Section.02 悪魔と初仕事Ⅰ
「さて、僕達の初仕事ですが・・・」
いつもの真面目な口調でエドが切り出す。
ここは冒険者ギルドのロビー。
その一角のテーブル席に悪魔と輪舞曲のメンバーが集まっていた。
冒険者の認可を受けたばかりのルクレとリリーの首からネックレス状のプレートが下げられている。
ブリエおばさんの店から帰ってきてすぐ、無事に認可されたものだ。
鉄製のプレートの裏にはギルド所属のドワーフ技師がそれぞれの名前を刻んでいる。
表側は無地。
エドとヴィクトルのプレートには、表に金の星が2つ取り付けられ、シャディのには1個取り付けられている。
この金の星は冒険者ランクを表し、無地が5級、1個が4級、2個が3級である。
そしてパーティーにもランクがあり、おおよそパーティーメンバーの平均値が適応される。
つまるところ、悪魔と輪舞曲は4級冒険者パーティーという事になり、依頼のランクもそれが適応される。
「・・・清掃なのね」
若干げんなりした表情で言うのはシャディだ。
彼女はこの依頼内容を把握していた。
「ええ、清掃です」
エドはあくまで無表情に言う。
シャディの表情の意味が分からぬ訳では無い。
この依頼をエドが選んだのは理由あっての事だからだ。
「清掃って何なのだ?」
「文字通り『清掃』だな。まぁ、俺達なりの清掃って事だけどな!」
訝しんで聞くリリーにヴィクトルがニヤリと笑って言う。
それは文字通り『清掃』なのだ。
依頼主は、アマーレア王国文化庁及び冒険者ギルドの連名。
依頼内容は『古代遺跡の維持管理業務』だ。
冒険者の間では、これを『清掃』と呼ぶクエストだ。
どこの国でもそうだが、発見された遺跡は調査団や冒険者によって踏破される。
踏破する事に問題は無い。
問題は踏破された後だ。
踏破されて主の無くなった遺跡は、そこを魔物が巣としてしまう事がある。
また遺跡の中には防御機能としての魔物を自動で湧かせるシステムが備えられて居る所もあったりする。
それらが遺跡の中だけで活動する分は全く問題ないが、外に溢れ出して災厄をもたらす事もある訳だ。
実際、それは過去におきた事もある。
故にどこの国家や冒険者ギルドも、定期的に遺跡を巡回し、魔物を対処可能なうちに減らしてしまう措置が取られている。
それが『古代遺跡の維持管理業務』であり、つまりそう言う遺跡の魔物退治を『清掃』と呼んでいる訳だ。
ただ、シャディがげんなりしているのは目的の遺跡だ。
難易度4級下から5級上・・・
難易度はさほど問題でない。
場所だ。
メルグ遺跡群3号墳墓・・・
「アンデットのお掃除かぁ・・・」
彼女のげんなりする理由はこれだ。
動く死体の好きな奴は、多分あまりいないだろう。
それを聞いたリリーも『うわぁ』と呟いてシャディと同じ表情になった。
「前回の清掃時にはスケルトンやゾンビ程度しか湧いてませんので難易度はさほど高くないでしょう」
「ああ、だが200体程湧いてやがったみたいだな」
前回のレポートを見ながらエドがそう言い、ヴィクトルも覗き込んで笑う。
職業柄エドは見慣れてると言うか、彼らに安らかな眠りを与える事が神官の使命でもあるので嫌がる素振りは無い。
むしろライフワークだろう。
ヴィクトルの方は恐らく何も考えていない。
彼は剣が振り回せたらそれでいいのだろう。
「ゾンビと戦ったら・・・暫くお肉は見たくもなくなるわ」
あの臭いや感触は本当におぞましい。
駆け出しの頃、2パーティー合同でゾンビ退治した事があったシャディだが、強くないけどああまで精神が削られるとは思わなかった。
だがそのゾンビをうら若き女性神官が戦鎚でぶん殴って、飛び散った肉片にまみれながらも笑顔を見せていたのにはちょっと付いていけないのを感じた覚えはある。
「リリーは弓が主武器ですからスケルトンに不利ですが、ゾンビには有効ですので問題ないでしょう・・・それに魔術も使えますし」
「あ、うむ・・・一応何とかなるがな・・・」
エドにそう言われても歯切れが悪いのはアンデットと戦うのが嫌なのだろう。
だが、冒険者となる以上、こう言うのも戦っていかねばならない。
つまりそういう所を含めて、エドはこの依頼に決めたのだろう。
「ルクレに関しては火球魔術がとても有効な相手なので遠慮せず燃やしてください」
「うへぇ・・・気持ち悪いのぉ?」
「慣れれば大丈夫ですよ。戻ったらきっと美味しいものが待ってます」
「ならやるっ!」
ルクレは話を聞いてちょっと嫌そうにしたが、結局仕事の後のご褒美に釣られて快諾。
