Section.08 悪魔と冒険者の晩餐Ⅲ
それはシャディが待ちわびていたもの。
楡の木亭の女将、ナタリー特製のタルトだ。
タルトは王国でもポピュラーなスイーツで、それこそ地方によって多様多種ある。
牛が特産のレブニア州ではチーズタルトが一般的で、これもまた凄く美味しい。
だが、楡の木亭のタルトはアーモンドと胡桃を使ったキャラメルタルトである。
アーモンドは牛と共にレブニア州では生産高が多いものだ。
あのルクレも大好きマカロンにも使用される一般的なスイーツ素材でもある。
アーモンドと胡桃をカラメルと混ぜ、タルト生地に乗せて焼き上げる。
香ばしくも甘い香りが漂うそれは、レブニアに来たシャディが真っ先にやられた味だ。
そしてはっきりと言う。
食事とスイーツは別腹である。
そのシャディ待望のキャラメルタルト。
それを持ってきたのは、なんと女将のナタリーだった。
「シャディちゃん、おまたせだよー」
「まってました!」
栗色の髪を後ろで結った小柄で可愛らしい主婦と言った感じのナタリー。
熊のようなバティストと並ぶと美女と野獣と言った夫婦だ。
「エドくんはしっかり食べた?男の子はヴィクトルくんみたいにならないと駄目よ」
「ええ、まぁ、ちゃんと食べてますよ」
ナタリーはエドに見惚れない貴重な存在だが、言葉から分かる通り筋肉フェチである。
むしろ彼女の好みは夫のバディストでありヴィクトルなのである。
ナタリーから見たエドは生っ白い男の子と言った扱いなのだ。
そして、女としてはがっちりしたシャディもナタリーの好みですっかり憶えられたからこそ、わざわざ女将自ら運んできたのだろう。
「うむ、やはり男は雄々しい筋肉があった方がいいな」
「でしょ!でしょ!そうよね!そうよね!」
リリーのその言葉にナタリーが乗っかかる。
なんと言うか意外な意気投合だ。
しかしエルフは美形が当たり前だし、逆に屈強な筋肉質がいないからエドよりヴィクトルの方が惹かれるのかもしれない。
特にリリーは力強さに憧れがあるようなのである。
「俺は酒の肴は干し肉かチーズでいいが、ここのタルトは旨いんだってな?」
「あら、食べた事が無かったんだ」
ヴィクトルが言う通り、彼の前にはチーズとワインの瓶が置かれている。
「それでこそ漢よ!」
ナタリーは気にする様子も無く笑いながらヴィクトルの背中をバンと叩いたが、勿論この程度で小揺るぎもしない。
作ったナタリーとすれば食べて欲しいと思って当然だ。
だがヴィクトルにチーズを持ってきている辺り、ちゃんと客の好みを把握しているし、戦士としてのヴィクトルを好んでいるからでもあろう。
「それよりエド。我慢は毒だぜ」
「・・・神官故の節制です」
エドの前にはもう何も無い。
ワインをちびちびやっているだけだ。
ニヤニヤとそう言うヴィクトルに硬い表情で答えるエドだが、好きな甘いものを我慢しているんだと言うのは十分伝わって来ていた。
「はいっ!」
そんな表情の硬いエドの前にキャラメルタルトが差し出される。
差出人はなんと・・・
ルクレだった。
「我慢は駄目っ!」
「ふえっ?!」
小さな手でタルトを差し出して『めっ!』と怒った顔をする。
当然ながら怒っても迫力は全く無く可愛い。
エドの方は意表を付かれてしどろもどろになっていた。
そんな可愛さにシャディやリリーの目尻も下がる。
「がはは、ルクレに言われたら食わねえといけないな!」
「少年!よく言ったわっ!!・・・すぐに特大のを作って持ってきてあげるわ!!」
ニヤッとしながらワインをあおるヴィクトル。
ナタリーもルクレの行動に目尻を下げて、そして勢い良く厨房に戻っていく。
そして珍しく狼狽えるエドを可笑しそうに見ながらも、シャディは自分のタルトをルクレの所に持っていく。
「えらいわルクレ。これを先に食べていていいわよ」
「いいの?!」
「ご褒美よ。後で大きいのは一緒にまた食べようね」
