記憶時計
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次の日、俺は眩しくキラキラとした朝陽で目を覚ました。
暖かい春の日だったから、外でも寒くはない。
周りを見渡すと、やっぱりここはガラクタ空き家。
そして、ソファーの上には白髪の容姿端麗な少女…というよりは乙女が眠っている。
ネジ巻きを回すと、また起きるのかな、とか思いながら彼女のそばに寄る。
そうして赤い宝石の埋め込まれたキンのねじまきをそっと回す。
ギギ… ギ…
ギャレットがゆっくり、ゆっくりと起き上がる。
俺はここで一つ安心をした。
ギャレットと俺は昨日、ちゃんと話していたんだ…と思ったからだ。
壊れていない懐中時計。
昨日のあれは俺の妄想じゃないってわかったからだ。
「おはようギャレット。」
俺は満面の笑みを込めてギャレットに微笑んだ。
その笑みにキョトンとしているギャレット。
俺は思った。
まさか、まさか。
そんな。
まさか…眠ったら記憶を、忘れてしまうのか?
昨日俺と話した記憶をも忘れてしまったのか…?
まさか。
そんなことは…。
だって、フィンおじいさんだかなんだか言ってたじゃないか…
あれは過去の記憶だろ…?
何であれを覚えてるのに、俺のことは…。
「私はギャレット…あなたは…?」
やっぱり…そうなのか。
_______。
「覚えてないか俺のこと。まあそうだろうな。俺はロイだ。一回お前は眠ってしまった。しょうがない。」
俺は紳士の心だとかいうものがどうでも良くなった。
でも、少しだけ感じる。
彼女の孤独の気持ちを。
「私は、眠っていたのですか。ロイさん、覚えておきます。」
ロイ、と口で真似をする。
ああ、昨日と同じだ。
これじゃあ毎回毎回、眠るたびに意味がなくなる。
じゃあ、どうすれば…?
やっぱり昨日言った通り、フィンおじいさんだかを見つけて、ギャレットをそこに預けてやればいいのか?
「あの…」
俺が難しく考えてるのがわかったのか、ギャレットが俺に声をかけて来た。
「お手伝いしましょうか?」
お手伝い…?
お前のために難しく考えているんだよこっちは…。
何を言ってるんだこいつは、と少し思ったが。
気を取り直して彼女に向き合う。
彼女のビー玉の様な真っ青な目が俺を包む。
朝日を浴びて彼女の白髪が金色に光る。
「手伝ってくれるのか。」
ギャレットは、溶けるように表情を崩して笑った。
俺はよくわからない彼女のことをもっと知るためにも、彼女と行動を共にすることにした。
「まず、ギャレット。君の師匠のギャレンヌとかいうやつを探そう。」
彼女の顔が一瞬明るくなった。
「ギャ、ギャレンヌ様を知っているのですか?」
俺はうなづいた。
「それなら…。」
ギャレットは自身のポケットから紙くずを取り出した。
「ここがギャレンヌ様の家です。小国ローリタニアの村、ポフノ村です。」
ローリタニアだっけな…。
ここは残念ながらロイズ、とか言えなかった。
何回も記憶を彼女がなくしたとしても、彼女を何回も傷つけたりはしたくなかった__。
「わかった。付いて来て。」
俺は、『天球館』へ彼女を連れて行った。
天球館は、宇宙のことや世界のわかっている事すべてが資料などとして貯蔵している建物だ。
一般の人は立ち寄らないが、俺はなんとなく世界の神秘が知りたくて子供の頃は毎日通っていた。
でも結局は、東の海の国のことも西の海の国のことも、謎ばかりだ。
どんな国が築かれているのか、宇宙はどうなっているのか、鍵職人の俺には全く関係ない。
でも、知りたかった。
ガラクタ空き家を出て、煉瓦造りの道をカッカッと歩く。
もう使われていない建物はこの辺には多いのか、殆どの建物に蔦が絡まっている。
自然と一体化しているみたいだ。
「ロイさん。どこへ行くのですか?」
周りを見渡しながらギャレットは俺に問う。
「天球館さ。そこならいろんな資料とかあるからな。」
ギャレットは興味深そうに頷く。
「ロイさん、その天球館はどこにあるのですか?」
俺は緑の丘を指差した。
「あそこさ。ロイズの一番高いところにあるのさ。」
俺は、言ってからしまった…と思った。
「ここはローリタニアじゃなかったのですか。」
彼女は俯いて言った。
なんだかそれに無視をしてしまった。
馬鹿で紳士じゃない俺は、彼女に言葉をかけてやれなかった。
これ以上何かを言ったら、彼女を傷つけてしまうかもしれないと思ったからだ。
だから少し俯いたふりをして、天球館へ向かった。
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