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もののけだま  作者: 山澤幸花
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少年と犬神

寒さと暖かさが入り混じる季節、日が落ちだした桜の舞う道を少年が1人歩く。真新しい紺色のブレザーに緑色のネクタイ。汚れや傷一つない鞄。日に焼けた赤茶の髪が風に揺れている。桜道を通り抜けると様々な店があるアーケード街へたどり着く。アーケード街は十字路になっており中央にある広場から横道に入れる。その広場には小さな噴水があり、休憩所も兼ね備えていた。ふと少年の足が中央広場近くの一つの店の前で止まった。


ペットショップ.KPY


ガラスに顔を近づけて中を覗く。少年に気づいた生後間もない真っ白な犬がくるんと丸まった尻尾を振って少年を見つめていた。真っ黒な瞳と尖った耳。少年は片手をガラスにつけて犬を見る。


「やっぱり可愛いなぁ。おい、元気か?」


ガラス越しに話しかける少年に近づこうと、犬は目一杯ケージに体を擦り付ける。ケージを舐めたり前脚で叩いたり。犬は少年にアピールし甘えようとするがケージとガラスがそれを阻む。ガラス越しにワンワンと声がした。


「ごめんな。俺1人じゃお前をかえないんだよ……じゃあな!またくるから」


犬が寂しそうな顔をして、ちらちらと少年を見ながら離れ丸くなる。少年はため息を一つつくとその場を離れる。その様子を見ていた店員は悲しそうな顔をしていた。そして少年が立ち去ったあと白い犬のケージと通り側のガラスに張り紙を貼った。



【里親が見つかりました】



住宅街の中にある庭とガレージがある普通の一軒家。表札には立上(たつがみ)の文字。少年は胸ポケットに入れていたキーケースから鍵を取り出し玄関の鍵を開けた。玄関横にある郵便受けを確認し手紙を集め中へ入る。


「ただいまー」


しかし返事はない。家の中へ上がりリビングのテーブルに郵便受けにあった手紙を置く。そのテーブルに少年宛ての手紙があり、それを拾って読む。


【入学おめでとう。光多も高校生だなんて時間が立つのは早いわね。帰りは早くなるからご馳走作るね。お風呂の用意をお願いします。母】


手紙に目を通してから二階の自室へ入る。


制服をハンガーにかけ、部屋着のパーカーに着替えた。両親は共働きで小学生の頃からずっと1人だった。用事がある時は全て手紙ですませていたし両親と話をすることも少なかった。


「張り切りすぎて変な料理にならなきゃいいけどねぇ。帰りが早いのも珍しいな。いつも遅いのに」


階段を下り浴室へ向かうとパシャンと水音がした。光多は不思議に思うが蛇口の締め忘れだろうと浴室のドアを開ける。浴槽を磨いてから蛇口を捻りお湯をためた。すると浴室から出るときに今度はバシャバシャと何かが泳ぐような音が。お湯をためてるからだと気にせずにリビングへ戻る。両親が帰ってくるまですることが無いため掃除を始める。




「母さんも大げさだよな。俺が高校生になったくらいでさ。よし、やるか」


何だかくすぐったいような不思議な感じがした。家具の埃をハンドモップで取り床を掃いてフローリング用の道具で磨き上げる。両親が共働きだったからか自然と家事は得意になった。綺麗になる部屋を見るのが好きだった。料理を作って美味しいと言われるのが嬉しかった。小学生のとき両親に言われた。


―自分から進んでするのも偉いけど子供らしくしていいんだよ?―


1人だと寂しかったから紛らわすために始めただけかもしれない。両親が何を思って言ったのかはわからない。光多はゴミ箱にハンドモップについた埃をいれてると車の音がした。父が帰ってきたのだ。

慌てて光多は道具を片づけてテレビを付けるとソファに座る。夕方のニュース番組。あまりやりすぎるとたまに両親が寂しそうな顔をする。なかなか難しいものだ。テレビからはいつものごとく暗いニュースが流れる。殺人事件。被害者遺族の嘆きの声を聞き流す程度で詳しい内容は頭には入らなかった。そしてリビングのドアが開く。


