メイドさんがやって来た
「すみません、ごめんください」
「はいはい。いま出ます」
日曜日、お昼のピーク時が終わり、丁度昼飯時だったので、カフェの奥にいたのだ。もちろん一般的なお昼時とはずらして俺だけの昼食だ。
だだだ、と表に出る。
「……えーっと、いらっしゃいませ?」
疑問形だったのは、金髪巨乳メイドさんが立っていたからだ。間違い、見間違い、思い込み。そのどれかに決まっている。
しかしいくら目をこすっても頬をつねっても消えていなくならない。
「フェイツ王家メイド部隊所属、レクルでございます」
「…………フェイツ……?」
「そうでございます。ノーラ様お付きのメイドでございます。我が王の命令によりこの家に配属されました」
我が王ってノーラ父のことだよな。
「あーレクルだー。来なくていいっ」
ノーラにかなり嫌われてるな。悪いやつなのか?
「久夜様こちらにおかけください」
そう言ってある番号を差し出した。電話番号らしい。疑いながらも俺のケータイでかけてみる。
「もしもし」
『Hello』
びっくりするわ。英語圏につながってるんですか。言ってくださいよ。
『む、お主か。わしだ、わし』
オレオレ詐欺の派生系に遭うとは思わなかった。
『わからんのか、まあいい。ノーラに変われ』
「は、はあ。ノーラにだって」
「うにゅ。もしもし、……あ、パパ」
パパって、あの王様してるあのパパですよね。ホットラインを作ってしまった。あの人ちょー過保護だからあんまり番号教えたくなかったのだけど。ノーラ母さんは常識人なのであの人経由で連絡取っていたのに。
しかも、
「……うん……うん」
どんどんテンションが低くなってるんですが。
「今日よりノーラ様の護衛兼教育兼お世話係として再びお世話します」
「にゅー、しゃーないなーパパが言うなら。みんなに紹介するぞ」
「ええ。それではお世話になりますご主人様」
俺に一礼すると上がりこんでしまった。俺の家なんですけど……。だからご主人様なのか?
まあ、ノーラの知り合いらしいから悪い人ではないのだろう。お手伝いさんが増えたと思っておけばいいのかな。
「めいどさん? ふりふりなのら」
「あ、宇柚様ですね。こちらこそよろしくおねがいします、裕太様も」
「おねがいします……」
「な、久夜の好みはメイドさんだったの。私も着るべきかしら……どこで売ってるのかな。って何聞いてんのよ。こかすわよ」
そんなわけ……ないこともないような……。いやそんなことはないよ。メイド服のロマンは必ず男ならあるはずだ。
「どこか泊まるところとかは?」
「もちろんありませんが、轟木様がよろしければここに住まわせてもらえるのならありがたいのですが。拒否されるのであれば、公園で一人寂しく野宿になりますね」
初対面の人に脅されるって。いいですけどね、部屋余ってますから。
「ではお世話になります」
「はあ……」
こんな感じで一人俺の家に厄介になる人が増えた。
「ところでトイレの電気消しなさいよ。電気代もったいないでしょ。最近高くなったんだから。最後に入ったの誰?」
とても急な話題転換。
「宇柚じゃないの?」
「みゅ、ごめんなさいなのら」
「よし許す」
謝ったら許してもらえるということを教えるのも保護者の役目だと思う。
「電気ってどこでどうやって作ってるの? みえないよね」
「だいたいは風車回すときにできるんだよ。火を使う火力発電、すごい爆発――だと思うけどそれで動かす原子力発電、水で動かす水力発電がほとんどだな」
原子力発電は説明に困る。分子の話とか理解出来ないだろうし。
「火力発電と原子力発電は海のそばに大体あるよ。熱くなり過ぎたら海水で冷ますためにね」
「へー。それが高くなったんですか?」
「まあね。原子力発電が潰れちゃって危なかったんだ。それで近くの住民に『ごめんなさい』のお金が必要になったららしいよ」
政府にも救済を要求しているみたいだけど、それは俺達の払った税金なので、あんまり使わないで欲しいと思うのは俺だけだろうか。
「それがどうして値上げになるの?」
そちらは経済学の話になる。いままでもだけど。
「例えば。このケーキにかかるお金はどうやって決めたでしょうか? はい、裕太」
もう既に宇柚はリタイヤしている。当然だな。
「えっと……その……生きるために必要な分?」
「それもある。作るのに必要な分が基本にはなっているな。一つ五百円としたら作るのに三百円。あとはなにかある?」
「んーと……」
「運ぶ人がいるっ」
「そうだ。材料や完成品を運ぶトラック代が掛かるだろ。しかもその間にケーキは冷やしとかないといけないから、冷蔵庫の電気がいる。だから、電気代の値上げはケーキの値上げにつながるんだ」
「お金を返すためにさらにお金取るのかー」
「でもまあ、電力会社だから独占企業で元々高くなってるみたいだけどな」
「どくせんきぎょう? 毒の剣か?」
どうしてそう思った……? ぜんぜん『剣』みたいに連想する単語はなかったと思うのだけど。子供の考え方はわからないこと多からな。
「違うよ独占企業。大体は国が直接管理してることが多いけど、例外もあるんだよ」
「独占企業だったら、高くなるのか?」
「うーん、そうだな…………『俺のところしか売ってないからぼったくれるぜ』みたいな考えができてしまうんだ」
「わるいやつらだな」
うん、だから国が公平に売るように管理しているのだけど、それが上手く行かなかったのだ。
「他の会社があれば『向こうより安く売らないと売れない』とか『こっちのほうがサービス多いよ』という考えが必要だろ。だから買う側としては同じ種類の会社がたくさんあったほうがいいんだよ」
「わかった、会社もいろいろたいへんなんだなあ」
大変でない社会は、あんまりないとは思うけれどねえ。
ガラッ。
また誰か来たようだ。
「こんにちは、久夜さん」
「……水野さん」
宇柚のお母さんがいた。
「ええ、たまたま早く仕事が終わったもので。来週の水曜日から一週間程休みももらえました」
「それは良かったですね」
「あーママだー」
「元気にしてた? いい子だった?」
「うん、うん」
「本当? 久夜さん」
「……ええ、お菓子を持つと、ですが」
「ふふふ」
「適当に座ってください。コーヒーでも出しますから」
「いえ、そんな……」
「うちはカフェなんですから、飲んでいってくださいよ」
強引に出してしまえば飲んでくれるだろうから、と思い振り向くと、レクルさんがもうコーヒーを準備していた。気が利く。さすが本職のメイドさん。
「あ、すみません」
「いえいえ、これぐらい」
飲み物を手元に置きながら、宇柚の近況報告という名の雑談に突入する。宇柚は母親の膝に座り、ニコニコしてる。聞いていて楽しくないであろう話をしているのだが、よっぽど嬉しいのだろう、文句も言わない。
「では、このへんで。」
あと少ししたら一週間ほどの母親との休みである。宇柚も十分にお母さんとの時間を過ごせるに違いない。
「はい、わかりました。宇柚、またすぐにお母さんと帰れるからな」
「えへへへ、わかったのら」
「のら……?」
「そうでした。なんかゲームにしてたら『なのら』っていう口癖があって、それに影響されてしまい。ほんとすみません」
「あら、かわいいからぜんぜんオッケーですよ」
一番の心の凝りが取れました。本当にどう説明してよいやら、と心を痛めていたのだった。よかった。かわいいとか言ってくれる人で。
じゃあねー、と見送って一段落。
もう忘れかけているけれど、レクルさんは居候させないといけないようになっていた。




