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社会問題  作者: 中井仲
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もっとたくさんやってきた

 ピーンポーン。


「あっ来たみたいね」


 昨日も入ったとおり、朝葉も同席してもらうことにした。同棲している大人だし教師だし信用を得るのに便利そうだし。便利というのは失礼だろうか。


「はーい。今開けまーす。どうぞどうぞ、入ってください」


 一見若そうな女性――椎名と名乗った――とノーラぐらいの三つ編みの女の子と幼稚園ぐらいの活発そうな男の子がいた。女の子はしっかりとして堂々としている。「委員長です」とした感じ。男の子は母親の後ろに隠れてちょこちょことこちらを見ている。

 朝葉が娘さんを凝視している。娘さんも朝葉を見つめている。


「朝葉、どうしたんだ?」

「うーん、なんでもない……」


 なにかあったんだろうか。どこかで知り合ったとかか?


「失礼します」

「どうぞ」


 きびきびとは正反対の危なっかしい足取りで俺についてリビングに入ろうとする奥さん。危ない足取りだな……案の定というか予想通りというか、自分の足につまずいてこけた。

 祖母の家だったのでバリアフリー化しており露骨に危ない段差とかはなく、手すりもあるのに……。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 空気が凍った。どうすれば解凍できるのだろうか。こけた本人もなかなか起きあがってこない。

 いち早く復活したのは娘であった。何度も体験しているのだろう。


「ちょっと、おかあさん」

「あはははは……」


 こけた母親の乾いた笑い。


「ま、まあ、どうぞこっちです」


 ここはスルーしておくべきだろう。そうだよね。ね。

 リビングで俺たちと向かい合うように座ってもらったところで。

 ピーンポーン。


「あ、すみません。もう一人いるので。出てきます」


 玄関に出ると、どこかで見たような綺麗な女性とその胸に抱えられた女の子がいた。女の子はすやすやと眠っている。


「轟木さんのお宅ですよね、連絡いただいた水野です」

「あ、はい。どうぞ入ってください」

「どうも」


 水野さんは歩き方もきれいだった。モデルかなにかやっていたんだろうか。


「……じゃあ、改めまして、自己紹介から。轟木久夜です。あとこいつは預っているノーラです。よろしくお願いします」

「水野美佳です。この子は宇柚です。三歳ですよ」


 三歳か。幼稚園にはまだ行っていない歳か。


「いえこちらこそ。私は椎名千鶴と申します。こっちは裕太と梓です。ほら挨拶しなさい」


 きっちりとした女の子が


「椎名梓です。小学三年生です」


 と、名乗り、千鶴さんにひっついて隠れていた男の子は


「椎名裕太」


 消え入りそうな声で自己紹介する。


「で、こっちは藤倉朝葉です」

「藤倉さん? 結婚してないのかな?」


 と椎名さん。なんでその質問がでるのだろう? そんなに夫婦にみえるのか。


「してませんよ」


 必要ないほど強く否定しなくても……。


「じゃあ恋人?」

「違います」

「わかった、身体だけの関係ね」

「違いますっ! こいつは甲斐性なしなんでそんなことはありません」


 なんでこのタイミングと流れで俺が責められることになってるの?


