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ダーク・ダークウェブ  作者: 琵琶
第1章
2/13

心構えは技能の代用にはならない

2.心構えは技能の代用にはならない


 ミス・ボーは銀髪長髪で、西洋風の絶世の美女のようだった。しかし昔、児童館の本で見た宇宙人のように、銀色のタイツのような服を着ていた。接続している回線は遅いようで、彼女の姿は途切れ途切れになる。そしていきなりの違和感。

「何故複数人で来たとわかった。」

「順番に説明するわね。」ミス・ボーは続ける。

「あなたのノートPCにはカメラが付いていたでしょう。そこからあなたがかの動きは見ていたわ。こんにちは、テル君、リヨさん。」

「侵入はされていないはずだ。」

「そう、侵入はしていないわ。あなたが私に送信してきたのよ。」そうか、ウイルス警告のように見せて、実際は送信許可のボタンだったのか。ウイルス対策ソフトごと騙された。

「まだ驚くのは早いわ。横を見てみなさい。」ゆっくりと横を向くと、隣にはリヨが居た。いや、CGのはずだ。しかしリアルと寸分違わない姿でそこに立っている。まさか、自分の体も?と手を見ると、自分の手のように見える。

「何だ、これは。」

「現実と同じようにVR世界を構成したほうが、これから話しやすくなるでしょ。」

「リヨ、大丈夫か?」

「うん。テル君、大丈夫だよ。2人とも見えているよ。最新の技術はすごいね。」いや、技術でもハッキングでも無い。この状況は一体何なんだ。頭の整理が追いつかない。


 「その姿が何を意味するのか、わかるわね。」

 「ああ、オレ達が来るのを事前に知っていたってことだ。」

 「それは少し違うわね。こちらから2人を招き寄せたのよ。」

 「2人を招き寄せて、ゲームをするよう、ダークウェブのユーザから指示があったの。」

「ユーザ?それは誰だ。」

「ユーザは人間を指すの。」何故か当たり前のことを念押ししてきた。


 「では、ゲームをしましょう。」ミス・ボーはこちらの動揺に関係なく話を進める。「待て、もう少し状況を整理させてくれ。」

「今はゲームに勝つことだけを考えなさい。」とにかく話を聞くしか無いらしい。

「ゲーム名はPUBG。私を倒したら勝ち。ルールはそれだけよ。」

「えっPUBG!?」

「そう。カスタムマッチで待っているわ。パスワードは、ここまで来たのならわかるでしょう。私に勝ったら、また会いましょう。テル君。」一通り話すと、ミス・ボーは消えさった。PUBGか・・・・。

 PUBGは現在ネットで大流行のFPS(TPS)ゲームだ。100人で一つの場所に集まり、武器を拾いながら敵を倒して、最後の1人になったら勝利。ルールは単純だが、奥が深くてゲーム実況にも最適なため、世界中のユーザが遊んでいる。あまりにもユーザが多すぎて夜11時頃にはアクセスができなるほどだ。中国ではまったく同じ内容のパクリゲーム(荒野行動)もあり、こちらはスマホ対応なためか、同じく多くのユーザを獲得している。

「なら私の出番でしょ!」リヨは心躍るような言葉でゲームに誘う。そう、リヨはこのゲームをうちの部屋でやり込んでいて、ものすごく上手いのだ。このゲームに勝利して最後の1人になることを「ドン勝を食べる。」というのだが、毎日ドン勝を食べまくっている。女子ってこんなにゲームに向いているのかと思えるくらい的確な動きをする。

「でも、たぶん勝てないよ。」

「えっどうして!?」

「たぶん普通じゃないから。」


 リヨと一緒にPUBGにアクセスし、カスタムマッチを選択する。カスタムマッチはいろいろな人が開設しているが、「Miss.bps」と書かれていたので、すぐにわかった。パスワードがかかっているが、ここでYubicoから抜き出したパスワードらしきもののうちのひとつを入力。あっさり参加できた。

「よーし、私の振り向き速度は半端ないですぞ。」リヨがマニアックな掛け声で敵を挑発している。入ってみると、敵はミス・ボー1人だった。こちらは2人なので、もうこの時点で危険な予感しかしない。多人数で来ないということは、何らかの対策をしているということだ。


