眠り時計
✴︎
『眠り』とは一体なんのことなのだか、俺は未だにわからない。
主に夢の中で彷徨うことを意味するが、時に死を意味することがある。
では、俺の目の前にある『眠り』はどっちなのだろうか。
重そうな瞼に絹のような髪。
高い陶器の様な鼻は、人形みたいだ。
まあ。一言で言うと、美少女とかいうやつだ。
そんな奴がこんなガラクタ同然の空き家で『眠り』についているだなんて。
しかも、奴の着ている服はただの娘じゃ買えないような革の高級品。
売ったら高値がつきそうだ。
一度俺は『売る』という行動に出ようとしたが、心の中に少しだけあった紳士とか言う気持ちがそれを押し切った。
紳士、とか言うのは本当に困る。
簡単に言うと、金にするつもりはない、彼女を助けてやりたいって感じだ。
でも。でも、目を覚まさない。
かれこれ1時間は経ってる。
彼女はやはり、死を意味する眠りに入ってしまったのだろうか。
だとしたら、こんなところへいたら俺が殺したみたいじゃないか?
それは困る。
彼女を助けてやりたいのだから。
俺は彼女を担いで土に埋めてやろうと思った。
死んだなら、その手段が一番と考えたのだ。
彼女の後ろに回り、そっと肌に触れる。
これは…。
人間じゃない。
同時に気づく彼女の背中についている金色のネジ巻き。
赤い宝石が埋め込まれていて、キラリと光る。
宝石の周りには『Galette』と銀で掘られている。
ギャレット…。
彼女はギャレットという人形なのか…?
ネジ巻き式の…
それにしてもリアルだ。
そんなことも考えながら、俺は彼女のネジ巻きに手をかけた。
そして、ゆっくりと回す。
ギ…ギギギ。
ギギギ…
ゆっくりゆっくりとギャレットが立ち上がる。
機械の様にゆっくりゆっくりと瞼を開き、銀の髪が揺れる。
あ…。
彼女の青の瞳に俺が映る。
そしてゆっくりと静止する。
「私は、ギャレット。」
彼女の陶器の唇がそう名乗る。
俺は驚きのあまり、声が出なかった。
なんだか、幽霊みたいなそんな感じがしたからだ。
美しさよりもそれを大きく感じた。
これは人間ではないという恐怖が俺を襲った。
「お前は人形か?」
これが俺の発してしまった第一声だった。
いうつもりはなかったが、思わず声に出てしまった。
「私は人間ですよ?」
表情のない顔で俺にいう。
人間なんかじゃない、お前は。
思わず叫びたくなったが、ここまで人間と決めつけられては声が出ない。
「そうなのか。ギャレット。」
ギャレットに同情したかっただけだった。
ギャレットという心のない人形に俺は優しくしたかっただけだった。
「あなたのことはなんとお呼びすればよろしいですか?」
鈴の様な声で俺に問いかける。
「俺はジュリアン・ルロイだ。ロイと呼んでくれ。」
ギャレットは『ロイ』と口で真似をする。
まるで幼い少女の様に。
「わかりました。ロイさん。」
ギャレットは小さく頷き、そして辺りを見回す。
「それで、ここはどこですか?」
まるで迷子の子犬。
俺の瞳に彼女はその様に映った。
やはり、眠ると記憶がなくなったりする人形なのか?
「ここは、ロイズの街の空き家さ。」
ロイズ、と彼女はまた口を動かす。
そして驚いた様に目を大きく開け、口走る。
「ここはローリタニアじゃないのですか?」
彼女は完全に人間と同化していた。
やはり、ねじまき式の人間なのか?
