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現状確認

主人公の能力公開です。

 正直に言って、俺は少し浮かれていたのかもしれない。暗闇の中で自分の死を確信した瞬間に出てきた少女。容姿端麗なその少女の口車にまんまと乗せられて異世界で魔族を倒すなどというわけのわからない要求を呑んだのは、普段の俺から考えるとあり得ないことだった。

 孤独な暗闇の中、俺はある言葉を思い出すべきだったのかもしれない。


 ――悪魔は人を騙すために決して醜い容姿をせず、騙す前の人に対してはひどく優しいということを。


 提案を受けた瞬間に見せた少女の表情。それは罠にかかった獲物を見て、優越感に浸るような、口元をゆがめた醜い笑みだった。


 「了承してくれてありがとう。じゃあ早速異世界に送るね」


 嫌な予感がした俺は急いで口を挟む。


 「待ってくれ。もらえる能力とか、異世界の情報とか色々教えてくれよ」


 俺は異世界について全くの無知。通貨の単位や使われている言語、もっと言えば人間と魔族の関係についてもよく知らないのだ。そんな状態で異世界に送り出されても、文字通り右も左も分からずに立ち往生してしまう。

 しかし、俺の訴えも少女には届かなかったようで、少女は手のひらをこちらにかざしてきた。すると、俺の足元に暗闇の中でも分かるほど黒々とした穴が口を開いた。


 「まあ、そこらへんは」

 ――行き当たりばったりで。


 暗闇から更なる闇に飲まれる短い間に少女が口にしたのは、そんな無責任な言葉だった。


 「ふざけるなよ」


 俺のこの声が少女に届いたかは、知る由もないことだった。


 

 緑色が近づいてくる。はじめは小さく朧だったその色も、だんだんと大きく、くっきりとしていった。そして、気づいたとき俺は草原に仰向けに寝そべっていた。真上にある太陽が今が昼であることを告げ、頬をなでる風が春の陽気を運んでくる。


 「ふざけるなよ」


 もういない少女に対して呪詛を吐きつつ、俺はゆっくりと立ち上がる。

 俺が今いるのは起伏の少ない草原だ。そのおかげで見通しがよく、かなり遠くまで見ることができる。


 「太陽が南だとすると、こっちが北か」


 そう言ってあたりを見回す。

 俺から見て北には5mほどの高さの城壁で囲まれた町らしきものが見える。逆に南には大きな森が見え、東西には草原が見える範囲でずっと続いている。特に戦闘力もない俺は無理に森に入らずとりあえず町を目指すべきだろう。そもそも森に入る理由もないしな。


 「それで持ち物は、っと」


 足元には茶色の地味なかばんが落ちている。地球での俺の私物じゃないから、あの少女が用意したものだろう。

 俺は中身を期待しながら、かばんを開く。ジッパーなどではなく紐で縛っているだけなので、もしかするとこの異世界の文明レベルはそれほど高くはないのかもしれない。

 そんなことを考えていた俺は、かばんの中にぎっしりと小さい円盤状の何かが入っているのを見つけた。


 「なんだこれ?」


 一つとってみてみる。どうやら通貨の類らしく、人の横顔が描かれている。色は金で5枚ほど同時に持つと少しの重さを感じる。もしかしてこれは、いわゆる金貨ではないのだろうかと予想する。


 「なんでこんなに大量に……」


 そうつぶやいた俺だが、この大量の金貨の理由に心当たりがあった。

 ――賠償金

 俺の事故が自動車事故で死亡事故だったら当然払われているだろう金だ。それをあの少女が何らかの方法で奪い取ってこの世界の通貨に変換してくれたのかもしれない。もしくは単に少女が先立つものとして用意してくれたものか。ありがたいと言えばありがたいが……。


 「かばんに入っているのは金貨だけか」


 服のポケットをあさり、他に持ち物がないことを確認する。あの少女は本当に金しか用意してくれなかったようだ。これで今日中には町に入らないと飯も食べられないことが決定した。


 「あとは能力だけか」


 確認項目の最後の一つ。与えられた能力について意識を向ける。


 「そもそも能力ってどう確認したらいいんだろう」


 そう思っていると、俺の頭の中に言葉が浮かんできた。



 ①不死の能力

 あなたは他人に自分の命を預けることができます。

 その場合、あなたは命を預けた人が死ぬまで決して死ぬことはありません。

 あなたは命を預けている間、「死んだ」瞬間に全ての傷が回復します。

 また、不死の副作用として、超回復の能力が与えられます。


 ②命の剣 ーイノチノツルギー

 あなたは他人に預けた命を任意のタイミングで自分に戻すことができます。

 あなた自身が自らの命を保有しているとき、あなたは「命の剣」を使用することができます。

 「命の剣」を使うと副作用として一定時間、他人に命を預けることができなくなります。



 「なるほど……使いづらそうな能力だ」


 自分の保有する能力を確認した俺はそうつぶやいた。どうせなら、火魔法なり剣士スキルなり、もっとわかりやすくて使いやすい能力の方がよかったと思わざるを得ない。


 「使ってみないと分からないか」


 百聞は一見に如かずとは少し違うが、やってみないと何も考えが進まない。

 とりあえず今できることは『命の剣』を発動させることくらいだろう。

 そう思った俺は周りを見回し、あたりに人がいないことを確認すると、何となく右手を前に突き出して能力の発動を唱える。


 「『命の剣』」


 頬を撫でていたそよ風がその勢いを増した。俺を台風の目にするかのように周りを風が取り囲む。どこからともなく出現した水色の雷が右手に集まり、だんだんと剣の形に収束していく。右手に顕現した剣の長さは2mほどで、つかも何もないエネルギーの塊のようなフォルムだ。


 「これが命の剣か……」


 右手から伸びた剣からはその名に恥じない力を感じる。命の灯を燃やすかのように荒々しくほとばしる剣は振り下ろす先を求めてその勢いを増す。


 「試し切りはあとだな」


 目の届く範囲に城壁が見えたのを思い出した俺は、剣を振り下ろしたい気持ちをぐっとこらえて、命の剣を解除する。これで下手に振り下ろして草原にクレーターでも作ってしまったら城壁の警備兵が飛んできてしまうと予想したのだ。


 「じゃあそろそろ町の中に入るか」


 南中していた太陽は俺が来た時よりも若干傾き、春の陽気も幾分か温かさを増していた。いつの間にか時間がたっていたようだ。今日の寝る場所も決まっていない俺からしたら、日中に動けるだけ動かないといけない。


 「これから忙しくなるぞ」


 そう言うと俺は城壁に向かって走り始める。



 俺は知らず知らずのうちに異世界という環境に浮かれていたのだろう。それとも金貨らしきものを見つけて安心したせいなのか、余りにも行動が楽観的だった。そして俺はこの30分後、自分の行動の愚かさに苦しむ羽目になったのだった。

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