中二病、覚醒前夜
「ご主人様、起きてくださいご主人様」
「うん……にゃ?」
体を揺すぶられ、安息の頂にいた俺の意識が引き戻される。
しっかし嫌になる。毎日毎日朝一番から死にかけのばあさんのガラガラ声で起こされて、一番最初に見るのもしわくちゃのばあさんの顔なのだ。
それだけでも精神的にキツイというのに……
挙句の果てにあのばあさんは俺のことが嫌いなのだろう。着替えを手伝いますと言っては背中をひっかいてきたり、酷いときにはこけそうになったふりをしてモーニングティーに持ってきた紅茶をかけてきたりする。
何度メイドを変えてほしいと親父に頼みこんだことか。
それなのに親父は『いい人じゃないか、なんでそんなこと言うんだ!』とか言って取り合ってくれない。きっと親父の前では媚を売りまくっているのだろう。
「起き……ださい。起きて……だ……い」
しかし、今日はいつもと何かが違う。いつもなら俺がいつまでも起きないと平手打ちが飛んでくるのに、今日はそれがない。
心なしか、声も若いような気がする。
「ン……ん?-―ッッ!!」
恐る恐るうす目を開けた俺に飛び込んできたのは、信じられないような光景だった。
【いつものメイドの起こしかた】
起きな。オイ、さっさと起きろって言ってんだろ!この○○○! バシイッ!!|(平手打ち)
【きょう】
ご主人様、起きてくださいご主人様|(暴力なし。しかも言葉もやわらかい!!)
【いつものメイドの顔】
血走った目
眉間には大量のしわ、口元もなんか歪めてる
【きょう】
ルビーのような紅色の瞳
天使のような微笑
美少女!!とにかく美少女!!
【いつものメイドの年齢】
知らん。けれども二百歳って言われても信じるぞ
【きょう】
たぶん十七歳くらい?ちょっと年上|(俺的にポイント高め!)
【いつものメイドの髪】
あんたちゃんと髪の毛洗ってる?|(頭皮臭か分からないけどなんか臭う)
ぼっさぼさ、濁った白髪
【きょう】
うん、シャンプーの香りかな?
腰まである透き通ったまっすぐな銀髪
――【結論】――
とうとうメイドがかわった!わーい
脳内会議の厳格で分かりきった議論の末に出た結論に安堵しつつ、どう反応すればいいのか分からず寝たふりを続けていると――
ガッシャーン!!
突如鳴り響いたガラスの割れる音。
「ッッ!!」
どうやらバルコニーへと出る扉のガラスが破壊されたらしい。
扉の外に人影が居るのが見える。
盗賊なのだろうか?しかし、ここは周辺地域を統べる領主の家だ。衛兵もいるし、侵入できるとしたら一流の犯罪者しかいない。
何より、ここには俺とこのメイドさんしかいないのだ。下手をすれば命が危ない。
早く逃げようとベッドから起き上がろうとした時だった。
轟音 閃光 爆風
目を開けていられないほどのまばゆい光が放たれ、暴風が吹き荒れる。気づいた時には床にバラバラとなった扉の破片が転がっていた。いや、それだけではない。部屋中いたるところが今の一撃で破壊されている。
ベッドのすぐ横に置かれていたサイドテーブルも今や木片と化していた。
・・・・・・何があったのかはわからない。けれども今は素直に助かったことを喜んで逃げるべきだ。しかし、違和感がぬぐえない。
・・・・・・何かがおかしい。なぜこのベッドだけが無事なんだ?周りの家具も粉々に砕けているのに。
というかメイドさんはどこに行ったんだ?さっきまですぐそこにいたメイドさんの姿がどこにもない。
と。
パキパキとガラスを踏み砕きながら影が入ってくる。
「どいういことだい?ありったけの魔力で吹き飛ばしたはずなんだけどねえ?」
「なあッ!」
バルコニーから侵入してきた者の姿に戦慄した。
そこにあったのは、昨日まで俺に嫌がらせをし続けていて、今日もされるんだろうなあと覚悟していたばあさんの姿。
見れば、全身をみすぼらしいぼろぼろの服で包んでおり、こちらに恨みがましい目を向けている。
「やあ、ガキ」
しまった!
ばあさんと目が合う。その眼は、見ていて恐ろしいほどに充血しており、追い詰められた獣が放つ断末魔を思わせる。
ニタア
魂の底から震わせるような笑み。
ばあさんはおもむろにこちらに手をかざしたかと思うと、その手に幾何学文様が浮かび上がる。
――まさか!
『終焉を迎えし焔よ――・――幾星霜を超え――・――貯えし力の片鱗を-―
詠唱が始まる。それは、人間の中でもほんの一握りしかいないはずの特権階級を示す言葉。
絶対的な破壊を示す言葉。
幾何学文様の光がどんどん強まっていく。
――我が前へと顕現させよ――死にさらせエエエエクソガキャア!!くらえ破壊の灯』
星の生命力そのものに干渉する者たち。
即ち――魔法使いと。