 予想は的中した。こちらが一撃与えるどころか、ゲーム開始と同時か、しばらくしてからすぐに2人とも死んでしまう。ミス・ボーの姿は全く見えない。

「なになに、どうなってるの!?」リヨは動揺するが、すぐに理解した。

「チートか。汚いよ。」そう、チート行為だ。


 チート行為というのは、ゲームにおいて、本来想定しない動作を行わせることを指す。自機を無敵化したり、敵を瞬殺したり、ゲームを優位に進めるために行う不正行為だ。何戦か繰り返すうちにわかったことは、ミス・ボーの場合、オートエイム(自動照準合わせ)、オートショット(自動トリガー)、敵の位置を遠くからでも正確に知る位置把握チートの3つを使っているようだった。

「じゃあ、こっちもチートツール使おうよ。」リヨの提案はもっともなので、こちらも2人ともチートツールをインストールして再戦してみる。ミス・ボーは安全範囲の中心に居て、いつもこちらの2人を認識しているようだ。

「ねえ、私が囮になっている間にテル君が倒すのはどうかな。」

「うーん、相手が弾を撃っている間は確かに無防備になるけど、いけるかもしれない。試してみよう。」無理だった。弾を連射する隙間を狙ったが、相手が必ず先手を取る。何回か試しても全く歯が立たなかった。ぐぬぬ。

 今日のところは、ここまでで、明日にしようとリヨに提案。ミス・ボーにもボイスチャットで終了を告げた。

「えー絶対次は行けるって!」リヨは怒りが収まらない。しかし夜になったら、泊まっていくに決まっているので、あまり遅くならない時間に開放しないと危険だ。さて、倒す方法をネットで情報収集してみよう。とはいっても、倒す方法なんて無いだろうけど。


 予想通り、数時間ウェブを検索してもチーターを倒す方法は無かった。チートをしたユーザは運営に報告してBAN(強制退会もしくは休会)をしてもらうのが普通の対応なので、当たり前だ。運営に報告してバンというのも「倒す」うちに入るかは謎だが、ハッカーとして対応するべきところなら、こちらも相応の対応をしないと認めてくれないだろう。リヨから携帯にメッセージが届く。

「ねえ。2人が前後に立って、同時に射撃するの。どうかな?」傍から見ると物騒なメールだが、確かに有効だ。チートツールを使えば可能だが、そんな簡単な方法で倒せるだろうか。2人を3人以上にすれば何とかなるかもしれないが、と考えているうちに夜が更けたので、寝ることにする。

「じゃあまた明日ね!」リヨは元気に玄関から飛び出していく。明日のゲーム対策を考えながら寝た。


 翌日、学校が終わったら、いつものようにリヨが押しかけてきた。作戦を考えたらしい。

「2人が前後に立って同時に射撃」

「相手が見えない所まで近づいて視覚外から手榴弾」

「相手が見えないところまで近づいて車で倒す」物騒な作戦ばかりだが、確かにどれもできそうだ。しかし、相手の視覚に入らずに移動というのが、とにかく難しい。チートツールを併用しても、なかなかどのパターンにも持ち込めない。何十戦とした後に、なんとか相手の視覚外から前後を取る状態には持ち込めた。さて、勝負だ。


 リヨとタイミングを合わせて同時に射撃。ミス・ボーは倒れて・・・・いや、まだ倒れていない。と同時に、射程外からパンチで2人が倒された。

「パンチ・チートも併用していたか。」このチートは瞬間移動して、相手をパンチした後に元の位置に戻るという凶悪なチートだ。2人して緊張の糸が切れてバッタリと倒れこんだ。

「どうするのこれ。こっちもパンチ・チートする?」沸騰した湯気を感じるほどリヨは怒っていた。そりゃそうだ。こんなチート、相手にしていられない。次戦からは、容赦のないパンチ・チートが2人を襲うようになった。これは駄目かもしれない。そう思い始めた矢先、リヨにある考えが浮かんだ。

「2人で見合って、パンチを浴びた瞬間にショットガンをお互いに撃ってみない?パンチは一発では死なないけど、ショットガンは当たりどころが良ければ一発で倒せるよ。いけるかも。」なるほど、やってみよう。それならと、全てのチートツールは削除して再戦。

その次の戦いで、勝負はあっけなく決まった。パンチ・チートを浴びる瞬間、相手は瞬間移動してくる。その刹那にショットガン連打!決まった。ミス・ボーを倒した!


