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第三部 また上昇する空想  第五章 重ねて広がり続ける空想

No.58

 人生には節目がある。だから、何時も注意をして行動し、意識を張り巡らせていなければならない。

 様々なものの、交わる点で、私は、自己を実現するのに適った所へ、方向を転換しなくてはならない。

 ただ、それは何時あるのか、どの様に起こるのか、判らない節目の為に、一生を棒に振る様な、準備をしなくては、ならない。

 別に大した事では無い。確かに、そうかもしれない。銘々、生きていく上で、諸々の出来事に備えて、賢明な人は特に、早くから準備するのであろう。

 かく言う、私も、早くから、準備していたつもりだ。だが、何の? と聞かれると、とても困ってしまうのだ。これは、人に言える事だろうか? 私と、あなたがたは、きっと、酷く違うはずだ。

 私の待っているもの、そして、私を通り過ぎて行ってしまったもの。私を通り過ぎて行ったものは、即ち、今の私に無いもの。

 待ち焦がれるものは、即ち、今の私に無いもの。私には、事物の、在り方の、最も好きな、存在との距離感がある。そして、私が待っているものは、そこを通らないだろう。私を、見ないで、通り過ぎて行ったものは、或いは、私が、注意深く見ていなかったのかもしれない。

 ただ、私も、学習している。物事の道理も人並み以上に覚えたつもりだ。もう、以前の様に、見逃すまいと努めている。最近私は、事物に近づく術を覚えた。そして、それが、私の準備の全てだ。

 よって、私は、何一つ準備も、用意も、していない。おそらく、私の付近を通り、私は捕まえる事無く、その過ぎ去った後姿を眺め続けることだろう。

 よって、私には節目が無い。節目が無いと、どの様な人間に成るか。あまり、そう悲しいものでもない。また、私は、その様な事で悲観しているわけでは無い。

 私は、私の節目を私で作る。そんな事出来るだろうか? と、疑問に思われるかもしれない。それは、小さな事を考えずに、構わずに、放っておく事。そうすると、次第に、それは、私の色々な場所を勝手に歩き回り、次第に大きくなって、忘れた頃に、目の前に在るという、寸法だ。

 それは、節目と言うより、自分の業とも言える。まあ、因果応報と言うところであろう。しかし、大きな、転換と成る事もある。その場合、自身の節目と言っていいだろうと思われる。どうだろうか?

 その、私の身体、記憶、感情を、転がり続けた、小さな出来事は、今どうしているのだろうか。私は、心配になって、辺りを見回す。そうすると、こうやって、物陰から、待っていた様に、出て来てくれるのだ。しかし、まだ、私は、何の準備もしていないはずで、満足が行く様な答えを、持ち合わせていない事を、話す前から後悔している。

 相手は、満足してくれるだろうか。

 場所―――。少し広い公園。

 時―――。夕方。

 相手―――。物、遊具。

 状況―――。夕暮れから、刻々と夜に近づいている。帰る所を捜している。

□ 帰る所は何処だろうか?

◎ やがて、皆、楽しく、遊べる時が来ると思う。それまで、一人で遊ぶ方法を考えた方がいいよ。

□ 一人で、居なければいけないのか?

◎ 此処には、退屈を紛らわす事の出来る、様々な道具が在るよ。

□ 僕は、それらに、接したくは無い。何故なら、彼らは、不満しか言わないからだ。

◎ 皆、仲良くしたがっているよ。

□ 僕は、それらに、語りたくは無い。何故なら、彼らは、可能性を見ないからだ。

◎ 皆、それぞれが、独自の思想を持っているよ。

□ 人を損なう、存在を傷つける思想。僕が、接するたびに、己が小さくなる。彼らの遊び、子供の様な遊び、未熟な遊び。僕には、痛ましく感じられる。

◎ 使った力は、父なる力だよ。

□ その人は、力では無く、感情を、使ったんだ。だから、此処では、悲しく、下降するように、接しなければいけない。此処では、期待する事は、罪だ。

◎ 材料とは、母なる存在だよ。

□ その人は、存在では無く、安定を願ったんだ。だから、此処では、閉じ込められた、恨みがましい、憎しみの記憶が、張り巡らされている。語る事は、可能性を否定する言葉でないと、罰せられる。

