Section.05 悪魔とエルフの村Ⅱ
ルクレとシャディが入った建物はマウデシア村の集会所と呼ぶべき建物で、村の会合に使われる場所らしい。
彼らエルフの普段の住居はツリーハウスであり、村長シェルステールの住居もこの集会所上の巨木にあると言う。
そしてこの集会所はゲストハウスも兼ねているのだ。
「うわあ・・・」
ルクレから漏れる感嘆の声。
その集会所の普段は会合する場所と思わしき部屋。
そこの長机に料理が並べられていく。
救出された女達は別室である。
シェルステール以外のエルフ達は村の顔役達と紹介されたので、つまりはお礼の晩餐と言う事だろう。
エルフ料理はシャディも初めてであったが、分かるのはパンとスープ、そして野菜と人間とさほど変わらないと言う事。
スープには団子のようなものが入っており、野菜もサラダとして生で出されるものと温野菜のようなものがある。
匂いからして肉も使ってるような気もした。
お腹が空いた所にこのいい匂いは食欲を刺激される。
匂いからして不味い訳が無いと言っているようなものだし、ルクレも目を輝かせている。
肉や交易品の小麦をふんだんに使ってる所を見ると、恐らくかなりのご馳走を並べたのだろうとは想像できた。
ルクレの椅子は座面に板を敷いて嵩上げしてクッションを敷いていたりと気遣いもしてくれている。
能力は兎も角、小さな子供の体格のルクレだと、普通の椅子だと身体が埋まってしまうのだ。
ちゃんとお客として扱ってくれてる事に感謝しながら、シャディはルクレの隣に座ると首からナプキンを巻いてやる。
ハロングロットルを食べていた時もルクレはポロポロと欠片を零していた。
着ている黒いローブは精巧な金刺繍の施された物で、シャディの持った印象は『高そう』と庶民的なものだった。
高いよそ行きの服は汚してはならないと言うのはシャディの生まれ育った村や家庭では当たり前の事だったし、幼い頃祭り衣装を汚して母に尻をこれでもかとぶたれた記憶もある。
そんな記憶と貧乏性なのもあるかもしれないが、間違いなく綺麗に食べれなそうなルクレだけにこうしておく必要があると思ったのだ。
「これなあに?」
「こうしておくと服を汚さずに済むでしょ」
シャディの家には自分より幼少の子はいなかったが、故郷の村では少女が親が仕事の間に村の子供達の面倒を見る事はよくある事だった。
村ではお転婆かつ腕っ節も強いと言われていたシャディでさえやった事があるし、それは言わば母になって家庭を作っていく予行演習とも言えた。
残念ながらシャディは適齢期であるものの相手はいないし、まさか悪魔の子供の面倒を見る日が来るとは思いもしなかったのだが・・・
「さあ、召し上がってくださいね」
笑顔でルクレとシャディのやり取りを見ていたシェルステールが促す。
「神よ、今日の糧を得た事を感謝致します」
エルフの習慣は知らないシャディだが、いつものやり方で食事の前の祈りを済ます。
冒険者になってから同じ国内でも他地方の者と交流して、地方でも多少違いがあることは理解していたが、作法が違うと怒る者は見たことが無かった。
貴族様の食事にでも招かれればそんな事があるかもしれないが、幸か不幸かそんな付き合いは無い。
「命の実りを頂く事を我らが祖霊に感謝を」
「我らが祖霊に感謝を」
シェルステールの声に他のエルフも続く。
祈るものに違いはあれど、食事を頂く感謝は同じなのだとシャディも興味深くそれを聞いていた。
「所でさ」
「どうしたの?」
そんな中で一人思案顔のルクレ。
何かあったのかとジュデイはその顔を覗き込む。
「ボクは何に感謝すればいいのかな?」
一瞬あっけに取られたシャディ。
そしてエルフ達も。
だが一瞬の静寂の後、一人の男エルフがぶぶっと吹き出し、釣られて一同が笑う。
シャディも同じく釣られて笑ってしまったのだった。
「盲点でしたわ・・・確かに悪魔は何に祈るのでしょうか」
シェルステールの目に涙が浮かんでいる。
笑いすぎたのだろう。
他のエルフも似たようなものだったが、この一言で打ち解けた感じがした。
「全くもって!、悪魔は何に感謝するかなんて考えもしませんな!」
「うむ、我々は悪魔殿に感謝してるがね!」
村の戦士長と会計長と紹介された男エルフもひとしきり笑った後そう言う。
2人共こちらを警戒している感はあったが、今ので吹き飛んだようだ。
