追憶~1~
遠いようで近い過去の記憶。小さなころの記憶。小5の時の記憶。
俺は目立った特技もなく、特徴もなく、目立った功績もなかった。
つまりは平々凡々、常人中の常人、有象無象のなかの一人にすぎなかった。
いや、有象無象ではなかった。それ以下だった。
「だっせぇ!反抗もできないのかよこのザ~コ!」
「言ってやんなよ、こいつ一人じゃなんもできねえんだからさぁ」
こんな具合だ。この頃くらいからだ。人を周りを、世界を信じなくなっていったのは。
一つだけ信じてたのは、幼馴染の、辰樹だけだった。
「タケルく~ん!あ~そ~ぼ~!」
「お…僕と遊んでたら…いじめられるよ?」
「大丈夫!そんなの全部追っ払ってやるから!」
「いやそういう問題でなく…」
この頃はまだ饒舌で明るいどこにでもいる小学生だったゲーム内での嫁、龍姫こと伊藤辰樹。
すでにこの時から俺は、この天真爛漫な彼女に恋をしていた。
いたずら好きで、明るくて、どんな時でも笑っている。そんな彼女に。
「それで?何するの?」
「ふっふん、ゲームだよ!まだ一回も勝ってないからね!」
「まだあきらめてなかったの?」
「ふふふん、この私の広辞苑にはあきらめなんて言葉はないんだよ!」
「それほんとに広辞苑?」
「いいから!は~や~く~」
周りに見せることなどない特技、俺の唯一の特技、それが、ゲームだった。
音ゲーからパズルゲー、格闘ゲーム、アクションゲーム、なんでもできた。なんでもやった。
一人でもできたから。辰樹とできたから。辰樹と入れたから。ゲームでなくとも辰樹はいたが。
「んおっ!?なにそれ!?」
「ジャストガードの直後に回転斬りを入れるの、ジャストガードのボーナスと
ブレイクボーナスでダメージが3倍くらいになるんだよ」
「ヒット数とダメージの多いおうぎ?じゃだめなの?」
「タメが長いからつなげにくいんだ」
「ふむふむ、よし、もういっかい!」
「辰樹ちゃ~ん、もう遅いわよ~」
母の声が聞こえた。確かに遅い。時計の針は五時五十八分を指している。
「一緒に食べちゃ、だめ?」
辰樹の家は両親共働きで帰りが遅かった。というか帰ってくるほうが少ない。
そのこともあってほとんど毎日晩御飯はうちで食べていた。
そんなある日の、一学年の節目のことだ。
「みんなで遊びに?」
「おう、このクラス全員でどこかにあそびに行く」
「ぼ、くも…?」
「まあ、来たくねえなら来なくてもいいぜ?」
「……」
数秒考えた。辰樹も来るそうだがこいつらもいる。
行く場所はもう決まっているらしい。近くの少し大きなショッピングモール、そこのゲームセンターだそうだ。
「行く…」
「よし、じゃあ、忘れんなよ?来なくても誰も困んねえけどな!ハハハ!」
その時ばかりはその声の不愉快さは少しましだった。
そして当日。
「うっひゃー、おっきいねぇ」
「ここには来慣れてるはずだが」
「まぁまぁいいじゃない!」
参加者はクラスの半分ほど、用事がある、習い事がある、と来なかった奴らがほとんど。
「ゲームセンターでしょ?ほらぁ、見せ場じゃない!」
「う~ん」
「どしたの?」
顔を覗き込んでくる。幼き日の俺はこのときにどんな顔をしていただろうか。
きっと真っ赤になっていたことだろう。
「そ、うだね」
「わたしもね、タケル君に鍛えられたこの腕を見せてやるよ~、ふふん」
そういって辰樹は袖をまくった。細く、白い腕。
「おぉ~?なんだ?ゲームでこの俺に勝とうってかぁ?」
紹介が遅れたがこのガキ大将って感じのやつがガキ大将だ。名前はもとよりおぼえてない。
「ふふふん、私たちの中でも私は最弱…」
「自慢できないからな」
「タケルの方が強いんだからなぁ~」
なぜか辰樹の闘争心に火が付いたみたいで、この時のことははっきりと覚えている。いつものように
いじめにかかろうと、ガキ大将が独断でチームを分けたんだ。俺と辰樹のみのチームと、
それ以外全員のチームを。いじめられると思ったのだろう。恥をかかせられると思ったのだろう。
「それじゃまずは」
最初のゲームは
「エアホッケーだぁ~!」
まぁ独断で決まったのだが。この時からすでにゲームに関する一通りの技術はあった。