悪魔に気を使われる神官と言う図式は、そう見ると滑稽だ。
だが、悪魔であるルクレが他人を気遣いできたと言う事実は、思ってる以上に大きい。
悪魔と言えど欲望のままに行動する訳でないと言う証明なのである。
今まで伝承などで語られていた悪魔に対する認識が全く違うものだったと言う事だ。
じっとタルトを眺めるエドの表情もそこに考えが至ったのだろう。
「ありがとうルクレ・・・頂きますね」
エドの微笑み。
それも1人の人物だけに向けられた輝くばかりの笑み。
そんなものを近くで見せられれば普通の女なら対象に嫉妬で狂いかねないぐらいの笑みだ。
だがそれを向けられているのも可愛らしい子供。
綺麗な笑みと可愛らしい笑みの相乗効果は周囲の時を止めるようですらあった。
まさに破壊力抜群で、店にいる女性陣の多くがこのやり取りに撃沈していた。
勿論、やり取りにヤられながらもシャディは動く。
ルクレの前に置かれたタルトをちゃんと切り分ける。
先程の食事で口の周りはべったり、ナプキンも汚し、テーブルや床にも食べかすが落ちている有様。
食べ方はあまり上手くなっていない。
口の周りは拭いてやり、ナプキンも取り替え、テーブルも布巾で拭いている。
床に関しては後でごめんなさいだが、幸い煩く言う店では無い。
お母さんしてると言われるシャディだが、やらないと被害は拡大するのが目に見えている。
フォークに刺したタルトを口に持っていくルクレ。
ルクレもスイーツは別腹と言うか、体格の割によく食べる。
それでもちゃんとお腹一杯になるようで、悪魔も人間とその辺りは変わらないと言う事なのだろう。
そして味覚も人間と変わらない。
だがやはり、一口食べて蕩ける可愛らしい顔は、見ているだけで幸せになれる。
ルクレが悪魔であることすら忘れてしまうぐらいだった。
もうシャディやリリーの中には悪魔=悪と言う図式は無くなっていたのだった。
食べ散らかすルクレに対し、丁寧かつ綺麗に食べるエド。
シャディにしてもエドにしても、しっかりした教育を受けていると言う事はマナーも勿論叩き込まれている。
騎士や神官と言った職が冒険者パーティーで引っ張りだこなのも、この教育の賜物なのである。
そのエドすらマナーも忘れ、満足げな吐息を漏らす程キャラメルタルトは旨かった。
美青年の旨そうに食べる様子はそれだけで絵になる。
と言うか、間違いなく今日のタルトの売上は何時も以上を叩き出す事だろう。
「んで、エド・・・どーするよ?」
「そうですね・・・」
エドが旨そうに食べる様子をニヤニヤしながら見ているヴィクトルが酒をあおりながら聞く。
この短いやり取りでもお互いに言いたいことが分かるぐらいに付き合いは長い。
「少し間を置いて、戦闘教義の見直しからですね」
「ああ、なら俺は訓練期間にするぜ」
馬鹿と良く言われるヴィクトルだが、必要な知識は十二分に持っている。
要は生かしていないだけだ。
考える事はエドに丸投げするのが彼のスタイルとなっている。
とは言え、それをエドも由としているから、やはりヴィクトルがあれこれ考える事はまずない。
「リリーはルクレの読み書きを見てあげてください」
「うむ、10年もやれば全て憶えられるだろうしな」
「10年かけるのはちょっと・・・」
明日からの割り振りを考えてリリーに振るが、エルフらしい答えが帰ってくる。
エルフの中ではせっかちなリリーでも、人間レベルで言えば相当呑気な思考だ。
対するルクレは『10年もやったら死んじゃうぅ』と幸せから一転絶望に叩き落されたような顔でテーブルに突っ伏す。
『覚えれば明日にでも終わりますよ』とキラキラの美形笑顔で言うエドは、ほぼトドメを刺しに来ているのだろう。
理解力は低くないルクレだから覚えるのも早いが、2言語習得には数カ月はかかりそうであった。
「じゃあ、私は帳簿付けや日報書いたりしてるわね」
