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ダーク・ダークウェブ  作者: 琵琶
第1章
5/13

有益な情報を公開する

5.有益な情報を公開する


「いよう。」CRLFは日本語で話しかけてきた。

「いや助かったぜ。日本のハッカーと言っても、身体を張ってくれるユーザはいなくてよ。こんな面倒事につき合わせて悪かったぜ。」

「日本人なのか?」

「さあ、どうだろうな。ダークウェブでは自分すら信じられない。わかるだろう?君は偶然にも選ばれたんだ。光栄に思えよ。」ロボ声で、文章が噛み合っていない気がするので、自動翻訳かもしれないと思ったが、あまり時間がない。

「手早く頼むよ。」

「そうだな。じゃあまずは1億円やろう。」

「へ!?」

「つい先日、580億円を手に入れてな。楽しかったぜ。これでダークウェブは大盛り上がりだ。今回の日本向けTorルータもこの資金を使った。この中から1億円、キャッシュでテルの口座に振り込んでおこう。」

「待て待て、いきなり事情聴取される流れじゃないか。」

「その状況も含めて楽しめよう。どうせ何も出て来ないんだし、身内が刑事だ。確実に君は何の罪にも問われない。」

「全部計算してたって言うのか。」

「ダークウェブのユーザはまだリアルを上手く操作できない。テルが選ばれたのは偶然だ。誇っていいぜ。」

「リアルを一部は操れるのか。」

「ああそうだ。今は役所の電子化が後押ししている。あとは監視カメラ、IoT機器、スマホのフロントカメラ、GPSでいくらでもその人物を追える。サーバのクラウド化、ネットワークの仮想化もダークウェブを後押ししてくれている。引っ掛けるトリガーがあれば、あとは俺達の出番さ。」

「そうやって父を殺したのか。」

「勘違いするな。おまえさんの父を追い込んだのはダークウェブの別のグループさ。ダークウェブにも派閥が沢山あってね。何がきっかけになったかは知らないが、仮想通貨の借金をまるごと背負わされた。おまえさんの父は、家族に迷惑をかけまいと、おまえさんから離れたんだ。」

「なぜ助けなかった。」

「その別グループとはちょっと別の揉め事があってね。助けてあげたかったんだが、親父さんは全てのPC、携帯を放棄して、リアルの夜逃げ屋も使わずに雲隠れしたのさ。死亡するまではまったく情報を漏らさなかった。大した親父さんだよ。」

「だから、この一連の流れは、親父さんへの罪滅ぼしでもある。テルはTorルータを自力で探し出した凄腕ハッカー。これからの経歴もバラ色だよ。おまけに1億円あれば、起業だってできるぜ。何なら色々と後押ししてやってもいい。」気持ちを整理できない。全ては盤上の駒だって言うのか。くそ、どうすればいい。


 「さて、一億振り込んだぜ。慈善団体から振り込まれているように見えるが、大丈夫だ。さて次は、テルは俺達の仲間に入るか聞いてくるかってことだ。」思考を読まれているようだ。確かにそのことも考えていた。

「結論から言うと、可能だ。親父さんを追い込んだ詐欺師は、その名前で活動していないが、追い続けたら捕まえられるだろう。ただ、動機は無いだろうとだけは言っておく。」私は弱々しく叫んだ。

「そんなに、簡単に仲間になれるのか。裏切るかもしれない。今している話を叔父さんである刑事に話すかもしれないんだぞ。」

「話してもムダさ。人は主語の大きすぎる話は神でも持ち出さないと信じないんだ。ましてや未成年だ。証拠も無い話を誰が信じるのかい。ダークネットのユーザが一億円くれましたって聞いたら、誰だって目を丸くするぜ。ダークネットのユーザと仲間になりましたって言ってもダメさ。俺達は決して追跡できない。全ては闇の中さ。」

「このVRを録画していたらどうする?」

「興味深いカマかけだ。このVRシステムは、ダークウェブの実況動画サイトを作るために開発されたのさ。だから俺達の行動も、今ハッカーに実況中継されている。元々はFreenetで構築していたんだが、遅すぎてね。Torネットワーク上に移したのさ。もう何人ものダークウェブのユーザに録画されている。敵対行動を取った場合、喋っている内容を変えて動画サイトに投稿する。テルの証言を信じるか、動画を信じるかはわからないが、全力で潰しにかかるぜ。」

