りに本名を明かしただけだ。」
「でも会ったのはダークウェブですよ。」
「だから実際に会った時に本名を明かしたんだ。ダークウェブ上では明かしていないだろう。実際に会ったら、お互いに名乗る。社会人だと皆することだ。」
「ハンドル名を名乗ると思ってました。」
「実際にハンドル名で接触する方法はあるが、それだとお互いの信頼関係が深まらない。僕はね、君にハッカーとしての教育をしたくて名乗り出たんだ。理由はそれだけじゃないけどね。君は私の個人情報をダークウェブに公開するかい?」
「絶対に公開しませんよ。」
「本名を名乗ることで、君も名乗ってくれた。そして最初の、最低限の信頼関係が生まれた。だからそう言う心境になってくれているんだよ。本名を名乗るというのは、そういう正の効果があるんだ。」
「最初の課題がApacheの写経だったのは何故ですか。」
「Apacheは、数々の攻撃を受けて修正パッチを施し続けている、C++の名文のひとつだ。写経して損は無いよ。画面で見ているだけではわからなくても、写経すれば見えてくるものがある。」確かに、紙にソースコードを書くことによって、プログラミングの知見は広がった。
「小学校のとき、漢字を覚えるために、書き取りをやっただろう。同じ効果が、ソースコードの写経でもあるんだよ。現役プログラマも煮詰まったら、たまにやるんだ。おっと、このFizzBuzz問題、もう少しソースを短く出来るから、再挑戦してね。」
「わかりました。」ノートPCを見ながら、地道にコードをリファクタリングしていく。
「初めてにしては良い出来だ。もっと自信を持って良いよ。」
「ありがとうございます。」
5月から1ヶ月、週2回、水曜日と金曜日に1時間半ほど、プログラミングとハッキングの授業を受けている。授業は無料、喫茶店の飲み物もツカサ師匠が出してくれる。テルは何だか申し訳ない気持ちで、授業を受けていた。
「師匠。」
「なんだい?」
「師匠にとっては、この授業は負担ではないですか?」
「授業は楽しいよ。テル君は覚えが早いし、筋がとても良い。将来が楽しみだ。」
「せめて喫茶店の飲み物代は出しますよ。」
「学生が無理をするべきじゃないね。」
「TopCoder上位ランカーの授業を無料で受けるのは、気が引けます。」
「わかった。じゃあ、Code Golfの問題を何問か解いたら、コーヒーでもご馳走になろうかな。」
「Code Golfは難し過ぎます。」
「Code Golfは難解すぎるよね。最上位はプログラムじゃなくて魔法に見えるよ。」
「あの、Code Golfまでプログラミングを高めないといけないですか。すごく高い山に見えます。」
「冗談だよ。Code Golfはプログラミングの高峰だ。まずは基礎的なハッカー技術を全体的に学習する必要があるね。」
「良かったです。ホッとしました。」
「ただ、最終的にはCode Golfの領域まで登らないといけないから、意識はしておいてね。」
「わかりました。」
黙々とリファクタリングを続ける。師匠とは、出会った時から、ノートPCを有線LANで接続している。
「あの、質問良いですか?」
「なんだい?」
「なぜ喫茶店で、有線LANで接続してるんですか?無線LANを使うか、Bluetoothでも良い気がするんです。」
「良い質問だね。それは、スマホの無線LANをONにしたらわかるよ。」
言われるがままに、スマートフォンの無線LANをONにしてみる。暫く経つと、FreeWifiや他社のWifiが表示されるはずだ。しかし、何分待っても何も表示されない。この喫茶店にはFreeWifiがあるのに。何故だろう。
「この喫茶店の席にいつも座っているよね。」
「はい。いつもここですね。隅っこです。」単にお気に入りの席かと思っていた。
「Wifiが表示されないはずだよ。」
「本当ですね。電波が悪い席なんでしょうか。」
「違う。これを見てくれ。」そう言うと、胸元のポケットから四角いツールのようなものを机に置いた。
「これは妨害電波を出していてね。私とテル君の範囲のみ、電波をジャミングしているんだ。妨害電波の影響範囲を限定的にするために、いつも窓もない隅に座っているんだよ。今はWifiしか妨害電波を出していないけど、携帯、PHSの電波を妨害することもできる。あと、ICレコーダー向けに特定の周波数にノイズも発生させている。」
