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血鬼

主人公のパートナー出現です。

 もちろん俺は日本で育ったなりに通常の倫理観は持っている。 

 奴隷制度は、はっきり言えば人身売買。するのも嫌だし、見るのも嫌だといった感情は俺の中に確かにある。

 しかし、俺には必要だった。一緒に異世界を生きていく存在が、命を預けられる仲間が、そして何よりたがいに寄り添い、心を通わせる友達が。



 「血鬼って何ですか?」

 「おや、血鬼をお知りにならない」


 ガンツは意外そうな顔をしてこちらを見る。おそらくこの世界では常識なのだろうが、あいにくと俺にはその常識がないのだ。不審に思われない程度に質問する。


 「ええ、遠い田舎の村で育ったもので。種族名だということは何となく分かるのですが、それ以外は何とも……」

 「では説明いたします。まず、血鬼とは人の血を吸い、飲んだ血の量が強さに変わるという種族です。その強さは過去に国の騎士団を動かしたほどで、『アイレスの通り魔』と言えば聞き覚えもあるのではないでしょうか」


 いや、聞いたことはないな。有名な話なのか?


 「そうですね。有名な話です。アイレスという大きな都市で1人の血鬼が通り魔を繰り返し血を飲み、被害が拡大し続けた話です」


 結局その通り魔は騎士団長との戦いに敗れて死にましたがね、とガンツは苦笑気味に続ける。


 「どこかに血鬼の村があるという話は聞きますが、今うちにいる血鬼はおそらくその村から離れて出てきたんでしょう」


 俺はガンツの言葉に首をかしげて、


 「ということは血鬼は普通には町にいないのか?」

 「そうです。血鬼は一度血を飲むとその人間が死ぬまで飲み続けるという性質があります。その上、ある程度は我慢できるとはいえ人の血を飲まないと生きていけないので、準魔族として見つけたら討伐を推奨されています」


 準魔族。予想するに人類の敵の一歩手前くらいか。

 この世界に来てから魔族の存在が会話の節々に見え隠れしている。それほど魔族の存在が大きいのだろう。

 そして、準魔族の他に聞き逃せない言葉がもう一つあった。

 『死ぬまで』、ね。

 俺は表に出さないように内心ほくそ笑む。血鬼のその特性は俺にとって好都合だ。


 「うちにいる血鬼はこの町で1人殺して警備兵に捕まったやつです。もう3ヶ月は血を飲ませていないのでそろそろ死ぬと思いますよ」


 瀕死の血鬼。一般的には条件として最悪だ。しかし、俺の心は半分以上固まっていた。


 「その血鬼見せてもらおうか」


 ガンツは俺の言葉に固まると、俺の顔をまじまじと見て、


 「血鬼は人の血を飲まないと死にます。あなたがどうやって血を用意するのかは分かりませんが、やめておいた方がいいと思いますよ」

 「大丈夫だ。いいから血鬼のところに案内してくれ」


 俺の強情な態度に押し切られたのか、ガンツはしぶしぶといった様子で案内を始める。


 「こちらです」


 地下の廊下を奥に進み、牢に入っている奴隷が年老いていった先に、案内された。ガンツが指す扉は他の牢と同じ作りだったが、他とは違い、扉の隙間から濃厚な死の気配を放っているように感じられた。


 「名前はニーナ。年は17。血鬼の女性です」


 牢の中は今までのものとは違い、簡単なベットと椅子、机があった。さらに牢の中にはニーナと呼ばれた少女1人しかおらず、椅子があるというのに床に膝を抱えて座り込んでいた。衰弱しているようで、顔色が悪い。


