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第五部 そしてまた上昇する二つの空想  第一章A 変化の兆し

No.64

 何かが生まれる様な、止まる様な。何かが流れて行く様な、戻って来る様な、遡る様な、それらが在るべきものの様な、在らざるべきものの様な。


 人間は、壊れて、音の出なくなった、左の機械を後にして、右の機械に向かって歩む。

 もう、余り考えてはいない。後は、此処が全て壊れるだけだ。人間は、この時、今までのどの瞬間より、此処以外に行く所が無いのを知った。

 彼らの、行為もまた正しい。人間は、壊しながら、捕らえ、規定して、それを、歪めた形に変えて行く事に、喜びを感じていた。この喜びは、彼らを、まったく同じである、という確信から来ていた。

 世界を傷つけるという事。それは、ただ、自らが規定し続ければ良いという事だけだ。知らない事を、知っていると断言する行為だけが、言葉を楽しませる。

 人間は、明確な意思で、棒を右の機械に振り下ろす。外から、ずっと眺めていた。きっとこんな構造だろうと、想像していた。きっと壊してしまうだろうと空想して、毎日を過ごしていた。

 今、違う形で、この機械たちと向き合っている。想像とは違う形をしていた、左の機械、空想とは、違う壊し方をしている、人間の身体。

 ただ、全て、静かになって、暗くなって、誰も入って来れない。ただ、人間一人だけが居て、そのまま、何もせず、飢えて死んでしまう様な、素晴らしい、空間。誰もが望んでいながら、手には決して入らない、平和で満ち足りた世界。

 見た事が無い、ものは無く、聞いた事が無い、ものは無く、知らない事も、一つも無い。一瞬に、永遠を知るとは、当然の事であろうし、どうでもいい行為をしながら、半分に分けられた真理を知るのも、また当然であろう。

 全ては、半分に、真っ二つに、分けられて、寸断されている。また、全ては、二つの方向に進む様に、いずれ、全てが遠くなって、何一つ、知らなかった事にされるだろう。

 人間は、闇雲に、ただ、叩く、きっと頭を使うとは、こういった事なのだ。全ては、運動を行わせる、粉々にする意志を持った、或る力だ。

 分かれて行く世界から、更に隔てた空間を、意識しながら作る事、身体を、身体たらしめず、いかなる空想も、空想足らしめない。暴力的な、知性という書物。

 人間は、少し手を止めた。左の空間を見る。三つの形の残骸が、見える。その奥に、汚れた、茶色のバッグが置いてある。何か空腹を感じる。

 人間は、そのまま、長い棒を捨て、右の機械の後ろに回った。機械の背後からは、太いコードが二本出ている。それは、マザーコンピューターに繋がり、そして、この空間を囲う壁、全体に、細かい網目の様に張り巡っていた。

 どくどく、脈打っている。人間は、解かっていた。何故なら、天井を見上げたら、静かに、音も立てず、するすると、マザーコンピューターを掴んで離さなかった巨大な腕が、天井に、吸い込まれる様に、戻って行く。

 少し、人間の頭に、痛みが起こる。全てが、より濃い、紫と、注ぎ込まれる青、錆びていく金属と、ざらざらしたひび割れ、四方を囲む、頑丈なはずの壁は、今、生まれるはずの無い無機質な所から、無理に、人間を止めようと、何かを作り出していた。小さな、強情な、解かっているのに、私と、人間と、意識と、同じ顔だ。


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