「何故こんな事をするんですか?」信頼されていなかったのか。
「まず一言言っておく。テル君を信頼していない訳ではないよ。防衛のためさ。今はスマホがICレコーダーにもカメラにもなる。Wifiのテザリング機能を使えば基地局になる。携帯単体でも盗聴器になる。誰でも盗聴が可能な時代なんだ。」
「何から守っているんですか?」
「守っているのは、僕じゃなくて、テル君さ。」
「えっ。」意外な答えが返ってきて少し焦る。
「僕を、何から守ってくれてるんですか?」
「他の悪質なハッカーからさ。君の行動は、VRを通してダークウェブに実況されてしまった。今や日本のダークウェブでは有名人さ。会話から、一体どこに居るのかや、携帯番号等の個人情報は実況からはわからないが、テル君を探す価値は十分ある。なにしろCRLFと実際に会ったユーザだからね。」
「・・・・CRLFって有名実況ユーザなんですか?」
「ちょっと認識が違うね。CRLFは、ダークウェブ全体のネゴシエイターだ。キングと呼ぶ者も居る。ダークウェブを司る最重要人物の一人だ。君はその本人に触れた。何の脈絡もなくテル君に1億渡し、テル君への援助まで申し出てきた。テル君を追えば、CRLFと接触できるかもしれないと思わせるには十分な出来事だよ。おかげでテル君はダークウェブのユーザからマークされているのが現状なんだ。」
「それは私もよくわからないんです。CRLFと会ったのはあのVRが最初のはずなのに、いきなり破格の待遇を聞かされて、最初は、詐欺か何かと思いました。」
「CRLFは、相手を潰す時は容赦しないよ。VRで話している暇も与えない。」
「CRLFと会ったことがあるんですか?」
「会ったことは無いね。接触するのはテル君と同じく、初めてさ。」
「師匠もCRLFに会いたいから僕に近づいたってことですか。」
「CRLFと接触したかった、という理由は、事実だ。ただ、テル君に早急にハッカー技術を教えておかないと、近い将来、良からぬ事になりかねないと思ったことも、事実だ。」
「良からぬ事ですか。」
「そう、詐欺師にそそのかされたり、変な団体から勧誘が来たりとか。」
「変な団体から勧誘って何ですか?詐欺集団や犯罪集団は絶対入らないですよ。」
「法人格を持っていて、サイバーセキュリティに詳しそうなことを装っている団体とか。」
「そんなデタラメな法人あるんですか。」
「これがあるんだ。後で教えておくよ。セキュリティ業界は、IT業界とも繋がっていて、利権が絡み合っているんだ。ぱっと見はまともな団体に見えるけど、実はデタラメなセキュリティ製品を売る業者がうようよ居るよ。」
「闇が深いんですね。」
「闇が深いのは、ダークウェブだけじゃないってことさ。サーフェイスウェブも、ディープウェブも、とても深いんだ。だから護身用に電波の届きにくい、盗聴、盗撮のしにくい席に座って妨害電波を出しているという訳さ。」
「今まで4回会いましたが、怪しい人はいました?僕は気付きませんでした。」
「僕もだ。今の所、怪しい人物は周りに来ていない。まあTor経由だから、送信元を特定されることは無かったから、他の実況の視聴者は都内かどうかもわからないんじゃないかな。僕もCRLFと話して、都内と聞いたからテル君に教えることが出来ると思ってここに居るんだ。」
「CRLFは僕の家を知っていたんですね。」深く頬杖をつく。
「CRLFは全てにおいて特別な存在だ。いや、CRLFの所属する団体は、特別な存在と言えばいいのかな。」
「ハッカー団体なんですか?」
「CRLFは公式にはグループ名を名乗っていない。ただ、外部からはThe Controllsと呼ばれているね。」私はスマホでThe Controllsを検索したら、何も表示されず、似た名前の音楽グループが表示された。ダークウェブ上の検索エンジンにも現れず。
「ダークウェブは謎だらけですね。」
「世の中の殆どはわからないことだらけさ。ただ謎が多いダークウェブの中でも、The Controllsは別格だよ。実はCIAかNSAなんじゃないかって話が出ているくらい、謎の存在なのさ。Stuxnetについて聞いたことはあるかい?」
