Section.04 悪魔とエルフの村Ⅰ
ゴブリンの巣から少し離れた所で女達の中から3人、ルクレとシャディに近づいてきた。
「悪魔を使役する騎士様・・・どうかお願いがあります」
3人共特徴的な尖った耳、そして美しい顔つき。
エルフのようだ。
エルフは森に住む亜人達であり、妖精に程近い種族だ。
上位のエルフ種となると、金髪碧眼と長い耳、白磁の肌と美しい容姿で無限に近い寿命を持つ妖精そのもので、物語にも語られるが見たものの殆どいないような存在だ。
彼女達は耳も長く容姿も美しいが、やや薄い茶色やブロンドの髪で、人間に近い肉感的な体つきである事を見ると低位のエルフ種だろう。
しかし、悪魔を使役ってどう言う事だ・・・
マカロンで人助けしたのを使役と言うならそうだろう。
だが、割と違和感がある。
何より、ルクレがそれに怒りだしたらと、恐る恐るルクレの方を見てみると・・・
マカロンをつぶらな瞳で少しずつ味わい、時折天を向きうっとりしている。
つまり、食べるのに夢中で話を聞いていない。
あーこれ、どー見ても悪魔を使役する邪悪な女騎士だ。
誤解は解かねばと思うが、『ここに居るのは野良悪魔です!』なんて言おうものなら、その方が面倒な事になるのは目に見えている。
この際、そこは一旦放置で触れないようにしようと、シャディはエルフの話を聞く。
「どうしたの?」
「この近くに我々の村があるので、そこまで護衛をお願いできないでしょうか?」
シャディは少し考える。
近くにエルフの村があるなら、一旦の避難場所としてはもってこいかもしれない。
エルフは排他的であるが、決して人間に敵対的な訳では無い。
同族を救ったのだから、一旦避難するぐらい認めてくれるだろう。
「そうね・・・できれば村で囚われてた人間達の保護もお願いしたいわ」
「ありがとうございます騎士様。保護に関しても必ず」
人間達のグループもホッとした様子となる。
ゴブリンからの悲惨な虜囚生活を抜けたと言えど、ここはまだ危険な森の中。
一刻も早く安全な所に行きたいだろう。
そしてシャディは一番大事な事を聞いておくことにした。
「エルフ達って・・・お菓子とかの甘味は食べるのかしら?」
「はい。ハロングロットルと言うお菓子なら村でもよく作られます」
聞きなれないお菓子だ。
どのようなものか聞いてみると、ラズベリージャムを乗せたクッキーのようである。
察するに十分な甘みのあるお菓子だろう。
古今東西女子は甘いものが好きだし、それは亜人でも変わらないだろう。
エルフの女が推すのだから不味い訳はないに違いない。
そしてこれは、とても重要な事なのだ。
「よかった!・・・できればそれも分けて貰えると嬉しいわ」
「はい。私も作れますので必ずや、騎士様」
騎士様と呼ばれるのはちょっと嬉しいが、彼女は何もしていない。
とりあえず唯一にして最大の戦力たるルクレの機嫌が損なわれていない事だけ確認しつつ、もう1つ気になった事を聞いてみることにした。
情報収集は基本だとは件の先輩女冒険者もできたてのタルトを頬張りながら言ってた気がする。
「クッキーって事は・・・小麦を交易してるのかしら?」
「はい、森を出てすぐの村と数百年前から交流していますから、小麦もそこから手に入れてます」
それを聞いてシャディもホッとした。
お菓子の存在も大きいが、この人間と交流してると言うのが一番好材料だった。
「良かった・・・」
心底ホッとしたシャディにルクレがフワフワと近づいてくる。
「どうしたの?」
「これから行くエルフの村は、少なくとも友好的に接してくれそうなのよ。エルフは他と交流しないイメージがあるから心配してたけど」
そうなんだとルクレが相槌を打つが、シャディにとってはルクレが興味を示した事が意外だった。
「退屈なお話だった?」
「ううん、ボクは何も知らないからさ、色んな事知っておかないとね!」
