金色時計
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カルラジョーンズ。
俺にとっては一度も耳にしたことのない名だった。
なぜ、ギャレットが知っているのだろうか。
俺には理解ができなかった
ギャレットはもう一度深く頭を下げ、博士の方に再度向き合った。
博士はウンウンと頷き、口を開いた。
「君の名前はよく知らぬが、なぜ私のフルネームを知ってるのかい?」
博士は少し微笑みながら、ゆったりとした口調で彼女に聞いた。
ギャレットは少しの間だけ下を向いたままだった。
顔を上げないのに気づいたのか、博士はまた話し出した。
「私も随分有名な博士になれたんだが、フルネームを知っている人は私と研究員のギルくんだけくらいなんだよ。」
ギルは誇らしそうに胸を張り、にいっと笑う。
博士はカルロ博士という名義でこの博士の仕事をしていたものだから、ジョーンズという名を知っている人はほとんどいないらしい。
実際俺、ロイも知らなかった。
やっとギャレットは顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「私、一度だけあったことのあるのです。師匠が会わせてくれたのです。カルロジョーンズ博士に。」
ギャレット真剣な顔をして博士に向き合った。
俺にはさっぱりわからない話だったが、師匠とはギャレンヌとやらなのかと理解ができた。
でも、さっき俺に彼女は聞いてきた。
カルロ博士とは誰か、と。
その時は完全な記憶として思い出せていなかっただけかもしれないが、俺にとっては何か引っかかるところがあった。
師匠と言われているギャレンヌと、博士に何か関係があった…?
そこらへんはわからないが、まあとにかくギャレットは博士のことを知っていたんだ。
俺の名前も一度忘れた彼女が__。
「私にもわからないが、今日はそういう相談があるみたいで君たちはここにきたようだから、奥の部屋でゆっくり話さないか?」
少しだけ続いた静寂が博士の言葉で割れた。
「ありがとうございます。博士の言う通り、今日は彼女のことで相談があったのでここにきたんです。」
微笑みながら、「ちょっと待ってて」と言い博士とギルは奥に入っていった。
それを見計らったのか、彼女は俺に話しかけてきた。
「私、この建物に入った時に気付いたのです。」
少し薄暗い中、ギャレットはつぶやいた。
「見かけは違うのですが、中の空気の匂いや色は一度来たことのあるような気がして_」
絹のような白髪を耳にかける。
「それで、いざロイさんと中に入って見るとやっぱり_カルロジョーンズがいました。」
彼女は下を向いて俯いたまま。
「でも、ギャレットはカルロ博士って誰ですか?って俺に聞いて来たじゃないか。」
彼女は、こくりと頷く。
「そうなんです。でも記憶のネジのようなものが…」
彼女の言葉が小さくなったと同時に、ギギギとネジが巻き戻っていく音が聞こえる。
俺は慌てて、ギャレットの金色のねじまきを掴み、回した。
その時、用意をし終えたらしい博士とギルが戻って来た。
「あ、ロイ青年!どうしたのか?」
博士とギルはネジに気づいたのか、ギャレットの眠るような顔をまじまじと見つめた。
「すみません、彼女はネジ式なようで…」
俺がそう言い終わる間も無く、ギャレットは再び正常運転をし始めた。
「ご迷惑をおかけいたしました。」
その一言を聞いて、俺は再び思った。
やっぱり彼女は人形だ。
俺はそれを強く確信した。
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薄茶の花柄の壁。
ドーム状の天球館の本館とはまた違ったアンティーク調の窓。
カーテンは薄い絹づくりのもの。
太陽が当たり光を通す。
これまたアンテイーク調の木の机には真っ白なテーブルクロスが敷いてあって、机上には大きな花瓶が一つ。
「お茶入れて来ました。」
ギルが熱そうなローズティーをお盆で運ぶ。
お茶の席に座らされた俺とギャレットは少し戸惑いながらも、一切れのケーキとローズティーを受け取る。
席について、俺は初めて気づいた。
俺の服、すごく汚い。
そして、ケーキなんて久しぶりだ。
その二つ。
俺の服は店がつぶれて放り出されてから、ずっと同じ服。
ケーキなんかの高級菓子も久しぶり。
どうしようと半端思いながら、下を向いて座っていると博士は話しかけて来た。
「それで、ロイ青年。今の仕事はなんなんだい?」
もっとすごい怖いことを言われるのかと思った。
でも意外と、針のように一瞬の痛みだけだった。
「鍵、職人をやっていた…のですが」
博士は納得したように頷いた。
「まあ、ロイ青年は普通の人とは違うものが見えてしまっていたから、そうなったのかね。」
博士は怒ってるのだか、なんだかわからなかった。
「でも、ロイ青年には新しい仕事ができたからよかったじゃないか。」
博士は、はは…と声を漏らして笑った。
俺にはなんのことかわからなかった。
すると、近くにただずんでいたギルが笑いながら口を開けた。
「ロイさんをここの研究員に迎えようと、博士が言ってたのですよ。」
博士の笑いが大きくなった。
「ほ、本当ですか…?!」
俺は思わずギャレットとハイタッチをしてしまった。
そして俺はこれからはまあ安泰だ、と心の中でつぶやいた。
博士は気を取り戻したのか、再び俺に向き合いこう言った。
「それはそれでまた後で話す。それで、彼女は__」
ギャレットが座礼をする。
「申し遅れました。私の名前はギャレット。一度、私の師匠ギャレンヌの紹介で博士と会ったことがあります」
ギャレンヌ、その言葉を聞いた瞬間、博士とギルは立ち上がった。
「ギャレンヌ?!」
俺にはわからなかったが、ギャレンヌという人は相当な人らしい。
「ギャレンヌの弟子なのか!思った通りのねじまきだ。」
博士とギルは興味深そうにギャレットの金色のねじまきをまじまじと見た。
俺の情報が乏しいせいか、俺にはやっぱりわからなかった。
ギャレンヌって誰だ?
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