「有名なコンピュータウイルスですよね。」
「Stuxnetは、東ヨーロッパから中東にかけて普及している産業機械を標的としたウイルスさ。インターネット経由だけでは無く、USBメモリ経由でも感染する。感染経路はわかるけど、東ヨーロッパから中東にウイルスをばら撒くとしたら、テル君ならどんな風にプログラムを組むかな?」
「えーっと・・・・東ヨーロッパから中東にかけて普及している産業機械に使われている機器を出来る限り調べて・・・・。」
「東ヨーロッパから中東にかけての産業機器に関しての情報は、ダークウェブどころかインターネット全体にも存在しないよ。」
「えっ。でも、誰かが調べたからウイルスが完成したんですよね。」
「そう。誰かが調べたんだ。徹底的にね。そして、Stuxnetは中東の核開発敷設のウラン濃縮用遠心分離機を破壊した。コンピュータウイルスでね。」
「本当の話か判断できないくらい壮大な話ですね。」
「この話が本当かどうかは永遠にわからないだろう。ただ、Stuxnetが特定の地域の産業機械を狙ったウイルスであることは確かだ。犯人は特定の地域の産業機械を調べ上げ、見事に標的にウイルスを感染させ、核開発計画を後退させることに成功した。」
「まさかStuxnetに、まさかThe Controllsが絡んでいるんですか?」
「関係しているかどうかも永遠にわからない。ただし、The Controllsがハッカー団体としては、“規模が大きすぎる”ことはダークウェブで言われているね。1億円を個人に即渡しするなんて、ハッカーどころか個人資産家でも、やらないだろう。そして、そんなに規模が大きい団体は、数えるほどしかない。」
「Stuxnetについて、もう少し調べてみます。」
「まあ、今なら調べても大丈夫だろう。ウイルス発生当時に首を突っ込んでいたら、どうなっていたか、わからないけどね。」
謎の人物が1億円ポンとくれて、1億が返ってしまい、私はダークウェブのユーザにマークされている。いくら聞いても状況がわからない。私はいったい何に巻き込まれたのだろう。そんなことを考えながら、師匠の課題をこなしていた。
喫茶店の帰りは雨だった。師匠は、タクシー代まで出してくれた。
「タクシー代は近いから遠慮しないで。それよりも、気をつけて帰りなさい。あと、家ではデバッガを引き続き回し続けておくように。」
タクシーから自宅に降りると、雨は更に激しくなっていた。家の隣に大きなトラックが見える。トラックの横を見ると、引っ越し会社のようだった。
「そういえばお隣さんは3月に居なくなっていたんだっけ。」そんなことを思いながら、タクシーからダッシュで家の玄関に向かう。玄関には、見慣れたローファーがあった。
「リヨか。この雨の中帰るのは大変そうだ。」
リヨは同じ高校では無く、ミッションスクールに通っている。順調に行けば、看護科まで進学することができる高校だ。リヨの家から私の家まで、自転車で20分と、ちょっと遠い。
「リヨ、来てるのか。」
自分の部屋のドアを開けると、ゲームを遊んでいるリヨの背中が見えた。もう既に部屋着に着替えている。機嫌は悪いようだ。そっと自分の机にカバンを置く。彼女は伊藤梨良同い年の私の従兄弟だ。青い眼鏡にショートボブ、ミッションスクールの制服をハンガーにかけている。そう、この部屋にはリヨの部屋着が常備されているのだ。座椅子に腰掛けてゲームをしている。ネットの対戦ゲームで、中々勝てないようだった。
「テル君、また怪しい人と会って来たのね。」リヨは憮然としている。
「何度も言うけど、怪しくないよ。大手SIerのSEだよ。」
「SIerって何?」
「IT案件を受託開発している会社のことだよ。」話しながら、制服を脱ぐ。リヨは女性だが、羞耻心は子供時代から完全に無くなっているので、普通に脱いで部屋着に着替える。
「どうしたの?全然ゲームに勝てないの?」
「違う。ゲームじゃない。」
「怪しい人と会っていることに怒った?前はそんなこと言ってなかったのに。」
「違う。お父さんから、テル君の家に行くのは週1回にしなさいって言われた。」
「へぇ。」理由はハッキリしているので生返事をする。
