初めてのおとまり2
ノーラが昨日に出したテレビゲームをしだす。「エイトアームズ」というゲームを入れる。これはかなり有名なRPG。ところどころボケなどもありエンターテイメント性が高い。
たしかあと少しで最終決戦というところだったような気がする。大ボスの魔王の目の前でセーブしていたと思う。なぜこれから世界を救おうとする寸前でやめてしまったのだろう。最後の一戦ぐらいしたら良かったのに。
その戦いをするようだ。
『ぐはははは。ようやく我が手にかかる時が来たようなのら』
………………。
は? なんか不自然な語尾がついたような気がするけど……気がするだけだよな。
『早く投降しろ。逃げ場はないぞ』
『今さら引き下がれるなのら? 我が手に世界は落ちたのも同然なのら。我が手下に加わるならば世界の半分を渡すのら』
………………。
聞き間違いではない。なんで最終ボスの語尾が「なのら」なんだ。シリアスムードが台無しだ。だから今まで出てこなかったのか。納得だ。
ゲームを始めたところで宇柚が俺のあぐらの上に座ってきた。おかしをあげたので心を許したのだろう。……ひたすら軽い心だな。子供ってこんなものだろうか。
「このひとかっこいいなぁ」
「こいつが?」
魔王は黒を基調に、触手とかは生えていないし黒魔剣士的なイケメンではある。
だが……「なのら」だぜ。かっこよさが台無しだ。
本当にかっこいいいのは勇者である俺だよ。コマンド入力しかしてないけど。勇者らしい言葉とかは全然思いつかない。俺は勇者には一生ならない。だから困ることはなにもない。
「なのら、なのら、なのらぁぁぁぁあ」
「え、なのらが気にいったのか。マジで」
そこ? そこが気に入ったのかよ。
「なーなー、おにいちゃん名前なに?」
え、いまさら? 知らなかったのか。そういえば自己紹介していないような気もする。
「久夜。轟木久夜。覚えてくれよ」
「うん。キューなのら」
キューですか。あだ名ですかまあ別にいいけど。そちらのほうが親しみやすいもんな。それだけで仲良くなったわけでもないけれど、そのうちできるだろう。その一歩目だと思えばいい。
「お、そろそろ裕太を迎えに行かなきゃ、行くか?」
「いやなのら。おるすばんしとくのら」
まだ「なのら」を付けるのに違和感がある。
「……ノーラもお留守番しといてくれるか?」
「わたしに任せろっ」
「じゃあ行ってくる」
あー、完全に宇柚の口癖が「なのら」になってしまったな。どうにかして元に戻さないと。親御さんに申し訳が立たん。何かいい方法はないか思案しながら幼稚園まで歩く。
無事、裕太を幼稚園から回収した。幼稚園の先生に親戚の人と思われて、あながち間違っていなくて、裕太に『誰?』って言われたり、一騒動あったけれど、まあ、些細な問題だった。
帰り道に、ノーラの通う予定で梓が在籍している小学校もあったので梓もいいなあ、と思いながらの帰路である。
一人寂しそうに帰っている姿が俺の胸をきつく締め付ける。誰かといたのなら見守るぐらいにしておこうかと思ったが思わず声をかけていたのだった。
「よっ、どうだった学校?」
「えーっと、誰ですか?」
「おおい、お前も忘れたのか。裕太と宇柚に続いて」
「いえ、冗談です。裕太のことありがとうございます」
「はあ、冗談ね。心臓に悪いからやめてくれよ」
冗談が言えるとは。まだまだ精神的に余裕があるということの証だ。言えなくなったらかなり追いつめられているということでもある。
いままで裕太の送迎は梓の役目だったのだろうな。これからは俺の役目だ。
「ご、ごめんなさいっ」
「そこまで深刻に謝らなくてもいいよ。そんなに傷ついていないわけでもないから」
「傷ついたんですね……」
「あ、大丈夫全然傷ついていないから大丈夫」
心配されてしまった……。
たわいない話題で会話に花を咲かせて家に着く。
「「「ただいまー」」」
どがーん。ばこーん。
大迫力の爆発音で出迎えだ。これはゲームの音か。そういえば最終決戦を放り出して行ったな。消すの忘れたわ。
それをなんとか音量を大きくしてやっているのだろう。これじゃあ近所迷惑だ。音量を下げないと。
下げたところでようやく帰ってきたのに気がついた。
「おかえり」
「おかえりなのら」
拙さが消えていた。完全に自分のものにしたようだ。改善させるのがさらに難しくなったのだろう。
「久夜、おなかすいた」
「キューおなかすいたのら」
「ああ、待ってろ今から作るからな」
子供たちを待たせてキッチンに入る。
トントントン。タマネギをみじん切りする。
じー。
トントントン。ピーマンをみじん切りする。
じー。
見られている。どれだけ手慣れたことではあるけれどもこれだけ見られていたら緊張する。
じー。
「なにしてんでしょうか梓。そんなに気になるのか?」
「いえそういうわけではないのですが……」
珍しく煮え切らないな。梓らしくない。
「あ、手伝いたいとか?」
「ち、違いますっ」
そんなに強く否定しなくても……傷つくなあ。
「どうしたんだ? はっきり言ってくれ」
「えーっと、作っているのはハンバーグですよね。ちゃんと火を通しているかと思いまして……」