「仲間に入るしかないってことか。」

「違う。選択の権利はテルにある。仲間になるのも、敵対するのも、無視して平穏な生活を送るのも有りだ。脅迫で仲間にしても、何の意味もないからな。」しばし考える。どうする?どの選択にしても、リヨを巻き込みたくない。


「いくつか質問したい。」

「なんだい?答えられる範囲で応えるぜ。」システムエンジニアのような口調だ。

「何故オレを仲間に引き入れるつもりなんだ。ずっと監視していたなら、わかるはずだ。まだ拙いハッカー技術だと。」

「その通りさ。ハッカーの手順を覚えているくらいで、スクリプトキディと言った所だ。だが、これから育てることはできる。見込みがある奴にちゃんと教えたら、あっという間に上り詰めていく。それがハッカーの道さ。ハッカーについて近くに気軽に話せる奴は居るかい?」

「・・・・居ない。」

「そうだろう。ハッカーってのは孤独なもんさ。ある程度の知識を持っていたら持て囃すくせに、ある程度以上の技術を持っていたら煙たがられる。孤独で惨めなものさ。だからウイルスやマルウェアを小学生が作って通報なんて事件が起きてしまう。この前も、実際は4行のスクリプトを見よう見まねでメモ帳に書いただけだったのに小学生が逮捕された。くだらねえ世界だ。」

「多くはネットで仲間を見つけて話しているんじゃないのか。」

「仲間はネットで簡単に見つけられるかもしれないと思うだろう?だが実際は違う。悪意にフラグは立てられないんだ。ネットで親しくして、技術を交換していた連中が、ある日突然、何かに、本当に何かに目覚めて、例えばアノニマスを名乗るようになる。そういう連中を、これまで何人も見てきた。何故そんなものに目覚めるのか、知りたくて仕方がないよ。政治、宗教、思想、環境、金銭、バックボーンはネットから見えない。だから、ある日突然フラグが立って、なにかに攫われるように、いなくなるのさ。邪悪になるな、とは良く言ったものさ。」

「オレもそうかもしれないじゃないか。」

「そうさ、そうかもしれない。でも、“そうじゃないかもしれない。”俺様はそうじゃないかもしれないほうに賭けた。ネットゲームで他のユーザが受けた詐欺被害を、詐欺師から無理やり取り戻そうとするなんて、普通はしないぜ。ゲームマスターは知らんぷり、他のユーザも遠巻きに見ているだけで、あまり協力してくれなかっただろう?でもお前さんは地道に取り組んでいた。委員長的な、良い子ちゃんな対応でもなかった。俺様が気に入ったのはそこさ。例え最初の動機が親父さんであったとしても、見込みがある。」

「そんな風に言われたのは初めてだ。」くそ、少し涙が出てきた。

「俺達のグループは、諜報を得意としているグループだ。入れば1年後には、莫大な情報とその情報を有効に活用する手段を教えるぜ。そうなってから他のビッグデータを見たら、何の意味も無いデータだと即時に判断できるくらいにな。そして、それは親父さんの敵を探すことにも繋がる。」

誰かがリアルの手を握ってくる。リヨだ。そっと手を握り返す。


 「わかった。仲間になりたい。」しばし考えたあと、テルは決断した。

「その答えを待ってたぜ。」

「ただ、リヨは巻き込みたくない。彼女を通信から遮断してくれ。」

「テル君!?私はまだ聞いていたいよ。話は良くわからないけど、私を気遣ってくれるのはわかるよ。お願い、仲間にならずに、無視して普通に過ごそうよ。詐欺師に関わったら、詐欺にあうよりももっとひどい目に合うかもしれないんだよ。そんなことはやめて、普通に、普通に暮らそうよ。きっと未来はもっと良くなるよ。」

「本当のダークウェブと繋がることができる数少ないチャンスなんだ。わかってほしい。」

「ダークウェブと繋がって何をするの?お父さんの敵討ち!?誰もそんな事望んでないよ。お願い、もっと、もっとテル君に好かれる女性になるから。実はずっと前から、テル君の秘密のフォルダをのぞき見てたんだよ。画像を見て、好みの女性になれるように努力して、この髪型も、このヘアピンも、スカートの長さも、全部テル君の好みに合うように。」

