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社会問題  作者: 中井仲
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押し付けられた子供2

「おっ、今日も来たの。なんだお前、家庭持ちだったのか」

「「え、い、いや、違います」」


 俺と朝葉がハモった。こんなことがあるから夫婦と間違われたりするのではないだろうか。長い付き合いだからタイミングがわかるから、こうなるのはしかたがない気もする。

 今日も銭湯に来ていた。

 ノーラがうるさかったし、朝葉との約束もあったので。 


「いや、二人とも同居というか、居候な感じですよ」

「……それを家庭って言わないか?」


 それもそうだろうか。


「でも、結婚はしてませんから」

「そうなのかい? ……まあねえ、二人とも美人だからねえ」

「び、美人? そんなことはありませんって」

「おじさん、ありがとうなのだ」

「……『おじさん』ねぇ。できたら『おにーさん』ぐらいにしてくれないかなぁ」

「おにーさん?」

「そうそう」


 どう見てもおじさんですよ。おじさん。

 それにしても朝葉は美人でいいとして、ノーラは美人? 正直、疑問が残る。可愛いとかなら納得かいく。本人が飛び跳ねながら喜んでいるのだから口には出さないが。


「うちの銭湯はお肌スベスベになる効能があります。綺麗な美人さんに磨きがかかるでしょう。美人に磨きをかけるための銭湯だからちょくちょく来てほしいな。週に六回の頻度で」


 いやいや、週に六回って定休日以外の毎日じゃないですか。

 銭湯に効能とかあるの? ここに温泉なんかあるような地形じゃないから、完全に普通のお湯じゃないかなぁ。温泉の元みたいなのが入っているのだろうか。


「わかったのだ。おにーさん」

「そこまでいうのでしたら、来てもいいですよ」


 二人ともノリノリですな。簡単に釣られているじゃないか。


「そうかい? じゃ、そう君らには特別サービスしちゃおう。他のお客さんもあんまりこないし、今回は貸し切りで混浴オッケーですっ」

「「混浴!」」


 これまたハモってしまった。しかしこれはしゃーないと思う。「混浴」などと言われたからには。

 つーか、このお風呂繁盛していないんですかい。

 確かにこの前も他の人がいなかったけれどさ。


「なあなあ、コンヨクってなんだ?」

「あー男と女が一緒に風呂にはいることだよ」

「昨日と一緒か。うん、みんなで入るっ!」


 そんなに喜ぶことかな。健全な男子である俺としては何とも言えません。嬉しいわけではないこともないのだが、いかんせん嫌われそうである。朝葉に。それなら別に混浴するのはいやだな。


「そう、混浴。もちろん着替えは別だよ。女性のお二方は着替えたら男湯に入っていいよ。ちゃんと他の客は入れないように閉店したことにしておくから。……あ、もしかしてイヤかな? イヤなら強制しないけど」

「…………」


 俺がなんて返事しても困ることになりそうであるので、黙っておこう。

 イエスと言ったら「エロ」と言われるだろうし、ノーと言ったら嫌われているように受け取ってしまうかもしれない。


「…………い、やじゃないけど……むしろ私も入りたいかな。久夜は?」

「……どっちでもいいよ」

「じゃあ、入ろう!」


ノーラがまとめてしまう。入ることに決定したようだ。



「さすが風呂はいいなあ。はー」


 昨日はゆっくり入れなかったからな。こう広々と手足を伸ばせるのはいいなあ。家の風呂は一般よりも広いと自負しているが、銭湯にはかなわない。

 これから女性たちが入ってこなかったら、もっと平和なのになー。はー。

「こ、こら。ノーラちゃん、前は隠さないとだめだってば」


 脱衣所から声が聞こえる。


「にゅ? なんでだ? 困ることはないぞ。むしろ邪魔だ」

「邪魔じゃなくてね。ノーラちゃんが困るんじゃなくて、困るのは周りの人だから、さ」

「いるのは朝葉と久夜だけだぞ」


 いやいや困るよ。ちゃんとタオルで隠してきてから来てください。お願いしますよ。そのまま朝葉さん、押し切ってください。

 このまま押し問答が続いたようだで、ようやく入ってきた。


「来たぞー」

「お邪魔しますぅ」

「おおう、声が聞こえていたぞ」

「ううぅ~」


 朝葉が赤面し、ノーラはそんなこと知ったことではないとでもいうように水面に飛び込もうとする。


「まてまて、昨日も言っただろ。先に体を洗え」

「おーそうだった。久夜、背中頼む」


 朝葉がいるから俺じゃなくてもよくね?