「……ああ、裕太のアレルギーな。大丈夫、豆腐と片栗粉を使うから卵は使わないよ」
裕太は卵アレルギーだそうだ。アレルギーによっては死に至ることもあるらしいから、どれだけ気をつかってもしたりない。
それを聞き出したらノーラたちの元へ行ってしまった。
梓はしっかりしているなあ。真っ直ぐしすぎていてもう少し適当さを持ったらいいのにな。
しばらくしたら戻ってきて
「私はピーマンが嫌いですっ」
それだけ言ってまた戻っていってしまう。
……ちゃっかりもしていた。
*
「なーなーこれなんだ?」
そういって指したのは『GW』というテレビ画面に映る文字だった。
「それはな『ゴールデンウイーク』の略だ。要するに大型連休だ。五日間の休みだな」
「おお休みかー」
お前はまだ学校に行ってないのだから、休みが毎日じゃないか。
「何で休みなのだ?」
普通に答えてもいいけれど、ほかやつらにも話を振ってやろうか。具体的には梓に。
「梓は知っているか?」
「えーっと、みどりの日と……こどもの日と……すみません、なんでしたっけ?」
みどりの日が一番に出てくるとはすごい。一番目立たないと思うのだけど。
「憲法記念日だな。それと普通の土日」
「みどりの日は草とか大切にしようっていう日?」
正解だ。元は昭和天皇の誕生日だったらしいが。
「こどもの日はこいのぼりの日だな久夜?」
あながち間違ってはいないが……もう少し大切なことがあるだろうよ。まあ女の子であるノーラにはあまり関係ないのだからしかたがないのかもしれない。
「梓、けんぽうきねんび、とはなんだ?」
「……わかんない」
しゅんとして肩を落とす梓。小学三年生で憲法について語られたらびっくりするわ。
「梓もわからないか……」
「ボク知ってる。中国の戦い方」
「それならわたしも知っているぞ。『あちょー』とか叫ぶやつか。ん? 日本なのに中国の記念日があるのか」
そんなわけないだろ。そろそろ答えないとどんどん脱線していくぞ。
ちなみに、宇柚は興味を失ったようで寝てしまっていた。
「それなら知ってるもん」
梓、強がらなくてもいいのに。
「違うって。日本国憲法の記念日。憲法ってのはその国の一番守らなければならないルールのことだよ。さて、日本国憲法には三つの基本となる考えがあります。それはなんでしょう?」
シンキングタイム。
時間がかかるようなのでホワイトボードをころころと移動させる。昨日の大掃除の時に見つけたものだ。この家には何でもあるんじゃないかと思う。
「ハイ終了ー。わからないよな。答えです。一つは国民主権。これは、一人だけじゃなくみんなで政治をしようということだな――」
主権在民とも言う。明治憲法では天皇主権だったせいで第二次世界大戦が起こったという理由で天皇には主権はない。国民の代表、象徴である。
今の憲法では国民に主権がある。
ホワイトボードに『国民主権』と書く。
「で、二つめは基本的人権の尊重。平等に暮らしたり酷いことをされないようにする権利を守ることだな――」
基本的人権はさらに分けられて平等権、社会権、参政権などがある。いまだ外国人の参政権を認めていないところのほうが多かったりするけれど。そのうち改善されるのではなかろうか。平等権や社会権はこの国にいる全員に認められていて、直接体感することはあまりないがどちらも大切だ。
続けて『基本的人権の尊重』と書く。
「三つめは戦争放棄。他の国と喧嘩はしないってこと」
戦力を持たないとしている。これはすばらしいことだと思う。けれど日本には自衛隊を持っている。しかもアメリカ軍基地があり、これじゃあ、あまり意味もないと思うのだが。不安定な北朝鮮も近いし国防として必要なのかもしれない。でも軍事費は削減した方がいいと思うけど。
前の二つに続き『戦争放棄』と。
「これらがあるから今の日本が成り立っているんだ」
「だから憲法記念日があるのですね。勉強になります」
学校で習うのは六年生のことだからな。できるだけかみ砕かなければならない。教えるほうの苦労だ。
ついでに三権分立までいってしまうか。どうせ教えろってことになりそうだし。
「それらの元、政治で動くのが内閣、ルールを決めるのが国会、守らせたりルール違反を咎めるのが裁判所だ。この三つで権力を分けてお互いに守らせているんだぜ」
「なんでだ? 一つにだったらダメなのか?」
「独裁政治になりやすいからなあ」
「どんくさいせいじ?」
いやだなあ、そんなの。国会の多数決したときに、賛成反対の境界にわかれてしまってどうしよう、とかやってしまうんだろうな。
「いや独裁。一人が好きなように力で支配すること」
「それはいいなー。ゲームし放題だろ」
……独裁者になったらし放題だろうけど。それは……なんか違うくねぇ。
「うーん。じゃあノーラだけで全部を兼ねた独裁者としよう」
「ノーラが魔王なのら?」
昼間のゲームの魔王か? あいつは特に目標がなかったような気がするな。とにかく絶望を味わわせようとしただけだったはずだけど。
ラスボスの魔王をあいつ呼ばわりはまずいよな。
「あいつは力で支配という眷属が手下だったから、ちょっと違うかも」
「ノーラちがうってなのら」
無理矢理なのら付けしなくても。
「よかったぁ」
話を戻していいか?
