第三部 また上昇する空想 第二章 三つの形による答え
No.55
緑色をした三つの形は、横並びに整列し、マザーコンピューターに向かって、解答を述べ始めた。
球体は、機械の方へ、一体分移動し、言った。
「私から、その三つの問いに対して答えます。一つ目の問いを。彼は、自らの処に向かい、自らを殺し、死ぬでしょう」
球体は、緑色の身体を少しずつ回転させる。光が、反射している。人間は、遠くから、三つの形を眺めていた。
マザーコンピューターは、その答えに、
「そうです。彼は、いずれ、自分を殺すに至るのです。良い解答です」
球体から、二つ、小さな球体が飛び出す。それは、それぞれ、楕円を描きながら、人間ほどの大きさの球体の周りを回る。球体は続けて答えた。
「私は、二つ目の問いと三つ目の問いに対しても答えられます。彼は自らの知恵の根源たる処に向かい、そこで真の知恵に破れ、知性を奪われるでしょう。そして三つ目は、彼は、何処へも向かえません。もう、既に、自らが、自らに騙されているからです。彼は、この世から、存在しなくなります」
球体の後ろに居た、二つの形も、それぞれ、感心して、聞き入っていた。球体の前に在る、灰色の大きな機械は、ランプで、鮮やかに球体を照らした。
「あなたは、素晴らしい。良い子供。賢い子供。そして、全てを調和させる事の出来る、新しい子供です」
人間は、紫の空間の部屋の中で、壁を這っている、脈打つ、赤と青のコードを見ていた。機械の影に在り、光が当たらない、赤い線と青い線。彼の頭に何かが、過ぎった。
白い部屋、沢山の病人。長い針、と数字。ブザーと、白いコード。本と、人間の関係。汚れた私と、白い空間。
あそこには、沢山の秘密があった。私は、眼に見えない事を、確かに見て、知らされた。私の身体が、私が思うほど強くない事も。それを何と、形作るべきか。
限定された物であり、無限に広がっている。賢さは、一番低い価値となり、醜さは美しさと成る。欠けたものは、完成を示し、至らなければ、私が補うのだ。
人間は、知らず知らず、歩いていた。三つの形は、まだ、熱心に解答を並べていた。
三角錐が、前に出ている。人間に向かった声が、形と成り、輪郭と質量をもって、入り込んで行く。
「そいつには、もっと知恵の有る奴が現れるんだ。何故なら、同じ様な奴が沢山いる所に行って、もっと知恵の有る者が、簡単に、奴の知恵を折ってしまうからだ。そして、大いに反省するだろう」
人間は、後ろから、それに悪態を付く。
「反省なんかしないだろう。そいつは、相手を殺す。そうすれば、他に相手になる奴はいない」
三角錐は、後ろに向かって、倒れた。それは、二等辺三角形の尖った角の先端が、人間に向かって、怒りを表している様だった。床に触れている、三つの線は、それぞれ均等に成り、それに合わせ、また、上部が尖っていく。
「お前に、答える言葉は無い。黙っていろ。俺の三つ目を言う。お前も聞け。約束を破る事に、歓びを感じる人間、それはお前だからだ。お前は、もう、この空間の誰もが、お前を信用していない事を、感じているか? お前は、自らに何一つ課す事が出来ない。お前のだらしない形は、それを現しているだろう。お前は、ここから出る為に歩き、そして出られない事を知る。そして、俺たちを殺し、母さんを壊すだろう。そして、お前も殺されるんだ。俺たちの仲間に。それが、お前の報いであり、あの話の解答だ」
他の二つの形は、様子を伺っている。人間は、その気になれば、そうするであろう事を悟る。そして、言った。
「何故、下らない事を語る。何故、俺の邪魔をする。何故歩いてはいけない。何故、約束を信じなくてはいけないのか? 俺は、お前たちではない」
大きな灰色の機械は、耳障りな、ノイズの中で、厳かに語る。
「約束は、守らなければいけません。何故なら、それが、未来を、素晴らしい未来を約束してくれるからです。約束を守って来なかった者には、素晴らしい出来事は待っていません。もっと賢く成りなさい。あなたは、もっと、素晴らしい考えを生み出せる子供です。それぞれに、特徴のある解答でした。まだ、二人には聞いていませんでしたね」
立方体が、動いて行く様が見える。人間は右手の部品を握っている。それは、もう周知の事だろうか。一つの事を守る事、これは、盗んだ、勝手に、壊して、手に入れた、人間の唯一の物だ。これを、隠し続け持って行く事。これは、人間に於ける、一つの約束であり、決まりであった。
一つの希望。ここから出て行く事。生きている限り不可能な事。一つの絶望。ここにいながら、延々と、知りもしない何かと対話し続ける事。一つの苦痛。人間がいなくなれば、という形に圧迫され続ける事。
天井から伸びた手は、がっしりと力強く、中央の大きな灰色の機械と、手を結び合わせている。それは、人間の知る事の出来ない、結び目を、解く事の不可能さを押し付けていた。単純な答えが在った。
人間の小さな掌の中に、小さな部品が一つある。