「あらそうなの。それなら安心ね」


 そんなことで安心されても……。そんなに俺甲斐性なしかな。


「あ、いえ。ルームシェアしているだけですよ。幼なじみなんで」

「そうなんだ」


 二人の母親はそれで納得する。

 え、それで納得してしまうの。その理由で俺の親も朝葉の親に理解が得られてしまったのだ。幼なじみってそんなに信用度が高いのか。


「ところで藤倉さん? そこの学校の先生していませんか?」

「してますけど……あ、もしかして……私のクラスですかっ? すみません! まだ全員の顔と名前が一致していなくて」

「そうですよね。まだ赴任して一週間も経ってないですし」

「ほんとにごめんなさい。梓ちゃん」


 おい、朝葉。担任している子供の顔ぐらい覚えとけよ。と小声でささやいたら机の下で肘鉄をくらった。ぐふっ。


「学校の先生がいるのならとっても安心しますね」


 と水野さん。これに俺は慌てて、


「俺もいますって。ちゃんとほら資格ありますし、大船に乗ったつもりでいてください」


 猛然とアピール。この展開は予想外だったけど、安心してもらえるように用意していた保育士と幼稚園の教員免許を見せた。


「へーすごいですね。男性が二つとも取るなんて」

「まあいろいろとあって。で、ノーラは梓ちゃんと同じ学年だよな。まだ、転校してないけど、そろそろ通わせるからさ。そうだ、向こうにいろいろとゲームとかおもちゃ用意してあるから、みんなで遊んでおいで」

 

 何気なく子供には退場してもらう。これからは大人の話だ。

 子供同士で仲良くなってもらおうという判断もある。


「「「はーい」」」


 ノーラに連れられて、となりの部屋に行く。と言っても一つながりの部屋なので視界には入る。なにげにこの家にはおもちゃがたくさんあった。たぶん俺が遊んだのであろうが、全然記憶にない。テレビゲームも一通りあるのだからびっくりする。

 さてさて、大人の話だ。


「お二人は仕事は何を?」


 まず椎名さん。


「私と夫は客室乗務員、つまりキャビンアテンダントもしくはスチュワーデスとしています」

「お、お父さんも?」

「あ、いえ夫はパイロットです」

「「「ですよね」」」


 正直ほっとした、男のスチュワーデスさんは見たくない……。それは水野さんも同じだったようだ。

 なにげに、でもないけれど椎名さんは天然ボケタイプみたいだ。


「なので、大半は家に帰れてなくて……今までは母、娘たちにしたら祖母ですけど、に任せていたんですが、そろそろしんどそうにしてるので、轟木さんに……」

「そうだったんですか……二人共活発に遊びまわる年頃ですもんね。水野さんは?」

「はい。女優をしています」


 ああ、どこかで見たことがあると思ったら、テレビだったか。


「あんまり売れているわけでもないんですが、撮影で子供の面倒が見れなくなりそうで」

「失礼ですが、父親は?」

「離婚しました」

「すみません」

「いえ、だからどうしても休むわけにもいかなくなって、轟木さんの話を聞きました」


 いろいろ家庭の事情があるんだな。


「事情はわかりました、じゃあこちらを書いてください。連絡先とかです」

「「はい」」


 かきかき。


「どのぐらい預ってほしいですか? うちは何時間でもいいんですが」

「本当にどのぐらいでもいいんですか?」


 ふたりともびっくりしたようだ。そんなに驚くことかね。

 何ヶ月でも預かれますよね。暇なんで。

 ええ、暇なんですよ、仕事がなくなってしまったのでね。


「じゃあ、私か夫が帰ってきたら迎えに来ますのでそれまで、とかでも?」

「はい、大丈夫ですよ、少し前に連絡してもらえたら」

「では私も」


 水野さんもそれで決定だ。


「それでお金は……?」

「えーっと……月十万でどうでしょう……?」

「「えっ、十万!」」


 特になにも計算とかしていない。相場がわからないので、なんとなくだ。


「ちょっと久夜。それは取りすぎなんじゃないの?」

「……ちょっと高くしすぎたかもしれん」


 朝葉との水面下の会話。これから下げていこうとは思っている。

 交渉の基本というやつだ。どこかで読んだ。下げることで割安感が出る。


「いや、やっぱり九万で……?」

「いえ、十万で大丈夫ですよ、ねえ椎名さん?」

「はいそんなに格安だなんて……こっちが悪い気がしますよ」

「じ、じゃあ、八万で」

「ちゃんと聞きなさいっ、久夜」


 あれ? 少し前の会話の記憶をリフレイン。って、ええー。もっと払ってもいいというように聞こえるんですが。そうなのですか。


「轟木さん、ちょっと計算してみましょうよ、ね? 月十五万だったとしたら子供たちの食事代引いて、収入が十万としましょう。単純計算して時給二百円程度になってしまいますよ。これが三人だから六百円ぐらいですね」