「ノーラちゃん。一緒に身体洗おうね、ほらこっち」


 やればできる大人の女性であるところの朝葉は、俺の視線が届かない場所に連れて行って洗う。

 朝葉はなにかと面倒見が良い。教師として必要な条件だろうな。朝葉がいてくれてとても助かる。


「にゅー目にしみるぞ。痛いぞ」

「ごめん。目瞑ってて言えば良かったね。まあそりゃ、石けんだから痛いのはしょうがないよ」


 きれいな銀髪を振り乱してわめく。……あ、見てませんよ断じて。二人はしばらくワキャワキャと騒がしく身体を洗っていた。


「……疲れた……」

「だよねー」


 親になるってたいへんだな。俺たち大人の共通理解になった。

 何気なく朝葉のほうを見ると。


「や、あんま見ないでよ」

「おう、ごめん」


 気恥ずかしくなって背を向けた。


「あ、そこまでしなくていいけど……」


 そう言われましても……。

 ノーラものびのびと暖まっている。今日は俺たちだけなので、昨日ほど湯の温度は高くない。下げてもらったのだ。

 ノーラはついにワニさん歩きをしだした。これぐらいなら別に騒がしいことでもないだろう。


「…………なあ、少し長くなるかもしれないけど、話いいか?」

「ん、いいよ。なに?」

「……あのさ、もう何人か家で預かりたいと思うんだけど――」

「は?」

「――いやだからな、もう何人か――」

「え?」

「――もう何人――」

「はい?」

「そろそろ続けていいか! なんでボケを繰り返す! 誰を笑わすつもりだ! 進ませてくれよ!」

「……うん、続けていいよ」

「でな。最近、保育所とかが足りなくなっているって聞くだろう。それでさ、子供を預かることを仕事にするのはどうだろうと思った訳よ。ウチなら時間も制限ないし、お金もそんなにかけなくてすむだろう。俺ちゃんと資格持ってるしさ。どうだ?」


 帰るときに自分なりに考えた結果だ。保育士になろうかとも思ったけれど、ノーラがいるのでそれはムリ。

 保育園と幼稚園の両方を合わせたこども園というものが、巨大都市で始まっているらしい。しかし、そこで働くためには保育士の免許と幼稚園の先生の資格がいるので、子供の面倒が見れる人が少なく、地域まで普及していない。万年雇用不足なので、俺が働こうと思ったら働けるのだけれど、生憎この近くにはない。


「……………………………いいんじゃないかな?」

「そうだよな。安定したものじゃないけどな、でも就活困難なこのご時世に、今から就職するのは大変だから。でも別に朝葉に迷惑をかけないようにするから安心してくれ。…………って、いいのか? てっきりダメだとばかり……」


 どうやって説得しようか悩んでいたのだが、こんなにあっさりと。裸の付き合いのおかげか? そうだそうにちがいない。

 ありがとう、銭湯。


「さすが久夜だね、社会のことはお任せだ。それに、おきまりの反応ありがと。っていうか、ダメって言うわけないじゃん。もともと久夜の家だしさ。私はそんなに手伝うことができないけど、それでもいいなら」

