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ダーク・ダークウェブ  作者: 琵琶
第1章
6/13

ハッカーになるには

6.ハッカーになるには


 消火ガスが十分に充満した後、私とリヨは近くにあったサーバを包んでいたものであろう、大きいビニール袋を被りながら、16Fを出た。息苦しかったが、死ぬわけではないとリヨに言い聞かせて階段で1Fまで降りる。1F近くになると消防が出動しており、大混乱になっていた。叔父さんが駆け寄ってきたなり引っ叩かれたが、当然だ。


警察には虚実を混ぜて事情を話した。中には招かれて入ったこと。Torルータがあることは知らなかったこと。そして、リヨは私に脅されて入ったと告げた。

「何言ってるの!?お父さんをそれで騙せる訳無いじゃない。」リヨは怒り心頭だが、せめてリヨの罪だけでも軽くしなければいけない。退学したら、高校中退か。かなりのハンデだが、大学に入ればまだチャンスはある。リヨはせめて高校退学だけは避けねばならない。ゆっくり、時間をかけて、罪をかぶる心の準備をしていた。


 しかし、テルとリヨは何の処分も受けなかった。DC側は、ソーシャルハックされたという事実を隠蔽したいということで、被害届を出さなかった。消防の出動は消化ガス装置の誤作動で処理された。被害届が出ていないので、警察も手を出せない。なにより礼状が無く、任意でDCに入ったため、警察の上から怒られたようだった。Torルータは特定されたので、DC内では警察が通信内容をミラーリングするための作業を実施中。近日中にも第3のTorルータは警察の管理下に置かれる。いや、ダークウェブのユーザによって、警察の管理下に入れられたというのが正確だろうか。


 その夜は警察でこってりと絞られたあと、学校には行けなかったので自宅に帰ってハッキングされたかをチェックした。なんと足跡として作業ログを残してくれていた。WindowsのMeltdownの脆弱性を突き侵入、その後暗号化ストレージに気付いてオフラインアタックを数週間、CPUの限界速度1%しか使わない速度で回していた。その後、暗号化ストレージに何も無いことを知ったら、作業ログを丁寧にわかりやすい場所に移動させ、姿を消していた。パスワードをもっと長くしないといけない。他のWebサービスのパスワードも全部変更しなくてはいけない。面倒な作業だが、PCをクリーンインストールしながらパスワード変更を他のPCで進める。


4台目、5台目Torのことは叔父さんには言っていない。正確な場所を知らないし、ダークウェブからのユーザからの情報では、警察が混乱するだけと考えたからだ。遠い島国の日本にTorルータを5台も置いて、ダークウェブのユーザは何をするつもりなんだろうか。少なくともネットゲームでは無いだろう。Torルータは犯罪を助長する側面があるが、ハッカーが活躍する機会も増える。相対的には良いことのほうが増えると読んだのだろう、ダークウェブのユーザは。


銀行口座には、1億円が入金された後、「トリケシ」と書かれて1億円が無くなっていた。ミスによる振込ミスとして処理されたのだろう。普通は「トリケシ」自体、一般ユーザには見えないはずなのだが、ちゃんとログとして記録しているのが、彼らしい。


日本のインターネットは日曜夜から月曜朝にかけて遮断された。しかし日曜夜から月曜朝にかけては日本のネット利用率が一番下がる時間帯なので、大きな混乱は起こらなかった。表向きは。金融系で、月曜のバッチ処理を行っているオペレータは眠れぬ夜を過ごしただろう。


 ネットワークとルートDNSの攻撃方法は匿名で、かつ警察の管理下ではないダークウェブ上からスパムメールという形で関係各所に通報されたため、警察も、他の企業、関係機構も、誰がメールを送信したのか特定できなかった。内容が専門的なため、Webメディアも概要を大まかに報じただけで、深く追求しようというメディアは現れなかった。


 江戸時代のネットゲームは、まだディープウェブ上に存在している。江戸前花火に江戸の大火事、温泉、忍者と武士による戦闘。様々なサービスを提供している。あの中には、なにか秘密が隠されているのかと思い、何度か入ってみたが、身体全体を包み込むようなフルダイブ体験はできず、ミス・ボーも発見できなかった。ネットゲームはソーシャルゲームに比べて斜陽と言われているが、ダークウェブのユーザが関わっているのなら、何らかの新技術が実装されているのだろうと思い、ID登録を行った。しかし、開国は実装されるのだろうか。一度リヨと一緒に入ってみたが、江戸の油田は温泉に変わっていた。リヨと2人、浴衣姿で江戸の花火を見物しながら雑談をする。

「ねえ、テル君。もし石油王になったら何がしたい?」

「うーん。特に思い浮かばない。リヨは?」ハーレムと言うと蹴られるので、やめておいた。

「子供を2人作って、小さくても良いから自宅を買って、休日に車で出かけるの。」

「石油王の望みじゃないみたい。」

「石油王になったら、跡継ぎを誰にするとか、正妻を誰にするかとか、土地の権利は誰のものかとかで、揉め事ばっかりになるんじゃない?車をたくさん買っても、家をたくさん持ってもお手伝いさんだらけになっちゃうし、多くのお手伝いさんとの付き合いは面倒臭そう。」

