月下時計
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「ギャレンヌとはかつての仕事仲間でね。」
楽しそうに博士が語る。
やっぱり、ギャレンヌはエルバの一員なのか?
エルバは国の中でも最先端を行く人たちが集まるところ。
博士のような天文学者限らずの、哲学者、生物学者、歴史学者、、、など学者の方々。
また、ギャレンヌさん?のような腕の立つ職人さん。
それも同じように、時計職人以外にも家具職人とか、かつての俺の仕事の鍵職人(腕が立つ)。
そのようないわゆる『花形』の職業の方々の一部が集まるところ、それがエルバだ。
エルバはもともと、今から何十年か前に芸術家集団として栄えていたけど、今はこれといった芸術家がいなくて職業集団になっている。
博士もその一員で、俺が昔遊びに来た時もエルバのたくさんのことを教えてくれた。
俺も当時は憧れていた。
まあ、だから鍵職人になったっていうこともあるかもしれないけど。
夢叶わずってな。
「あん時は国中で有名な時計職人、だったな」
博士はそう言い、口を閉じた。
少し悲しそうな顔になった気がした。
俺はハッと気がついた。
今は、ギャレンヌさんは、
今は。
「今は、どうしているのか?」
俺はいった後に後悔した。
バカな子供みたいだ。
ギャレットは博士の言いたいことに気づいたのか、辛そうな顔をした。
「ロイ青年。君は昔と変わらないな。」
博士はやれやれと、いう顔で俺を見つめた。
「すみません。」
俺はすみません、としか言えなかった。
よくわからなかった。
「まあ、一言で言えばギャレンヌはもういないんだ。」
俺は思わずギャレットの方を見てしまった。
ギャレットは驚いたような顔で硬直していた。
「ギャレットくん。それで、ここで一緒に働いて欲しいんだ。」
博士は立ち上がった。
ギルも大きく頷いた。
でも、彼女はそれが受け入れられなかった。
「どうして…どうしてですか_」
彼女の瞳が一瞬光ったように見えた。
「どうして師匠は、私を置いて、どうして。どうして」
ギャレットのネジは驚くほど早く巻き戻されていた。
きっと彼女の気持ちそのものが大きく動かされているからだろう。
そして、ギャレットはそのまま扉の外へ駆け出した。
もう、夕暮れ時の天球館。
そこに取り残された俺たちは、彼女を追うことができなかった。
なぜだかわからないけど。
そして少しの時間しんとした空気が流れた。
「ロイ青年、君はギャレットとどこで会ったのか?」
博士が言った。
「空家の地区です。俺も金がなかったのでそこにしかいられなかったんです。」
俺は少し思った。
ギャレットはなんであそこにいたのか、と。
「やっぱりそうなのか。そこか。」
博士は納得したように頷く。
「ギャレンヌはそこにちいさな工場を持ってたんだよ。きっと、彼女の死でお金の関係のせいで続かんかったんだろう。それで、その工場はもう捨てられたのだろうなあ。」
彼女はきっと工場で作られた特別な人形だ、と博士が言ってるように聞こえた。
「それで、ギャレットさんは大丈夫なんですか?」
ギルが大きな目をパチクリさせながら、博士に問うた。
博士は、夕暮れで真っ青に染まった空を見て、言った。
「彼女は、きっとあの空家_すなわち工場に戻ってるだろう。今から行こうか。」
師匠の死、とても辛いものだったのだろう。
俺は彼女の気持ちも何もわからずに、簡単に言葉を述べてしまったことに後悔した。
でも、少し見えた気がした。
彼女の心というものが。
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ギャレットは博士の予想通り、空家にいた。
そこで、金色の月を眺めていた。
その月明かりに照らされた金色のネジは、まるで太陽のようだった。
博士と俺たちが来たのに気づいたのか、曲げていた膝をおこして立ち上がった。
そしてこっちに振り向いた。
彼女の頬には金色の涙のようなものが伝っていた。
彼女は泣いたのか?人形なのに。
「人は死ぬと、星になると師匠から聞きました。」
ギャレットは涙を流し続けた。
彼女その涙はどこから出ているのか、俺にもわからなかった。
でもただ一つわかることは、彼女には心があること。
その小さな心の力で彼女は涙は流した。
これもきっと、ギャレンヌという職人の手によって。
俺は、ギャレットの背中に回り金色のネジを巻いた。
ゆっくりゆっくり、何回も巻いた。
すると、不思議なことが起こった。
チャンチャチャチャ…
なんと、彼女からオルゴールのようなものが流れ出したのだ。
俺は驚きで声をあげられなかった。
「こ、この曲は…」
博士はこのことを何か知っているようで、そのギャレットの背中を指差した。
「『月明かりの人形の踊り』という曲じゃないか。」
博士は驚いた顔を変えなかった。
金色の月の夜空に聞こえるメロディー。
なんでこうやって曲が流れたのかはわからないけど、俺はそんなことどうでもよかった。
それよりもギャレットの泣き顔が忘れられなかった。
やがて音楽はゆっくりと小さくなっていく。
そして少し経つと、女性のような声が聞こえてきた。
ツーツーと機会音が鳴る。
『あ、あー』
今度はギャレットから音楽ではなく、人の声が聞こえてくる。
俺はびっくりした。
ギャレットもその声に驚いたのか、少し寂しげな顔で自分のネジを見ていた。
『えーっと、今日は8月の夏の真っ盛り。ギャレンヌです。もし聞いてるあなたたちが月の下だったら私の実験は成功かな!』
ギャレンヌ。
その肉声はギャレンヌのものだった。
ツーツート機会音は続き、みんなはシーンとなる。
少し経って、また女性の声がした。
『えーっと。私、明日からローリタニアっていう国に引っ越すの。だからここはもうお別れ。』
その単語、ローリタニアに俺は驚いた。
ギャレットのふるさと、なのか。
『だから、このテープで言っておくの。カルロジョーンズ、大好きです。』
そこでテープはプチっと切れた。
その中で一人、嘆いているものがいた。
「ギャレンヌ…俺も、俺も好きだ。」
カルロ博士は、彼女のその声に耳をそばだてそう言った。
そんな中ギャレットは月の方を見ていた。
青い色の目が金色に光っていた。
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