「テル君と一緒にデータセンタ(DC)に忍び込んだの、まだ許してくれないの。」
「そりゃそうだ。学校にバレたら一発退学ものだったし。」制服をハンガーにかける。
「それはわかるけど、行動を制限されるのは嫌なの!」今も週3くらいで来ている気がする。
「お互い、おとなしくしておくしかないんじゃないの。」
「おとなしくはするけど、テル君の家に週1なんて無理。」
「普通の女子高生は、門限もあって行動も制限されるものだよ。」
「今まではテル君の家に居るって言ったら、時間以外は何もなかったのに。」ブツブツ言いながら、ゲーム中では華麗に連続コンボを相手に叩き込んでいる。
「なあ、父さんのこと、黙ってくれてありがとう。」
「なによ急に。事情があるんでしょう?」
「事情はあるんだろうけど、母さんが教えてくれないんだ。」
「ならずっと黙っておくわ。お父さんには言わないから、安心して。」
父が死んだことは、母の判断により、親戚には隠されている。何故隠されているのかは、まったくわからない。すぐに親戚に連絡しようとしたが、母は止めて、2人きりの葬儀となった。
「そんなに長くは隠さないでね。親戚としては、心配したままというのは嫌だから。」
「わかった。母さんと相談するよ。」
隣の家からドカドカと音がする。
「お隣さん、引っ越してきたの?」
「そうらしいね。雨の日に引越しとは運が悪いね。」
「お隣さん、ずっと居なかったんだっけ?」
「そうでもないよ。急に決まって出ていったけど、すぐに売れたみたいだね。」雨はずっと激しくなる。
「今日は早く帰ったほうが良いんじゃないの?スマホの予報を見る限り、雨は明日まで激しくなる一方みたいだよ。」
「傘で来ちゃったんだ。困った。」
「叔父さんに車で迎えに来てもらう?」
「自転車を取りに来るのが面倒になるから、それも嫌。」
「わかった。カッパを貸すよ。」洋服ハンガーからカッパを出すと、リヨはゲームをやめた。今日は素直に帰ってくれるようだ。阿吽の呼吸で部屋を出ていく。制服と部屋着に着替える時は、私は部屋を出ていく。いつものことだ。暫く経つと、部屋から声がした。
「もういいよ。」ドアを開けると、制服に着替え直していた。カッパを渡して、玄関まで送る。
「あまり雨が酷いなら途中で引き返して来て。泊まっていってもいいよ。」
「明日は月曜だから。あと教科書が家にあるから、戻らないといけないの。」制服の上からカッパを被って、自転車に乗る。
「気をつけろよ。」
「ありがとう。また明日ね。」明日も来るつもりなのか。リヨは雨の中、力強く自転車で帰っていった。
翌日、雨はまだ激しいままだった。制服に着替えて、雨の準備をして登校の準備をする。玄関を出ると、隣の人も出てきた。軽く会釈をすると、会釈を返してくれた。隣の人は女性のようだ。傘が可愛い。隣の人が前に居る。同じ方向のようだ。しかし、隣の女性に変な男性がいきなり近づいている。女性はなんとか振り払おうとしているが、なかなか振り払えないようだ。こんな時に女性を助けたら、そこから恋愛が始まったりするのだろうか。そういえば、リヨにはまだ告白の返事をしていないな、と思いながら眺めていると、女性が本当に困っているようなので、見かねて助けに入った。といってもカッコイイことは言えないので、黙って女性と男の間に割って入っただけだ。
「なんだてめえ。」無視して女性との間に割って入る。ちょっと怖いが、雨の音のせいか、あまり怖くない。この前のTorルータ事件に比べたら、軽いものだ。無視し続けていると、男は去っていった。
「あの、ありがとうございます。」女性は困った顔をしている。こちらの警戒は解いていないようだ。
「いいですよ。あの、隣の真金と言います。はじめまして。」
「まあ、お隣さんだったんですね。伊賀と言います。」少しだけ警戒を解いてくれたが、まだ警戒されているようだ。傘からチラッを顔を見せてくれたが、美人のようだった。
「あの、私急いで居ますので、お先に失礼します。」伊賀さんは足早に去っていった。まあ、こんなことで恋愛が始まるなんて、なかなか無いよなと思いながら、高校に向かう。
担任の先生は、10分ほど遅れて教室にやってきた。開口一番言い放った。
「おはようございます。男子には今日は高校生活最高の日になるぞ。」何故?