「現実的だね。」

「そうだよ、現実を見なきゃ。」

「現実には1億を手放してしまった。」

「ダークウェブのユーザから1億もらっても、いつかは倍額を返さないといけないような気がするよ。1億の借金を帳消しにしたと思えば良いよ。」

「なるほど。前向きだ。」

「お金を稼ぐあてはあるの?」

「ハッカーを評価してくれる企業が一部あるから、その就職先に近い大学に行こうと思ってる。あと、CTF大会に参加して、徐々に名を上げることも考えている。」

「地道だね。」

「近道はダークウェブのユーザが知っているだろうが、海外勤務になるかもしれないね。

「えっ海外!?テル君英語分かるの!?」

「英会話教室にも行かないとな。もうインドア派ではなくなるのが寂しい。」

「料理教室行かない?テル君が一緒に料理してくれると私嬉しいよ。」

「わかった。考えておく。」

「それ考えてないときのテル君だ。」浴衣でがっくりとしている。

「わかった。英会話勉強の合間に料理の練習もしないとな。」

「やったあ!これで、やっとテル君の先生になれるよ!」

「勉強だらけだ。現実は残酷だ。」ぽつりと呟いた。「ままならない。」とは、このことかと思った。

「そういえば、ダークウェブのユーザって、現実に存在してたのかな?ミス・ボーも現実じゃないみたいな感覚があったよ。」

「CRLFはユーザ(人間)だ。ミス・ボーは恐らくハッカーの作ったAIだよ。人間の裏方がいたみたいだけど。ゲームの動きが速すぎた。」

「AIって、そんなに進んでるの?」

「サーフェイスウェブ上では、3歳児まで進んだところ。ディープウェブではどうかな。」

「3歳児で、チェスや囲碁、将棋に勝てちゃうの?」

「ルールを限定したゲーム上では、人間より少し強くなっているね。他の分野では、画像解析では、CTスキャンやレントゲンで、人間の医師にはみつけられない病気の痕跡を見つけるところまでは進んでいるよ。他は自動運転や、監視カメラの人物を特定するために研究が進められているね。」

「AIに仕事取られて失業かも、なんて特集をテレビでやってたね。」

「AIが仕事を奪う、か。しばらくはそうならないよ。もし数年後にそうなったら人間は働く必要がなくなって、全員太るだろうな。公共交通機関は全て無くなって、マイカー時代になるかも。もちろん全自動運転車で移動だ。」

「それならちょっと明るい未来そう。楽しそうだし。暴力が支配する世界じゃないんだね。」

「AIが暴力を手にして、世界が滅亡する映画が何個もあってね。」

「映画では人間はどうなってるの?」

「AIと戦っているか、AIに完全に支配されている。」

「暗い未来ばかりだね。暗い未来がハッカーの最終目標なのかな。」

「明るい未来を作るはずなんだけどな。」

「私達、21世紀生まれだけど、生まれてこのかた、明るい未来を聞いたことがない世代だよ。明るい未来って、どんな世の中なんだろうね。」

「どこに明るい未来があるか、か。もし生きているうちに明るい未来が見られないのなら、次の世代に託すしかない。」

「そうやって万物は流転しているんだよ。」なぜかCRLFと同じ台詞をリヨは口にした。


 全て、ダークウェブの手のひらの上で踊らされた私は、更に専門的な知識を深めるため、CEH資格とCISSP資格に挑戦している。CISSP資格は会社員になれないと取得できないが、まあ新入社員1年目で取れば問題ないだろう。ただ、ハッカーには資格なんて何の意味も無いかもしれない。CRLFとは、たった十数分の出会いなのに、世界を見る目は大きく変わった。目指す目的はまだ不明瞭なまだだが、走った先にハッカーは必ず居る。そして更に遠くに進むのだ。誰も居ない遠くへ。できればそこに一緒に行きたい。行くまでは生きていたい。


 そのCRLFからは、一度だけ暗号メールが届いた。「VRの視聴者の中に、弟子にしてやっても良いってモノ好きがいる。この証明書の回線、暫くは開けておくから、その気になったら来な。最初の課題は、Apacheのソースコードの写経だそうだ。ペンで紙に写せってよ。笑えるぜ。あと、ハッカーになるんだったら、結婚は早いほうが良いが、良く考えるんだな。裏切られても良いってくらいの女を選びなよ。」


 今オレは、Apacheの写経をしながら、今後について考えている。英会話、料理、言語習得、ハードウェア知識習得、ネットワーク知識習得、セキュリティ知識取得・・・・多すぎる。全部を網羅してくれる大学は、今の日本には無いようだった。これは海外行き確定だろうか。まあまだ進路はあと半年くらい考えていられる。ゆっくり考えよう。




さて最後の難問だ。親戚から正式に告白されてしまった。もし仮に、もし仮に断ったらどうなるんだろう。


終わり


2週間で書きました。

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