「で、ノーラなりにみんなを良くしようと法律を考えるだろ」
「別に、全部のルール決めなくてもいいんじゃないですか。守ってほしいことだけ決めちゃえば。予算決めるのも働くのもノーラ一人で全部するんですし」
それを例えにして、
「そうだな。じゃあノーラが全部予算を決める。でも反対する人も出てくる。ノーラがこれが一番いいものがと思うのに、だ。そしたらどうする?」
「うーん、そいつ邪魔だなー。無視するっ」
「ノーラだったらそうするよな。でも他の人なら反対する人を捕まえたり殺したりするんだ。で、ざあ、予算決まりました。反対する人が多くなってきたので『反対する人を捕まえる』法律を作ってしまうんだ……たいていの人は」
「そしたら言うことを聞くしかないじゃん」
「そう。こんな感じで独裁になっちゃうんだ。だから三つに権力を分けることでふせいでいるんだ」
もちろん国民が押さえることができるように工夫もされている。選挙とか、国民審査、国民投票とかで。
「よく考えられているな。誰が考えたのだ? 日本人か?」
「あー、イギリス人かフランス人か忘れたけどモンテスキューって言う人だよ」
「モンスター的なテストが九個ある人か」
それは違うだろ。
「へー、物知りですね久夜さんって」
梓が褒めてくれた。いやー得意科目だっただけですよ。
「ま、風呂順番に入ろうぜ」
「なんだ。きょうはせんとーじゃないのかー?」
「今日はウチで入ろうぜ。ウチのはすごいぞ。なにせ檜風呂だからな」
「ひのき?」
「そう。木の風呂。ま、入ってみたらわかるよ」
祖父母が作った家であるここはいろいろ普通じゃない。お金にものをいわせて建てたのだ。バスケやフットサルコートがその例。もちろんユニバーサルデザインでバリアフリーも完璧。不自然な段差などは一つもない。
檜風呂は大きくウチで銭湯ができるほどとは言い過ぎで、それなりの大きさで子供なら五人は入れる。
つまりノーラ、梓、宇柚、裕太、俺の全員が入れるほど。……入らないよ、性的に興奮するからでもないけど、倫理的にダメだろう。
「じゃあ、みんなで入ろうよ」
さっそく俺にとっては社会的に死にそうなことを言う。
「ノーラ、俺は後で入るから先入ってこいよ」
「みんなで入ろうよ、ねえ?」
「入りません」
断固として断る。これだけは退けん。宇柚も騒ぎに気づいたようで「うゆもはいるー」と騒ぎ出した。やばっ。梓に助けを求める。
「……一度みんなで入ってみたかったんです……」
ミスった。こっちにも敵がいたか。しばらく押し問答が続いたが、中断するきっかけがはいった。
ちょうど朝葉が帰ってきたのである。
「ただいま~。久夜。はいこれ、ノーラちゃんの生活情報のプリント。校長が渡し忘れたみたいでさ。家にいるから書いてもらおうと持って帰ってきたわけ」
そうだな。俺も親に頼んだ覚えがかろうじてある。書いてやらないとな。
「ん? どうしたの?」
「みんなで風呂に入ろうって言ってるのにさ、久夜がいうこときかなくって」
「……ふーん……」
「いや待て待て。ちゃんと話を聞け。俺は断ってるんだぞ。包丁を持つな、しまえって。俺の話を聞けぇぇぇ」
「久夜が歪んじゃったぁぁぁ。うわぁぁぁん」
ベシベシと朝葉が落ち着くまで殴られた。いってー。