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奴隷商

奴隷商で仲間探しパートです。

 「ここが奴隷商か」


 俺は目の前に建っているひときわ大きな建物を見上げて、そう言った。


 「ああ、そうだよ。この町唯一の公認奴隷商さ」


 返事をしたのは俺をここまで案内してくれたルークだ。赤毛で金目の青年で、腰に剣をさしており、剣士だと分かりやすい装備をしている。初めに聞いた道を進んでいたら不意に道が分からなくなって、困っていたところを話しかけてくれたのがルークというわけだ。ルークは竜族と人族のハーフらしく、体のところどころについているという竜鱗を見せてくれた。冒険者をやっているらしく、道なりに武勇伝を聞かせてくれた。


 「ありがとう。助かったよ」


 俺がお礼を言うと、恥ずかしそうに頭をかきながら、


 「いや、仲間がけがをして外に行けなかったから暇だったんだよ」

 「いつかお礼におごるよ。……じゃあ俺は行くから」


 手を振ってルークと別れようとしたとき、ルークが口を開いた。


 「ちゃんと考えて奴隷を買えよ。世話するのはお前なんだからな」


 真剣な面持ちのルークに、


 「分かってるよ。心配しないでくれ」


 俺は手を振ると奴隷商の中に入っていった。

 奴隷商の中に入ってふと思う。先ほど見せたルークの顔は『真剣な』というよりは『沈痛な』と形容した方が適当だったかもしれないと。



 「ようこそ。ガンツ奴隷商へ」


 奴隷商の扉をくぐると、白い絹のような服をまとった女性が挨拶してきた。


 「どうも」


 返答しつつも女性の首に首輪がついているのを確認した。やはり彼女も商品で、もし気に入った客がいれば、「さっきの受付の子」などと指名するのだろう。値段は分からないが容姿も整っていて、人気がありそうな女性ではあった。でも、俺の求めている奴隷とは違う。


 「奴隷を買いたいと思っているんですが」

 「購入希望の方ですね。では、こちらへどうぞ」


 言われるがままに奥の部屋へと通される。奥の部屋は机と椅子が置いてあり、取調室を連想させるような作りになっているが、奴隷商という名前から連想するような不潔感は感じず、むしろよく清掃されていて取調室よりも清潔な空間が保たれている。


 「いらっしゃい。今日はどんな奴隷をお求めで?」


 奥の部屋で座っていた中年の男が話しかけてくる。おそらくこの男が奴隷の販売者なのだろう。小太りではあるものの身なりは整っている。


 「紹介が遅れました。私はこの奴隷商の主を務めておりますガンツと申します。よろしくお願いします」

 「カズキです。よろしく」


 軽く会釈をして名乗りを上げる。『カズキ』という名前は自分の本名ではないという確信があるが、名乗るたびに何故かなつかしさを感じる。なつかしさの横に寄り添う切なさ。俺はこの切なさの正体を思い出せずにいる。


 「早速商談に入らせていただきたいと思います。奴隷をお求めということですが、条件はありますか?」

 「……そうだな。まず、奴隷というものについて教えてくれないか?」

 「ああ、奴隷は初めてですか。了解です」


 そういうとガンツは1枚の紙をこちらに差し出してくる。


 「詳細はここに書いてありますが、一応口頭でも説明させていただきます」


 文字の読めない俺は、紙を手に取ると、目を走らせて読むふりをしながらガンツの話に耳を傾ける。


 「奴隷は3種類に分類できます。借金の担保として徴収され奴隷になった借金奴隷、家族が貧困で自発的に自分を売った自発奴隷、犯罪の刑罰として奴隷になった犯罪奴隷の3種類ですね」


 ガンツは言葉を切って一瞬だけこちらに目を向ける。


 「犯罪奴隷は町とつながっている公認奴隷商でしか販売できませんが、この店はその公認奴隷商なので問題はありません」

 「その奴隷の分類は買う側にとって意味のあるものなのか?」


 俺はガンツに気になったことを質問する。借金でも自発でも犯罪でも結局は奴隷へのなり方の問題であって、買った後では何の関係もない。それなのにわざわざ分類したのは何か理由があるからだろう。


