表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/29

第一部 上昇する空想  第五章 飛び上がる空想(現実的な)

No.48

 季節の変わり目は、少々、気分がおかしくなる。だから、自分の語ったことも、どの様な気分であったか、自覚できないのだ。困った事だとは思いながら、なかなか直せないでいる。

 私が幾つも在るような気がする時がある。何故か、私の意識は、同じ所に居ることができず、常に、好きな時に、好きな方向に進んでしまう。私はその時々、行動し、言葉を話す。後で、振り返ってみると、そこに今の私は無く、何か他人が、そこに居るような気になるのだ。

 他人と言っても、もちろん、以前の私ではあるのだけれど。やはり、違うのだ。具体的にどこがどうと言うのではなく、何だか、別の場所に立っている人の様な気がするのだ。

 私は、別に多重人格ではない。ただ、私の意識の中の、それぞれが、何故だか、別の根底から、それぞれの哲学で、自己を創っているのだ。それが、私の了解無く、好き勝手に行動するから、とても困っている。

 しかし、その行動しているのが、紛れも無く、私なのだ。それで、言い訳もできず、より困った事になる。

 私がまず、自分の事を話し始めると、決まって言い訳めいた響きになってしまう。私が、私に正直にあろうと、すればするほど、何やら、嘘を付いている様な感じになり、相手と自分の間に、空々しい、空気が流れてしまうのだ。

 この空気は、澱んだ、鬱屈した雰囲気を作り出すので、考えるだけで、やり切れない気持ちになる。

 だから、私は、なるべく人と係らないようにしている。これは、好い、とか悪い、とかではなく、私の為にも、私と係らざるをえない、他の人の為にも、もっとも最善の方法と思われるからだ。

 しかし、私も、一人で閉じこもって生きているわけではない。仕事もあり、友人もあり、恋人もある。私は、人と接するにあたり、色々な工夫を凝らし、なるべく、私と相手、双方の負担にならないように、心がけているのだ。

 私は人と会う時、まず、その人の意識を、その奥行きを、その幅を見るようにしている。そして、私の中で、その空間に合った、同じ様な所に根ざしているであろう、私の意識の断片から、その時の私を作り上げていく。

 これは、成功する時もあれば、目も当てられないような失敗も、しばしばする事がある。そんなに器用には、短時間に人格を作る事はできないからだ。これは他の人もそうであるのではないか?皆同じ様に、めいめいに相手のいる立場に合わせようとはしているだろう。

 そして会話は進む。その折、何かの拍子で、何かの拍子と言うより、きっと意識の(無意識の)中での、何かの引っかかり、何らかの抵抗、を感じた時、別の基盤で構成されている所の意識が、横槍を入れる。例えば、こんな具合に。

 場所―――。何処かの、空間。

 時―――。何時かの、夜中。

 相手―――。私では無い、誰か。

 状況―――。必ず在る、二人の接する点。

 きっと、こんな事を言ってしまうのだろう。

□ 僕たちが知り合えたのは、運命である。

〇 偶然です。それに私には、付き合っている人がいます。

□ そうだろうか? それは嘘だな。僕には、分かってしまうんだ。残念なんだ。知ってしまう事は。

〇 何も知らないのにね。一体、一人の人間に信用されうる人は、いるのかしら? 信頼するに、価する人は、生きている人ではなくて、死んでしまった、人ではないのかな。

□ そうだろうか? 死んだ人間こそ、信用できないな。それに、運命なんだ

から、受け入れればいいんだよ。君は頭を使い過ぎたんだ。生きている人間の方が、何かと楽しいよ。

〇 あなたは、楽しそうにしたいだけ。楽しくなりたくないのに、楽しそうに、見せたいだけ。知りたくない事を、そのままにして置きたいだけ。目を逸らさせたい、その為に、小さな、感情を被せているだけ。

□ そうかもね。でも、少しは、先に進めようと、しているつもり。

〇 それは、つもり。色々あったけど、もう先には進めないはずです。ここは私の部屋で、これは別れを切り出した日の夜中、あなたはあなた、私は私。今日でお別れです。

□ そうだろうか? 続きがあるのではないだろうか? まだ、手はあるのでは、まだ、言葉はあるのでは、まだ、思うことがあるような。

 仕事をしていると、また、色々な意識が必要になってくる。生活の上で、大の大人が、無意味な仕事に耐えうる為には、一体どのくらい、時間を割いて、つまらない考えを会得しなければならないか。そして、それを維持する事の困難さ。

 私は人から怠けている様に見られる事がよくある。私としては、努力しているのだが、外からは、私が何処に対して努力しているのかが見えないようだ。私の努力、それは、ただ、私が私として在る事が出来るように生きる事につきる。それ以外の努めてしている事は無いのだ。

 その仕事によって、どう、頭を組み立てていくか? それはどの人にとっても、大きな課題であるだろう。私のように右と左が別々に動いてしまう人間なら、なおさらこの一つの目的に意識を統合する事は、大切な事である。そして、それを困難にするものがある。それは、一番始めに、作り上げて来たものを解体しなければならない事だろう。これは、何よりも、始めにしなくてはならない。

 自分の信じていたものを、私の足元を無くしてしまう事は、とても気持ち良くやれるという類の事では無い。大抵は、苦しくなり、行き場を無くし、途方にくれる。その後、一生その事は、その人に付いて回り、その人を責め立てるだろう。そう、例えば、こんな具合に。

 場所―――。私に於ける、狭く、無闇に広い所。

 時―――。おそらく、正午を過ぎていることだろう。

 相手―――。私である全て。

 状況―――。在るだろうか、無いだろうか? 殺すか、殺されるか? 救うか、救われるか?

