Section.08 間話 悪魔の生態?
シャディの住むアマーレア王国において風呂と言うのは楽しみの1つであった。
大きな町になると公衆浴場があるし、村落でも共用風呂と言うのがある。
どのような形であれ、お湯に入ると言うのは心身のリフレッシュになるし、浴場と言うのは交流の場にもなる大衆の娯楽でもあった。
そしてエルフも人間に比較的生活習慣が近いせいか風呂文化がある。
やはり村で共用の風呂に順番に入るシステムで、約150人からなる村でローテーション。
1週間に2回程のペースは人間の世界とそうは変わらない。
シャディの村ではこのペースだったし、街に出てからは資金的な面から公衆浴場の利用は多くて週に2回が限度。
中には毎日行くものもいるが、それはこの国では一般的では無い。
後は気になれば水に濡らしたタオルで身体を拭くぐらいはするが、冒険者ともなれば職業柄風呂利用のペースは格段に落ちる。
つまり、風呂に入れるのは貴重な機会であった。
そんな貴重な機会に恵まれたのは、あのゴブリンの群との戦闘後。
汚れを流して食事を楽しんで欲しいと言う心遣いを有難く頂いた結果だ。
そんな訳で、リリーことリリルアンナ・マウデシアに連れられてルクレとシャディは風呂へと向かったのであった。
エルフの風呂は共用のスペースに木製の大きな桶にお湯を張るもので、シャディの村と同じようなものだった。
シャディの村であればこれに焼けた石を入れて水を温めるのだが、エルフの浴場にはそんな石は用意されていない。
どうするのかと言えば・・・
「万物の源にして、万能なる魔の力よ・・・その魔の力を持って我が手より熱せよ、発熱」
リリーが桶の水に手を突っ込んで詠唱を行う。
つまり、エルフの湯は魔術式温熱風呂のようなのだ。
この発熱魔術は発火魔術と並ぶ生活便利系魔術である。
言わば火球魔術の下位に当たる魔術でもあり、魔術の強度調整訓練の1つとして養成所でも学ぶものだ。
便利であるが霊力消費も決して少なくないので人間世界ではこれを煮炊き風呂には余り使わない。
冒険者だと魔術職を煮炊きに使うのはいざと言う時の霊力温存の観点から当然ご法度である。
エルフは人間より魔術の素養が高い種族とも言われるからこそ、弓手のリリーが使えたりするのだろうし、逆にこれがエルフの一般的な生活様式なのかもしれない。
「よし、いい湯加減だ」
「ありがとう。久しぶりのお風呂で楽しみだわ」
「うむ、戦士達が帰ってきたら、ここも戦場になる。手早く済まそう」
少し悔しげにも見えるリリーは、恐らく戦士と共に行動したかったのだろう。
何となく気持ちは分かるが、恐らくこの性格と若さで外されたに違いない。
ただ、腕の方はそれなりに確かであろう。
逆にそれ故に余計に悔しさを産んでるのかもしれない。
あの戦闘の後、少しこのリリーと言うエルフの少女とシャディは打ち解けた感があった。
勿論、ルクレに対しても『悪魔殿』から『ルクレ』に変わっているし、ルクレも『野蛮人』呼ばわりしないから喧嘩にもならない。
悪魔だと言う事を除けば、間違いなくルクレはいい子なのだろう・・・
それが分かったからこそリリーも警戒心を解いたのだ。
まぁ、悪魔と言う事を除けないのが困りものだが。
桶のお湯に手を突っ込んで確かめてるルクレを見ていると、シャディは自然と頬が緩む。
風呂もきっと初めてなのだろう。
「さてと、服を脱ごうねルクレ」
「ぬぐの?」
「そうよ、お風呂に入る時は脱ぐものよ」
「そうだぞ。しかしこの服、翼や尻尾の部分はちゃんと開けてある特注品なのだな」
「ほら、手を上げてね・・・もちもちして綺麗な肌よねぇ」