実に単純である。
「シャディは剣と相性は良くないものの魔法武器ですし、ヴィクトルは・・・まぁ関係ないでしょう」
「おう、ぶっ飛ばすだけだからな!」
シャディの魔法剣はそれだけで戦力だ。
そしてヴィクトルは・・・
力任せだからこそ関係無いのだろう。
「低級のアンデットは知能が無く、数が多くてもさほど苦労する相手ではありません」
そう言うエドは、パーティーを見渡して言う。
「この依頼の目的は、比較的報奨金が多く、冒険ポイントの加算もそれなりにある事。そしてお互いの癖や戦法をすりあわせていくには丁度手頃な相手だと言う事」
「要はパーティーとして機能させていく為の練習にもってこいと言う訳ね」
シャディがそう聞くとエドが頷く。
ルクレの秘密を解明させるとしても、今のシャディ達は実績が不足しすぎていて情報すら集められるレベルではない。
故に当面の目標は2級冒険者を目指す事である。
冒険者ギルドでは3級までが各国地方支部所属、2級からは各国中央本部所属となる。
そうなると依頼の質も情報量も格段に上がるのだ。
ルクレに対する情報も集めやすくなるだろう。
それ以外にも恐らくエドには色々と思う所があるようだが、それは別にシャディやルクレを不利にするものでは無い気はしている。
「出発は明日早朝、それまでに各自準備を怠りなく」
「おう!」
「ああ、冒険の準備物はメモしてあるぞ」
「ボクは?」
「ああ、ルクレはいっぱい食べてゆっくり寝ればいいと思うわ」
とりあえずはまず1つ依頼をこなしてからだ。
悪魔と輪舞曲のメンバーは軽いミーティングを終えてギルドを後にしたのだ。
メルグ遺跡群はヘルカトラス山脈の麓にある遺跡群の1つで、レブニアの街からは最も近い遺跡である。
一つ一つの遺跡の規模は小さく、その殆どが踏破済みの比較的低ランクの遺跡である。
ここに来るのは駆け出しの5級や慣れてきた4級冒険者が殆どであるし、ある意味丁度良い修行の場と言える。
遺跡群の入り口付近には王国文化庁の砦があり遺跡全体を監視しているが、少なくともここ数十年は平和そのものと言っていい。
この砦が冒険者の前線基地とも言える場所で、悪魔と輪舞曲のメンバーもここで最終チェックをしていた。
砦で一泊して早朝に3号墳墓に出発。
さほど時間がかからず祠の前まで来た。
地下へと伸びていく階段・・・
古王国時代以前に多い地下墳墓形式だが、ここは犯罪者を埋葬したと言われる場所で怨念が溜まりやすいらしい。
故に定期的にアンデットが湧く訳だ。
「では、行きますよ」
「うむ・・・万物の源にして、万能なる魔の力よ・・・その魔の力を持って暗闇を照らす光を発せ。光球」
ポワンとリリーの頭上に光の珠が現れる。
これも基礎魔術の1つ、明かりを出現させる魔術だ。
冒険者の中では比較的良くお世話になる魔術だろう。
階段を降りる順番は、ヴィクトル、シャディ、リリー、ルクレ、エドの順。
階段で戦闘はしたくないが、なったとしても先頭がヴィクトルだから突破してしまえるだろうと言う編成だ。
もし後退する事態になれば、ヴィクトルとシャディが位置を入れ替える手はずだが、まずそうはならないだろう。
「所で・・・ルクレは光球魔術を覚えれたのですか?」
「うん・・・それがね・・・」
エドの問いに困ったようにシャディが答える。
この程度の魔術は確かにルクレは簡単に使えた。
だが、ある意味使えなかった。
「発熱魔術を使えば水は蒸発、発火魔術を使えば消し炭、光球魔術を使えばホワイトアウト・・・どう使えと?」
「え?・・・」
つまり、加減が利かないのだ。
正確に言うと魔力をそこまで絞るのができないので、只の便利系魔術が破壊兵器と化している訳だ。
「つまり、ルクレは敵を丸焼きにする以外の事はできない子なの」
「・・・理解しました。うん、仕方ないですね。うん、仕方ない」
シャディやリリーの説明で状況を理解してエドは諦める。
魔術が使える2人が冒険を前にそう言う補助系魔術を教えようとはしてくれたのだろう。
だが、結果は惨憺たるものだった訳だ。
「ガハハ、なら俺と一緒だなっ、ルクレ!」
「うん、一緒だね!」
太く笑うヴィクトルと上機嫌のルクレが共に笑う。
リリーが小声で『馬鹿兄弟』とボソリと言ったが言い得て妙だろう。
そんな会話をしているうちに階段の下に到達。
真っ直ぐの廊下に出た。
3号墳墓の構造は簡単で、この廊下の先に広間がある。
広間の壁面は墓室になっており、奥には通路。