 VR空間で再会したミス・ボーは、会うなり一言呟いた。

「ハッカーのように対策すると思ったのに、まさか普通に倒されるとは思わなかったわ。」私もそう思う。リヨの機転が無ければ倒せなかった。いや違う、もっとネットワークに介入するとか、ゲームサーバに介入するとかを期待されていたのだ。

「ツッコミどころはわかるけど、勝ちは勝ちだ。」

「では、第2のゲームを始めるわ。」

「そんな大陸横断ウルトラクイズのじゃんけんみたいなことはやめてくれよ。」

「そんなツッコミができるなんて何歳なのあなた。ゲームがひとつとは限らないでしょう?」

「VRはゲームすると酔うんだよ。これで最後にしてくれよ。あと、短いので頼む。」

「わかったわ。短くしてあげる。」そして、異常な音が数秒したかと思うと、私とリヨは床に倒れ込んだ。


静寂、混沌、瞼の裏の模様・・・・・何故かわかる。これは夢を見る準備だ。気がつくと、きれいに咲いた花々に囲まれた丘に立っていた。手を確認すると、確かに私の手だ。VRの続きかと思い、目に手をやると、VR機器は無かった。見えている水辺に向かう。水辺に浮かぶその姿は、私そのものだった。なんだこれは。信じられない。VRの催眠効果で更に別の世界を見せるなんて、今の技術では絶対に無理だ。しかし、顔、手を触る。全て本物と同じ。髪の具合も、本物と変わらない。いや、耳にイヤホンがあるのがわかる。そこからミス・ボーが話しかけてきた。

「この世界で勝利すれば、あなたの勝ちよ。」

「勝利条件は何だ。」

「この世界で勝利することよ。」

「もっと明確に教えてくれ。何かの敵を倒すのか。それとも、囚われた姫君を救うとか。」

「JRPGでは、良くある設定みたいね。じゃあ、敵を用意して、リヨを檻に閉じ込めておくから、救ったら勝利にしてあげる。制限時間は1時間よ。」そう言うと、ミス・ボーは街まで案内してくれた。

西洋モノのRPGかと思ったら、街は江戸時代の人間で溢れていた。蕎麦屋、醤油売、天ぷら屋台、風鈴屋、稲荷寿司の屋台と、見たこともない江戸の風景が、何故か懐かしく感じる。

「おお、江戸だ。モデリングしてる人が居るのか。時代劇ファンに違いない。」江戸の街を楽しく散策していると、詐欺師に金を取られたと騒いでいる町人が居た。どこのネットゲームでも詐欺師だらけかと思いながら、詐欺師についての情報を聞く。レアリティのある道具とみせかけて高額のお金を取られたらしい。犯人の特徴を聞く。そして周りに聞き込み。しかし、いつもの通り、ケンモホロロの対応をされる。

「騙される方が悪いのさ。」

「ネットゲームで詐欺師が居るなんて、常識だろう。」

町人はゲームマスターを呼んだようだが、定型通りの対応をされる。

「ネットゲームのバグでも利用しない限り、対応できません。詐欺については気をつけていただくしかありません。」

いつもの公式の対応に呆れ返る。詐欺を放置したら、ネットゲームは容易に崩壊するというのに。

「あれ?先輩」ふと見ると、見知らぬ2人がこちらを見ている。

「江戸ものなのに服装がパーカーにジーパン。それに本物の顔のアバター。課金したんですか?」町人が2人、こちらを見ている。

「誰?」

「あっしですよう、オヤビン」町人になりきっているようだ。

「ミツル君?」確かに、町人の頭の上にある名前はミツルになっている。

「私はクオラよ。」クオラ部長まで居る。ここは何処なんだ。


話を聞いてみると、ここはディープウェブ上のネットゲームだったようだ。オープンベータテスト中なので、誰でも入れるらしい。江戸の町人になれる珍しいネトゲなので、2人で入ってきたそうだ。

