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出会いは突然に

 文久三年、京。

 ペリー来航以来、そこは動乱の渦中となっていた。不逞の浪士達が溢れ、様々な思想が交錯し、毎夜血が流れる動乱の地。雅やかな情景の裏では、血で血を洗う世界が広がっている。

 そして、京を騒がせているものは人だけではない……。

 女は幾ばくの猶予もない、と自らの爪を噛んだ。







 男はイラついた態度を全面に出し、ひとけのないあぜ道を足早に歩いていた。

 江戸より上洛してわずか、一つの組織を認めさせ、その組織の副長となったにも関わらず、男――名は土方歳三という――の気分は最高潮に悪かった。

 それはつい先ほど、上役から仰せつかった任務の内容に原因がある。


『貴殿らには、巷を騒がせている《影魔》をどうにかしてもらいたい』


 思い出してさらにイラついて歳三は、石ころを蹴り飛ばす。

「なにが影魔だ。いるかどうかも分からん噂話を俺たちに押し付けやがって……」

「俺達はそんなことの為に、ここまで来たわけじゃあねぇ!」

 しかし、上役からの任務は絶対だ。これを反故にすれば、今までの努力も水の泡である。歳三は一つ深呼吸をして、冷静になるよう努めたがなかなか収まるものでもなかった。

 《影魔》。それは京を騒がせている噂の一つであった。それはいう人によれば、異形の姿をした化け物であったり、人に憑りつく妖異であったりした。

 合理主義で幽霊やらあやかしやらを信じない歳三にとって、この任務は当然納得のいくものではない。

「ちっ」

 舌打ちをして、気持ちを落ち着かせる。一人ごねていても仕方ない、馬鹿馬鹿しいがこれを足がかりにのし上がってやればよいだけだ、と自身に言い聞かせ、歳三は気持ちを無理やり納得させた。


 歳三らの組織の屯所となっている八木家が近づいてきた頃、一人の行商人が向かい側から走ってくるのが見え、歳三の足が止まる。ただ事ではない気配が漂ってくる。

「お、お侍さま!た、たすけてくださいまし!」

 足を止めた歳三に、行商人がすがる。「お侍さま、か」と百姓の出である歳三は自嘲の笑みを浮かべた。

 すると向かい側から二人の浪人が走って来ていた。行商人の追手であろう。

「マ、マ、マ……マガ、タマ」

「よよよ、よこせぇぇ、よこせぇぇ」

 追手の様子は尋常ではなかった。薬物中毒者のような様相で、刀をふらつかせながら同じ言葉を繰り返している。さすがの歳三にも冷汗が流れる。しかし、彼らの視線は行商人の背負っている木箱に注がれていた。

「こ、これは売り物じゃあありません!どうかお引き取りを」

「マガマガ、ママ、マガタマ」

「よこせ……ま、がた、ま」

「ひ、ひぃ~」

 明らかに異様な光景であったが、行商人の方も譲るわけにはいかないようであった。

 歳三がこれでは埒が明かないと、刀に手を掛けたとき、それより早く追手の一人が行商人の背に一瞬で回り込み、木箱を切り落とした。中身ごと一刀両断である。

 そしてなにより、歳三にはその一連の動作を目視することができなかった。

(こいつ、人間の動きじゃねぇ……!!)

 刀を引き抜いて、つぎの動きをなんとか防ぐ。行商人をみすみす見殺しにするわけにはいかない。

 しかし背に守る行商人から悲痛な叫びが上があった。

「ああああああああ!! すい様!!」

 後方を見れば、追手のもう一人が翡翠色の勾玉を破壊していた。それは行商人の命よりも重く貴重なものだったらしく、叫びきった行商人の顔から生気が失われていた。しかし、スイサマとは……。

 砕かれた勾玉は翡翠色の光に満ちその場を照らす。歳三と対峙していた追手も怯んだ為、歳三は間合いを取り様子をうかがう。


「このときをどれだけ待ち望んだことか」


 翡翠色の光の中から凛とした女の声が発せられる。みるみるうちに、光は形を成し巫女装束に身を包んだ長髪の女へと変貌した。

 土方は先ほどからの出来事にもう辟易していた。頭のおかしい追手、勾玉、そしてこのあり得ない女。信じたくはないが、確かに存在しているのだ。そう確実に自身の目の前に小奇麗な女が近づいてくるのも事実なのだ。

「さて、新たな依代はこれにしようか」

 そういって女は歳三の刀――和泉守兼定――にそっと口づけをした。抵抗することさえ忘れて、歳三はその神秘的な光景をみているしかなかった。

 現実に戻してくれたのは、聞きなれた肉を骨を断つ音。

「なにやってんですかあ? 土方さん」

 声の方を向けば、一人の優男が追手の一人を仕留め、何事もなかったように微笑んでいた。

「お、沖田……」

「どうしたんです? 顔が茄子のように真っ青ですよ?」

「うるせぇ」

 気づけばもう一人の追手は逃げ、この場にいるのは歳三と行商人、沖田と翠と名乗る不可思議な女だけであった。女は彼らの会話を聞き流し、歳三に詰め寄る。


「さて、わたくしは安倍家が式神、すいである。あるじよ、そなたの名はなんと申すのだ」


 土方歳三、波乱の幕開けの言葉であった。






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