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5話『賑やかな日』

 結局、彰はあの後も早瀬さんに話掛けることができないまま、現在に至る。

 ちなみにこの白を基調とした場所は何を隠そう、学校の少年少女たちだけではなく、なんと教員たちも人間の三大欲求の一つに素直に従うために学校に設置された素晴らしき施設、通称——食堂である!


 そして私と彰の2人は、己の欲求を満たすために食堂の人気ナンバーワンのカツ丼を食べている最中だ。



 さすがは数あるメニューの中でも人気ナンバーワンの品。何回食べても飽きないおいしさだ。



 具体的に言うと——まず我々に迫り来るは、丼に盛られたご飯を隠すように乗せられた切り分け済みのカツ。更にカツを優しく包み込むように存在感を余すことなく感じさせる、揺らせばふるふると揺れるスクランブルエッグのようなもの。

 次に襲い来るは、食欲が無くともそそられる香ばしいその香り。


 それだけで満足してしまいそうな香りで鼻孔を満たし、箸で軽い力でも切れてしまいそうなカツをまず口に入れ、次にご飯を迎えようものなら……二度と他のカツ丼は食べれなくなる。


 と、彰が珍しく頭を使えて説明させるくらいのおいしさなのだ。

 当の本人は、いつもなら荒々しく口に駆け込むくせに、思わず「女子かっ」とツッコんでしまいそうなほどちみちみ食べている。しかも背中を丸めて……拾われてきた猫かっての。


「それにしても、落ち込み過ぎだろ。今日で今生の別れじゃないんだから、いい加減にシャキッとしろよ」


 いや、姿勢だけ正しくしてもな。そのシャキッとじゃなんだが……。


 こりゃあ相当だな。

 まったく、手が焼ける金髪ダチだ。


「——ここ、空いてる?」

「ああ、全然空いてるよ」


 そんな時、背中に声を掛けられた。

 声から誰か判断できたので、首だけ振り向いて快く申し出を受け入れる。


 その子は「ありがとう」と感謝を言うと、私の隣に座った。


 あれ、そんな近くに座るの?


 なぜなら、食堂の机はお約束通り長く多人数が座れるのだが、私の正面にいる金髪の近くに座ろうとする無謀な挑戦者はいない。なのでわざわざ私の隣でなくともいいはずなのだ。


 女子の考えることはわからんな。


 音に反応して下を向いたままの彰の「ゆっくりしていきな」に「ここは貴様の家か」とツッコむと、隣からクスリと小さな笑い声が聞こえた。


「あ、ごめんなさい。なんだか2人とも面白くて、つい、ね」


 この段階でようやく誰が自分の前に座ったのか彰は気づいたらしく、バッと音を出す勢いで顔を上げた。


 そして、早瀬さんの顔を見て一言。


「——めっっっっっつぃや、びずぃんやん!」

「なんて言った!?」


 予想はつくが、唐突なわけのわからん訛りに反応してしまった。

 せっかく私がお話の機会を準備したと言うのに、早瀬さんも呆気に取られているじゃないか。


 それから昼休みが終わるまで、3人で楽しく話して早瀬さんの転校初日はあっという間に時間が過ぎていったのだった。




 ◇◇◇




 放課後。

 早瀬と話せたことがよっぽど嬉しかっただろう、満足だと言わんばかりに笑顔で「今日は先に帰るわ」と足早に教室から出ていった。


 私は残念ながら本日日直だったので、教室に一人残り日誌の書き込みをさっさと終わらせ、最後に戸締りの確認をしようかと立ち上がったその時。


「まだ残ってたんだ、斎藤君」

「日直だかんね。私に居残りの趣味は無いさ。……で、この私に何かご用かな?」


 教室の扉の前に立っていた早瀬に冗談を言ってみる。


 なんで他のクラスメイトといないのかは、恐らく転校初日で先生との話や多々諸々があるから“今日は”先に帰ってもらった、ってとこだろう。


「その……お礼を言いたくて、ね」

「感謝されるようなことをした覚えは無いんだけど」


 思い当たる節はあったが、ちょっとした悪戯心で鎌をかけてみた。


 今の私はいじわるな顔をしてるんだろうなぁ。


「あなたにとってはそうかもしれないけど、あたしが休み時間の度に質問攻めにあって、戸惑っている時に食堂に誘ってくれて助かったの。良い息抜きになったから、ありがとう。それと——」

「こんな所で油売ってる場合じゃないと思うぞー」

「え?」


 私の言葉の意味がわからずに首を傾げる早瀬。


 逆にわかったら凄すぎるよ、天才だよ。


 あ、ちなみに昼休みの時に「“さん”はつけなくても大丈夫だよ」と言われてしまったので、お言葉に甘えて呼び捨てにクランクアップしたのである。


「倉持って、早瀬に似た活発系女子がいただろ。たぶん、下駄箱で待ちぼうけしてると思うから、早めに行ってやりな」


 倉持くらもち はるか。我がクラスメイトの1人で、髪は片側だけのおさげの、早瀬に似て活発系女子。顔立ちは高校生にしては少し幼いが、それが逆に彼女の好感度を上げている。と、彰が言ってたな。


「先に帰って大丈夫だからって言ったはずなのに……ほ、ほんとに?」


 予想もしていなかったようなことを言われ、困惑を露わにする早瀬。


 ま、この反応は至極当然だ。だが、我がクラスメイト倉持のために、ここは情けを捨てようではないか。と、一人で納得して頷く。

 ほんとは倉持には借りがあるから、それへのお返しだった。あいつは変なところで遠慮するからな。今日も同じ活発系の早瀬と話すみんなを一歩引いて見ていたし。


 真面目な奴だから、イレギュラーでも無ければほぼ確実に待ってるよ。


「考える前に即行動っ!」

「わ、わかった。ありがとね、斎藤君」


 しっかりバイバイと手を振り、私の気迫に押されて下駄箱へ急いでいった。


 その背中を見送り、再び一人教室に残された生徒。つまり、斎藤悠馬、この私である。


「なんて、言ってる場合じゃないな。私も帰るとしよう」


 最後に思いきり伸びをしてから、私もみんなのように帰路に着いた。

 職員室に日誌と教室の鍵を返してからだけど。


「賑やかな1日だった。いや、これからなのかな」


 背中を見るだけで伝わってくるほど嬉しそうな倉持と、笑顔でそんな彼女を見る早瀬。


 そんな心になんだか安らぎを与える光景を見ながら、誰に言うわけでもなく小さく呟いた。

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