□ 何故、そんなに執拗に、急かすのか?

△ 何よりも、急がなくてはならない。誰よりも、消費しなくてはならない。もっと、浮遊し、漂わなくてはならない。そして上に飛んでいくことだ。

□ まず、じっくりと、足元を、足場を、自らの立っている所を確認させてもらいたい。忍耐はするが、それは、闇雲にやって来る苦痛に耐えて行くものではなく、この地を踏みしめ、歩き続ける忍耐であるべきだ。

△ お前には、苦痛が闇雲にやって来るだけだ。これは、協力して、あの頂を目指す為のものだ。遠くの雷を見ていては、近くの山も登れないだろう。

□ 俺は頂に登るつもりは無い。浮き足立っていたら、歩く事すら困難だ。雷は、かつての俺であり、またあなただったものだ。後ろを見ているのは、あなたであろう。何故、間違ったものを押し付けるのか?

△ お前は急がなくてはならない。この山に登らなくてはならない。失敗するように、足元を不安定にしなくてはならない。必ず雷に撃たれ、焼け爛れてしまわなくてはならない。肉は焼かれ、骨は砕かれ、死体は野晒しにされなくてはならない。

□ 俺がした事は、その様な目に遭わなくてはならない様なものだったのだろうか? 俺は生きていく為に、しかたなく……、他に方法があっただろうか? 私に手を差し伸べてくれた者があっただろうか? 全ての前に「然り」と一言でも言ってくれた者があっただろうか? 皆、同じ様に、あった事を見ていただけだ。私は、本当の言葉をまだ聞いた事が無い。私は聞きたかった。そして今も聞きたいのだ。私の立っているこの大地の声を。私は山に登りたいのでは無い。

△ お前は、高い所に行くのではなかったのか? 上へ登ってみたくは無いのか? 力を、得たくは無いのか? 最も高い誉れを受けたくは無いのか? 全ての行為はこの為にあるのではないか?

□ 私は遠くまで歩いて行きたいのだ。もっと向こうまで行きたいのだ。広い、今までのものは何一つ無い、古いものも、新しいものも見当たらない所に行きたいのだ。そこに、最も低い価値を持って行きたい。誰も見向きもしなかった価値を連れて行き、新しい景色を見せたいのだ。全てでは無く、ただ、一つの、私だけが持てるものを、その地に連れて行きたい、それだけだ。

 私はあまり、満足でない仕事に就き、何年かかけて、その仕事に合うような意識を作っていった。自身では、上手くいっている様に思っていたが、どうも、そうでは無かったようだ。私は、情緒不安定になり、また、以前の様に、自分が何をしているのか判らなくなってしまった。自分に一番近い人にも、辛く当るようになった。

 外から入って来たものを、己のどの場所で統合するかによって、生き方は変わるのではないか?私の意識の部分部分が、それぞれに感覚を働かせているうちは、私は、なるべく奥の方で、全ての入って来た、情報なり、傷を、結ぶように、努力しなければならない。手前で結ぶ事は容易いかもしれないが、全ての物事を繋げる事は出来ないのだ。少しずつ、ずれていく、手前から奥へと、繋がらない、行き場の無い、神経に障る、何かが、硬い鉱物の様な腕が、私の心にその手を伸ばす。

 私は私で、何かにすがるように、そこから落ちないように、してしまった。それが、良くない結果を生んでしまったように思う。しかし、これは、誰にでもある事ではないだろうか?

 確かに、私は弱い人間であるかもしれない。しかし、私は、これ以上、下を向いていたら、何時まで経っても、ここを動く事が出来なくなってしまう。彼女は知っていたはずなのだ。何故だろう、彼女も、何かから、逃れようとしているのだろうか?

 彼女は何時も、嘘ばかりついている。それも他愛も無いもの、見え透いたものばかりだ。自分に自信が無いのか、自分を見抜かれるのが、怖いのだろうか?