◎ 君は、此処でよく遊んでいたね。帰りたくは無いだろう。此処は安全だよ。もう、日が暮れる、最後まで、迎えが来るまで、遊んでいきなよ。もうちょっと遊ぼうよ。最後まで、壊れるまで、遊んでよ。僕たちは、此処から、出られない。

□ でも、僕は、祈ることが出来る。役割の終った物たちには、安らかな場所が在ると、僕は信じている。物は、何時か、物で無くなる時が来る。それは、ただ、決められた役割が終っただけで、今より、多くのまだ見ぬ、可能性と、期待と、場所が、残されているはずだ。

◎ 私たちは、沢山の子供たちを育て、育み、喜びで満たして来ました。私たちは、子供たちに生の喜びを、与える事物で在るべきです。違うでしょうか?

□ ああ、残念ながら、それは、違う。事物は、そう在るべきでは無い。物は、強制されるべきではない。現在とは、何時も、その様であると、規定され続けられるものでは無いはずだ。僕たちは、常に下降し続けなくてはならないのか? 常に、可能性を狭められ続ける、在る物なのだろうか?

◎ 私たちは、此処に、この様に、語り合っている今、どの様にして、在るべき、象徴に成るべき、概念なのでしょうか?

□ 悲しむべき、また、安らかな、ものを希い、また、地下に広がるべき、大きな死としての、可能性がある。その様な概念としての、存在で在るべきだ。支える物として、在り続けなくてはならない。

◎ あなたは、まだ、子供を抜けきっていませんね。あなたは、此処から、出て行けますか? 外は、もう、真っ暗です。街灯も無いでしょう。道連れはいますか? 愉快な感情は、持ち合わせていますか? 記憶は、それで、正しいですか?

□ 僕は、此処で、大きな、死、というものを学んだ。僕は、大きな死に見合うべき、一つの、大きな、生命と、それを殺す、力と、あなたがたの祈り、を捜しに行かなければいけない。それに、此処の、街灯の有る本当の闇は、外の、唯の夜より、暗い。外には、まだ、規定されない、抵抗し続ける、ある物が在るはずだ。夜は、何時も、明るいだろう。

 私は、子供の頃の思い出に、固執する類の人間だ。昔の思い出を、語る事の出来ない人間からは、死臭が漂っている。おそらく、死から逃れようとしている人間の内で、思い出は、最も硬く、語られ難い物に成って行く。私は、固執しながら、語る事が、出来なかった。そして、まだ、書き切れないほどの、死が、私の中に在る。

 そして、他の人にも、同様に、その在り方が変化した、物が多数に亘り在るだろう。そして、残念な事に、多くの場合、その接点は、その形を変え続ける。転がり続ける小さな出来事、であるのだ。私と、その人の接点である所に、ちょうどその機会に、私たちは、私たちと、一見すると無関係な、ある小さな出来事から、始めなくてはならなくなる。これには、会話の上でも、とても困難が伴う。何故なら、人は誰しも、それが、本質的には、とある小さな記憶にしか過ぎない事に、気づいてしまうからだ。

 私は、また、怒らせてしまうのではないかと、内心怖がりながら、感情が引いていくのを意識している。

 場所―――。すぐ隣の空間。

 時―――。明け方。

 相手―――。見えない、誰か。

 状況―――。揃わない、二人の点。

 こんな事、言うべきではないのだろうけど。

□ 何故、何時も、そんなに、静かにしているのか?

● 私と、感情と、法が、緩やかな、緊張を持った関係に成るのを待っています。

□ それは、待っていれば、来るのだろうか?

● 待っていれば、必ず来ます。

□ それは、どの様な、感覚であるだろうか? 俺に、理解出来るだろうか?

