天球時計
✴︎
煉瓦造りの一際大きいドーム状の建物。
上には巨大な天体望遠鏡がついていて、真夜中には観測ができるそうだ。
煉瓦造りの街とは違った近未来的なこの建物。
作ったのはカルラ博士という天文学者。
今も博士はご存命だが、相当な年らしい。
俺がまだ小さくて無邪気だった頃に会った記憶しかないから、今の事はよくわからない。
俺が確かに覚えているのは博士が、俺と同じ新緑のような翠の目だったこと。
そう、博士は俺に言っていた。
「君のような翠の瞳は、限られた人しか持っていない貴重な瞳なんだ。普通の人には見えないものが見える、そんな瞳なんだよ。」
日曜日の午後の昼下がり。
俺が博士と初めて話したことがそんな内容だった。
博士の言った通り、俺のような翠の瞳を持つ人は今まで会ったことがなかった。
両親もみんな薄い茶色の瞳。
あの時、「普通の人には見えないものが見える」と言っていたけれど、俺は今まで生きてきて「普通の人とは違う考えを持つ」の間違えではないのか?と思わせるような場面がたくさんあった。
学舎でもどこでも、俺はみんなと違かった。
だから、ギルドの中に入らなかったのかもしれないけど。
一言で言うと、博士は俺の良き理解者だ。
だから、職を失った今でも俺はここに行こうと思える。
隣でゆっくりと歩くギャレットの美しい横顔を横目に、少し足取りを早めた。
✳︎
「ここですか?」
ギャレットの薄紅色の唇が動く。
「うん。君に会わせたい人がいるんだ。」
手前のガラスドアを開け、しんと静まり返ったロビーに入る。
今の街の雰囲気と比べると飛んだ殺風景なドームの中。
俺が昔来た時とあまり変わったところはなかった。
建物もあの時そのまま、古くなりもせず新築でもない。
俺はギャレットがついて来ているのを確認しながら、博士のもとへ向かった。
そこは資料室。
膨大な資料が貯蔵してある部屋。
俺とギャレットは顔を見合わせ「うん」と一回頷き、その部屋を軽くトントン、とノックした。
その直後、ギイッと扉が開いた。
老人が出てくると思いきや、俺よりも少し年下くらいの青年が出て来た。
薄い黄色のポロシャツに長ズボン。
緑のベストには刺繍で『galaxy』と塗ってある。
確か宇宙という意味だったっけか、と考えてる暇もなく青年は口を開いた。
「ようこそ!案内人のギルです。ご用件はなんでしょうか?」
その、ギルという少年は人が良さそうに口を動かした。
ギャレットはギルを興味深そうに見つめていた。
実際にギルは、悪という悪を持っていなさそうな雰囲気だったので、俺は彼に言った。
「カルラ博士はいらっしゃいますか?」
無愛想に聞こえなかったか心配だったが、ギルは愛想よく応じてくれた。
「カルラ博士ですね。少しお待ちください。」
ギルは奥の方へ入って行った。
ギルがいなくなったのにホッとしたのか、ギャレットが俺の袖を引っ張って来た。
「ロイさん。カルロ博士とは誰ですか?」
俺はその時、何にも説明していなかった自分に気づいた。
「そういえば、全然説明していなかった…!すまない。」
俺はペコペコと頭を下げた。
「大丈夫ですよ。」
ギャレットは俺のそんな態度にも気にせず、にこやかに微笑んだ。
やっぱり彼女は人間みたいだ。
いや、人間だ。
きっと。
「カルロ博士は俺の師匠みたいなものさ。」
簡単に説明するとして、この言葉しか見つからなかった。
それでも納得してくれたのか、ギャレットは何回も頷いた。
そして、ゆっくりと口を開けた。
「私にもギャレンヌという師匠がいます。」
さっきも聞いたギャレンヌという単語。
俺の名前や俺との記憶は忘れていたのに、ギャレンヌだけ彼女の記憶に残っている。
何か、ギャレンヌというのは大きなものだったのだろうか。
そんなことを考えているうちに、博士は再び俺の前に現れた。
「ロイ少年。いや、もう青年だな。久しぶりだ。」
はははと俺の前の老人は笑いをこぼす。
あの時会った博士とは少し変わっていたが、雰囲気そのものは博士だった。
「久しぶりです!」
俺は大きく頭を下げた。
俺の隣のギャレットも俺の真似をしたのか、こっちを少し見て頭を下げた。
「ずっと待っていたぞ。ロイ青年。あと、隣のお嬢さんは…」
博士もギャレットに気づいたのか、丸メガネを少し動かしてのぞいていた。
ギャレットは少しの笑みも浮かべず、顔を上げ口を開いた。
「お久しぶりです。カルロ・ジョーンズ。」