神様と彩芽
食べ物を探しに台所へ行く。缶詰めがあった。全部で六個。焼き鳥にサバ、角煮...。お腹いっぱいにはならないけど無いよりはマシ。喉が渇いて水道をひねるが水はでない。冷蔵庫にも何もない。
私はここで死ぬのかな。
そんな不安が少女を包み込んだ。
(いい?彩芽、お父さんはもういないのよ。これからお母さんと二人で暮らすの)
どうして?私は何か悪いことした?お父さん私を嫌いになった?
わからない。
わからない。
わからない。
わかりたくない。
ふと電話が鳴る。受話器は取らない。そう約束したから。しばらくすると留守電に切り替わる。
[もしもし、彩芽ちゃん?お婆ちゃんだけど覚えてる?お母さんいるかな?連絡つかなくて...ううん、ごめんね。お婆ちゃんも探してみるね。彩芽ちゃん、何かあったらお婆ちゃん行くからね、連絡頂戴ね]
約束したから。誰にも会わない、電話も出ない、郵便も受け取らない。約束したから。
あれからまた数日が過ぎた。もしかしたら数週間かも。今が何日なのかさえわからない。体に力が入らず床に伏していたから。
どうやってここまで生きてきたんだっけ?冷凍庫についた霜を食べて、缶詰めが無くなっていって花瓶の花を食べようとしたんだっけ。
どうやってここまで生きてきたんだっけ?
「彩芽ちゃん、先生よ!いる?ねぇ!返事をして!」
先生がドアを叩いている。声は聞こえる。でも彩芽は声が出せない。声の出し方がわからない。指一本動かない。目蓋さえ動かない。
「お前に、あの子を救う資格はない」
「...どなたですか?」
先生の声が低くなる。もう一人は笑っているようでもあり怒ってるようでもあった。
「もう一度言う。お前に、あの子を救う資格はない。さっさと帰れ」
大きな音がしてドアが倒れた。男が中に入ってくる。力が入らない彩芽を抱き上げた男の顔は怖いほどに綺麗だった。黒いロングコートに真っ黒な髪の毛。深い緑色の瞳が私を見る。
「こんなになって。すまない。もっと早く来られたら...」
男が鞄からペットボトルを取り出し彩芽の口にそっとつけた。甘い水に少しだけ彩芽の喉が動いた。
彩芽はどうしてこうなったのだろうと考える。男に抱かれたままようやく動くようになったまぶたを閉じた。
「いい?彩芽、お父さんはもういないのよ。これからお母さんと二人で暮らすの」
そうだ。あれが全ての始まりだったんだ。お父さんとお母さんが別れたのが始まりだったんだ。
「彩芽。目が覚めたかい?無理はしなくていい。俺がお前の面倒を見る。心配しなくていい」
見たことない部屋。見たことない天井。見たことない綺麗な男の人。深い緑色の瞳は優しくてずっと見ていたかった。