どうだボクはこれでも考えてるんだぞと顔にデカデカと書いているようなドヤ顔。
可愛らしいのだが、無知は自慢することでは無い。
「色んな事を知れば、あの時の奴らが襲いかかってきた理由も分かるかもだしね!」
「う、うん・・・そうよね」
襲われた理由の殆どはルクレが悪魔だからだと思うのだが、シャディは半笑いしながら口には出さないでおく。
そして、同時にある事に気づいて愕然とした。
もしルクレを襲った者達が襲うのではなく懐柔してきたらどうだったのだろう・・・
この無垢なルクレの性格から、簡単に懐柔されてしまうのだはなかろうか。
そして、その者達がルクレの持つ力を悪用する気であれば・・・
考えただけでも恐ろしい事になる気がする。
シャディは身震いしながらもその考えを、今考えるべき事で無いと振り払ったのだ。
そんなやり取りをしながらもエルフ達の案内で村の前まで来る。
エルフと言うのは森林生活者であり、村も森の中に存在する。
ツリーハウスと言われる樹木の上に家を建てて暮らしており、巨木ともなれば数家族が住む住居が造られる事もある。
それなりの大きな村ともなると、地上にも住居施設があったり周囲を柵で囲んである等、いくつもの構造物が存在したりする。
彼らは狩猟もするが、それだけで生きている訳では無い。
むしろ彼らの生き方は、森を保全しながらその恵みを利用しているのだ。
木々の枝を伐ち、下草を狩る。
集落の周りには果樹が植えられ、下草の代わりにハーブなどが植えられる。
そして、その集落では下草を食べる山羊等が家畜として飼われたりしている。
農耕はする訳ではないが、森に手を入れその恵みを得る。
つまり、決して貧しくはないのだ。
そしてルクレ達が着いた所もそんなエルフの村の1つ、マウデシア村だ。
一本の古い巨木を中心にツリーハウスがいくつも立ち並ぶ様子が周囲に張り巡らされた柵越しにも見て取れた。
人口は150人程。
交易もできるのだから豊かな方かもしれない。
安全な集落の前まで来て安心する一行。
囚われていたエルフに至っては涙ぐんでる者もいた。
それはシャディも同じで、ホッと胸を撫で下ろしたのだが・・・
鋭い風切り音が、彼女の横をすり抜けて行った。
ゴチンと言う音。
ルクレの頭が仰け反る。
「悪魔が何故ここにいるっ!」
頭上からの声。
柵の上部に樹木を利用して作られた櫓の上に、弓を持ったエルフが睨んでいた。
金属製の胸甲と動きやすそうな衣服から戦士であるように見える。
若い、人間の年齢で言うと15歳前後に見える女のエルフだ。
整った顔と白く瑞々しい肌、ブロンドの長い髪を後ろで纏め、エルフの特徴とも言える長い耳がはっきりと見える。
そのエルフの美少女の蒼い瞳が燃えるようにルクレを睨みつけていた。
ああ、これはちょっと不味いパターンだと青くなったシャディがルクレの方を見ると、頭を仰け反らせていたルクレが首を起こす。
「なんなんだよ!、いきなりっ!!」
ダメージは全く無さそう。
つまり先程のゴブリンと同様に防御膜が働いて矢を無効化したのだろう。
ただ単に眉間の辺りを正確に貫こうとした矢に、びっくりして仰け反ったと思われる。
「いきなり攻撃なんて邪悪な野蛮人だ!!」
ルクレの怒りは正当なものだ。
だが、これ以上事態をややこしくする訳にはいかない。
「ファイっふへほっ?!」
魔術の発動を防ぐ方法はいくつかあるが、詠唱させないと言うのが古今東西最も有効な方法だ。
その1つで有効な方法・・・
シャディはルクレの口を手で覆う事で防いでみせたのだ。
「待って!、リリー!・・・この方は私達を助けてくれたの!」
『邪悪とは悪魔の分際で何たる言い様!!』と櫓の上で地団駄踏むリリーと呼ばれたエルフに、囚われたエルフが叫んで止める。
悪魔に邪悪呼ばわりされるのは可哀想かもしれないが、いきなり矢を当ててくる辺り同情は余りできない。
「それ以上はおよしなさい」