 「ええ、あります。借金奴隷や自発奴隷と違い、犯罪奴隷には命令への絶対服従権があります。つまり、犯罪奴隷はどんな命令にも従わないといけないということです」

 「逆に借金奴隷と自発奴隷は命令を断れるのか?」


 それだったら奴隷を買う意味がないはずだ。断れるということは、自由に生きれるということなのだから。


 「いいえ。借金奴隷と自発奴隷も命令には服従しないといけません。しかし、生命を脅かすものなど一部の命令は断ることができるのです。逆に犯罪奴隷は刑罰の一環なので、どんな命令にも従わなければならないということです」


 例えば、借金奴隷と自発奴隷に「死ね」と言っても断られるが、犯罪奴隷には断る権利がないため、「死ね」と言われたら死ななければならないということか。


 「なるほど。理解した」


 ガンツは満足そうに頷き、


 「また、自発奴隷は生命を脅かす命令に加えて、性的な命令も拒否することができます。……奴隷の違いといえばこれだけですね」


 つまり、ここまでの話を聞く限り、俺が求める奴隷は、


 「では犯罪奴隷を見せてくれ」


 ――犯罪奴隷に決まっている。



 なぜ犯罪奴隷を選んだかと言えば、もちろん俺の目的のためだ。俺に従属する奴隷には魔族と戦ってもらう必要があるのだ。「魔族と戦え」という命令が生命を脅かす命令にならないとは到底思えない。それに俺の命を預かってもらうんだ。奴隷は強くなければならない。借金奴隷や自発奴隷に腕に自信があるものが何人いるだろう。おそらく犯罪奴隷の方が格段に強いはずだ。……性格はともかく。



 「こちらです」


 ガンツに連れられて階段を下りる。どうやら地下に部屋があるらしい。


 「上とは打って変わって雰囲気が悪くなったな」


 地下はひんやりとしていて、薄暗く、湿気のにおいが充満していた。日本でぬくぬくと暮らしていた俺には耐えられない環境だろう。


 「これも犯罪奴隷の刑罰のうちですから」


 ガンツの返答に適当に相槌を打ちながら階段を下りる。



 階段を下りた先には鉄格子が待っていた。鉄格子は奴隷たちを地上に出さないためのものだろう。ガンツが懐から鍵を取り出して、慣れた手つきで解錠する。


 「犯罪奴隷と聞きましたが、他に条件はございますか?」

 「そうだな……俺と同じくらいの年齢で腕の立つ奴がいい」


 同じくらいの年齢というのは気兼ねしないようにと思っての条件だった。これから買う奴隷とは一緒に戦うのだ。信頼関係を築いていくのに年齢の壁は感じたくなかった。


 「それならこちらです。どうぞ」


 ガンツが先に歩き出す。地下は長い廊下の左右を牢に囲まれている形態で、落ち着かなさを感じたがそれをガンツに悟られまいと強がって歩く。

 どうやら奴隷を年齢ごとに牢に入れているらしく、ガンツが示した牢の中には俺と同じくらいの年代がそろっていた。


 「牢の中からこちらは見えません。どうぞごゆっくりお選びください」


 ガンツはそう言うと俺が牢を見やすいように体をずらす。

 牢の中は吹き溜まりのようだった。10人ほどが7畳ほどの空間におり、ぼそぼそとした会話が1組聞こえるくらいで、あとは膝を抱えるようにうずくまるもの、壁を背にして寝ているものがほとんどだった。


 「1人ずつ何の犯罪を犯したかも含めて解説してくれないか」


 ガンツにそう頼むと、待ってましたとばかりに奴隷の説明を始めた。



 「以上ですが、気に入った奴隷はありますでしょうか?」

 「いや、微妙だな」


 放火、強姦、詐欺その他。種族や性別は様々だが、人間的に好きになれない連中だ。それが犯罪奴隷なのかもしれないが、俺にはどうしても合わなかった。


 「他に同年代の犯罪奴隷はいないのか」

 「いませ……」


 いません、と口にしようとしたガンツが思い出したかのように止まる。


 「そういえば1人いましたが……」

 「どうした?」


 妙に口ごもるガンツに思わず質問する。


 「いえ、あまりお勧めできないものでして」


 一度言葉を区切るとガンツは続ける。


 「実はその奴隷、種族が血鬼なんですよ」


 もちろん俺には血鬼が何を意味するのか全く分からなかった。

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