「そ、そうね・・・美味しいものに感謝すればいいんじゃないかな?」
シャディも笑いながらそう言うと、何故笑われたのか殆ど理解できずに困り顔だったルクレの顔が輝く。
「そっかぁ・・・ならマカロンに感謝!!」
一同がもう一度大きく笑う。
食事時に笑い。
それが食事を更に上手くするのは古今東西どこでも同じであった。
食事が始めるとすぐにルクレの手が大きなキャベツ包みに直接伸びる。
やっぱりそうなるかと予測はしていたシャディがルクレの手を掴む。
「はいはい、ちょっと待ってね」
そう言ってコールドルマとエルフ達が呼ぶキャベツ包みをナイフで切る。
キャベツの中は挽肉が詰まっている。
つまり、人間の世界で言う所のロールキャベツだろう。
キャベツもよく村で出回るものと違い野生種に近い気もする。
そのコールドルマなるロールキャベツを切ったシャディが小皿に取り分けてルクレの前に置く。
勿論、一口サイズに切ってある。
そして待ちきれないとばかりに目を輝かせるルクレにフォークを持たせて、手を添え刺してやる。
「さ、いいわよ」
気分はまるでお母さんだ。
食事の作法を知らないと今までの行動で何となく思ってたが、大当たりだった。
思うにルクレは悪魔の基準で言う赤ん坊なのかもしれない。
「おいしい」
「丁度狩猟隊の獲った若い鹿肉がありましたのよ」
鹿は人間が良く食べる牛や豚と比べると脂が殆ど無い赤身肉と言った感じである。
独特の匂いがするが、肉汁も豊富で旨味もある肉だ。
ルクレは満足したのか頬と目が垂れ下がっている。
シャディも頂いたが、これはなかなかのものだ。
「牛や豚は食べないのですか?」
「ええ、主に肉は森の保全に役立つ山羊が主流で、鹿や雁、山鳩等を食べますね」
狩猟長と紹介された男エルフがシャディの問いに答えてくれる。
牛や豚は森の中で飼育が難しいのかもしれないし、脂の多さがエルフの口に余り合わないのかもしれない。
こう言う知識はすぐに役立つとは言い切れないが、知識と言うのは覚えておいて損はないものである。
その他にはダンプリングと人間界では呼ぶ肉詰め団子を入れたスープ。
外側は芋であるそれはピーテパルトと呼ばれるもので、コケモモのジャムを付けて食べるようだ。
中の肉は山羊なのがエルフ流らしい。
そしてメインは鹿肉のステーキにサラダを添えられたもの。
ローユールと呼んでいるそれは直訳すると鹿そのものらしい。
シャディが思うに、山羊が一般食で鹿が高級品と言う位置付けのように感じた。
パンに添えられたバターやサワークリームは人間界では牛の乳で作られるが、エルフ達のは山羊から作るようだ。
味は牛の方が濃厚な気もするが、そこまで気になる差でもない。
後はシャディが普段食べている食事は香辛料が味付けの要だが、エルフ達の味付けはハーブがメインであるようだ。
このハーブはエルフ達の貴重な交易品でもあるらしい。
ルクレで和んだお陰で、食事は和気藹々と進んだ。
食事をしながらお喋りするのはシャディの住む地域では一般的な事であったが、エルフ達も同じ文化だと知れてホッとするものがある。
黙々と食べるだけは味気ないものだ。
ただ会話と言っても情報交換がメイン。
シャディは森に入った事情から、ルクレとの出会い、ゴブリン達の対峙を話す。
ルクレの件は判断に迷うが、誤魔化すより知恵に長けたエルフの助力を仰いだ方がいいだろうし、そもそもシャディは腹芸なんか得意では無い。
「ゴブリンがそこまで強力な集団だとは・・・これは討伐隊を組織した方が良いのではないか?」
「確かに、迂闊に山羊の放牧等もできませんが・・・こちらの被害も馬鹿にはならないわ」
戦士長がそう言うが、牧場長と言う女エルフが反対気味に眉をしかめる。
あの囚われた女エルフも山羊の放牧中に襲われ、山羊ごと拉致されたらしい。
護衛のエルフ戦士も殺された大惨事で、この件はエルフのこの村でも意見が別れていた。
ただ、彼らは賢明なのは誰もルクレに『ついでにふっ飛ばしてくれたら良かったのに』と言う視線は向けない事だ。
当のルクレは口元やナプキンを盛大に汚しながらも、満足げに食事している。
勿論シャディも満足していた。
エルフ料理の素朴な味は、味付けが違えど故郷の村を思わせるものだった。
王都やレブニア等都市部では濃い味付けがメインとなってそれに慣れてきたが、こう言う懐かしさを感じる料理はホッとするものがあった。