その声と共に木製の大きな門扉が開かれる。
扉からエルフの集団と共に出てきた女エルフは、一段と威厳がある存在だった。
ゆったりした白いローブの彼女は、長いブロンドの髪と蒼い瞳、透き通るような白い肌に長い耳と、シャディが良く聞く典型的なエルフの姿に見えた。
20代後半にも見える容姿だが、エルフは見た目年齢が成長後ほぼ止まると言う事らしいので実年齢は想像できない。
だが、その物腰や威厳からそれなりの年齢のエルフと想像できた。
「失礼しました。悪魔を使役する騎士殿。私はマウデシア村の長、シェルステールです・・・どうぞお入りください」
「ご丁寧にどうも・・・私はシャディ・ガウリー。ゴブリンに囚われた人達の一時保護をお願いしたいのです」
挨拶を交わすが、この村長は話ができる相手のようだ。
リリーと言うエルフは『悪魔を使う騎士等邪悪な存在を村に入れるべきでない!』と騒いでいるが、村長の『その為に全滅するまで戦うと?』の一言にぐぬぬと黙ってしまう。
シェルステールと言う村長は、『勝てないのだから戦わない』と実に理性的な判断をしてるようなのだ。
とりあえずそっちはどうにかなりそうだが、問題はルクレ。
当然ご機嫌は斜めになっている。
まぁそれは当然だが、ここで暴れて貰うと、邪悪な悪魔と女騎士の出来上がりだ。
ちょっと勘弁願いたい。
「ルクレ、ちょっとだけいい子にしてくれる?・・・きっとお詫びが出てくるわよ」
ここは素直に物で釣る。
子供の教育方針としては良く無い気もするが、シャディには子育て経験など無いから分からない。
ただ、危険回避としては間違って無い気もする。
「じゃあ、我慢する」
これ以上機嫌を悪くしないでと、やや必死な気持ちでルクレの頭を撫でていると、ルクレも不承不承ながら我慢するみたいであった。
基本的にルクレはいい子のようだ。
悪魔なのだが。
シェルステールの案内で入った村は外から見た通りやはり規模が大きく、地面に木造の建物や、家畜小屋も建てられたりしていた。
村人たるエルフは男女とも動きやすそうな格好をしているものが多く、その姿はシャディの知る村人の姿とそう変わらない。
実用的ながら上質にも見える縫製であるから、村自体の裕福さが垣間見えた。
そんな村人達は友好的な雰囲気とは言い難いが、あからさまに態度に出す者も先程の矢を射掛けてきたリリーぐらいしかいない。
排他的なイメージがあるエルフだが、予想していたよりは排他的では無い印象であった。
そして一行は村の中心の大きな木の根元まで来る。
その中でも、巨木の下にある大きな建物にシャディとルクレ達は招かれた。
「改めまして同胞を救って頂き有難うございます。こちらからも救出隊を結成して向かう直前でしたが・・・お陰様で被害もなく達成できました」
村長シェルステールの口ぶりからも、ゴブリンのあの集団と戦えば村人に被害が出た所だったのが、無被害で同胞が帰ってきた安堵と感謝が伺えた。
周囲のエルフも先程のリリー程でないにしろ、非友好的ではある。
だが、村長と同じく安堵と感謝で頭を下げている感じは見て取れた。
「あの若い娘が先走った事は申し訳無い事です」
「いえ、お気になさらずに」
決して機嫌がいい訳でないルクレは膨れっ面だったが、村長とはしっかり挨拶を交わしてた辺り、基本は礼儀正しい。
むしろ礼儀正しい分、無礼な行為に怒ってるように見えて、村長もルクレのそんな様子に詫びていた。
しかしまぁ悪魔を前にしたのだ。
愚かであっても責める気は無い。
それにエルフは人間と比べ物にならない程長い時間を生きて知識を持っている。
ルクレの事を知る手がかりを持っているかもしれないとルクレに言い含めたので、機嫌は宜しく無いものの暴れる事は無いだろう。
シャディが思っているよりはルクレは好奇心が強いと言うか知識欲も旺盛な方だ。
シャディは囚われた女達に休める場所と食事の提供を依頼し、村長も快く了承する。