「ただいま光多」


「おかえりー」


「お土産だぞ」


「ん?何?」


テレビから目を離して父親を見るとトートバッグほどの大きさの籠を抱えていた。籠には青い布が敷かれていてそこに白い犬の姿がある。黒い瞳で光多を見つめワンと一声。


「犬飼いたかったんでしょ?お父さん残りの荷物お願いね」



父親の後ろから母が顔を出し、その言葉に父は籠を置いて再び外へ行く。母は犬用の荷物を床へ置いた。シートに餌入れ、ブラシや玩具がたくさんある。楽しそうに買い物する2人の様子が目に浮かんだ。光多は犬をただ眺めるだけだったが籠から体を乗り出そうと犬はもがいていた。


「ワン!!ワンワン!!」


ガラス越しにしか触れなかった犬が目の前にいる。丸まった尻尾を千切れんばかりに振り続け、光多に近づこうと籠の中でもがいている犬。光多は立ち上がって犬に近づく。籠の前にしゃがみ込んで犬を見る。


「いいの?飼っていいの?」


「入学祝いよ。この子は光多しか飼えないからね」


光多がそっと犬に手を伸ばすとペロリと舐められる。嬉しくなった光多は籠から犬を抱き上げた。その暖かさと柔らかさが夢じゃないことを伝えてくれる。そして顔を何度も舐められた。


「やったぁ!!ありがとう父さん母さん!!」


「その前にケージを組み立てないとな。ほら持ってきたぞ」


「私は荷物片づけてから食事作るね。組み立て頑張ってね」


「うん!」


犬をもう一度籠に戻してケージを父と組み立てる。完成後の大きさは半畳くらい。父親と何かをするのは久しぶりで光多は楽しくて仕方なかった。箱から取り出し組み立てる準備を始める。道具やパーツを床に広げる。


「光多、犬の名前も考えろよ」


「格好いい呼びやすい名前がいいな」


「そうか、呼びやすい名前か」


「うーん、リキは?」


「リキか、いいんじゃないか?覚えやすいしな」


名前は自然と出てきた。あーでもないこーでもないと2人で説明書とにらめっこを続けながらパーツを組み立てていく。ケージが出来上がったあと犬用のシートを何枚か敷き、その上にケージを立ててみる。籠の中から様子を見てたリキが籠から出ようと暴れだした。


「あ、おい、ダメだよ」


「ワンワン!」


籠から転げ落ちたリキをケージの中に入れる。鼻先で中を確認すると丸くなった。その様子に2人は笑う。


「2人ともご飯の準備出来たわよ」


皿をテーブルに並べ出す母親。チーズハンバーグにスープ。サラダもついている。親子三人での食事は久し振りなのか光多は楽しそうだ。高校生といえどまだ子供である。両親といられるのは嬉しかった。リキは楽しそうに食事をする三人をジッと見つめている。真っ黒な目で。




青い着物を着て大きな白い犬にまたがり山の中を走る。燃えるような長く真っ赤な髪。青年の首には色とりどりの珠を飾りとして何十、何百とつけていた。木々の中を軽くよけながら走る犬。邪魔する枝を刀で切り落とす青年。そして山を駆け下り首飾りを引きちぎって投げる。珠一つ一つから化け物が現れ彼は叫んだ。


『――――――!』



光多が目を覚ました時には汗だくだった。深夜二時半、外は真っ暗。なぜ汗だくなのかわからない。夢でも見ていたのだろうか?何も覚えていない。あまりの気持ち悪さに光多はタンスからタオルを探そうとベッドから降りると何かに躓いた。