「駄目だ。親戚だろ。そんな考えをしてはいけない。」

「うちのお父さんも、テル君のお父さんも、いとこ婚だったじゃない。いとこ婚は合法なんだよ。私、生まれた時からそのことだけを考えて、それだけを考えてきたのに・・・・酷いよ。18歳になったら、正式に許嫁として認めてくれるってお父さんも・・・・。」その気持にはずっと気付いていた。でも、気付かないふりをしていた。そして異常な音が数秒したかと思うと、リヨは倒れ込んだ。


 「痴話ゲンカは後にしてくれ。リヨはちょっと刺激的な音と動画で気絶してもらっただけだ。無事だぜえ。」CRLFは何かをリヨに送信したようだった。

「じゃあ、クラック方法を2つ教える。時間が無いから手短に話すぜ。」

「リヨは大丈夫なのか!」

「大丈夫だ。ではひとつ目のクラックだ。ルータの上位で通信しているBGP、このBGPを話しているルータに偽の経路情報を書き込んでルーティングを破綻させる方法だ。」CRLFは詳細な手順を私に送ってきた。

「もうひとつはルートDNSに偽の情報を書き込んで破綻させる方法だ。」CRLFは更に情報を送ってきた。見ると、確かに理論上は可能だが、認証には証明書が必要だ。

「必要な証明書は、Yubicoに入っている。」

「どういうことだ。これを行えば、日本のインターネットは何時間か停止する。全ては大混乱に陥るぞ。」

「そうだ。踏み絵だと思いなよ。これを実行すれば、立派なダークウェブのユーザになれる。ようこそダークウェブへ。歓迎するぜ。もし、その情報を他のユーザ、例えばJNSA(日本ネットワークセキュリティ協会)、IPA(情報処理推進機構)、NISC(内閣サイバーセキュリティセンター)その他に送信したら、敵対行動と見なす。」


 「じゃあサーフェイスウェブへの扉を開けるぜ。盛大にクラックしてくれ。」CRLFはサーフェイスウェブへのゲートを開ける。VR上では暴風雨のような通信が流れている。ほとんどの通信は暗号化されていてダークウェブと変わらなくなっているが、メールは殆ど平文で流れている不思議な世界だ。


ここでやることは、リヨのためになるのだろうか。


 ダークウェブでは、たまにメールを公開している人が居る。ミス・ボーのような存在だ。ネットワーク関係にも障害時に備えてメールアドレスを公開していることがある。DNS管理者はメールアドレスの表記が義務である。私の取った手段は、ダークウェブ、ネットワーク管理者、DNS管理者の全てに平文でメールを送ることだった。

「おいおい、敵対行動かよ。」CRLFは笑って見守っている。そして、証明書を添付し、タイトルに、英語と日本語でこう書いた。

「最強ハッキング情報」

そして、送信元(FROM)を詐称してメールを送信した。


 「単なるスパムメールじゃないか。送信してもスパムメール欄に送られるか、自動廃棄される。今更FROM行詐称なんて何になる。」CRLFは呆れ返っている。しかし、SNS界隈では、何故か新たなる驚異として「最初に日本語圏で話題」になり、情報がどんどん共有されていく。


「おいおい、これは面白いじゃねぇか。」一般的には知られていないが、英語圏では、スパムメールは完全にスパムとわかった場合、多くの場合は、自動破棄される。しかし、日本語圏では、万が一スパムメールが大切なメールだった場合に備えて、「30日は保存する。」ルールが敷かれている。日本語圏では圧倒的なスパムの量に対して、受動的な対応を行った結果、ムダにストレージを拡大する羽目になっているのだ。更に言うと、スパムメールは、ほぼ全ての日本人がタイトルは見ている状態なのである。スパムメールは、無意味だが、独立したメディアの側面を持っているのだ。


 日本語圏で拡散された情報は、瞬く間にダークウェブのユーザにも伝わる。そして、その情報の真偽を確かめるべく、ダークウェブのユーザとインターネットの守護者が検証を始める。ダークウェブのユーザが何歩も速い。あっという間に日本のネットワークとDNSは低速になる。

