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1話『何の変哲もない』

 まだ涼しさ残る季節。

 高校三年の始業式は終わり、春休み前と同じいつも通りの授業に戻っていた。


 学校の教室で、黒板の前では教師が教科書を片手に説明をしている。科目は国語、詳しく言えば現代文だろう。


 眠くなる科目の上位とされる授業を前に、生徒たちはそれぞれの方法で立ち向かっていた。いや、対応していたと言うべきだろう。


 もちろん、中には戦線離脱して机と仲良くしている者もいる。


 そんな中、窓際に座っている男子生徒の一人が、座席の位置を利用して外の景色に目を向けていた。


「何か楽しいことはないかなぁー」


 誰かに言ったわけではない。文字通りの一人言だ。


 彼は、ある一件によって、この学校なら知らない人はいないほどの有名人だ。

 彼が悪いわけではなく、むしろ逆の良い行いと言えよう。


 だが、これは彼の本意では無い。

 楽しい日常を求めてはいるが、何も正義の味方になろうなどとは微塵(みじん)も考えていなかった……らしい。

 成り行きとは言え、他人を救ったのだから有名人になるのは必然なのだろう。


 それが原因で、変な言いがかりをつけられることもあったのだが……、


「悠真、外なんか見つめてどうしたよ。もしかして、ものすげぇ美人がいんのか?」


 こそこそと話しかけてきた右隣の席に座る、こちらも男子生徒。しかし髪の毛は清々しいほどの金髪。この素晴らしい髪色をしているのは学校では一人だけだ。


 彼、もとい悠真(ゆうま)の親友、白石(しらいし) (あきら)。変なやつに絡まれた時は、学校一のヤンキーの白石が相手をしてくれる。


「いや……残念だけどそんな人はいないよ。そもそも」


 悠真が返すと明らかに残念そうにため息をついた。

 例の一件と白石は関係している。と言うより、ことの発端(ほったん)は彼である。


 いざこざから悠真が救ったのだ。それに対して、義理堅い彰は「これからお前はオレのダチだかんな」と、唐突な友だち宣言をされた悠真は難なく受け入れた。


 今では授業中にも関わらず、話しかけてくるようになっている。と言っても“ダチ宣言”の翌日から変わらないが。




 ◇◇◇




 数日後。悠真は呆れた表情で、真っ白なベッドに横たわる友だちを見ていた。


「何か起きないか、とは思ったが……」


 まさか、こんなことには……と悠真は手で自分の顔を覆った。


「俺だってこうなる予定じゃなかったんだよ!」


 頭に包帯を巻いて説得力の無い反論する友だち。他でもない、彰だ。

 どうやら車と喧嘩して怪我をしたらしく、学校で担任からその知らせを聞いた。「見舞いに行ってくれないか?」と。学校で一番のヤンキーのだ。


 悠真は察した。面倒事を押し付けられているのだと。この学校で唯一彰と対等の立場に立てるのが彼しかいない。

 妥当と言えば妥当だ。


 だからこそ、悠真も妥当な判断で了承した。


「話は聞いたが、相変わらず頭を使わんな。……いや、ある意味使ったのか?」

「うるせぇよ。勝ったんだから良いじゃねえか」


 病院送りになっても果たして勝ったと言えるのか、と悠真は思ったが口には出さないことにした。

 まぁ、怪我と言っても擦り傷程度だ。「珍しいな」と話を聞くと、どうやら相手が刃物を持ち出したらしい。

 なら仕方ないかと思った。


 俺が“珍しい”と言ったのはお世辞でも弄りではない、紛れもない本心だ。

 10人以上、20人未満と一人で喧嘩した(やりあってた)にも関わらずほとんど傷が無かったらしい。それこそ今回の傷程度と言うのがわかりやすい。


 だから大抵こいつは無傷で帰ってくる。

 俺は純粋に驚いていたんだ。そして知りたかった、何があったのかを。


 ちなみに包帯は、こいつ曰く、無駄に心配性なおばちゃんに巻かれたらしい。女には絶対に手を上げない、そんな自分の決め事(ルール)のせいで散々な目にあったとぼやいた。


「じゃあ、アホ。俺はそろそろ帰るな」

