表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

ミノタウロスの彫物師


 小刻みな機械音が清潔な室内に響く。手術室、というには閑散としており、病室というには機械や雑多なモノが多い。作業台に俯せになった女性に、尻にケーブルが繋がったペン型の装置をなぞる、牛頭の男。

 ベッド脇にある台には図面のような紙が置かれていた。

 女性は目をきつく瞑り、歯を食いしばっている。彼女の背には何回も牛頭の男によって針が突き立てられるのだ。何回も、何回も。男の手は上下しない。ペン型の機械、その先端が針を高速で出し入れしているのだ。

 牛、というには目の間隔は狭いが、世間的には彼のような種族をミノタウロス、または牛頭人と呼ぶ。西洋由来がミノタウロスで、東洋由来が牛頭人という程度の差しかないが。

 彼はミノタウロス。幼い頃に日本に来て、今はこの仕事をしている。

 男がペン型の機械で女性の背に描かれていた線をなぞる。と、黒い痕が女の白い肌に残った。

 入れ墨だ。

 針に塗料や染料を付け、肌に深く刺して表皮の下にある真皮に色を付ける技術。

 このミノタウロスは彫り師、なのだ。



 施術が終わり、女性は起き上がって襦袢を羽織る。質の良い生地の襦袢だ。紐を結ぶ所作は慣れており普段から着ていることを伺わせる。

「姐さん……本当に、良かったか?」」

 女性に背を向けたミノタウロスが声をかける。腕を組んで二の腕をきつく握り、自身に痛みを与えるのは耐えるため。

「今更お止し。それに、姐さんはやめてくれと言ったろう?」

「ですが」

「……ふ」

 女性は軽く鼻で笑い、着物を手に取る。

「分かってると思いますがまだスジ掘りが終わっただけです。まだ工程は沢山在りますので、アルコールは控えてください」

「分かってるよ。しばらくウチじゃあ酒の類いは厳禁さね。そんなことより」

 着物を羽織り、着ていく女性の手は淀みない。質の良い新品の着物だ。ミノタウロスは衣擦れの音を聞き、かつて暮らしていた屋敷の羽振りが良いことに安堵した。衣擦れの音で着物の質が分かる程度には、彼も着物になれている。

「まさかお前がこんなにも腕のいい彫り師になるなんてね。どうだい? 専属にならないか?」

 ミノタウロスはすぐに答えない。着付けの音を聞き、女性が帯を巻き始めたところで振り向き、口を開く。

「よしてください」

 目を閉じ、過去を思い出すように天井を仰ぐ。

「自分を拾ってくれた親分には感謝しています。学校にも通わせて貰い、大学も出た。良い師匠も紹介してくれた」

 女性は手を止め、顔だけを動かして視線をミノタウロスに流す。

「なら」

「でも自分はミノタウロスなんです。世間じゃただでさえ野蛮だ乱暴だと言われているミノタウロスがヤクザの世話になっていたら……。俺一人が作るイメージの所為で皆が迷惑する」

 ミノタウロスのイメージは悪い。全て物語で悪役の影響が強いためだ。だが心優しく、穏やかなミノタウロスにも乱暴者がいるのは事実。彼らが、ミノタウロスの悪いイメージを盤石にする。

 ミノタウロスの彫り師はそんな乱暴者の仲間になるのは嫌だった。彼もまた、ミノタウロスの悪いイメージによっていじめにあった少年の一人だったからだ。

「世話にはなりました。だからと言って、組で恩返しするわけにはいかない」

 だから、彼は組を抜けた。大恩に背いたのだ。

「彫り師は組から外れても恩返しができる唯一の手段なんです。専属になってしまったら、組に属しているのと同じです」

 女性は彼の返答を聞くと、手早く着付けを済ませ、ため息を一つついた。

「そうかい」

 巾着から煙草の箱を取り出す。

「姐さん。施術室は禁煙です」

 ミノタウロスが忠告すると、女性は箱ごと握りつぶし、巾着にしまい込む。巾着の紐を帯留めに引っかけ、ハンドバックを持つと、外に通じる戸に向かう。

「煙草一つも満足に吸わせてくれないのかい。そこまでお前は私から離れちまったのか」

 女はわざと抑揚を強くして言い放つ。

「衛生の問題ですから」

 ミノタウロスは平静に、落ち着いて返す。

「ちっとは男気を見せてくれてもいいんだよ?」

 戸の前で立ち止まり、女性は男へ肩越しに視線を送った。

 男は視線を返すことなく、背を向ける。

「俺は、貴恵、あなたを愛していた」

「なら」

「だが、愛せない」

 男は言い放つ。

 女は答えず。前を向いて目を閉じる。

 しばしの沈黙を、戸の音が破った。

「また来るよ」

「次は色を置きます。アルコールを控え、睡眠をよく取ってください」

「あいよ。早いとこ背中を完成させたいとこだしね」

 ミノタウロスの男は作業台に置かれた紙を見やる。女の背に彫る予定の、図案だ。

「本当に、この柄で良かったんで?」

 禍々しく巨大な門の絵柄だ。門の前には武器を持った牛頭の男。どことなく彼に似た、牛頭だ。

「一生お前を背に負えるんだ。最高の絵柄さね」

 女はちらりとミノタウロスに視線を流し、彼の仕事場を出て行った。



このお仕事についてはさわりしか調べてないので、「ここちがうよ!」って言われても割と困ります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