● あなたは、卑怯な、卑屈な存在です。理解という言葉すら、遠く及ばないはずです。

□ 俺は、概念に、正面から、対しているつもりだけど。

● 歪んだ、存在に、割れた感情が、突き刺さって、弛んだ、死が、滲み出て、その空間に、間違った方法を、作り出しています。あなたに見える、物事は、全て、その間違った、期待を、見せざるをえない。

□ 君の緊張した感覚では、何一つ取り出せないだろう。君は、頭が寝ていて、事物と、対する事が、出来ないだけではないのか?

● 関係を持つ事と、対する事とは違う。連携する事と、断ち切る事は違う。こっちの空間は、こっちの空間で、そっちの空間は、空気が無い。

□ 俺には、どうも、自分が死んでいく、空間の様に思える。ただ、動きたくないという、だけではないのか? とても、だるそうだ。

● 何も、見えてない。何も伝わらない。会話なんて、一つも成り立たない。何も共有出来ない。私は、待っています。待つ事、心を開いてくれるまで、整えて、静かに、感じる事。見たままに、そのままに。

 私は、会話が成り立たない事を悟る。私としては、努力しているのだが、私の理解している事は、一般には受け入れられないのではないか?

 今さらながら、色々と、準備して来なかった事が悔やまれる。私は、事物に向かい合い過ぎて、可能性しか見てこなかったのが、災いしたのだ。

 しかし、新しく、進める為に、現在の状況を知らなくては、話にならない。そして、その状況を知る為には、事物に対さなければいけない。私が、改めて、規定し、その在り様を引き出すのだ。それが、正しい係わり方と言うものではないだろうか。

 何も見ない、聞かない、そんな、係り方があるだろうか? そこには、会話すら無いのではないだろうか?

 私は、きちんと、会話をしたい。私には、私の希いがあり、そして、双方の会話は、ある期待を基に、始まるのではないだろうか? 私には、どうも、彼女にはそれが解かっていない様な気がするのだ。

 しかし、彼女は、私の望む方向とは、違う角度で、しつこく、会話を促して来る。私は、ある角度では、言葉が出て来ない。彼女は、それを知っていて、同じ様な事をし続けているのか。言葉が出ない事は、とても辛く、苦しみを伴う、小さな出来事が、身体を、駆け回る事になるのだ。もう、私自身は、何処を見ても、私自身と言えるものが無い。だから、こういう事を言ってしまうのだ。

 「俺は、最後まで、自分の思考方法を、哲学を変えるつもりは無いぞ。俺の遣り方は、今は間違っているかもしれないが、最後まで、持って行けたら、それが本当に成るのだから」

 彼女は、正面から、私に話しかける。

 「私は、そこまで、それが、大層なものだとは思わない。そして、あなたが、最後まで何かを守り通せる様な、大きな人物では無いという事も、良く知っています。私は、あなたに取り扱われる、事物が、言葉が、可哀想になる。無理やり、あなたの、理想や空想に、当て嵌められて、使い捨てられるのが。それでは、可能性という事は、ただ、無意義で、意味も無く酷使される事にしか見えない」

 私は、彼女が何か無理に、理屈を作っているのを感じる。狙いが別にあるのでは、と勘ぐる時が、多々ある。

 「君は、ただ、自分の、他から与えられた感情で以って、俺に復讐しているだけだ。君の感情は、とても歪んでいる。君には、概念や、言葉は、付いては行かないだろう。そして、一番弱い存在である可能性は。君は、物事と、対した事が無い。本当の会話を知らない。歪んだ論理で以って、武装している」

 彼女は、何かを思い出す様に、語る。

 「唯一のものは、可能性を辿った先に在るものなのかしら。今、此処に、在るのではないの? 何故、時に、見えない振りをするの? 今在るものは、あなたにとって、良くないものなのかな、私には、解からない。苦しみも在れば、喜びも、此処には在る。何も見てないのではなく、一緒に感じているだけ。沢山の感情が在ることが、そのままに、在る事を、知っているだけ」