ここで生きるのはフォームの分析と軌道予測。完封で勝利した。
「なっ、なんで…次はっ!」
なんだろうねぇ
「レーシングゲームだっ!」
難なく勝利。
「カードゲーム!」
タイミングゲーみたいなもんだった。
「音ゲー!」
得意中の得意だった。
このように全く苦戦もせずに勝利をさらっていった。驚くことにホッケー以降音ゲー以外は、辰樹が。
「つっ、強い…」
こんなに成長していたとは思わなかった。実は強かったのか、と思っていた。
今にして思えば単にガキ大将もみんなも、小学生レベルだったのだ。当たり前だが。
「格ゲーだぁぁぁぁあ!」
そういって指さしたのは俺が、辰樹がやりこんでいた格ゲーだった。
当然負けることもなく辰樹は驚くことにジャストガードからの回転斬りまでもやってのけた。
「ふふん、どうよ!」
「タ~ケ~ル~…!」
矛先は俺だった。なぜだ。
「今度はてめえがやれ!次はゾンビゲーだぁぁ!」
よくゲームセンターにおいてある大きなゾンビゲー、ガンアクションともいうか。
「マルチプレイのスコアで勝負だ、が!てめえは一人な!ハハハハハっ!」
これなら勝てると思ったのだろう、どれだけのハンデがあろうと勝ちは勝ちであると。
「ずるいぞ!わたしもやるぅ!」
「ハハハハハ!ダメだね!後ろで見てろ!先にやらせてもらうぜ!」
そう言ってガキ大将は側近のような、狐のような奴とコンビでどんどんスコアをあげ、店舗記録を打ち出した。
「タケル君…、やっぱり私も…」
「ん、大丈夫、これならできるよ」
「へ?」
間抜けな声が聞こえた。見せ場だと思った、いじめがなくなると、圧倒的なまでに、完膚なきまでに、
勝利すれば、きっと、と。
「行ってきます」
少し笑って。
俺はそれに臨んだ。
「まだ余裕だね」
二人分の同時プレイである。それは誰も一緒に遊んでくれなかったころ。
辰樹がまだゲームをやってなかったころに、誰もやってくれないなら、と
俺が最初に編み出した技術だった。
次々と現れるゾンビは有象無象で、モブで、目立たない。パッとしない。
けどそれは理性を失った『人以下』のようなもので、自分と重ねていた。
「ん~、リロードがなぁ…」
まだ余裕だった。ガキ大将の出したスコアの半分くらい。
難しいなと思い始めたのは一度手が攣ってからだった。その時は片手だけでなんとかしたんだが、
辰樹が手を握ってくれた。なんとか治ってから持ち直したころにはガキ大将の記録なんて抜いていた。
「なっ、なっん、だと…」
いいリアクションだね。オーディエンスとしては最高じゃないかガキ大将。
それから十数分が経過し、スコアはガキ大将の記録を圧倒的に抜いていた。
後に聞いた話だとこの時目がギョロギョロしてたらしい。
「お前、こんなゲームできたんだな…」
「ん、まあ、一応…」
「負けたよ…」
そういって差し出された手には嫌悪感を感じなかった。
それから俺たちは存分に遊んで、帰る時間になった。
「じゃあね~」
「ばいば~い」
「タ~ケル君」
「ん?」
「帰ろっ」
「辰樹くるっ」
「え?」
ゴシャァッ
鈍い音が鳴り、耳を劈く。何が起こったか認識できたのは数秒たってからだった。
交通事故が起こったのだ。目の前で。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
叫んだ。ただ叫んだ。なにもできないまま、突然撥ねられた。
その後すぐに病院に搬送され、一命はとりとめたが…。
「辰樹、もう平気?」
「ん、平気だよ」
「よかった…」
「心配してくれたの?ごめんね」
以前のような活発さはなくなり、感情の起伏が無くなった。ずっと一緒にいた俺はわかるが
周りのやつらには到底わからないような小さな起伏しか見えない。
「あ~、君が幼馴染の…」
「はい」
医者が入ってきた。辰樹の両親は来られなかったそうだ。遠くに出張ですぐには帰れないそうだが帰ってくるらしい。
「その…な、話しにくいことなんだが…」
「はい…」
「辰樹ちゃんは、恐らくもう成長しないだろう」
「え…?それは…」
「言葉通りだ、もうあの小さな体から成長しない」
このときか、この後だったあと思う。俺が、ロリコンになったのは。