彼女達は、ここからこの村と唯一交流のある人間の村まで案内して送り、シャディも同行して森から出る・・・
そう言うプラン作成や事務的なやり取りを終えた辺りで、あの囚われたエルフの一人が着替えを済ませ大皿を持って現れた。
中央に赤いジャムの乗ったクッキーのようなものは先程言っていたハロングロットルだろう。
気まずいやり取りがあったからこそ、休みたい筈の彼女がわざわざ持って来てくれたのだろう。
「あの宜しければ」
「ありがとう。頂くわ」
1つ口に放り込む。
ラズベリーの甘みが口に広がる。
これは悪くない・・・
いや、なかなか良い。
やはり甘味は万国共通で皆大好きなのだろう。
シャディはもう1つ取るとルクレに差し出す。
ルクレも期待してたのだろう。
待ちきれぬような顔で、小さな手で受け取り口に運ぶ。
「おいしい」
短いが満足げな声。
目が細められて頬と共に垂れる。
この顔には萌えるが、同時にホッとする。
不味いと暴れられたら大惨事だ。
ルクレが機嫌を良くした所で、シャディは様々な事を聞いてみる事にした。
目の前にいる村長は若く見えるが間違いなく数百歳なのだ。
人間以上に知識を吸収できるぐらい時間がある訳だ。
そこでルクレウス・ロイド・インフリードと言う悪魔について知らないかと単刀直入に聞いてみる。
「千年前の大魔王出現時は私も生まれていませんので不確かな事しか言えません・・・それから4度魔王が出現したのはご存知ですか?」
「はい、二百年おきに魔王が現れたと聞きます」
「その通りです・・・私が生まれてすぐの頃が四百年前の魔王出現、そして二百年前の魔王出現は記憶にも残っています」
どちらの頃もエルフの英雄が魔王討伐に加わっているから、エルフの中でも語られているのだろう。
流石にそれより前の魔王の事は人間の記録でも不確かになってきているし、下位のエルフなら祖父母世代の話だろう。
「大魔王以来、出現した魔王や悪魔にそのような名前は無かったと思われます」
『それに』と付け足してシェルステールは無心にハロングロットルを食べるルクレを見て微笑む。
子供を見る母親のような視線のようにシャディにも見える優しげな笑みだった。
「このような可愛い悪魔は知りませんわ」
ですよねーとシャディも言いたい。
ルクレは可愛いだけでなく、まず邪気が無いのだ。
「ハロングロットルは四百年前の我らの英雄が製法を持ち帰ったとも言われています。以来、我々の中にも少しは人間と交流を持つ者が増えたのです」
話題を変えるようにシェルステールは言う。
シャディも聞きながら考える。
交流と言うのはいい面も悪い面もあるだろう。
この村も人間と交流してるとは言え、全ての者が歓迎していないのは感じていた。
「悪魔と言えど、人との関わりの中で変わっていくものかもしれませんね」
この村も交流と言う形で何かがもたらされ、何かを失ったのかもしれない。
そしてルクレも人間との交流でどうにでもなると言いたいのかもしれない。
そこでシャディも気づいた。
この村長はルクレとシャディの関係に気づきつつ、あえて『悪魔を使役する』と言ったのではないかと。
つまり色んな状況を考えて、村の為に保険をかけつつ、エルフ達の不満や不安もなだめたり飲み込んだりしてたのかもしれない。
まぁ、それぐらいの腹芸ができるから村長なんだろうし、生きた年数が違いすぎてシャディも知恵比べしようとは思わない。
戦術講習なんてものも養成所で受けてそれは交渉とかで役には立っていたが、シャディは自慢できる成績では決して無かった。
「さて、お口に合うかは分かりませんが食事を用意しましょう」
「ありがとうございます」
食事と聞いて表情まで明るくなるルクレを見ながら、シャディは頭の中を整理していたのだった。
第4話投稿です!
2月中に投稿できてよかった。。。
続きは週末を目標に頑張りたいかなと