「面白え。競争じゃねぇか。」CRLFは低速化でも平然と話している。ダークウェブは、ある程度の低速までは持ちこたえられるようだ。

「まあ、敵対行動かどうかはともかく、1億は返してもらうぜ。ただ、この見世物は面白え。報道が入るかどうかの瀬戸際だぜ。サーフェイスウェブ、いやインターネットの守護者は守りきれるかな。」本来日本で完結するはずのネットワークは、チェコスロバキアから不正なルーティング情報を受けて、経路を喪失。世界中でインターネットの接続障害が発生した。日本でも大手通信会社がダメージを受け、通信網が切断されていく。次いでGoogleから不正な経路情報を更に送信され、インターネットは大混乱に陥っていた。更に、ルートDNS情報の書き換えが発生し、本格的にインターネットに接続できなくなった。サーフェイスウェブの暴風は消え去り、静寂が残る。

「へえ。静かなインターネットってのも風流だねぇ。」CRLFは平然と話している。

「影響を受けないのか?」

「ダークウェブは昔からネットワークを切られてばかりだからな。対応は慣れてるんだ。」

「ルーティングの接続障害をどうやって回避してるんだ。」

「インターネットの中に、擬似的にメッシュ構造のネットワークを作ってる。どこが切れても大した影響は無いさ。それにストレージはP2P上に構築している。通信速度は遅くなるがな。」

ダークウェブの耐障害性は高いらしい。

「色々と話してくれるんだな。」

「バレていることしか話していないぜ。」話しているCRLFは、少し寂しそうな表情を浮かべながらインターネットの切断されていく様を見つめている。

「寂しそうだな。」

「そう見えるのもフェイクさ。ただ、仲間になってくれなかったことは少し寂しいがな。日本のダークウェブのユーザは少ない。殆どがディープウェブで満足して帰っていく。ダークウェブに繋がろうとするのは、資金洗浄したい金持ちと、詐欺師ばかりさ。ハッカーの技術を習得して、更に協力してくれるユーザは、殆どいない。」話しているうちに、ネットワークがみるみる回復していく。

「対処法がわかっているから、回復も速いんだ。」ルートDNSは他のルートDNSと通信を始めた。

「これで数時間後には回復する。一日くらい止まると思っていたんだがな。まあいい。」

「なあ、ハッカーは物を作るんだよな。」

「そうさ。嘘だって思うかもしれないだろうが、仮想通貨だって俺達が協力して作ったんだぜ。最初は金融をハックしたとユーザ皆が大喜びしてた。だが、砂糖菓子に群がるアリのように詐欺師が群がってきて、今じゃあの有様さ。いずれ規制で無くなるだろう。詐欺師の道具にするために作ったわけじゃないのにな。」

「ランサムウェアで仮想通貨を使っていたので、肯定派だと思っていたよ。」

「肯定してるぜぇ。今は別の使いみちがあるからな。詐欺師が金を取るのにも、詐欺師から金を巻き上げることにもつかえる、便利な仮想通貨さ。」どっちともつかない発言で、私を惑わそうとしているのか。しかし、VR上でも、ダークウェブ上でも、その少し寂しい顔は真実に思えた。

「なぜクラックさせようとしたんだ。」

「ひとつはTorルータを隠蔽するため。もうひとつはテル、君の名声を獲得するためだ。わかるだろう。」

「クラックで得られるのは、悪名だけだ。オレに悪名を押し付けようとしたのか。」

「悪名は無名に勝るのさ。オープンソースソフトウェア界隈で地道に活動している人間を何人挙げられる?地道より近道さ。」


「まあ、世の中ままならねえものだよな。」そう言うと、父を騙した詐欺師の情報が送られて来た。

「そいつは詐欺師としては三流だ。捕まえるのは簡単だろう。ただし、ケツ持ちには近づくな。それは俺達の獲物だ。」

「どうするつもりだ。」

「詐欺師を仮想通貨で釣って、取引所を開設させるのさ。そして要領よく取引所をハッキングしてあげる。詐欺師は被害者、無罪放免。こうして信用を得たあと、詐欺師の口座からごっそり頂く。もちろん、現金は仮想通貨に交換だ。万物は流転するんだよ。」


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