視覚小説『不幸な記号性』
<1>
私は27歳です。
こんな顔です。
(図1)
商事会社で事務をやっております。まあ仕事の内容は別にどうのこうのということではありません。
ある日、私は社長室に呼ばれました。
「キミ、このコ今度新しく入ったんだけど、仕事教えてやってくれる?」
社長の机の横には、まだ学校出たばかりと思われるひとりの女性が佇んでいました。
こんな顔です。
(図2)
図2に見られる険のある目付きとふてぶてしそうな唇の感じが、私を大変おびやかしました。しかし後輩にナメられるわけにはいきません!私は内心の動揺を悟られまいと、胸を反り加減にして切り出しましたけど、少し舌を噛みました。
「あ、あの…私太田です。よろしく…」
後輩は私の肩をポーンと強く叩きました。
「太田さん、私藤谷っての。よろしくねっ!!」
私は思わず「はいっ」と答えてしまいました。
<2>
早速私は社長に命じられたとおり、後輩に仕事を教える段取りにかかりました。
まずは見積書の書き方から教えることにしました。私は勇気を振り絞って「ほらここのところはこう書くのよ。そしてここはこう書く…」と教えてやりました。すると後輩はそんな私をせせら笑うかのように「あら~太田さ~ん、先輩稼業が板についてますわね~wふんなるほどここはこう書いてここうはこう書くのねェ。わかった、わかったから無理しなくてもういいのよぉ~、うふふふw」と言ったではありませんか!!
私は悪夢を見ているのでしょうか?
私は自分の意思に反して膝頭がガクガクと震えだし、バランスを崩して危うく倒れそうになりました。
「・・・・・・」
私は懸命に何か言おうとしましたが、口がパクパクと空回りするばかりで、言葉が出てこず、代わりにヨダレをこぼしてしまいました。そしてさらには目に大量の涙が溜まってくるのを感じました。
その時私の斜め向かいの席から、空気を引き裂くような鋭い声が発せられました。
「藤谷さん!!あなたの太田さんい対する態度はよくなくてよっ!!」
声の主は二宮さんでした。
二宮さんはこんな顔です。
(図3)
とてもシビアな目付きです。
私は身を乗り出すようにして後輩の次の行動を興味シーンと待ち構えました。まさか顔のイメージだけで、後輩が私とはまったく異なった行動を取ることはないでしょうが、図2が図3に立ち向かえるとはとても想像できないので、そこら辺の人間のあり方というものにとても興味を持ったのです。するとやはり、後輩の行動は私の予期した通りのものでした。
なんと後輩は、卑屈な目でうつむいたのです!!けけけぇ~っ!!
後輩は私の時には余裕綽々の態度を見せていたくせに、二宮さんに対しては子猫ちゃんのようにおとなしくなったのです!!後輩はきかん気の強い人間でも反骨精神旺盛な若者でもなく、ただの半端な小娘だったのです。
「藤谷さん、ずいぶんおとなしいのね?どうしぇ~!?ふふふ」
私は思いきり歯を剥いてキィィィィィーーーーーーッ!!!と嘲笑ってやりました。・・・胸がスカッとしました♬
<3>
その日私は何年ぶりかで爽快な気分で帰途につくことができました。
ルンルンルンルン♬
と足取りも軽やかに歩いていると、後ろから何者かが私を呼び止めました。
後輩です。後輩が追いかけてきたのです。
「さっきはよくもやってくれたわね!!」
後輩は鬼のような形相で私を睨み付けてて言いました。私は金縛りにあったように身体が竦んで動かなくなってしまいました。
「なにさっ、あんたなんか二宮さんがいなくちゃ何にもできない虎の威を借る狐じゃないかっ!!断っとくけど、私あなたのことなんか、先輩とも何とも思っちゃいないんだから。ふん、大した顔もしてないくせにっ、気取るんじゃないぞっ!!」
後輩は私の胸を力一杯小突きました。
大した顔してない・・・大した顔してない・・・大したことのない顔とはどんな顔でしょう・・・大したことのない形とはどんな形なのでしょう・・・その言葉は走馬燈のように三半規管に支障をきたした私の脳裏を駆け巡りました。
目の大きさと角度がどうなってこうなって・・・頬の肉のつき具合が微妙にどうなってこうなって・・・口元のほんのちょっとした角度と厚さがこうなってこうなって・・・ほんのちょっとこうなってどうなった嗚呼・・・私はいっそのこと生まれて来なければよかった、嗚呼、今度生まれてくる時、私は貝になりたい!!
ふと気が付くと、私は足元の路面にビショビショと水溜まりをこさえていました。