「VRで入ってるの?」

「そうですよオヤビン。ここは江戸の城下町。日本橋から少し離れたところでさぁ。」

「ディープウェブ上に江戸が再現されてるのか。」

「まだ江戸のごく一部のようですぜ。やっと江戸城ができたぐらいですぜ。」

「近くで温泉が吹き出したようで、見に来たら、なんだか温泉が黒いのよね。」クオラ部長が訝しげに指さした先に、確かに黒い温泉が噴き出している。

「おい!温泉じゃないって!石油らしいぜ!」誰かが叫んだ。

「ええ!じゃああの源泉を押さえたら、石油王の称号が手に入るのか!こうしちゃいられねぇ。」ミツルは一目散に油田に駆けていく。

「江戸で石油王って、夢がいっぱいね。」クオラ部長が呑気に屋台でそばを食べだした。確かに夢がいっぱいだが、江戸で石油王とは、夢がありすぎる。だが、江戸時代に精製技術は無いので、色々な機械を作らないと石油王にはなれない。ここはそういうゲームなのだろうか。

「江戸はさっきまで、江戸城に輿入れしてきた姫君の話でもちきりだったのにね。」

「姫君ですか。」

「今は江戸城の一番上に居るそうよ。側室としては破格の待遇よね。」ゲーム上の設定とはわかっていても、ちょっと心が澱んだ。

「どうすれば江戸城に登れるんですか?」

「お侍さんなら、登れるんじゃない?中には将軍様がおられるでしょうし。ノンプレイヤーキャラクター(NPC)でしょうけど。」

そばを食べながら黒い水の水柱を眺めていると、大爆発と共にミツルが回転して落ちてきた。

「爆発オチかぁ。」部長がため息をつく。

「石油王になったら、エロ動画見放題なんでしょうね。」ミツルが焦げた顔でため息をつく。

「もし石油王になったら、動画は見ないと思う。」

「ええっあっしなら全ての有料チャンネルを契約しますよ。絶対ですよ。」

「女性向けで有料チャンネル無いかしら。」部長もため息をつく。

一瞬、女性向け有料チャンネルを想像したが、あまり思い浮かばなかったので、姫君の情報を聞こう。

「その姫君の情報はどこにあったんですか?」

「さっきまで、かわら版が流れてたわよ。狐憑きの姫君、江戸城に輿入れって。」

「たぶん、オレはそこにいかないといけない。」

「クエストやってるの?」

「そうです。今クエスト中なんですよ。」

「クエストなら、近くにある魚屋で何かあったみたいよ。」


魚屋に向かう。魚屋では「この世界で勝利するクエスト」という募集が書いてあった。なぜ魚屋で!?意味がわからない。姫君を救うという目的以外なら、このクエストをしなくてはいけなかったのだろうか。一応クエスト受付だけしておいてみる。「この世界で勝利するクエスト」の勝利条件は・・・・開国することらしい。どれだけ時間がかかるんだろう。開国って、そんなに簡単にできるものなのだろうか。その前に開国まで実装されているのだろうか。

開国について悩んでいると、近くに居る人物が駆け寄ってくる。

「おい、あの城に忍び込む手筈だろう。この道具を持っていけ。」タイミングよく、忍び込むための道具を渡される。そうだった。囚われた姫君を助けなくてはいけないはずだ。ついゲームを遊んでいってしまった。

「クエストが進んだみたいね。楽しんで来てね。」クオラ部長は手を降っている。

「部長、行ってきます。」

「プレイヤーキラー(PK)には気をつけてね。私は江戸の油田を眺めているわ。」

「そのまま1時間遊ぶのかと思った。もう30分過ぎてるわよ。」ミス・ボーが茶化してくる。

「これからどうすれば良いんだ。」

「姫君を救うのよ。」

「これで江戸城に居なかったらタイムアップになるのか。理不尽だ。」

「ここはネットゲームで理不尽と思える部分を探し出すために作ったの。」

「嘘をつけ。世界的にヒットさせるためには、江戸時代はふさわしくない。」走りながらツッコミを入れる。

「ヒットしなくても良いから、ディープウェブにあるんじゃない。」

「なるほど。」


暫く進むと、天守閣が見えてきた。あの城に忍び込むようだが、リヨが姫君だろうか。リヨの着物姿は、七五三でしか見たことがないな。そんなことを思いつつ、街を出て城に向かうと、入り口から鎖鎌で襲われた。なるほど、街の外はPKが跋扈するハードな世界のようだ。いきなり襲われたということは、ターン制のゲームではないらしい。そう思いながら、鎖鎌を翔んで避けると、ものすごい跳躍力で真上に飛んだ。

