自由は善
4.自由は善
PCをTorルータに接続。突然クラッカーからの攻撃にさらされるが、仮想マシン上のCD起動のKali Linuxなので全ての攻撃は殆ど意味が無い。VR機器をセッティングして、リヨと2人でダークウェブに接続。しかし誰もいないYubicoのUSBキーを入れると、ミス・ボーと再開する。
「YubicoはPCに挿して良いわよ。もう役割は終えたわ。」さて、通信準備はできた。
「まずは、リヨも会話に参加できるようにしてくれないかな。」
「もうできてるわよ。」
「話が速すぎないか。」
「ここはダークウェブでも最高速が出せる場所なの。何ならあなたの秘蔵の画像をリヨに見せて確認してもらいましょうか?」
「何でも言ってください。」平伏する。しかし、何故秘蔵の画像を。あれは暗号化ストレージに保管してあるはずなのに。
「リヨ、話せるか?」
「うん。わかるよ。テル君、こんな感じの女の子が好みなんだね。メガネ好きなの?」待って待って、待ってください。暗号化ストレージを見られているようだ。
「ひとつは前に壁紙にしていた画像だね。」リヨも良く見ているな・・・・。
「まず聞きたい。何故叔父さんが先にアクセスしてきたことを教えてくれなかった。」
「あなたは気付いていたでしょう?」
「最初にミス・ボーに会った時、既に誰かが会っていたのは確実だとは思ったよ。本当に初回のアクセスなら、誰とも会えない。」
「そう、ダークウェブは証明書を交換しないと誰とも話せないの。」
「Freenetじゃ駄目なのか。」
「Freenetも暗号通信よ。しくみが違うだけ。」
「でも、ここまで来てくれて、Torルータを起動までしてくれるユーザはあなたが初めてよ。」
「12年前からTorルータの設置を計画していたのか?」
「そんな訳ないわ。あなたのお父様の計画を、少し軌道修正したの。解読をするためのZipファイルを入れ替えたのよ。日付はちゃんと12年前だったでしょ。」
「なるほど。本来のZipファイルが欲しいな。」
「それは、リヨが持っているわ。リヨの暗号化ストレージに・・・・。」
「ちょっと、何見てるのよ!いやらしい!」
「リヨも暗号化ストレージ持ってたんだな。」
「そりゃ、テル君の横にずっといるんだもん。色々とできるようになるよ。」
「中は見ないから、ファイルサイズの大きな画像ファイルか、Zipファイルは無いかな。」リヨは探してくれる。
「Zipファイルは無いよ。サイズが大きいファイルは、ひとつあるけど、普通の写真だよ。」
「わかった。その画像をこちらにコピーして欲しい。」コピーして、その画像を見る。父、母、私、そしてリヨが並んでいる写真があった。
「5歳くらいか。」
「そう。」
「暗号化ストレージに隠す写真じゃないでしょ。」
「リヨ君は覚えていないかもしれないけど、リヨ君のお母さん、失踪直後から近所を探し回って、数日後の夜になると泣きながら写真を破ってたの。家族の写真。だから、これは見せられないなと思って、隠してたの。」
「悪かった。あと、ありがとう。」リヨの顔が少し晴れる。確かに画像に比べてデータ容量が大きい。恐らくステガノグラフィだろう。ここはWindows仮想マシンをスタンドアロン状態にして、ステガノグラフィ解析ツールを起動する。
ステガノグラフィとは、画像に文字情報を隠す技術だ。誰かがチェックしても、解析ツールでじっくり解析しない限り文字情報とはわからない。ハッカーが情報を隠す際に使うツールだ。
ステガノグラフィは、解析ツールを利用すれば簡単に解けた。画面を反転させたあと、赤色のビット0、緑色のビット1を抽出すれば、圧縮ファイルが出てきた。圧縮ファイル部分のみ抽出し、解凍すると、テキストファイルが現れた。この文字は、住所、電話番号、担当者名、携帯番号が書いてある。名前を見てはっとする。
「この名前は見たことがある。」
ミス・ボーが捕捉する。
「リヨに言っていいのかしら?」
「待ってくれ。ちょっと気持ちを整理する。」
「時間が無いわよ。」
「わかっている。数秒だけ整理させてくれ・・・・。大丈夫だ。」テルが話を続ける。
「リヨ、このアドレスは、父が騙された詐欺師の情報だ。オレの父は、詐欺師に騙されて家以外の全財産を奪われた。その後失踪したんだ。」