「ああ、来てくれてありがとな……って、おい、誰がアホだ!」


 いや、そう言うところだよ、と言わんばかりの表情を目の前のアホに向ける。

 また騒いでいるようだが、考え事をしていたせいで聞いていなかった。


 お互いにこんな冗談を言える奴はあまりいないからこそ、本気で怒ることはない。それをわかっているのだ。


「まぁ良いだろう」


 さっきまで騒いでいたのに急に胸を張りながらドヤ顔で悠真を見つめた。

 対して彼が抱いた感情は至極単純でわかりやすかった。


「なんだよ、気持ち悪い」

「てめぇ、良い度胸してるじゃねぇか――」

「なんか良いことでもあったのか」

「ん、あ、そう、そうなんだよぉー」


 簡単に流されて、なおかつ謎にデレる辺りが彼にとって“アホ”に値するところなのだろう。

 でも楽しいと思っているのも事実である。


 もともと、あまり周りに関心が無く距離を置いていたのが大きい。別段人付き合いが苦手とか嫌いな訳ではない。


 ただ、なんとなく、「別にいいや」と思っていたからだ。だからこそつまらないと感じていたのかもしれないと、今では思う。

 そんな自分の殻から出るのを手伝ってくれたのは他でもない、目の前にいる大切な“ダチ(アホ)”だ。感謝してもしきれない。


「一人身のお前にはわかんないよなー」


 だが、この台詞に拳を握りしめたのは言うまでもない。同時に何故急に気持ち悪くなったのかもわかった。


「例の女子か」


 ため息をつきながら呟いた。

 以前、悠真と彰が友人となるきっかけになった騒動に巻き込まれていた女子高生のことである。


 おかげで彰は告白され、今では彼氏彼女の関係らしい。

 ことあるごとに彰は自慢するので、悠真はほとんど聞き流すことにしている。彼曰く、時間の有効活用とのこと。


「名前はたしか……」

早島(はやしま) 恵美(めぐみ)つぃゃんだ」


 変な言い方に驚愕の表情で二度見してしまった。

 さすがに自分でも気づいたらしく、似合わないのに軽く咳払いする。


「それはさておきだ」

「何がさておきだ?」

「まぁ聞けって……。悠真は彼女の一人や二人いねぇのか?」


 二人いたら駄目だろ、と心の中でツッコミをいれつつ、彰なりに心配してくれていると思った。

 騒動以降、前に比べれば人と話すようになっていた。と言っても、ほとんどが彰への伝言なのだが……。


 でも誰かと関わる回数が増えたのは本当だ。


「お前もなんだかんだ言って、最近モテ始めてんだぞ、気づいてなかったのか?」

「悪い、そういう話は専門外でな」

「嘘つけぇ。学年一博識だろうが。まぁわかってるよ。お前は女の子ってのじゃねぇ、人間って生き物の女性に“興味”があるってな」

「いやいや、俺とて少しは欲があるんだぞ?」


 少々反論したが全然信じる気は無いようだ。ものの見事に全くだから質が悪い。挙げ句に「彼女の一人でも連れてきたら信じてやるよ」とまで笑いやがった。

 好き勝手言ってくれるぜ。


「そんな物好きがいるのかねぇ?」

「お前は変な奴だけど、良い奴だから大丈夫だろ。ちゃんと見る目がある奴なら逃がしはしない代物だぜ、悠真はよ」

「言っておくが、俺は野郎にその気は無いぜ?」

「わぁってるよっ。ってか、オレも女の子にしか興味ねぇし!」


 聞いているこっちまでも恥ずかしくなることを平気で言ってのける。言った本人はそんなもの微塵も感じていないだろうが。

 素直と言うか、直球と言うか、私には無い部分だ。


「オレは思うんだがよ。お前はまだ会ってねぇだけだろ。運命の相手ってのによ」

「さぁな。そんなもの、神のみぞ知るってやつだろうよ」


 恋愛だのなんだのに興味が全く無い訳じゃない。そういった感情自体には興味がある。

 しかし、俺自身がときめきや一目惚れなどと無縁な人生だったから仕方ないだろう。


 その後も二人でいつもの他愛ない会話をした。結局病室を出たのは、帰る宣言から30分以上経ってからだった。

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