6 愛と霧
外での睨み合いは、すぐに終わった。
嫌々だったが、愛が紫耀さんを家に招き入れたのだ。
二人は椅子に座り、テーブルを挟んで睨みあっている。
会話はない。沈黙が、どこまでも重かった。
俺はと言えば……
「痛い……」
床に正座させられていた。
愛の隣に座ろうとしたが、無言で床を示され、あぐらをかこうとしたが、力強く床を踏み叩かれたので、正座で見上げる状況。
三十分ほど何もせずに正座してるので、足が痺れて痛い。立ち上がることも出来ないように感じる。足の感覚がおかしい。
「痛い……」
小さな呟きも、沈黙の中では異様に響く。
「兄さん?」
「愛……」
「正座だけでは、反省が無いようですね」
「えっ?」
顔を上げれば、何故か台所へと向かう愛の後ろ姿。ジャーっと水を流す音に、顔が青ざめた。
「ちょっ、待て。それは、まずい!!」
叫び、正座を崩して立ち上がろうとし……ピキっと足に電流が走る。
ビリビリと全身を襲う痺れに、こてんと横になった。
「………………!!」
声にならない絶叫を上げながら、痺れた足を動かそうと必死に行動する。
「兄さん。誰が止めていいと言いましたか?」
「まっ愛……」
般若のような形相で、水のたっぷり入った鍋を持ってくる。揺れるたびに溢れる水が、床と俺を濡らした。
「さあ。早く」
「いや、足が……な?」
「早くしてください。水を火にかけますよ?」
「はい!!」
お湯にされたら両足が火傷するので、痺れに耐えて正座。
ビリビリと響く足に、大量の水入り鍋が置かれた。
「溢したら、許しません」
「はい」
つまり、足を崩しても駄目と言うことか。
何の反省なの、これ?
紫耀さんを連れてきた結果がこれって……辛い。連れてこなければよかった。
「さすがに、これは可哀想。では?」
「いえ、兄さんには教育が必要だと常々感じてましたので、これくらいでちょうどいいんです。全く。誰のだと思っているのでしょうかね?」
「翔樹さんのもの、だと……」
「違います。兄さんは、愛のです。霧葉。奪うなら、命をかけてもらいますよ?」
何か、物凄く怖いことを言っている。
今すぐこの場を離れたいけど……鍋あるし、足痺れてるしで動けない。
誰か助けて!!
「奪うなんて……仲睦まじい兄妹を引き裂くつもり。ありません」
「その言葉。信用に値しません」
「そう、言われましても……」
全く受け付けない愛の態度に困惑の表情を浮かべる紫耀さん。早く話を終わらせて解放してほしい気持ちで一杯なのだが、下手に話に割り込んでも危険度が増えるだけなので何も出来ない。
ううっ。なんで、こんなことに……
「そもそも、何しに来たのですか?」
「確認。ですよ。あなたの愛と翔樹さんの状況の」
「必要、ないはずです」
「そんなこと……ありません。必要なの、ですよ」
「どうして、ですか?」
「どうして、ですかね?」
二人の会話を聞いても、まるで意図が分からない。
愛が怒り、紫耀さんがなにかをしに来たことだけは分かるけど、それ以外は全くだ。
二人は、知り合い……違うか。もっと近い間柄なんだろう。ライバル。みたいなのがしっくりくる。
ただ、なんで対立したのかが不明。対立した理由も……まさか、俺が関係してるわけもないし。
「帰ってください。兄さんの記憶は戻ってません」
「そのよう、ですね。出来損ないと会っても、予定の反応をしません。でした」
「会わせたのですか!!」
「はい。そうですよ?」
「霧葉!!」
バンっと力強く机を叩く。
怒りのゲージが見えたならば、きっと振り切れていることだろう。
あの化け物に会ったことに、怒りを覚えて……あれ?
「あの……」
「兄さんは、口を出さないでください!!」
「すいません」
いや、おかしい。だってそうだろ?
なのに、聞けない。
「会わせて、どうするつもりだったんですか?」
「そうですね……倒せれば、良かったかと」
「ふざけないでください!」
「ふざけては……いません。私は、本気ですよ?」
「記憶を、戻すつもり……なんですか?」
「そうです」
はっ!? えっ!?
声には出さなかった。
だが、困惑で鍋が揺れて水が少し溢れた。
「霧葉……あなたは!!」
椅子を蹴り、テーブルの上を飛び上げる。そのままの勢いで殴るのだと感じ、止めようと体を動かす。
「うぐっ」
しかし、足に乗っている鍋をどうすることもできず、立ち上がれない。
すでにことは済んでいるはず。
そう感じ、視線を向ける。
「えっ?」
「霧葉……」
愛は、飛び上がってはいなかった。
椅子にちょこんと座ったまま。紫耀さんを睨んでいる。
まるで、夢を見ていたかのような状況に、目を白黒させる。
「あれ?」
「どう、しました?」
困惑を込めた瞳を向けられ、何を言えばいいのかが分からなくなる。
少なくとも、愛が突撃することはなかったと言うことだけは分かった。だが、なんでと疑問が深まる。
「はぁもういいです。出ていってください」
「愛。そんな言い方……」
「害悪とこれ以上一緒に居られません。事情は愛が理解しましたので、もう十分です」
ぷりぷりと怒りながら、席から降りて紫耀さんの腕を取って歩き出す。
俺を、放置したまま……