オンボロ電車と白猫
電車は減速し、家の最寄である無人駅にたどり着いた。やっぱりオンボロ電車だ。都会の電車の様に滑り込むような到着はしない。止まるのに必死で、横揺れも音も凄まじい。僕はホームに降り立つと、重い左腕を上げ、何とか腕時計の文字盤に焦点を結んだ。短針は十二の数字よりも少し右に傾いている。オンボロ電車はまだホームに止まっている。僕はすっかり酔ってしまっていて、既に十二時を過ぎたのだと理解するのに数秒かかった。駅から実家までは徒歩十分ほどだが、まだ冷たい夜風にあたっていたかった。僕はさびれたホームの腰掛にでーんと座り、数時間前のことを夢想した。我ながらの大号泣だった。スプリンクラーのごとく涙をまき散らし、しつこいセールスマンのごとく己の運命を嘆いた。もはや獣だ。他のお客さんがこちらをちらほら見るのもお構いなしだった。初めて失恋した僕は酒の魔力によってすでに涙を制御できなくなっていたのだ。今思えば友達を誘えばよかった。公共の場であんな失態を犯すのは初めてであり、自分でもあんなになるなんて思ってもみなかった。しかし、それだけの代償を払って流した涙の効果も薄く、また鼻の奥がツーンとしてくる。忘れるのは難しそうだ。オンボロ電車はまだホームに止まっている。見ているだけでガタンゴトンという音が聞こえてきそうなその車体。その暗い朱色の車体の前に一匹の猫がいた。その猫はまだ誰も足を踏み入れていない雪のように真っ白で、何にも縛られず自由を主張するかのようにそこにいた。僕はその白猫に見入った。しばらくすると猫は何か思い出したかのようにホームからてくてくと去って行く。気づいたらうるさい音をたてて発車するはずのオンボロもいなくなっている。ホームに取り残された僕はとりあえず家に帰ることにした。