俺はいろいろ考えていたが、気を取り直して彼女の質問に答えることにした。
「ここはさっき言った通り、ロイズだ。」
ロイズと口に出した瞬間、彼女は俯いた。
ギャレットの表情のない顔は少し溶けたようになった。
「ここが、ローリタニアじゃないのなら…ギャレンヌ様も、フィンおじいさんも、ルイス様も…。みんな、みんな…いないのね。」
俺にはさっぱりわからなかった。
ふぃん?おじさんだか、るい?様だか。
でも、人形がいうような言葉じゃないと思った。
彼女にはきっと心があるけれど、その心が欠けているだけなのかもしれない。
だから俺はさっき決めた。
ギャレットを助けるって。
「ここが、ローリタニア?とかいうとこじゃないのは事実。だけどその、なんちゃらおじさんとかは探せるかもしれないから。」
俺はそんなこと証明できない。
でも彼女の力になりたかった。
だからそう言った。
「ロイはフィンおじいさんを見つけてくれるのね」
見つけられるかはわからないけど。
「そう、だよ。」
俺はこの空き家のガラクタを全て背負ったような気がした。
重い重いガラクタを。
でもギャレットはガラクタの一部ではない。
ガラクタの中の宝石のような存在だった。
宝石のためにガラクタを背負う、そう言った方がいいだろう。
だから俺はもう少しだけ、めんどくさいことをしようと思った。
✴︎
俺はロイ。
わかってるよっていう奴もいるかもしれないが、ロイだ。
ロイズという街で鍵職人をしている。
鍵職人だからって泥棒?
まさか、信用信頼ナンバーワンの俺の店だからそんなことはない。
でも少し不安がある。
誰も店に来なかったらって。
まあそんなのは気にしない!
俺は鍵職人だから、俺らしく他人の心の鍵を開けるのさ!
でも時々仕事中に眠ることがあるんだ。
まあ簡単にいうと、夢を見るっていうことだ。
夢っていうものは都合のいいものあればいろいろある。
そんな夢に対して俺はよく思うことがあるんだ。
夢売りになれないかなって。
このロイズの街で自分の夢を売る、これは最高なことじゃないのかな!
何よりもずっとずっと…。
まあ、こんな憧れを持ち続けて20年。
俺は単独で仕事をやりたかったから、ギルドなんて言うもん無視してしまった。
その結果、鍵職人も儲からなくなっちまって、家はつぶれちまった。
しょうがないのか、時間の流れっていうやつさ。
だからこんな空き家のガラクタだらけな場所にいる。
俺はここにしかいれない、と考えると悲しくなるな。
いっそのこと吟遊詩人なんかになっちまいたい!
詩を作って旅をするだけ。
今もわからない未知の世界へ飛び出す、これも夢売りよりも最高じゃないか!
そんな俺の前に現れた謎の少女、ギャレット。
人間なのか人形なのか、よくわからないが、ねじまきを回したら機械みたいに目を覚ました。
やっぱり機械なのか。
でも機械じゃないらしい、表情がある。
それに現代の技術でねじまき式の人形を作るなんて不可能に近い。
やはり、ねじまき付きの人間なのか。
よくわからない。
わからないがいっぱいになっちまった。
まあわからないのさ。
でも決めたんだよな俺は。
彼女を助けるって。
それで彼女を助けようと思ったら、彼女はまるで人が変わったように目を光らせてこう言ったんだ。
「あなたの懐中時計壊れていますね」
そう、こんな貧乏廃墟暮らしの俺に懐中時計を直すほどの金はない。
そんな俺の言葉を前に、工具をちゃかちゃか取り出して、4、5分で軽々と懐中時計を直しやがった。
俺がお礼を言おうとしたらな、彼女が最後に一言。
「懐中時計は専門外ですが。」
専門外だったようが、よくできてるなこの人間?はって思ったのさ。
こいつは時計ギルドの人間なのかなって思った。
でも俺はギルド本部と仲悪くしちまったから、顔なんてあわせられねえ。
やっぱりあれなのか?
彼女は、そのフィンおじいさんとやらに時計を教わったのか?
そうなのか。
よくわからないが。
まあ今日はよく寝て、明日は彼女の恩師とか言っているギャレンヌさんを探すことにした。
彼女のねじまきが力をなくしたのか、彼女は急に倒れこんだ。
やっぱり人形なのか、という気持ちを抱きながら彼女をガラクタソファーに寝かしてやった。
もう少しお金があれば、なあ。
✴︎