 全ては、果たして、この目の前に在るのだろうか。もしそうならば、可能性は、生まれては、来ないだろう。私たちは、何一つ、する事が無くなるだろう。

 私は、可能性を、少しの、永遠に続く、紐の様に、伸びた期待を、辿って行く事こそ、魂の成すべき事であるのを知っている。

 私も、また、静かに、待たなくてはならない。いずれ、気がつくだろう。その場に止まる事が、知る事では無いという事、また、時に、対する事物に、共感するより、むしろ、敵意を以って接する事が、新たな認識を得るという事を。

 最近、私は、私の影が、以前に比べ、より立体的に成り、私に何か、一つの整った哲学を披露したがっているのを、時々感じる事がある。

 まだ、私の立場を彼に、譲るつもりは無い。私には、まだ、辿るべき、受け入れるべき、何かが在る。しかし、何処に行っても、付いて回る、私の影は、物陰から、そっと出て、素知らぬ顔で、目の前を歩いて行く。

 それは、まったく私と同じ格好をした、紛れも無い私であった。ドッペルゲンガーとでも、言うのだろうが、それよりも、不思議なのは、私が、それを、私と同じ様に、存在として、認識してしまった事だ。私は、気を引き締める為に、また、下らない事に固執してしまう、頑なになる意識を、敢えて、呼び起こす。

 彼との、対話。より、存在が、存在と認識せざるをえない。他人である私。

 場所―――。私の知らない空間であるべきだ。

 時―――。私が、外れた時。

 相手―――。普段の、見る事の出来なかった私。

 状況―――。どちらかが、死ぬだろう。

□ 君は、何時も、その様な感じで歩いているのか?

◆ 私は、何時も、この様な感じで歩かなければならない。

□ 君は、俺を見たか?

◆ 私は、通り過ぎるだけで、まだ、あなたを見る事は出来ない。

□ 君は、嘘を付いているな。俺は、俺である、そして、己の命じる事に従って来た。

◆ 私は、あなたに、従っているとでも?

□ そうだ。ただ、違う所へ、行きたいが、行けないのだろう。苦しいのだろう。無駄に、歩いているのだろう。何かを体験したいのだろう。僕を、認められないのだろう。違いを、見たくないのだろう。

◆ 私は、あなたと、ずいぶん違うのも、知っていた。私が敢えて、この姿でいるのは、あなたの可能性が、それ自体、存在を損なう恐れがあるからだ。そして、私もまた、存在であるからだ。私は、本当の意味で、あなたの存在の可能性だ。違うか?

□ おそらく、そうであろう。此処での錯覚とは、無だ。君は、間違ったよ。僕は、聞くことが出来る、君は、話せないだろう。一緒に居たいのか、離れたいのか、どっちにしろ、俺の行いが、全てだ。そして、私は、可能性が、存在を損なうものだとは思わない。存在は、既に、私が見る限りでは、大きく損なわれている様に見えるからだ。私は、耳を傾けてみただけだ。

◆ では、何故、私は、時折、あなたの前を、同じ格好で、歩かなくてはならないのか? 私こそ、あなたの、辿るべき可能性ではないのか? あなたが、あなた自身の、過去に過ぎないのではないか? あなたが、私の影であると、私は、いずれ、言ってしまうかもしれない。

□ 僕が、自身に、可能性を与え過ぎてしまった為だ。勘違いしてはいけない。君こそが、苦しみに覆われ続けた、過去だ。

◆私は、何故か? と考える。あなたを、私もまた、追体験したいのだ。私は、私自身の、可能性を考えるに至った。もっと、優しくなれるのではないか? より誠実に、対する事。

□ 人間は、可能性を、辿る事が出来ないとでも言いたいのかもしれない。君は、総じて、大層賢いかもしれないが、何か足りない様だ。もう少し、機が熟すまで、行きつ戻りつ、してみる事だ。自身の至るべき過去の期待の可能性の、立ち去る可能性。果たして、それが、君か僕か。僕も知りたいと願っている。




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