食事を終え、シャディはまずルクレの口元を拭ってやる。
食事初心者のルクレはやはりと言うか、口元から頬までを盛大に汚し、ナプキンやテーブルまでも食べかすを落とすと言う惨状ぶりだった。
エルフがマナーに緩いか厳しいかは分からないが、少なくとも客人扱いだけに眉をひそめるものはいないのが幸い。
いやむしろ、『子供だからねぇ』と言うような温かい視線に感じる。
古今東西可愛いのは得をするものだと言う事だろうか・・・
件の先輩女冒険者も『可愛いは正義』と、野良猫の餌代を仲間に請求していたのをシャディは思い出した。
そして拭い終わるとジャム入りハーブティが出されて雑談タイムとなる。
ジャムの甘みがあるからか、ルクレも飲んでほっこりしてそれがまた可愛らしいのかシェルステールが目を細めていた。
そしてエルフ魔道士であるシェルステールがルクレに魔術の簡単な講義のような話をしたり、他のエルフもその話に加わったりしているのだが、時折エルフ語が混じり合ったりしてシャディには全てが聞き取れなかった。
だが、どうやらルクレは理解しているのか、会話が成立している様子だ。
「ルクレ、エルフ語分かるの?」
「しらない」
「へっ??」
知らないものをどうやって喋るんだと混乱するシャディにシェルステールも気づき補足するように言う。
「恐らく、悪魔語を使ってるからだと思いますわ」
「悪魔語?」
「ええ、天使語と並び最も神々に近いとされている言葉で、悪魔や天使の言葉は頭の中に直接作用して聞こえると言います」
つまり、ルクレは大陸共通語やエルフ語、ゴブリン語を喋ってた訳でなく、こちらの頭の中で悪魔語が変換されて理解できていたと言う事らしい。
「聞く方もそれで作用を?」
「悪魔自体の能力なのかもしれません・・・私は悪魔語については分かりませんが、古代エルフ語も天使語の下級言語であるので多少理解できるだけです」
つまりルクレは通訳いらずと言う事だ。
基本人間界では多少のニュアンス違いはあれ余程の辺境でも行かない限り大陸共通語で通じる。
しかし、この世界には様々な知的種族があり、その数だけ言語もある。
言語を知る事で得るメリットは冒険者であれば大きいので、例えば冒険者の中ではゴブリン語の話者が多かったりする。
それが命の危機を救うことだってありえる訳だから、通訳いらずは実に羨ましい限りだ。
「悪魔って凄いのね・・・」
ありきたりの感想がシャディから漏れる。
まぁ、そうとしか言いようが無い。
ルクレを中心に色々と会話をしながらエルフ達もあーでもないこーでもないと語り合っていたが、やはり悪魔の生態について多くは分からないらしい。
やはり彼らエルフにとっても高位の悪魔は伝説の存在のようだ。
現状彼らでも言えるのは、ルクレが赤ん坊のようなもので何も習得してない状態である事。
これは記憶喪失とかではなく、本当に生まれたばかりのようであると言う結論だ。
しかしながら、その生まれたばかりのルクレですら、この村の戦力で倒せないと言う事・・・
決して貧しくない村だけに戦士達は金属製の武器で武装しているが、高位の悪魔の特性上魔法武器でしかダメージを与えれないらしい。
リリーと言うエルフに射られた時も防護膜が確かに働いていたし、それが証明だろう。
そしてゴブリン・シャーマンの時のように低位の魔術も効かない。
この村にもシェルステールを始めエルフ魔道士はいるが、有効な魔術を撃てる者がいるかは怪しいレベルらしい。
恐らく、ルクレに有効打を与える前に村が全滅しかねないレベルと言う事らしい。
現状、火球魔術しか使い得ないルクレなのだが。
つまりシェルステールがルクレと事を構えず仲良くしようとしてるのも、村を守ると言う大人の選択だと言う事・・・
かの悪・即・斬な正教会神官のように悪魔なら問答無用な所でなくて良かったとシャディも思うのだった。
1人いたが。
「さて、寝所も用意してますので今日はそこでお休みください」
「わざわざありがとうございます」
日もすっかり暮れてしまったし、今日はここまでだろう。
明日以降は森を出るから体力回復できる時にしておくのが冒険者の基本だ。
こうして、ルクレとシャディはエルフに案内された寝所へと向かったのだった。
更新しました
あれですね 言語のチートは超ご都合主義的なw
次回は来週半ばを目標に