「忍者ゲーム?」街が時代劇のネットゲームと言えば、「信長の野望オンライン」がある。しかし、あのゲームの戦闘はターン制で、忍者は超常的な力を持つ存在ではない。

「VRで跳躍ゲームとは、気持ちいい!」飛びながら、そんなことを考えていた。しかし敵を倒さなくてはいけない。さっきもらった短刀で、鎖鎌をかわしながら、木の上を蹴り他の場所へ瞬時に移動する。敵も速い。短刀で凌ぐが、相手は鎖鎌と分銅の手数で押してくる。一旦距離を置き、藪に見を隠す。しかし、前のゲームでチート行為があったのだ。相手がこちらを捕捉していると考えて動かなければならない。短刀で一閃、しかし相手はすぐに距離を取り、右に、左に、舞うように鎖鎌を投げてくる。このネットゲームは知らないので、チートの有無さえわからない。そのまま戦うしかない。飛翔しながら開けた場所に移動。鎖鎌を短刀で回し、動きを止めて距離を詰める。すぐに分銅が襲いかかってくるが、これを寸前でかわし、タックル!と思ったが、相手に読まれていた。向こうは蹴りを入れてきた。派手に吹き飛んでダメージが入る。もう体力が半分以上削られている。

「大人しく金目の物を置いていけば、痛い目に合わずに済んだのによう。」時代劇らしい台詞を久しぶりに聞いて、少し感動しているが、こちらは死にかけている。さっきもらったものは、短刀、ろうそく、火打ち石、手甲鉤、指輪に角が付いているもの、針金・・・・のみ。手裏剣が無い。急いで指輪のみをつける。もう後がない。鎖鎌を短刀で回した瞬間、今度は短刀を奪われた。奪われた直後に鎖鎌を持ち手側に距離を詰める。

「やけくそか。」すかさず蹴りを入れてくる。

「どうかな。」蹴っている足を両手でつかんで、指輪を相手の足の裏に押し付ける。

「ぐああ!」叫ぶ刹那、すぐに後ろに回り込んで首筋に指輪を強く押し付けた。

《対象プレイヤーは死亡しました。アイテムを回収できます。》機械音声が流れる。角のついた指輪。通称は角手かくてと言って、暗器の一種である。しかし次は同じ手は無理だろう。敵のアイテムの中に、体力を回復するアイテムが無い。鎖鎌と少しのお金だけ手に入れて、城に向かうことにする。

城の手前で、手甲鉤をつけて、城の天守閣を手甲鉤で登っていく。ジャンプすればすぐだが、着地すればすぐにばれるだろう。慎重に、音を出さずに慎重に天守閣の上に登っていく。しかし、リアルな自分の握力が削られていく不思議な気分だ。インドア派なので、登るだけでも厳しい。

やっと着いた頂上には普通、殿様への拝殿ができる部屋になっていると思ったが、この城の頂上は牢屋になっていた。しかも牢屋の番人が居ない。行灯に火をつけて、あたりの様子を見る。目が慣れてくると、美しい着物姿の女性が姿を表した。しかしリヨではない。奥にはリヨらしき着物を着た女性が居る。

「あの、その女性を助けに来たのですが。」

「この御方をお守りしている侍従の斑と申します。」

「どうやったらこの檻を開けるんですか。」

「そこにある鍵で閉じられております。早く開けておくれ。ここは悪霊のたまり場となっております。」悪霊モノだったのか。そういえば部長が狐憑きの姫君と言っていたな。にわかに影のようなものがリヨの周りを取り囲むように包み込み、手をリヨの首に立てて、首を締めようとしている。