「そうか。ありがとう」

「そんなことないよ。がんばってね」

「おう。じゃあ今度、預かってほしいっていうひとに会ってみようと思うわ。一緒にいてくれないか」

「それぐらいおやすいご用だよ」


 ノーラはワニ歩きから、一人水泳大会に移行していた。


「もうひとつ相談なんだが、ノーラって学校行かせないとまずいよね?」

「そういえばそうね。事情があるっていっても日本じゃ義務教育だし」

「学校かーわたし行きたいっ! 行ったことないから行きたいっ!」


 だよな。行きたいよね。学校って勉強なんか二の次で友達と遊ぶのは楽しかったもんな。あーアイツどうしているかな? 高校卒業してから全然会えなくなってしまってからな。

 ……行ったこと無いの? どれだけ貧乏もしくはセレブだったんだ。


「そうね。うちの校長に頼んでみるよ」


 朝葉の務めている学校の校長謙理事長は長い知り合いである。校長と理事長を兼ねることができるなんて知らなかったけど、


「すまんな。よろしく頼むわ」


未来が急に明るくなったような気がする。



 また食事の時、ノーラはニュースを見ていた。

 だからこの時間にやっている、電気ネズミたちが活躍するアニメとかを見ようとしろよ。小学校に行っていないようだけど小学三年生だろう。


「なあ、そんなにおもしろいか総理大臣の話?」


 官邸前での取材陣に囲まれた映像が流れている。


「うーん、おもしろいよ」

「昼間も国会中継見てたよな。もっと、日本の代表、アニメとか見ないのか?」

「それもいいけど、こっちがいい」

「そうなのか」

「そう。で国会ってなに?」

「知らないのに見てたのか? はあ。国会はな、国の法律――ルールを話し合って決めるところだよ」

「なんでルールを決めるのだ?」


 朝葉は我関せずと会話に参加してこない。教師だろ朝葉。学校以外では教えないのか。


「えーっと、鬼ごっこでさ、ルールがなかったらどうなると思う?」

「……うーん」

「わからない。じゃあ鬼を決めるだろ。そしたらすぐに鬼が十秒数えてから追いかけないで、みんなを捕まえようとするし。そんでタッチしたらすぐに、タッチ返しして逆戻りしたりするだろ」

「じゃあ、タッチ返しなしとか、ちゃんと数えてからするようにする」

「そうだろ。だからルールが必要になるから、国も同じでルールを作る国会は必要なんだ」

「じゃあさじゃあさ。お昼は何について話し合っていたのだ? よさんとか言っておったぞ」

「昼? ああ補正予算かな。えーっと……予算ってのは国のお金の使い方を考えているんだよ」


 たしかそうだったような気がする。じっくり見ていないから確証はないけれど「よさん」といったらそれしかないだろう。


「こっかいはルールを決めるところだろう? それなのにお金も使うのか」

「使うのは内閣だよ。国会は使い方を決めるだけ」

「ないかく?」


 そこも説明が必要みたいだな。


「内閣総理大臣とかいなかった? その国会に。首相とかかもしれないけど」

「いた。なんかいっぱいしゃべってたぞ」

「うんそれが内閣総理大臣だ。政治する中で一番偉い人だ」

「偉い人だったのかぁ。口だけのやつかと思った」


 あながち間違ってなさそうなので、否定はしない。やってることは演説しかしていないようにしか見えないしな。


「で、そいつはなにが偉いんだ?」

「うーん、そう言われると……内閣は国の仕事を進める人たちのトップだから、そのまとめ役としては偉いんじゃないかな」

「国会が政治をするのではないのか?」


 政治の定義が曖昧なのである。俺としては、行政と立法の両方を判断することが政治だと考えているのだが、それを人に押し付けてはいけない。


「……国会はルールを決めるみんなの集まりで、内閣はみんなのために動くところだな。みんな集めて困ったことを『良くしよう』って働きかけるのが仕事だ。どっちが『政治』とは言えないよなあ」

「そうかー」

「まあ、内閣は国会で決めた予算を使って『良く』しようとしている」

「久夜は何でも知ってるな」

「やだな。照れるよ」

「これからもいろいろ教えてね」

「まあ、聞いてくれたら教えてやるよ」


 これから社会科についていろいろ思い出さないといけないみたいだ。教科書探さないといけないな。

 この勉強(?)について朝葉は参加拒否するみたいだ。今もう寝室に行ってしまっている。

 今日もだらだらと時間を潰して寝た。

 あ、もちろん魚屋のおじさんに電話して了承の意を伝えたよ。さっそく、明日にも会うことにもなった。

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