「ふむ、翼は鳥のような手触りなのだな。飾りじゃないみたいだし」
「でもどうやって飛んでるのかしら?・・・羽ばたいていないのに?」
「しらない・・・普通はみんな浮かないの?」
「いや、浮くのは普通じゃない」
「あら、尻尾って意外とすべすべなのね!」
「ひゃん!前と後ろの尻尾は触っちゃ駄目!!」
「・・・うむ、前の可愛らしいものは尻尾じゃないな」
「男の子だったんだ・・・可愛らしいからどっちなのかと」
「シャディとリリーは尻尾無い?」
「ああ、人間やエルフは後ろに尻尾は無いし、前に尻尾は女には無いぞ」
「ほへー。胸が膨らんでいるのは防御力上がるの?・・・シャディの方が防御力高いの?」
「私はまだ成長期なのだ!胸の大きさと防御力は関係ないぞ!」
「防御力ねぇ。そう言う発想は無かったわ・・・村長さんは確かに防御力高そうではあるけど」
「まぁ確かにな・・・だが何度でも言うが私はまだ成長期なのだ!」
「そんなことより、ルクレ、洗ってあげるから座って!・・・こらっ、羽はブルブルさせない!」
「全く、子供みたいだな。シャディもきっといい母親になれそうだぞ」
「ふぅ・・・」
シャディの口から自然と吐息が漏れる。
小さな子供を風呂に入れるみたいでドタバタしてしまったから、心地よい湯温に吐息も漏れてしまう。
きっとルクレは教えれば理解できるのだろうが、シャディの方が世話を焼いてしまった感がある。
それを若干リリーにからかわれたが、そんなに嫌ではない。
リリーと言うエルフはぶっきらぼうだが性格は悪い訳でないし、むしろ裏表なく付き合いやすい気もする。
村長のシェルステールや村の戦士長の方が一癖も二癖もあるから余計にそう感じる。
友達にはなれるタイプだろうし、実際仲良くなり始めている。
浴場は交流の場とよく言われるが、こんな所でそれが実感できた。
そして、湯加減は人間もエルフも好みは大差ないと言う感じ。
しかもエルフの村の大桶風呂は3人入った所で余裕はまだある。
ある程度の集団で入る共用風呂に、この人数で入れるのは贅沢だった。
それもこれもしっかり働いたお陰と言うものだ。
その仕事の大半を片付けたルクレは桶の縁にぶら下がりながら上機嫌であった。
頬を紅潮させ、羽を大いに伸ばして目尻を下げている。
満足ぶりがよく分かる。
「しかし、良い悪魔という者も存在するのだな。世界観が変わった」
「そうね。私も色々知ることができたわ」
シャディが色々と言うのはルクレの事だけでは無い。
ここ数日の体験はシャディの世界観も大きく変えた。
そしてシャディは思う。
これからどうすべきだろうと・・・
「まぁ、あれこれ考えても仕方なかろう。目の前の事から片付けていくしかないな」
「流石に長生きしてる人は言うことが違うわね」
「私はまだ153歳だぞ・・・少なくともシャディより若い!」
「あのね、人間は100まで生きる方が稀なの・・・」
そんなとりとめのない会話をしながら、2人はルクレの方を伺う。
ルクレはと言うと・・・
羽がだらんと下がり、身体も湯船の方に沈みかけてる気がした。
「ルクレ!」
「あ、うん、これは湯あたりだ・・・長湯させすぎたみたいだな」
慌てたシャディと割と冷静にルクレを抱えて湯船から出したリリー。
少し盲点だった。
鉄壁の魔法防御と物理防御を持つ悪魔が、まさか湯あたりとは・・・
「悪魔であっても子供なのだろうな・・・」
「ええ、ちょっと想定外だったわ」
今後悪魔を倒すためには風呂に入れろと言う教訓は多分生まれないだろうなと思いながら、シャディはリリーと共にルクレを介抱したのだった。
こんな時間ですが短いのを更新です
次回は週明けからリアルが大変なので更新は間違いなく遅れます。。。