 ん。まあそうなるよな。十万だったらこれよりも少なくなる。それはやばいわ。労働基本法に違反してしまう。

 説得されて賃金を上げる仕事ってなんだよ。


「じゃあどのぐらいなら……?」


 判断を先方に委ねる。俺に金銭感覚がないらしいので。


「月二十万ぐらいですかね」

「私もそれぐらいだとばかり……」


 そんなにもらってもいいの。更に高い具体的な数字を聞いたけれど、ちょっともらいすぎのような気がするので、


「で、では食事代、学校等の雑貨にかかるお金も含めて二十万ということで」

「はい、お願いしますね」


 それから、預かるにつけて必要な事項を書いてもらう。注意することとか非常時の連絡先とかね。

 まあ、これで明日から三人の子供を預かることになった。


「あの」


 椎名さんがそう切り出す。


「梓のことなんですけど……」

「はい。なにか病気とかですか? アレルギーとかあるんですか?」


 もしそうなら気をつけないといけない。少し混在してだけで死に至るという話は珍しくない。


「いえ、アレルギーというなら裕太のほうです。卵アレルギーで。火がはいると大丈夫なんですけど。梓のことです。あの子友達がいないんじゃないかと思うんです」

「友達ですか……」

「そうです。私たち家に帰ってくるのが遅いので梓に裕太の面倒を見てもらうことが多くなるのですが、梓はお友達を連れてきたことがないんです」

「そうですか……学校でも気を付けておきます」


 ここへ来て朝葉が会話に参加する。担任教師として見過ごせないのだろう。


「ノーラちゃんと仲良くできるといいのですが……」

「それは大丈夫ですよ……ほら、楽しそうに遊んでいるですし」


 昨日のうちに出しておいたテレビゲームにノーラと梓と裕太が興じている。梓は二人より一歩引いたようにしていたのだが、ノーラに引っ張られて少しとまどっているけれど少し嬉しそうでもある。


「……そうですね。よろしくお願いしますね」

「こちらこそ。梓ちゃん、裕太君、宇柚ちゃん、明日からよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 と梓。ペコリとおじぎも忘れない。しっかりしてるな。


「うん、一緒にあそぼ」


 と裕太。すっかりノーラと仲良くなったようだ。


「ふにゃ、おはようぅ」

 

 と宇柚。今さっき起きたようで寝ぼけている。

 早く仲良くならないとな。

 水野さんが席を立つ。


「ではこれで……。これから仕事なので、御暇させていただきます」

「あ、そうですか。そうだ、これからも預かりましょうか? このまま遊ばせておくだけですけどね」

「ほんとですか? お願いします。夕方に向かいに来ますので」

「はい、椎名さんはどうします?」

「えーっと……お願いしてもよろしいですか?」

「もちろんです、仲良くなっていたほうが、これからもやりやすいでしょうし」

「そうですね」


 とまあ、練習のように今日一日、預かることになった。



「お絵かきするか、宇柚ちゃん?」

「するー」

「そうか、ちょっと待ってて、持ってくるから」


 色鉛筆とチラシの裏でいいか……。お、折り紙がある。これも持って行こう。


「梓ちゃん」

「気持ち悪いので、ちゃんはいりません」

「……そう。梓。折り紙があるけどする?」


 女の子に『気持ち悪い』って言われた……。冗談のようにだったらまだ大丈夫だったのだけど、真顔で真剣に言われたら、大人でも傷つくよ。


「はい、します」


 梓は折り紙を受け取ると、黙々と鶴を織り出した。

 裕太とノーラはゲームしてるから、当分は静かだろう。

 宇柚はお絵かきに夢中だ。えーっと、肌色の怪獣が……お花畑で……あ、お母さんを描いているのかな。ま、まあ上手じゃないのかな……?

 つーか、梓さん。どれだけ鶴を折るんですか。千羽鶴を一人で折っちゃうつもりですか。

 昼は焼きそばでいいか。



 俺の家にいた時間の分だけそれなりに仲良くなった……かな?

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