「キャイン!!」


「あ、そっか…ごめんなリキ」


リキを二階に上げていたことも忘れていた。汗が次から次に吹き出す。風呂で汗を流した方が早いと思った。貧血でも起こしたように体がだるく力が入らない。


「どうしたんだ俺は…」


光多はフラフラと部屋を出る。吹き出る汗を拭いながら壁に手を突きゆっくり階段を降りる。そのあとを心配したのかリキがついてきた。


一段一段足を止めながら飛び降りるリキ。


「ワンワン!!」


「大丈夫だって…ありがとう。汗流すだけだから」


浴室の扉のノブに手をかけると不思議な歌が聞こえてきた。電気はついていないが誰かいるのだろうか。じっと聞き耳を立ててみる。


『カーパラッパールンパッパーカーパラッパーリーラッパールーラルーラルンパッパー』


不信に思いながら静かに扉を開けると何かの生き物らしき物体が洗面台に乗って頭を突っ込んでいた。洗面台には水がたまってるのかバシャバシャと音がする。その生き物の腰が左右に揺れている。どうやら踊っているようだ。光多は恐る恐る扉隣の壁にある電気のスイッチをつけた。一瞬で明るくなる。


そこには見たことはあるが見たことのない物体が。


「カパ!?」


「…河童…?」


2歳児くらいの大きさの河童はぴょこんと洗面台から飛び降りる。腰蓑をつけており光多を見てふにゃと笑う。


「カパー。はじめましてっパ」


「…河童がなんで家に…」


『私が話そう』


背後から低い声がして光多は振り向く。そこにはリキがいた。当然他には誰もいない。今の声はリキ?光多の思考が止まった。リキは構わずに光多に近づき座る。


『驚かせてすまない。私は犬神と呼ばれてる。光多に頼みたい事があるんだ』


「光多じゃなきゃできないっパ」


「ああ、俺まだ寝てるんだね」


『ガウッ!!』


「痛っ!」


足を噛まれてしゃがみ込む光多。その痛さに夢ではないと確信する。河童は咳払いをすると話し始めた。



「河童達は物怪やあやかし、妖怪とか呼ばれてるっパ。千年ほど前は河童達も人間と暮らしてたっパ。でも徐々に人間が増え、物怪は減ったっパ」


『人の眼にも物怪は映らなくなったのだ。物怪は認められるされることで存在する。しかし認められなくては存在するための力を失い消えていく』


河童は洗面台に飛び乗ると前転しながら落ちた。河童はビー玉くらいの小さな珠となり転がる。


『これは物怪珠。投げると物怪が現れるが珠のままだと物怪の力を借りられる。投げて見ろ』

光多は河童の物怪珠を拾い上げ試しに投げてみる。

すると珠が光り河童が姿を現した。くるんと宙返りすると河童は敬礼した。


「河童達の頼みは物怪集めをしてほしいっパ。沢山の物怪を集めて物怪を増やしてほしいっパ。物怪には神様もいるっパ」


河童のキラキラした目に光多は少したじろいだ。


「どうして?俺に?」


『…私には本来の力がないから誰かの力を借りるしかない。それに人間に忘れられ消えいく物怪をどう思う?』


聞かれて答えにつまる光多。


『今はそれで充分だ。ゆっくり考えてくれればいい。まだ時間はある。汗を流したらゆっくり休むがいい』


「河童も、河童も一緒にシャワー浴びるっパ!」


リキに頭を噛まれ河童は涙を流した。



光多は自室へ戻りベッドへ入る。まだ体がダルく手足を動かすのもキツかった。それにいきなりのことすぎてまだ考えが纏まらない。自分にしか出来ないといわれても困る。物怪自体なんなのか解らない。布団を目深にかぶり目を閉じた。睡魔はすぐに訪れ、光多は寝息を立て始める。その様子にリキも丸くなり鼻先を尻尾にうずめた。



山の中、青い着物の青年は白い大きな犬に乗っていた。青年の首には数百の珠飾り。青年は犬の背に乗り刀を振り回す。犬は向かってくるものに噛みつき引っ掻く。


『指示は!?』


「仇なす物を噛み砕け!!斬り捨てよ!!」


青年が首飾りを引きちぎり物怪が一斉に現れる。


「進め!!!!」


青年が叫ぶ。その声に犬は吠えた。

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