「1時間制限は関係無しか。」鍵を見ると、古いダイアル式の南京錠だった。ダイアルは5重にかかっている。100000通りの計算だ。鎖鎌で強引に開けようとするが、開かない。手甲鉤でも、短刀でも跳ね返されてしまう。針金は、この形式の南京錠では意味がない。テル、リヨの誕生日、親の誕生日、自分が昔使っていた数字パスワードを入れてみるが、駄目だ、開かない。手こずっていると、リヨの周りの悪霊はリヨを持ち上げだした。仕方がない。ネットゲーム上で再現されているかわからないが、ダイアル鍵の開け方を試してみる。U字の部分を引っ張り続け、ダイアルの1段目と2段目を回す。2段目のダイアルが動かなくなる1段目のダイアルを探す。同じ要領で、1段目が合えば、2段目と3段目を回し、2段目が止まるところで、3段目と4段目を動かす。この容量で鍵を回し続ける。1段目はリアルと同じように止まった。続いて2段目、3段目と合わせていく。悪霊は、リヨの身体をどこかに持っていきそうだった。しかし、悪霊も牢屋の中から出られないのか、リヨの身体が出る部分を探している。2段目、3段目、4段目・・・・5段目に入る頃には、悪霊は床に穴を開け、リヨを引きずり込もうとする。駄目だ、5段目を慎重に回し続ける。ネットゲームの中なのに、動機が激しくなり、汗が滴り落ちる。

「くそう、リヨ、待ってろ。」リヨが引きずり込まれて見えなくなる頃に、5段目のダイアルが合う。開いた!床の穴に手を入れるが、なにも手応えがない。頭を穴に入れる。リヨは白い世界の向こう側に連れ去られていく。

「リヨ!」とっさに鎖鎌の分銅部分を回し、リヨに巻きつける。やった、巻き付いた。あとは引き上げるだけだ。渾身の力を入れて悪霊と綱引きする。城に登った時に、握力を奪われているため、力勝負で負けている。私も白い世界に入って、悪霊と戦うのか。1時間で帰ってこられるか、そんなことを考えていると、侍従の斑さんが、一緒に鎖鎌を引っ張ってくれた。2人の力でなんとか悪霊からリヨを引き離し、牢屋の中に引き寄せた。穴が閉じる寸前にリヨの身体を完全に引き剥がす。やった!助かった。侍従の斑さんも喜んでいる。斑さんにお礼を伝えると、世界が一気に縮小する。

「うらやましき。」斑さんはそう言って、世界と一緒に離れていった。

頭が重い。ん?頭にVRを被っている間隔がある。リヨ、リヨは・・・VRで目隠しされているので手探りでリヨを探す。リヨの手があった。ぎゅっとリヨの手を握りしめる。

「良かった、本当に良かった。」リヨは横になっているようだが、手を少し握り返してきた。無事だと教えてくれた。


「おめでとう。ゲームは2人の勝利よ。」

「もったいぶっていないで、早く要件を言ってくれ。VR酔いしてきた。本当に気分が悪くなってきた。」本当に疲れた。

「そうね。これから説明するわ。ダークウェブは、証明書を交換しない限り、誰とも話せないのよ。」

「証明書なら、これがあるんだけど。」と言うと、証明書の基本データが書かれている画像ファイルを送った。さすがに証明書をネットワークで送るわけにはいかない。

「なるほど。理解したわ。」そう言うと、私のメールアドレスに証明書が送信されてきた。この証明書をメールソフトにインポートして相手に送信。こちらもYubicoに入っているものとは別の証明書をミス・ボーに送信する。これでお互いに暗号メールがやり取りできるようになる。

「これでダークウェブへの入り口はできたわ。しかし、お互いが本当に秘密のやり取りをするなら、あなたの家とは違う別の場所からネットワークに接続する必要があるの。場所はヨコハマで、地図はこれ。検索すれば、どこかはわかるでしょう。」暗号で地図が送られてくる。地図を検索すると、横浜の大規模データセンタ(DC)が表示された。

「テル君が何を喋っているのかわからなくなった。何言っているの?」

「ごめん。後で話すよ。」


「時間は次の日曜、夜12時にここに来て。日曜じゃなければ、もう会えないかもしれないわ。あと入る方法は、紙に書いてあるわ。」そう告げると、ミス・ボーは姿を消した。


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