「転校生を紹介します。さあ、入ってきてください。」教室内がざわめく。6月に転校生とは珍しい。ドアを開けた瞬間、教室全体が固まった。
転校生は女性だった。容姿端麗、絶世独立、仙姿玉質、清流のような長髪、陶器のような肌、今までクラス1、学年1の美少女を見てきたが、全員が霞んで見える。いや、アイドルでも居ないような美少女だった。女優と言われたら信じるだろう。そして、教室全体に良いニオイが漂いだした。なんだこれは。美人すぎる。後光がさしているようだ。男子も女子も軽い悲鳴を上げる。美少女は黒板に名前を書き始めた。
「伊賀茉莉花です。よろしくおねがいします。趣味は読書です。前の学校では図書委員でした。」図書委員になったら、図書館が全校生徒で満たされそうだ。ヤバイ。普通の人が見る美人のレベルを超えている。そういえば、私の席の隣が空いているが、まさか・・・・。
「じゃあ真金の隣に座って。」伊賀さんは、私の隣の席に座った。軽く会釈すると会釈を返してきた。クラス全員が浮ついた気分で1限目の授業を終える。1限目終了のベルがなると、女性が伊賀さんにドッと群がってきた。私はあまりの勢いに負け、自分の席を他の女子に譲った。男子が遠巻きに見えているが、女子が囲んでいるので、伊賀さんは見えない。「今までどこに住んでたの?」「うちの部活に来てよ。」「LINE交換しよう。」「どんな肌ケア製品使ってるの?」転校生への質問攻めに、伊賀さんは黙々と答えている。声も上品で鳥が鳴いているようだ。席を譲った私は、普段は興味がないアイドルのサイトをスマホで検索していた。多数のアイドルの写真、どれを見ても、伊賀さんより美人が居ない。次の休み時間は、モデルを検索してみたが、伊賀さんよりも美人が居ない。有り得ない。こんな美少女が実在するのだろうか。確かに伊賀さんは眼の前にいるが、レベルが違いすぎる。
その日の授業は滞りなく終わったが、伊賀さんは休み時間のたびに女子生徒に囲まれている。他のクラスの男女も遠巻きに見ている。昼には他の学年の生徒が来ており、お祭り騒ぎになっていた。
「テル君のクラス、凄い美人が転校して来たんだって。」放課後の部室で、パソコン同好会の部長、先野 久織楽が話しかけてきた。
「僕も見に行ったんですけど、人だかりが凄すぎて見れませんでしたよ。」後輩の後藤 満も続く。
「美人だよ。美人すぎるよ。俺は休憩時間に自分の席に座れなかった。」憮然と応える。人混みは苦手なので、ずっと自分の席に座れなかったのは地味に苦しかった。
「テル君の隣の席だって羨ましい。ナンパしてみたら?」部長が青春を謳歌させようとする。
「美人すぎて無理です。」そっけなく応える。
「いっそパソコン同好会に誘ってみたらどうですか?」ミツルが軽く言ってくる。
「今日は話すことすら無理。文化祭みたいなお祭り騒ぎだった。」本当にあの人混みはきつかった。明日には収まるだろう。部室でやっと一息ついて、先生に言われた教育用パソコンのセットアップ作業に入る。すると、部室の外から騒がしい音が近づいてきて、部室の前に止まった。ゆっくりと扉が開いた。すると、伊賀さんが部室に入ってきた。
「真金さん。」私を呼んだ。
「はい。」硬直して返答する。
「あの、一緒に下校してくれませんか!あと、一緒に登校もして欲しいんです!」引き連れた大勢の生徒が驚嘆の声を上げる。部長もミツルも同じ声を上げた。
真金輝の黄金色の青春の1ページが始まった、そんな気がした。