第一部 上昇する空想 第二章 人間と三個の関係
No.45
緑色をした三つの形は、横並びに整列し、人間に向かって、自己紹介を始めた。
球体が人間に、やさしく語った。
「はじめまして、お兄さん。私は球体です。同じ、母親から生まれた弟です。そして、こっちの二人も、それぞれ同じ、弟たちです。私たちは死ぬまで、ここで楽しく暮らしたい。お兄さんも、僕たちと一緒に過ごしましょう」
人間は何か居心地が悪く、奇妙な違和感を感じていた。これらの形は、小刻みに、少しずつ動いていた。
球体は、緑色の体を、少しずつ回しながら話す。その姿は、人間に、何か原始的な不安を呼び起こす。
球体の一部が開き、小さい球体が、顔を覗かせ、ゆらゆらと空中に出て来た。少し薄い緑色のその球体は、大きな球体の周囲を、ゆっくりと回り始めた。
人間の目はそれを追いかける。
「俺と君たちとでは、何かが違う。君たちは、俺の様ではない。俺の姿とも似ていない。何故、同じ母親から生まれて、違う形なのか?」
球体は、その人間の問いに答えて言った。
「母さんはよく、私に言っていました。世界には色々な生命が在るということを。兄さんと私たちは、形が違う、同じ生命なんだ。生命が違っていたら、同じ姿でも、違う。それは違う生き物で、家族にはなれませんよ。同じ処から生まれてきたのに、信用しないなんて、変だな。一人で、考えていると、そんな風な、穿った見方をしてしまうものなのでしょうか?」
「穿った見方ではない。いきなり同じだと言われても、俺には、よく分からない。今まで、一人で、やってきたから」
一人で、という言葉が頭の中に、ひっかかる。此処だけは、安全な、自分だけしか居ることの許されない場所では無かったのだろうか?ぼんやりと、外の景色を、見ている。
その映像。人間にある記憶を呼び覚ます。人間は外の世界を見ていた。自分のいる町、マンション、崖の様に切り立ったコンクリートの下、広い駐車場。大きな灰色。
だいたい駐車場には、車が駐車されることはない。たまに二、三台停めてあるのを見た。雨が降ると、水溜りが幾つもできる。アメンボがその上を走る。ゲンゴロウが泳いでいたりする。そこに、子供たちが集まっている。
欲しかった物を貰った。そして、喜ばしい気持ち。一度在ったものがあった。同じもの、違うものがあった。同じもの、新しい形があった。同じもの、美しい色があった。
古いものがあった。壊れたものがあった。壊れたままのものがあった。見向きもされないものがあった。死んだものは、そのまま残り、消えることはない。
人間は緑色の物体を、睨みつけ、
「俺は、一人で居たかった。一人で居ることを願ったが、それは叶わなかった。俺は自分の仲間など欲しくはない。一人で居られないから、仕方なく一人で考えていたんだ」と言った。
それを聞いていた、三つの並びの中央に在る、三角錐が、その上部を、より鋭く尖らせ、
「俺は、お前を仲間だとは、これっぽっちも思っていない」と言った。
この形は、その全体が、少しずつ細長くなり、そしてまた、下に広がる。小さな変化だ。
そして、兄である球体に、反論した。
「同じ母親から生まれたから、兄弟、家族、仲間だと。いい加減な事を言うな。こいつは、他所から来たんだよ。こいつと同じ、命な訳はない。こいつの体を、姿を見てみろ。俺たちとぜんぜん違うじゃないか。こいつはただ、命令された事をするだけの、生き物だ、俺たちの下男で、それだけの仕事しか出来ない奴だ。断じて、俺は認めない」
球体は、そうか、と言って、立方体に向かって、
「末の弟よ、お前はどう思う?」と聞いた。
緑色の立方体は、角から細い、マニュピレーターを出し、空中に何かを描きながら、話し出した。
「僕が思うに、彼は(丸の兄さんが言うところの一番上の兄は)、僕たちの事を、信用していない様に見受けられます。しばらくは、彼とは、距離を置いて、観察を続けた方が、僕たちの為にもいいんじゃないかな?それで、三の兄さんは、少し、我侭なところが出たけど、言っていることは一理あると思う。彼は、僕たちの下男と言うより、何か別の……、僕たちの知らない、別の哲学を教える、教師のような人なのかもしれない。そうすれば、丸の兄さんの言うところの僕たちの兄であるという話も、理解できる。ただ、僕は彼が生まれるところを、見たわけじゃないから、同じ空間に居るってだけで、安易に、兄弟とか、言わない方がいいかもしれない。彼も認めたくない様だし」
立方体は、話しながら、体が少しずつ変化していた。一部が欠け、一部がそれと同じ様に盛り上がる。
人間は大きな機械を眺め、
「此処での生活は、単調で、退屈だ。仕事はこうやって、眺めることだけだ。話し相手が、増えるのはいいかもしれない。だが、君たちより、俺の方が此処の事には詳しいだろう。別に、哲学を教えるつもりは無いが、色々とコツはある」と言った。
それを聞いた三角錐は、上部から、小さな棘のような、三角錐を幾つも出し、憤慨して言った。
「俺はお前の言うことなど、信じない。お前の動きは、何かおかしい。お前の言うことも、変だ。お前は、此処に在るべきものでは無い」
人間は、首を少し動かし、またいつもの様に歩き出した。