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ハーピーのシンガーソングライター


 舞台裏は私の特等席。

 ここから貴方を見る度に、私は深く悩み苦しむのです。



 歌を歌う彼の背をじっと見つめます。腕の羽根で飛ぶためか、凄くよく鍛えられた背筋がでこぼこしています。テレビでもあまり背中は見せず、この姿を知る女性は私だけでしょう。

「うん? どうしたの?」

 彼が肩越しに私を見てきました。

「なんでもないわ」

「そう?」

 少し眉を歪め、彼は前を向いて歌を再開しました。

 まだどこにも発表していない、新作のラヴ・ソング。私に歌ってくれているのでしょうかと、私は不相応の考えを抱いてしまいます。

 私は彼の後ろからハーピー用の服を着せます。後ろから腕を回し、おなかのあたりにあるボタンを留め、肩から前に布を回してボタンを留め、さらに脇にあるフックを留めます。袖を通さなくてもシャツに見えるよう開発されたもの、らしいです。正確に言えば、とあるブランドが彼のために作りました。その構造は複雑で、彼一人では絶対に着ることが出来ません。

 この服以外にも、そんな服はいっぱいあります。芸能人ですから、ハーピーが一人で着られるような簡素な服は似合いません。だから、彼の服は全て私が着せます。

 このままでは、いけないと、いつも思うのです。彼は、星なのですから。

「どうしたの?」

 服を着た彼が立ち上がり、私の顔をのぞき込みます。

「ね、お願いがあるの」

 その優しい声に、私は決めました。彼はもっと、輝くべきなのです。

「その、別れましょう?」

 努めて、表情を顔に出さないようにします。目を瞑り、口元をほほえませ、心を押し殺します。涙など、見せません。心配させてしまいますから。

「急に何を?」

 彼が私の前に座りました。衣擦れと、床の音で分かります。彼は床に手を着くことができませんから、床に座るときは大抵勢いが付いてしまうのです。

「ほら、貴方はもう、デビューして大分経つ……でしょ?」

 一瞬、走馬燈のように私の脳裏に彼と出会ってからのことが浮かびました。私はそれを思考で追い払います。後ろ髪を引かれてはなりません。後悔はしても、彼を思うなら。

「私、なんかと一緒にいたらさ。ファンの子達も、悲しむでしょ?」

 手は両膝に、指先に力を込めて、動かないように。目は口ほどにものを言う。手もまた、感情を伝えてしまう。彼を悲しませるのは仕方ない。ただ、私の身を案じさせて分かれないことを選ばせるのはいけない。

 彼は鳥。私のような篭の中では、羽ばたけない。私はそう思うのだ。

「私も、ほら、そんなに美人じゃないし。歌も上手くない……でしょ? だから、ね?」

「やだよ」

 彼は私の頼みを断ったことがない。今日、初めて断られた。

「でも」

 今回のお願いは、断られるわけにはいかない。私はなんとか説得しようと、焦りに熱くなる頭で考える。

「僕にはキミが必要だよ」

「私の代わりは他にも」

 私にできることなんて、他の人だって。

「いいや。最初の曲、書いてくれたのはキミだろう? ペンの持てない僕の代わりに歌詞を書いてくれたのはキミだ」

 代筆なんか……。

「それからずっと、何年も……一番新しいのだってそうだろう? それに、僕の代わりに辞書を引いてくれた。僕の代わりに料理を作ってくれた」

 誰でも……

「僕は、他ならぬキミにやって欲しいんだ……だからどうか、そんなことを言わないで、ね?」

 彼の優しい声に、顔を背けてしまう。何か、何か言わないと。

「ねえ、僕はキミに、これからも止まり木で居続けて欲しいんだ。ずっとキミに寄り添って、捕まって生きていきたい。だから、顔を上げて?」

 目元に熱いものがこみ上げてくる。泣いては、泣いてはいけないのに。

「ほら、ね。キスしよう?」

 私、これ以上彼の声を聞いていたら、ダメになる。

「僕は愛してるのだから」

女の子を泣かせてみました。

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