 「死が確定している奴隷には個室が与えられます。これは目の前で仲間の奴隷が死んでいくのを他の奴隷が見ないようにするためであり、奴隷に残された最後の慈悲なのです」


 ニーナの特別扱いの理由を聞きたがっていたことを察知したのか、ガンツはそう解説してくる。


 「この少女と話はできるか?」


 仲間と呼ぶにふさわしいかを判断しなければならない。人物の背景のみでは人間性を測ることはできないのだから。


 「大丈夫ですよ。牢の中で話しますか? それとも初めの部屋まで連れていきましょうか?」


 少女には初めの部屋までくる体力もなさそうに見える。牢の中で話した方が無難だろう。

 そう考えた俺はガンツの質問に対し、


 「牢の中でいい」

 「分かりました。命令により安全は保障されています。ご安心ください」


 そう言ってガンツは牢のカギを開ける。

 ニーナに目を向ける。牢の扉が開く音に反応するかとも思ったが、そんな体力もないらしくニーナは依然として固まったように座ったままだった。


 「いや、いい」


 ニーナを立たせようとしているガンツを静止する。ガンツは了解です、と言わんばかりに肩をすくめて返事をする。それを確認した俺は、ニーナのそばに膝立ちになると、


 「生きたいか?」


 と聞いた。

 その声にやっと気づいたのか、少女はゆっくりと顔を上げる。少女の顔は案外整っており、ちゃんとしたものを食べて、栄養を取れば見られるものになるのではないだろうか。

 少女は顔を上げて俺と目を合わせた。次の瞬間、


 「っつ!」


 少女の瞳。その深い闇に溺れるような錯覚が走る。呼吸が止まり、しばらくすると酸素を欲したからだが悲鳴をあげ始める。

 少女と見つめあっていたのは数秒にも満たないほどだったはず。俺は乱れた呼吸を正しながら、そう考える。


 「……きたい」

 「え?」


 消え入りそうな声だったが、確かに目の前の少女は、


 「生きたい……」


 死にたくないと、生きていたいと、そう口にした。



 「本当にニーナでいいんですね?」

 ガンツの質問に俺は無言で頷く。場所は初めに案内された部屋。ひんやりとした地下から上がったため、穏やかな温かさが体になじんでいく感触が心地いい。

 「それではニーナを金貨30枚で購入ということで」

 ニーナの値段は地下からこの部屋に来るまでの間に交渉した。はじめは金貨で50枚と言われたが、ニーナが死にそうなこと、準魔族だということなどを指摘すると割とあっさり値引きに応じてくれた。おそらく元々値引き前提の値段設定だったのだろう。もしかしたら金貨30枚でも高いのかもしれない。

 ガンツは契約書のようなものとペンを差し出すと、俺に記入を促してくる。

 「ここにお名前を記入してください」

 ……カズキってこの世界の文字でどう書くんだ?

 そう思った俺はだめもとでガンツに質問する。

 「俺の村で使っていた書き方でいいか? こっちの文字とは多少異なるが」

 「ええ、構いませんよ。要は売買が成立したという証が残ればいいのですから」

 そう聞くと俺は安心してカタカナでカズキと記入し、かばんから金貨を30枚取り出してガンツに払う。

 俺のかばんに入っていた貨幣の価値はすでに奴隷商に来る途中の露店で確認済みであり、この硬貨が金貨と呼ばれていることも承知している。

 契約書と代金を受け取ったガンツは一つ頷くと、次の話に移り始める。

 「ここからは奴隷も交えて奴隷契約の方を結ばせていただきます」

 奴隷契約では大前提となる命令をあらかじめしておくというものだ。例えば一般的には、所有者に危害を加えるな、所有者のする命令を聞けなどがあげられる。命令を聞けと命令するのはおかしい気もするが、奴隷契約での命令は首輪の力で必ず守られるのだそうだ。

 「連れてまいりました」

 受付にいた女性の奴隷がニーナを連れて部屋に入ってくる。ニーナはおぼつかないながらも何とか両足で立っているという状態だ。椅子を勧めたいが、ここは耐えてもらおう。

 「ごくろう。ではカズキ様、奴隷契約の方はどうなさいますか?」

 ガンツの質問に対する答えはもう決まっていた。

 「『所有者が命令だと宣言した命令を遵守しろ』のみで頼む」

 「所有者に危害を加えるな、所有者の不利益になることをするな、などの契約はしなくてもよろしいんですか?」

 ガンツが驚いた様子で言う。先ほど聞いたがニーナは殺人犯なのだ。命を守る契約は必要のはず。しかし、俺がわざとその契約を外したのが意外だったのだろう。

 「構わない」

 「分かりました。では、その内容で契約します。手を前に出してください」

 ガンツの言うがままに右手を差し出す。するとガンツはニーナに左手で奴隷の首輪を持たせ、俺に右手で同じ首輪をつかませる。

 「『奴隷契約』。主カズキ、奴隷ニーナ」

 ガンツの周りに緑の光が舞う。地面から現れ、首輪に向かっていく光の群れは、首輪を優しく包み込むと水に入れたドライアイスのように空気中に散っていった。

 「これにて契約は完了です。基本的な奴隷の扱いは主であるカズキ様に任せますが、くれぐれも犯罪には利用しないでください。奴隷の責任は全て主であるカズキ様に帰属します。ご注意ください」

 分かってるよ。安心してくれ。

 「そうですか。では、本日はガンツ奴隷商をご利用いただき誠にありがとうございました。次の機会にまた会えますよう祈っております」

 お辞儀をするガンツにお礼を言って、首輪をつけたニーナとともに奴隷商を出る。ニーナはふらふらで歩いているのを見ているだけで危なっかしい。

 「後は宿を見つけて今日は休もう」

 奴隷の購入に案外所持金が減らなかったため、金には余裕がある。希望の奴隷も手に入れたし、歩き通しで疲れた。

 日は奴隷商に入る前よりもぐっと地平に近くなっており、もうそろそろ夕日が見れそうな時間だ。

 歩くのもおぼつかないニーナを支えながら、俺は町のメインストリートの方へ向かった。

 

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