 色々な、表情がある。色々な、状況がある。それぞれが別々にある。また彼女も同じ、一つの像を作ることが出来ないのであろう。自分を見つめるのが難しいのだろう。一つの傷を癒すことが出来ないのだろう。自分で触れることが辛いのだろう。

 彼女はよく、社会的な事を口にする。私とは逆に、その様なもので、自分や他人を計るのであろう。私には、何か、少し病んでいる様な気がするのだ。それは、様々な、各々の働きをしている、意識を集め、命令する事が出来ないのでは無いか? 外からの命令に従って、反応しているだけではないだろうか?私には意志が無いように感じるのだ。そして私の心も痛くなるのだ。

 私は根気よく、彼女に気づかせようとしている。こんな具合に。

 私は少し苛立っている。

 「何時までも、ずっと、変わらないで、そのまま、押し通すつもりでいるんじゃないだろうな? 君が今まで、どの様に生きてきたかは、知っている。僕は、おそらく、君を良い方向に向かわせる事が出来るだろう」

 彼女は横を向いている。

 「何時までも、何時までも、変わらない。長い間、考えて来た事、これからも続くだろう、事。あなたは、正直に、しているかもしれない。あなたは、心を狭くしているかもしれない。正確なのかもしれない。直ぐに行き詰るかもしれない。人の苦しみが判らないかもしれない。私は、あなたを騙すかもしれない」

 私は彼女が、何か言いがかりをつけているのを感じる。

 「まさか、君が僕を騙せるはずが無い。君はただ、嘘をつきたいだけだ。己を見せたくないだけで、本心では、そこを通り抜けて欲しいと願っているのだろう。君が、それを許可してくれれば、僕は、喜んで、見事問題を解決して見せるだろう」

 彼女はこちらを見る。

 「問題なんて無い。在るのは、変な空想だけ。皆がみんな、普通に接してくれる、そんな気がするだけ。あの場には、それは無かった。ひょっとしたら捜せば在ったかも、と空想してみるだけ。あなたとの間にも、何も無かった。期待していたから、とても疲れたの」

 彼女は何時か目を覚ますだろう。私は、その事を、今よりも、ずっと先の、私と彼女の関係が、上手くいく、所を、捜しながら、根気よく、話し合いを続けていくつもりだ。

 今は、理解してもらえないけれども、いずれ、また、一からやり直し、前以上に上手くいくはずであると、期待しているのだ。これは、正しい認識と言うものではないだろうか?

 しかし、ここで横槍が入るのだ。正しい認識? 正しい認識とは何だ? この延々と続きそうな言い訳は、正しい認識と言えるだろうか? だが、これが正しい認識なんだ。私は何時も正しい。

 これから、どうなるのだろう。私の不安は生活する事にある訳では無い。私が己が正しいと思うところ、私が真実と認識したもの。これが、いずれ、崩れ去ることが怖いのだ。私はの存在とは、自分自身が嘘をつき続けているだけの状態、なのではないか? 一から十まで、違う話をして来たのではないか? この先も、私では無い誰かが、私の体を借りて、私の正しさを、私を通して、話続けてしまうのではないか? 私は意識の上で、詐欺を行い続けなくてはならないのではないか? 何故だ? 私には苦しみも、悲しみも無いのは。

 遠くで、遠くの方で、声がしている。何時も何時も、何かが、煩く纏わり付いて来る。私は誰彼に構っている暇は無い。そうだ、私は何時も暇を持て余している。ただ、他人の事に時間を使いたく無いだけだ。しかし時間は無い。私に時間が無いのではなくて、時間と言うものが無い。

 私の中に、過去が見当たらない、その上現在も、未来も見つからないのだ。きっと、何かに働きかけられるまで、私は動かないのであろう。ただ、働きかける、働きかける、することがない。何一つ無い。

 彼女は、昔、私に、私の顔を思い出そうとしても、顔が浮かばない、と言った事がある。私もよく、私の顔を忘れてしまう。自分で、忘れて、思い出す事が出来なくなる。鏡には、私の顔はおろか、体も映る事が無い。人は、自分との対話の中で、あるいは、自分との戦いの中で、成長して行くものではないだろうか?

 私に於ける対話とは、おそらく、この様な感じになるのではないだろうか?

 場所―――。私と私が、落ち着いて居られる所。

 時―――。もし在るなら、今ではないか?

 相手―――。私、もしくは私であるだろう。

 状況―――。まだ、続くのだろうか?

 意味のある会話など、出来る訳もない。

□ 全て追い出して、満足だろう?

■ 全て受け入れて、満足だろう?

□ 君は、繰り返したいだけか?

■ 君は、違う事をしたいだけか?

□ お前は、誰だ?

■ お前は、俺だ。

□ 俺は、お前だ、そうだろう。そうだろうか?

■ そうか? 君は間違えたな。

□ そうだ、間違えたんだ。何処が、どうなのか、もう分からないんだ。

■ そうか、残念だな、もう逃げられないぜ。少し、休むんだな。良く寝る事だ。

□ 君は何処に行くつもりだ。

■ 俺は、逃げた事は無い、お前とは違うんだ。

□ しかし、私ではあるのだろう?

■ (□の顔を掴む)力の有る方が、勝つだろう。この場合の私とは、誰のことだ。

□ この場合の私とは、第三者だな。何故なら、私は、君からも、きっと逃げ出すだろうから。

■ お前は、死んでしまうな。干からびてしまうな。

□ お前は、豊かだな、成長してしまうな。

■ それが、正しさと言うものではないか?

□ では、正しさと言うものは、無いと言わなければ、ならないだろう。

■ それは、何故か?(笑い出す)

 空想の世界も、その終わりが在るのだろうか? 考える事が、考える事で無くなる時は、来るのであろうか?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