「助かります。僕は神殿に行くついでに歴史関連の資料を探しておきます」
パーティーの頭脳担当のシャディとエドはそう言い合い、お互いのすべきことを確認し合う。
それぞれがやるべきことを決め、『明日からは地獄だぁ・・・』と机に突っ伏して嘆くルクレだけが現実逃避していた。
『地獄は悪魔の住居だろうに』とは誰も言わないのは優しさである。
そんな瞳孔開きっぱなしで机に頬を押し付けて、口からは『うあああぁぁぁ』と文字が零れ落ちそうな声を上げるルクレの鼻がヒクヒクしだす。
そしてガバッと起き上がる。
「タルト!!」
先程より大きな出来たてタルト。
ナタリーが笑顔で持ってきたタルトにルクレの目がキラキラと輝く。
食いしん坊の変り身の早さに全員が微笑みを漏らした。
「はい!おまたせ!!少年、沢山食べなさいよ!」
「わーい!沢山食べるーぅ!!」
さっきまでの事は全て忘れたような笑顔を見せて、ルクレは小躍りしたのだった。
楡の木亭で食事を終えた頃にはすっかり夜は更けていた。
支払いはパーティーの会計役でもあるシャディが全て一括でしたのだが、ちょっとびっくりするぐらいの金額になっていた。
楡の木亭は安いのだが、皆よく食べ良く飲んだ。
食が太いのは身体が資本の冒険者にとって悪いことでは無い。
しかしその分稼がないといけないと言う事だ。
まぁだが、これだけ楽しめたのなら安い出費と思えるぐらいにはシャディも満足はしていたのだった。
部屋に帰り、ガウンを脱いでターバンを外したルクレはベッドにダイブ。
ダイブして数秒後には寝息を立てていると言う素晴らしい寝付きだ。
この辺りは悪魔も人間と変わらず睡眠も取る。
寝付きもいいし、目覚めも悪くないから世話はそんなにかからない。
そしてリリーもベッドに身を投げ出すと、瞬く間に眠ってしまう。
こちらも環境が変わっても寝られるようで、精神的にも冒険者を続けていけるだろう。
シャディだが、すぐには寝ない。
ランタンを机に置くと、冊子を広げる。
魔道工学の発展によって様々なものが発明されたが、このランタンによって人間が夜間も活動できるようになってきた。
小型でありながら発光量も高く、パーティーによっては冒険に携行していく事も少なくない。
そして冊子。
これも魔道工学の発展で紙の大量生産が実現した上での副産物と言っていい。
シャディが広げたその冊子は冒険者ギルドで推奨されるパーティー日報だ。
このようなメモを取ることによって、パーティーの状態把握や注意点の把握、または問題点の洗い出しなど多くの事ができるようになった。
間接的にだが、それらはパーティーの生存率を押し上げる結果にもなっていた。
そして不幸にも全滅したパーティーも日報があればおおよその行動が把握しやすく、それらもギルドの情報としてフィードバックされる事で教訓として冒険者に伝わる事になる訳だ。
またギルドに提出される報告書も日報から拾い出されるので、今や日報はパーティーに欠かせないものになっていた。
そしてそれを上手くかける者はパーティーで重宝される。
シャディやエドのような騎士や神官は訓練の中でこのようなメモを書くこともあるので、日報書く事に苦は無い。
それに半分はシャディの日記のようなものだ。
今日あった事をメモしておく。
こうしておけば時を経て記憶が曖昧になろうと、その時起きた事が此処には残るのだ。
シャディやエド、ヴィクトルは人間であるが故に寿命も長くない。
リリー、そしてもしかするとルクレも長い寿命があるかもしれない。
シャディ達が死に、時を経たとしても何かしらの記録が彼らに残れば、それはいい事だろうと思う。
そんな思い出を残していければいい・・・
ふとそんな未来に思いを馳せながら、シャディは日報を書き綴ったのだ。
スイーツ回もこれで終わり
暫くは街中の日常編と言った感じとなります
次の更新は若干私事で忙しいものの 週の半ばぐらいにはいきたいかなと




