第一部 上昇する空想 第三章 (要らない)詩のような部品
No.46
四方を紫色の壁に囲まれた場所。奥に、三台の大きな機械。中央の機械が一回り大きく、左右の機械には、操作版がある。それぞれが、太いコードで繋がっている。左右の機械から延びたコードは、壁をつたって、部屋全体に広がっている。この空間の手前、右方向に、人間ほどの大きさの球体があるその左の少し奥に、人間ほどの大きさの三角錐がある。その左の少し奥に、人間ほどの大きさの立方体がある。この三つは、前から左奥に向かって、斜めに並んでいる。そして、その三つから左に少し距離を置いて、灰色の人間が立っている。
(左の機械から、警報のような音が鳴り響いている)
人間 (左の機械の様子を調べに行く)
あれ? 何で、ここがこんな風になっているんだ? これは何だっけ?何のメーター?
(機械の側面を開ける)
うーん、あー、ここがこうなるのかな?
(中を触る。大きな、警告音が鳴る)
わっ! まずいな…。
球体 兄さんは何をやっているのですか? 何時もそんな風に、いい加減に、母さんに接しているのですか?
人間 そうだよ。何時も適当にやってりゃ直ったんだ。これはいつもとは違うだけだ。でも、まあ、マニュアルがあるから、大丈夫だろ。
三角錐 何だ、マニュアルって?
人間 マニュアルはマニュアルだよ。何処にだって、決められた手順がある。別に、いい加減にはしてない。
(左端に置いてある鞄まで歩く。鞄の中から、分厚い本を取り出す。それを開き、朗読する)
一、機械の事は人間に、
人間的脳髄とは、その回路。
故障の時は、大胆に。
二、作業の時は繊細に、
効率的とは、その配線。
飛び出た所は、引っ込めろ。
三、高い所は見上げるな、
下を向くとは、拾う事。
全ての事は、足元に。
球体 四、易しい事を難しく、
及ばない事、内側に。
全てを丸め、外に向かう。
三角錐 五、隠れた物を明るみに、
解かる事を、粉々に。
全てを尖らせ、破壊しろ。
二体で 六、行為の中の苦しみを、
苦しみの中の、試みを。
全てを、一つの、同じ動きに。
立方体 皆で何を呪文みたいな事を言ってるの? それがマニュアル?
(滑るように移動して、左の機械の所に行く)
これかあ。どれどれ、ふーん。今の要領でいいのかな?
(マニュピレーターが、前方の二つの角から出てくる。操作盤に触れ)
おそらくこうだと、思う。
物質的諸活動が四角い笑みを浮かべ、
真っ直ぐな歌を口ずさむ。
一ところに留まらず、
歩きながら、形を変え、
踊りながら、概念に成る。
精神的苦行が角ばった言葉を述べ、
芯の通った物語を創る。
一つの基盤から、
確かめながら、周囲を見て、
手を振りながら、答えに成る。
美しく、柔らかい言葉もいいけれど、
時には硬く、無機質な言葉も聴きたいものだ。
どうだろう? いい感じじゃないかな?
(警報は止まず)
違うかな? 聴こえないのかな?
人間 (本を鞄の中にしまい、左の機械に行く)
表側は、俺も見た。原因は内側だろう。
(側面を開ける。立方体は隣から、内部を覗き込む)
君がやった事は、意味が無い。そんなに得意げにされても困るな。直らないだろう?
三角錐 (間に割って入る)
自分で治せなかったくせに、何を。どれ、俺が見てみよう。
(三角錐の面から、小さな三角錐が、出てくる)
なるほどな。これはこんな感じだろう。
飛翔しながら、
感覚を研ぎ澄ます。
下降しながら、
神経を根付かせる。
感情は開く、
その時、感覚は無くなる。
感情が高ぶり、
その時、神経は飛躍する。
情報は俺を触り、
神経はそれを解する。
情報は俺を操り、
感覚はその先へ届く。
ゆっくりと、三点の大地から、
語るべき言葉を呼び起こす。
言葉は、感覚の色、神経の光、
幾つも、輝き、点滅する。
三つの病が進みだし、
頂点で繋がれた。
このように、全ては癒される。
(警報は止まず)
人間 なんだ、それ。何でそんな物で、直るんだ。それでは、コンピューターが納得しないだろう。意味が判らない事は処理できないだろう。余り負担になることを言うな。
三角錐 何を! お前だけだ、判らないのは。
球体 (後ろから、様子を見ている)
よく判らないが、こんなのはどうだろう。
不思議な目覚め、
一度、世界を手に入れる。
夢の中で、
二重の自由を与えられる。
悲しい感情、
一度、私たちが交錯する。
生の中で、
二重の死を受け入れる。
長い憂鬱、
一度、有ったものが消え失せる。
闇の中で、
二重の命が結ばれる。
円環に成る時が、
確実に、
確かな足取りで、
やって来る。
全ては巡り、また始まりに繋がる。
人間 さっきから、何を好き勝手な事を言っているんだ。そんな事だったら、俺だって出来る。
間違っている事を、
正しい所に。
正しい事を、
間違った所に。
守るものを、
壊すことに。
優しい人を、
殺すことに。
間違っている事を、
最後まで。
正しい事を、
逆に辿る。
転回するのか、
混ざるのか?
何だか、難しいな。こんな事は大したことではない。
立方体 あなたの言葉は、少し変だね。あなたは、此処に長く暮らしているのでしょう? 本当は、どの様に治すか知っているのでしょう? それとも、本当に知らないの?
人間 もちろん知っている。だが、君たちがいない、空間での話しだ。この状態は、半分は君たちが生まれて来たのが、原因だろう。
(右の機械が、激しく点滅する)
人間 まただ、今度は、こっちか? どうして、こう、いきなりなんだ。これでは、もう、この空間は、お終いなのか? 出て行く時が近づいているのだろうか?
暗転(言い争う声)