「それは知ってる。親戚一同が集まって、何か話してたよ。」
「父は1年前に死んだ。」
「えっ!?」
「父の最後は、膵臓がんだった。障害年金をもらっていたが、ろくな治療を受けられず、部屋で1人で倒れているところを民生委員に発見された。」
「親戚にその話した?聞いたこと無いよ」
「まだ親戚の誰にも話していない。不審死と扱われて、父の戸籍上の息子はオレだから、オレに連絡が来たんだ。遺体の引き取りを要請されて、供養しにいったよ。母と一緒に。あまりにも急の話しだったから、近くを通りかかったお坊さんに戒名とお経を拝んでもらって、遺体を荼毘に付した。その後、母と2人で骨を拾ったよ。火葬場では、隣が盛大に弔っていて、とても惨めな気分になった。」
「遺骨はどうしたの?」
「無縁仏を弔ってくれる寺院に行こうと言ったが、母はうちで墓を作りたいと言った。だから遺骨は今もオレの部屋にある。」
「もしかして、見ちゃいけない引き出しって。」
「そうだ。父の遺骨が入っている。」
「スーツを持っていたのも!?」
「そうだ。礼服を作るついでに、もう一着作った。」
消火ガスが勢いよく噴霧され、DCに充満してきた。床下にも広がってくる。
「それでネットで詐欺師をしている人が許せなくて、特定してユーザに連絡して、ゲームマスターに連絡していたのね。」リヨがつぶやく。
「そうだ。そして父を陥れた男を探している。」
「あなたの父親がどういう風に死んだかは、死ぬまでは知らなかったわよ。」ミス・ボーが割って入る。
「そうだ。誰にも言っていないからな。」誰にも言っていないことは、現実でもネットでも情報として流れない。簡単で普通の原則だ。いや、死ぬまでと言った。
「死んだことは捕捉していたのか。」
「死亡診断書は、銀行の口座を止めたりするために、広く共有されるの。知ってるでしょう。」確かにその通りだ。話を続ける。
「このYubicoは、息子に詐欺師を追ってくれというメッセージだったのか。」
「そういうことね。その詐欺師ならダークウェブに情報があるわ。」
「いくら掛かる。」
「問題を解決してくれたから無料よ。」
「ネットでは無料の情報ほど信用ならないんだ。」
「有料の情報にも偽の医学情報が入ったりしているわ。情報は真偽の確認をユーザ自信で判断しなくてはいけないものなの。」
「そんなことはわかっている。詐欺師の情報の値段を教えてくれ。」
「だから無料よ。」
「警察にTorルータの位置をばらして、無料ということは無いだろう。」
「Torルータの場所を警察に知ってもらうためにあなたを誘導したのよ。」
「どういうことだ。」
「Torルータの位置がわかって、警察は満足でしょうね。しかし、今この瞬間に、4台目、5台目のTorルータが構築中よ。そして5台をフルメッシュ接続するの。どうなるかしら。」
「入り口を監視しても容易に追跡できなくなる。なるほど。オレ達はTorルータの構築の囮になったわけか。構築するTorルータは北陸と奈良かな。」
「さあ、どうかしら。」
「では、私はもう用済みだ。ガスの充満する中、警察に保護され、叔父によって窮地を逃れられる。これでももう終わりだ。」
「まだよ。1人、お礼をしたいと言っている人物が居るの。身体を張ってTorルータを起動してくれたお礼よ。あなたにはまだ早いと思うのだけれど、ダークウェブのユーザの一人よ。」
「そいつが何をしてくれるって言うんだ。」
「名前を言えば、来てくれるわ。解いていない最後の暗号よ。一言でクールに呼んでくれると嬉しいわ。わからないのなら、私が教えてあげる。」何か解いていない暗号はあっただろうか。思い返すと、改行一行のテキストファイルくらいしかない。
「わかった。その人の名前は・・・・名前は、キャリッジリターン・ラインフィード(CRLF)だ。」
「So Cool.」
CRLF、それは「改行」を意味する文字で、インターネットでは検索できない「制御文字」のことだ。長い証明書が送られてくるので、こちらも長い証明書を返す。証明書のビットは、「819(3)ビット」だった。2の倍数ではない。2の倍数ではない証明書、これは!
CRLFは炎と共に眼の前に現れた。小柄で一ツ目、赤いマント、ネットゲームの課金で得たであろう王冠を斜めに被っていた。