通路の奥は更に広間があり、その奥にも通路と広間。
その3つ目の広間で終点だ。
構造は単純だが、造りが大きい。
この廊下も5人並んで余裕の幅があるのだ。
「奴さんらは奥の広間だな」
「ええ、朝ですから引っ込んだのでしょう」
墳墓の中は朝も夜も無いが、アンデットの習性的に日の光から遠い所に行く傾向がある。
入っていきなり階段で戦いたく無かったし、降りてすぐ戦闘と言うのも宜しくないから有り難い話である。
「何か、こう言う暗くてジメジメした所って嫌だなぁ・・・」
本当に嫌そうな顔でルクレがそう言う。
普段は浮かないように言われているが、ここでは歩かずに浮いている。
つまり足の接触も嫌なようだ。
「おや、そんな事では立派な魔王になれませんよ」
「うむ、魔王の棲家もこのような場所らしいからな」
そのルクレをエドとリリーが茶化す。
余り冗談を口にするタイプでないエドだが、これも慣れて来たからかもしれない。
「うえぇ・・・なら魔王やめるぅ」
そう呻いたルクレに一同笑う。
だが、すぐにヴィクトルが表情を変えた。
ニヤリと笑って獲物を狙うような猛禽の笑みだ。
「奴さん、おいでなすったぜ」
通路の奥からカシンカシンと渇いた音。
大量の白い姿のそれが姿を見せる。
動く人骨・・・つまりスケルトンだ。
「ルクレ!」
「うんっ!、連弾火球!!」
エドの掛け声と共に幾つもの火球がスケルトンに向かっていく。
こんな密閉空間では爆発系が厳禁と言うのは最初に言い含めている。
火球がボンと当たり、スケルトンが炎に包まれながら崩れ落ちる。
これはスケルトンが燃えると言うより、スケルトンを構成する負の生命力が焼かれているのである。
負の生命力が尽きて維持できなくなり、焼け崩れバラバラになっていく。
「どうりゃーぁっ!」
連弾火球魔術と同時にヴィクトルは突っ込む。
大剣を横薙ぎしてスケルトンの頭を砕き飛ばす。
この手のスケルトンは頭の中に負の生命力を蓄えているので、頭を潰せば身体は崩れる。
しかも知能が無いから変に避けはしないので倒すのは容易だ。
ヴィクトルと同じタイミングで動いたシャディもスケルトンに斬りかかる。
スパッと腕と共に頭蓋が半分に斬れてスケルトンがバラバラになる。
流石は魔法剣。
手応えを感じさせず斬り伏せられた。
斬り伏せても奥から次々と間を詰めてくるスケルトン。
大腿骨を思わせる骨を振るい、それをシャディは盾で受け止める。
筋肉が無い癖に思った以上に打撃力があり、盾を持つ手にズシンと響く。
だが、さほど問題では無い。
盾で受け止め、斬り伏せる。
魔法剣はスパッと斬れて、頭蓋を斬り裂かれたスケルトンがバラバラになっていく。
だが、息付く間もなく今度は3体同時の骨鎚攻撃。
流石に盾で全て捌ける訳で無いからダメージは覚悟したが、左側は矢が、右側は火球が、それぞれスケルトンを仕留めて行く。
無論、シャディも躊躇せず正面のスケルトンを斬り伏せた。
その矢を放ったリリー。
刺突武器耐性のあるスケルトンは弓は不利と言われるが、エルフは弓のスペシャリストでもある。
人間の弓手以上に豊富な鏃を使い分けるが、今回使っているのは征矢と呼ばれるものだ。
エルフが普段使用する狩矢と違い征矢は言うならば戦争用だ。
矢の先端である鏃は用途に合わせて『射通す』『射切る』『射当てる』『射砕く』と云う4種類に大まかに分かれ、征矢は『射砕く』グループに当たる。
つまり、鎧や盾等に貫通を狙うのではなく打撃を与える事を目的とした鏃を用いた故に、刺突武器耐性があるスケルトンに有効にダメージを与えた訳だ。
また弓自体もエルフ弓と呼ばれる複合弓で、短弓に分類されるものの、その威力は長弓と遜色無いのだ。
「ふっ、スケルトン如きに遅れは取らない」
やや自慢げにリリーは次の矢をつがえる。
「これは負けてられませんね。ていっ!」
そして前列に躍り出たエドも次々と戦鎚でスケルトンを砕いて行く。
そこは正規の訓練を受けた神官戦士、疾く鋭い振りは確実にスケルトンの頭蓋を砕いて行った。
それぞれが得意の戦法でスケルトンを蹴散らして行く中・・・やはり一番躍動するのはこの男であった。
「うおおりゃぁぁぁっっ!!」
ブンブンと大剣を振り回すだけだが、その破壊力は抜群。
ヴィクトルの生み出す破壊の旋風がスケルトンをなぎ倒していく。
瞬く間にパーティーで30体程のスケルトンを片付け、まず1つ目の広間へ到達したのだった。
思ったより早く仕上がったので投稿
今回から本格的な冒険シーンです
次回も数日後にはいけるかも